この世界の問題を解決する主体は、私たち自身しかいない

我々の問題は人間によって作られたものだ。それゆえ、人間によって解決できる。人間の理知と精神は、解決不可能と思われることもしばしば解決してきた。これからもまたそうできると私は信じている。

これはジョン・ F・ケネディの言葉だ。また、確か同じくケネディの言葉だったと思うのだが、

神が地上の天国を創るとしても、それは地上の存在を通してしかあり得ない。

というものがあったはずだ。正確な出典を知っているひとがいたら教えてほしいのだが、いずれにせよ、私はこの言葉に深く共感している。

スピリチュアル系のブログなどで、様々な霊存在の言葉を語っている方々がいるが、その真偽をいったん脇に置いても、結局どこの誰の言葉であれ、想いであれ、計画であれ、それがこの世界に起こるものである以上、それは私たち地上の存在を通して起こる以外にはあり得ない。理想郷はある日どこかから湧いてくるものでも、誰かから賜与されるものでもない。今まさにこの世界から、自分たちが変革していくことによって創られていくものだ。そうでなければ、私たちは「身に余る」世界を早晩崩壊させてしまうだろう。

だから、その意味では、どんな「高位」の霊存在からの言葉であっても、それは「参考」にすぎない。私たちは誰かの「手足」として存在しているのではない。それぞれの世界の「主体」として存在しているのだ。これは、広い意味での私たちの「想い」の総和が、世界を創造し、維持しているのだということである。この「主体」という語を曲解して、

人間は万物の霊長だ!

などとしたり顔で言うのはむしろ落とし穴のほうが多い。

だからと言って私は、霊存在を軽んじているわけでも、地上界の存在の「独立」を主張しているわけでもない。ただ、このこの世界に関して言えば、霊存在はあくまでも「補助的役割」を果たしているのにすぎず、私たちに「示唆」(ヒント)は与えても、「先導」はしないということを言いたいのである。

私たちにその意志がないのなら、いつまで経っても世界は善くならないだろうし、この道の先にある破滅に向かっていくだけだ。そうならないためにあらゆる存在が「支援」はしてくださっているが、あくまでも私たちの問題解決の「主体」は私たちにある。

一言付け加えておけば、過去の「聖人」たちや「神霊」の方々も、直接この地上界に転生してきている方々も多くいるのは確かだ。しかし、彼らがいきなり「奇跡」を起こしたり、「リーダー」になってくれることはない。同じ世界にいるのなら、条件も同じだ。

とはいえ、ひとりでできることには限りがある。だからこそ、地上界も霊界も、三千世界が手を取り合うときなのではないだろうか?そしてみんなで考え、動いていくときなのだろう。あなたも、そうは思わないだろうか?