「強さ」とは、いつどんなときも「喜び」を見出そうとする態度のことだ

眼を背けたくなるような出来事や事実というものがある。それは見ようと見まいと、日々起こっている現実だ。そのような「苦しみ」に対して、そこから目を背け、逃げ出し、そして表面的な「解決」をすることは比較的容易いかもしれない。そしてそれを、「前向きな捉えかた」などと言ってみたりする。

しかし、もしあなたが本当に世界を理解し、強くなりたいと願うのならば、そのような「不都合な真実」から眼を背けてはならない。真の「強さ」とは、腕力でも、知力でも、仲間の数でもない。それは、「現実」を真摯に見つめ、その上で「喜び」を見出そうとする態度のことだ。そしてそれは、確かに起こっている「現実」を無視して、表面的な<喜び>で取り繕うことではない。すべての「痛み」を受けてなお、そこから「未来」を描く毅然とした態度である。

「現実」を目の前にしたとき、それを見て見ぬふりをするのと同じくらい容易いことは、その「悲しみ」や「苦しみ」に心を委ねきり、自らを責め、追い詰めることだ。しかし、それはなにも生まないばかりか、結果的にその苦しみや悲しみを増やすことになる。だから、私たちはいのちある限り、「喜び」に目を向けなければならないのだ。なぜなら、その「現在」の態度の積み重ねが、「未来」を創るからである。

かといって、そのような態度を採ることは、誰にとっても簡単ではない。だからこそ、「強さ」には「鍛錬」が必要なのだし、その道のりは遠いが、やってみる価値はある。なぜならそれが、「生きる」ということでもあるからだ。なにより私自身も、心から強くなりたいと願っている。あなたは、いかがだろうか?