「次元上昇」や「アセンション」とはいったいなんなのか?

「次元上昇」や「アセンション」という言葉はあちこちで飛び交っている。いまや雑誌の特集やテレビ番組などでも面白おかしく取り上げられたりしている。そしておそらく、この『闇の向こう側』にたどり着くようなひとが、この言葉を知らないことはないだろう。いったいこれはどのようなもの・現象なのだろうか?

他の方々がどう言っているかはこの際置いておくとしよう。一言で言えばこれから起こる「次元上昇」や「アセンション」というのは、「霊界(想念界)の地上移し」である。そしてこれが起こることそれ自体は、私も深く確信している。まだまだ一端にすぎないが、ここでも「霊界」(想念界)と呼ばれる世界がどのようなものなのかは逐次触れてきた。「想念界」では「想いがすべて」であり、それ故に「似た者同士」が集まっている。そしてこの度、「霊界(想念界)の地上移し」が起こるということは、「霊界」(想念界)(いわゆる「あの世」)と「肉体界」(いわゆる「この世」)とが限りなく融合し、あらゆる存在がそれぞれの「願い・想い・喜び」に沿った世界に移るということを意味するのだ。

これをどう捉えるかによって、なかには今回の現象を、「アセンション」(次元上昇)と「ディセンション」(次元下降)と「トラバーユ」(次元平行移動)などに分け、それをある種の「合格」/「不合格」といったもののように言うひともいるが、今回のことを素朴に捉えれば、本来誰にとっても「喜び」でしかない結果が現れると言っていい。奪い合うことが好きな存在はそのような世界へと移行していく。同様に、競うことが好きな存在はそのような世界へと移行していく。だが、それが彼らにとっては「喜び」なのだ。だから全員が「合格」であり、全員が喜んで迎えればいいことなのだ。

なにを「喜び」とするかはそれぞれ違う。だから霊界(想念界)にもさまざまな階層が存在してきた。そして今回は、それがこちらの世界にも持ち込まれるという、言ってみればただそれだけのことなのだ。私たちは、この肉体を持ってこの世界に生まれるまでは、ずっとそのような世界にいたのである。

ただし、このことと「地球の変化」とはまた分けて考える必要がある。つまり、地球はこれからより大きな「調和の星」へと変わる。それが狭い意味での「次元上昇」だ。そこに至るまでには様々な変化が起こるが、そのような「調和」を望まない存在もなんの心配は要らない。なぜならそのような存在はまた別の世界・惑星に移るからだ。その意味では、今回のことは完全に「個人的」な現象であり、そこから派生する「未来」もまた、多様性を持つということだ。だから、そして私が行く先が、他者から見て「善なる世界」に見えようが、あるいは「堕落した世界」に見えようが、そんなことはどうでもいい。そして、私とこの文章を読んでいるあなたが今回のことを終えてまた同じ「世界」で出会えるかもまったくわからないことだ。

だが、できることなら私はあなたにまた会いたい。もちろんあなたがそれを望んでくれないとどうにもならないのだが……。

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  1. 小鳥遊 より:

    お久しぶりです。小鳥遊です。

    この文章を眺めてふと思い出した事があります。闇の向こう側さんが一般人が所謂視える人や感じる人になる事をよくよく考えてから実行に移して欲しいとブログでお伝えしてくれましたが、それはご自身が非常に辛い経験をして、他人にもそういった思いをして欲しくない意図からですよね?
    だとすると何故YouTubeやアメーバブログでは”覚醒”し、それを勧めている人達はその様な深刻な経験がないのでしょう?
    ネット上のそういった人達の文章は明るく、気軽で穏やかな生活を送っている様に見えます。まるで統一感がある様に。辛い事も確かにある筈でしょうがそれも一般人の範囲内という感じです。
    要するにあなたの様な人が居ないんです。
    豚さんや負の霊団員の様な人(魂)も。
    彼等彼女等の文章にしたって、このブログの様な深刻さとは縁遠い感じが時々するのは一体どうしてなのでしょう?

    • Dilettante Dilettante より:

      小鳥遊さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      何故YouTubeやアメーバブログでは”覚醒”し、それを勧めている人達はその様な深刻な経験がないのでしょう?

