「スピリチュアル界」の他の方々に対しての対応方針

「スピリチュアル」の世界で活動されている方々はあまりに多い。また「宗教団体」なども大小さまざまに存在する。そのなかで、私が個人的に強い共感を覚えているかた2名については、先日ご紹介させていただいた。

コロンブスはアメリカ大陸を創りあげたわけではない。人間として初めて上陸したわけでもない。ただその大陸と、そこに住むひとびとを「発見」しただけ...

しかし、その他の方々について私がいちいち個別に言及することはあまりしたくない。私がしたいのは「問題提起」であり、その対象は「全体的な潮流」や「いくつかの主要な流派、主張」が主であって、特定の個人や宗教団体ではない。それをしない理由は単純で、それを始めるとそれだけで膨大な労力と時間を要することになるからだ。他者を攻撃的に批判してそれと自分との違いを際立たせる方法は注目を集めるのにはいいかもしれないが、そこから産み出される「価値」はどれほどあるのだろうか? そんな疑問を持つのに充分な例は、そこらじゅうに転がっている。

アランというフランスの哲学者は、著作『定義集』でこのようなことを言っている。

話し合いにおいて相手と和を保ちたければ、相手の話をよく聞いて、自分は相手の「補足をする」ことにだけ努めることだ。

また別の著作『スピノザに倣いて』ではこうも言っている。

私はスピノザの「どのような部分が正しいか」を伝えたいのであって、「どのような部分が間違っているのか」を伝えたいのではない。それは他の方々の仕事であるのだから。

この引用は私の記憶から引いたものであって、原本を手元に置いた引用ではないので、一字一句正確ではないが、私は彼のこの態度に深く共感している。

私は自分だけが正しいというつもりはさらさらない。だから他の方々の意見からも、取るべきところは取り、認めるべきところは認めていきたいのである。だから、私の意見も他の方々と併せて聴いていただいて一向に構わない。それをどう自分のなかに取り入れるかは、あなた次第だ。疑問があったら伝えてほしい。しかし攻撃的な「議論」はしたくない。私がしたいのは、お互いをより深く理解するための「話し合い」だけだ。

そしてそれは、私自身が多くの霊存在や肉体人の方々の言葉を咀嚼しながら、自分なりの「真実」を見出していったのと同じやりかただ。そしてその道は、今も途上である。しかしそんな私のなにかがあなたの旅路に役立つのならそれはなにより私の喜びである。そしてどうせなら、お互いの旅が善いものになることを願おうではないか?