この『闇の向こう側』の訪問者と、素朴な疑問、そしてこれから

私がこの『闇の向こう側』を開設したのは、確か1月の末だったので、もうだいたい4か月ほどが経った。早いものである。ここの管理システムには初期設定で簡単な「アクセス解析機能」が付いていて、読者の方々がどのような経路からこのブログにたどり着いたのか、その大枠がわかるようになっている。それを時々眺めていると、なかなかに興味深い。

それによれば多くの方々が、「アセンション」だとか「霊」だとか「闇」だとかいうようなキーワードから、こちらにたどり着いているようだ。なかには「アセンション 分離 統合」のようになかなか複雑な検索をかけて辿り着いているかたもいるようだ。そして私がこれを見て思うことは、

この方々はいったいどのような想いでこのような語を検索しているのだろう?

ということである。

「アセンション」という言葉は明らかに日常語ではない。生活の場面では遣われないし、世間話でもほとんど聞かない。だが、ネットなどを介して、「精神世界」や「スピリチュアル」に関心を持つ方々の間では、広く用いられているようだ。そして私が大ざっぱに見て取ったところではそれのほとんどが、「2012年」や「マヤ暦」や「世界の変革」などと結び付けられて捉えられていると言ってもいいように思える。だとしたら、それを気にかけ、検索する方々とは、いったいどのような想いを持っているのか?

もし、この「アセンション」もまた、1999年の「ノストラダムスの大予言」のように、「トンデモ話」として、「おもしろオカルトネタ」のようなかたちで捉えられているのだとしたら、それはそれでかわいらしいとさえ言える。人生を愉しむことは誰に責められることでもない。むしろどんどん奨励されていいものだ。

だが、彼らがもし本当に「世界の大変革」が来ると信じているとしたら、そして2012年がその大きな節目だと考えているのなら、彼らはきっと身を奮い立たせて考えているはずだ。

私は、これからどのように生きればよいのか?

と。

私自身は、必ずしも巷で主流を成しているような見地から「アセンション」を捉えてはいない。しかし、

私は、これからどのように生きればよいのか?

という問いはもちろん、私にも共有できる。そして、そこにどんな背景を見ようと、この世が今激変のさなかにあることは、もはや誰の目にも明らかになりつつある。

そんな現在にあって、このような「現実的ではない話」を書き続けるのには、もしかしたらそれほど意味がないのかもしれない。それよりも、「食糧の作りかたの学習」や「共同体の構築」などに時間を割いたほうがいいのかもしれない。しかし、私自身には直接そのような活動に携わる力、ことに体力がないのである。

だから、私は別の側面から、未来に向けてできることをしていこうと考えている。そしてそのひとつが、

もしあなたが他のひととは「違う世界」が見えていても、それは異常ではない

ということを伝えることだ。私は常々不思議に思っている。なぜ、この地球上には70億人を超えるひとびとがいるのに、「シャーマン」は未だにごく限られたひとびとの、特殊な能力だと考えられているのか? 私は、もしひとびとが真に素直に表現することができれば、シャーマンは世界中に、日本中に次々現れると確信している。ではなぜそうならないのか。それはきっと、今の社会のなかで、それが「異常」とされているからだと私は考える。

だからこそ、私はここから、自分の経験を書き起こしていくことで、それを共有し、それで誰かが

自分は異常ではなかったのだ

ということに気付いてくれればと思っている。私はここでは匿名であるし、更新は不定期であるが、想いは「真剣」である。そしてもし、あなたがこの『闇の向こう側』に縁を持ったなら、いちど立ち止まって真剣に考えてみてほしい。

霊とはなんなのか?私はなぜそのようなことを知りたいのか?

闇を覗き込むには「覚悟」がいる。そのためにはあなたよりも先に「闇」のなかに生きていた存在がいるという事実も受け入れなければならないからだ。ときにこの世界はあなたを傷つけるかもしれない。だがもし、あなたが自分の「居場所」を本気で求めているのなら、それは闇のなかにこそ、あるのかもしれない。なぜなら闇は誰のものでもなく、したがって誰でもを受け入れるからである。