銀河の中心にあるのはブラックホール。闇は今日も静かに光を支える

ブラックホール。それは近くにあるものすべてを飲み込み無限に成長を続け、そこからは光ひとつ出てくることはない。このブラックホールは空想の産物では決してない。今も確実に存在することが科学の分野でも知られているし、もしかしたらあなたも驚くかもしれないが、それは全宇宙に限られた数しかないのではなく、ほとんど無数に存在することが、知られているのである。

それでは私たちにとって最も身近なブラックホールはどこにあるのか。それはまさに私たちのいる地球が属する銀河、通称「天の川銀河」の中心にある。最近ではそのブラックホールの「種」が発見されたことが、国立天文台のウェブサイト上にも掲載されている。

慶應義塾大学の岡朋治准教授らの研究チームは、いて座方向、太陽系から約3万光年の距離にある天の川銀河の中心部において、巨大ブラックホールを形成、そして成長させる「種」となる中質量ブラックホール候補を発見しました。

銀河の中心にブラックホールがあるのは珍しいことではない。むしろごくありふれた現象だ。そしてそれよりは一般に知れ渡っていることだが、私たちのいる宇宙にある物質のうち、私たち人間が現在多少なりともその性質を把握できているものの割合はどんなに多く見積もっても20%を超えることはなく、残りはすべて「ダークマター」(暗黒物質)あるいは「ダークエネルギー」(暗黒エネルギー)などと呼ばれている、「謎の存在」なのである。

私はこのような文字通り「光の当たらない」存在が宇宙のほとんどを占めていることを初めて知ったとき、言い知れぬ畏敬の念を覚えた。そしてそれは今でも変わらない。だから正確には「光の当たらない」という表現は多少傲慢だとさえ思える。むしろ私たちが認識することができる「闇に閉ざされていない」世界のほうが特殊であり、だからこそこの世界の有り難みを噛み締めることができるのではないかと思うのである。

光の世界は美しい。それは私も心から認める。だが私たちが意識しようがしまいが、その光の世界を支えているのが闇であることにも変わりはない。光が闇を彩っているのも事実だが、光に縁取られて浮かび上がる闇の美しさにも私は息を呑む。その美しさは私には甲乙付け難い。だが大多数のひとが光を愛でるというのなら、私は闇をより愛でたい。静かに凛と佇むその気高さを、決して忘れたくないからである。