次代は女性性の時代らしい。ということは……

私は占星術に詳しくはない。だが、最近「スピリチュアル界」では

うお座の時代からみずがめ座の時代への移行

などが説かれている。これは最近の「アセンション」(次元上昇)にまつわる諸説と深く結びついて、たとえば

分離から統合へ

男性性から女性性へ

などと称される。

ここで、「男性性/女性性」と「光/闇」との関係性を考えてみよう。どの存在もみんな、このふたつの性質を併せ持ってはいるのだが、どちらが強く表れるかには差異がある。また、一般的に言われる「男性」と「女性」には、身体機能に違いがあるのは言うまでもない。その男女が結びついていのちが生まれるのであり、そこに上下関係がないのも明らかだ。ただ、はたらきが違うだけである。

このことを念頭に置いたうえでさらに考えると、男性性のひとつの象徴と言えるのは「精子」である。精子は本質的に「能動性」を帯びている。そしてある側面から見れば、「多様性」(個性)と「競争性」を帯びているとも言える。そしてこれは、根本的に「光」の性質と強い親近性がある。

一方で女性性のひとつの象徴と言えるのは「卵子」である。卵子は精子と結びつくために、自ら精子のもとに飛び込んでいくわけではない。その意味で、受動性を帯びていると言える。また、種によって違いはあるが一般的に卵子は精子に比べて数が少なく、人間の場合いちどに排卵されるのはひとつだけである。これを精子と比較して考えれば、卵子は「全体性」と「統合性」を帯びていると言えるだろう。そしてこれは、根本的に根本的に「闇」の性質と強い親近性がある。

私たちは、発育のある段階まではみな「女性」である。しかしそのなかから遺伝子が変化したものだけが、「男性」として分離する。その意味でも、女性は男性の根源だと言える。さらに、のちに詳しく述べるが、「闇」もまた、「光」の根源なのだ。これを逆だと考える方々が多いことは承知しているが、男性が女性から分離したものであるのと同様、光も闇から分離したものなのだ。だが、何度も言うように両者の間に上下関係があるというわけではない。ただ、はたらきの違いがあるだけだ。

ここまで考えてみると、次代が「女性性の時代」であり「統合」の時代であるならば、それは真の意味において「闇の時代」だということになる。私たちの社会は長きにわたって男性性優位の時代であったが、それは、本質をあまり理解しないままに「光」ばかりを追い求めてきたこととも重なるところが多いと私は考える。

だから、私のように「闇」を語るものは敬遠され、「穢れ」などと安易に同一視されることも多い。しかし、闇を理解しようとしなければ光はいずれその存在を見失うことになるだろう。これから「女性性」が再発見されてゆくのならば、それは私にとっても、非常に面白い時代となる可能性を秘めているということだ。たとえ「光」ばかりを説くひとびとが、それに気付いていないとしても……。