からだと心はつながっている。そしてそのどちらもが重要だ

「スピリチュアリズム」では「精神」や「心」の大切さがことさらに強調されることが多い。そしてそのような場合、からだ(肉体)に関することは精神よりも下位に置かれる。

このようなことは今に始まったことではないが、この「心からからだへ」の影響力だけでなく、「からだから心へ」の影響力もまた大きいということを強く指摘したひとのひとりが、フランスの哲学者アランである。彼の『幸福論』を読めば、彼がからだと心の相互関係を真摯に追求していたことがうかがえる。

誰でも、からだに痛みや苦しみがあるときは、心も塞ぎこみやすいものだ。もちろんそれを精神力によって和らげることはできるが、からだが心に影響するという事実を無視するのは欺瞞だ。落ち込んだとき、からだを動かすと悩みが軽くなることも多い。アランは様々な場面で「体操」の重要性を指摘していた。

だからその意味では、

悩みは怠け者の感情だ!

というような言いかたもまったく的外れとは言えない。ただ、

悩んでいる暇があったら働け!

と言われ、それを真に受けてからだを酷使し続けたら、その「無理」はいつか爆発し、からだとこころを傷つけることになる。

私たちは肉体があるからこのようなかたちでこの世界と関わることができているのである。からだとは最も身近な「神」(はたらき)だ。よく

肉体は心の宮だ

などというひとがいるが、そのような表現が間違っていないにしても、だからといって肉体が心よりないがしろにされていいというわけでは決してない。

だから私は

悩んでいる暇があったら働け!

などという代わりにこう言いたい。悩みがあったらまずご飯を食べ、ゆっくり風呂でからだを温めるといい。そしてぐっすり休むことだ。それでも問題はすぐ解決しないかもしれないが、少なくとも、問題に立ち向かう元気は回復しているはずだ。それだけでもずっといいことではないだろうか?