      そうですね、もちろん私に他のひとの事情や内面を知ることはできないので、これはあくまで

      「推測・仮説」

      でしかないのですが、まずひとつ

      「自分の身を以って『霊的な実体験』を経ているひと」と、「(それ以外の理由で)スピリチュアルに関心や親しみを保っているひと」とでは、その立場にやはりそれなりの隔たりがあるんだろう

      とは思います。それにそもそも、私は

      いわゆる「統合失調症」や「精神疾患」は、実のところ霊的な影響を受けた結果であることも少なくないんだろう

      と思っているわけですが、そうした目線でそのひとたちを見てみたら、そこに「深刻な現状」があることは明らかだろうと思うんですよね。

       

      そしてそれはそれとして、特にもう一方の

      「自分自身では体験していない(と思っている)けれど、スピリチュアルに関心や親しみを保っているひと」

      の場合にはなおのこと、その探求の過程で

      「エネルギーや想いの重要性や影響力」

      を思い知ったときに、

      私も自分のエネルギーを大きくしたい!

      という願望から、

      ネガティブなことや苦しみを表現すると「波動」(エネルギー)が下がるから、そういうことからはできるだけ意識を逸らさないと……

      というような方針に至ることも多いんじゃないかと思うんですよね。

      つまり、あなたの

      ネット上のそういった人達の文章は明るく、気軽で穏やかな生活を送っている

      という印象についても、私としては

      単に彼らがそれ以外の苦しみや哀しみを表現(公言)しないからそう見えるだけで、実際には彼らも日々たくさんの苦悩や葛藤を抱えていると考えたほうが自然なんじゃないか?

      と思うんですよ。だって霊的な感受性がどうこうという以前に、今の世界でまったく苦しむことも悩むこともなく日々穏やかに暮らし続けるなんて、誰にとったって難しすぎるでしょう?

      だから私としては、こんなふうに思っているんですよね。もちろんこれはただの「仮説」であって、真相はわかりませんけどね。

       

      ただ他のひとがどんな気持ちでなにをしていようが、いずれにせよいちばん大切なのは

      じゃあ私自身は、どんな考えで生きていこうか?

      ということでしょうし、その意味で私としては

      苦しみも葛藤もすべてを真正面から糧にしてこそ、私が本当に願うしあわせにたどり着ける

      と思っているということでもあるんですが、でもこれはあくまでも

      「私の個人的な好み」

      でしかないので、他のひとにまで押し付ける気はないです。というか

      結局は、みんなそれぞれが「自分が本当に願うしあわせ」を味わえればいいだけなんだ

      と思っていますし、もっと言えば

      たくさんのひとで渋滞していると動きにくいし、人気のない道のほうが自分のペースで開拓していけるから気がラクだ

      とも思っているので、その意味ではこの「好みのズレ」があることは、むしろ好都合でもあるんですよね。

       

      ただこんなふうに言うと、一方でその私がかつて

      「強さ」とは、いつどんなときも「喜び」を見出そうとする態度のことだ
      眼を背けたくなるような出来事や事実というものがある。それは見ようと見まいと、日々起こっている現実だ。そのような苦しみやに対して、そこから目を背け、逃げ出し、そして表面的な「解決」をすることは比較的容易いかもしれない。そしてそれを、「前向きな...

      と言っていたこととの間に齟齬が生じていると思われるかもしれませんが、そこにも

      つまりそれは、確かに起こっている現実を無視して、表面的な<喜び>で取り繕うことではない。すべての「痛み」を受けてなお、そこから「未来」を描く毅然とした態度である

      とも書いていますし、この際もっと率直に言うと、私は

      本当に心から喜びを保ち続けていられるならそれは「強さ」だと思うけど、もしそれを「無理に演じている・ごまかしている・自分にも嘘をついている」んだとしたら、それはむしろ「弱さ」だろう?

      と思っているんですよね。だからそんな私は、

      本当の意味で強くはなりたいけど、「強いフリ」はしたくない

      ということなんです。それに私は本当には、むしろだいぶ弱いんですからね。

       

      だからこんな私を見て他のひとがどう思うかはわかりませんし、

      やっぱり私はどちらかと言えば「異端」(現状における「主流派」には入れないひと)だということなんだろう

      とも思いますが、それでも私に合わないことはやっても続きませんので、私は私なりに、私らしく進んでいけたらと思っています。

      こんな私ではありますが、よろしければ今後とも、どうぞよろしくお願いします。

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