少しギアを入れ替えます。現在の世界情勢と、私自身の役割

時代には、確かに「節目」というものが存在する。本来、時間とは連続するものなのだから、なにかが突然急激に変わるということはあり得ないのだが、それでもあとから振り返ってみると、あのときからなにかが変わり始めていたと言えるような重要な「岐路」があったことに気付く。そして、今このときも確かに、そんな岐路なのだろうと感じる。

政治家は、離れてみるとかなり愚かに見えるときがある。一般に、社会で高い地位に就いていながら、多くの民衆から支持を受けるのはかなり難しい。実際にそれができる立場にありながら、自分の利益追求を後回しにすることも難しい。だが彼らが「人格者」であるかどうかは別にしても、高い地位に就いている方々というのは、実のところかなり「賢い」のである。

だから、彼らはわかっている。「今このとき」こそが、今後の世界の命運を左右するような重大な局面かもしれないということを。アベノミクスも、消費税引き上げも、生活保護の支給額引き下げも、マイナンバー制度の導入決定も、すべて根本では、彼らの確かな「危機感」に基づいている。彼らは彼らなりに、「生き残り」に必死なのである。

この世界は、「想念」(意志)のぶつかり合いで形成されている。たとえば選挙にしても、「原発推進派」と「反原発派」が出てくると、そこにそれぞれの陣営が生まれ、結局は「開票結果」として現れて、それを基に政治が行われている。この場合の「票」とは、すなわち「意志」である。

霊存在と関わりながら生きるということは、多くの意志のなかで生きるということである。それは誰しもがそうであるのだが、それを「自覚」し、「受け入れて」いる者を「シャーマン」と定義してもいい。そして、私もそのひとりである。

そのように生きていると、様々な霊存在と関わるようになる。私たちが日夜肉体を持った様々な存在と関わるのとまったく同じように、「肉体を持たないだけ」の霊存在も無数にいるのである。

だからそのなかには、実にいろいろな存在がいる。地球が喜び多い星となるよう懸命に導こうとしている方々もいれば、地球を支配し、隷属させ、いつまでも争わせようと画策する方々もいる。また別の見かたをすると、自殺者、事故死者、殺人被害者、信仰者、無神論者、アルジェリア人、ホンデュラス人、動物霊、自然霊……というようにキリがない。私を支援する方々が大勢いてくださる一方で、私を殺そうとする(肉体を霊体から引きはがす=この世界に直接関われなくする)方々も大勢いる。実に、「なんでもあり」な世界なのである。そんな方々と、私は関わり、直接対話してきた。私の師も、今は霊存在である。

そんななかでひしひしと感じることは、彼らがみなそれぞれに「必死」だということだ。みな、「今」がどれほど重要な局面なのかを痛感してるようだ。翻って私たち肉体人を振り返ったとき、その「温度差」には驚かされる。だが、それが現状なのである。

このようなことを考え合わせた結果、私もここらで少し、ギアを入れ替えることにした。霊存在が私たちになにを伝えようとしているのか?  霊存在はなにを思いながら「生きて」いるのか? これを書くのが、シャーマンとしての私の役割だろうと考えたからである。

肉体を持って生きるということは、いろいろな縛りもある。私には現在「仕事」もある。それを終わらせたあと、さらにこのサイトを毎日のように更新する「体力」もない。しかし、それでも私のできる範囲で、これからもたくさんの方々の「想い」、そして私の学んだことを、伝えていきたいと考えている。また、気になる点があれば私へのメールやコメントも遠慮なく送ってほしい。

たとえ微力であっても、自分にできることをして、ともに未来を拓いていく気概を持つこと。このような「情熱的」な態度は必ずしも私の意図していたところではないが、私に愛情と情熱を注いてくださった多くの先人たちのためにも、ここはひとつ、らしくないこともしてみよう。そう思えた、今日この頃である。よろしければこれからも、末永くお付き合いいただきたい。

コメント

  1. 江藤敬介 より:

    貴重なご意見ありがとうございます。

    大切に読ませて頂きます。

    • Dilettante より:

      江藤さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      江藤さんのご活動は以前から知っていました。

      私たちは、長い年月の間に、あまりにも「土」(大地・地球)から離れてしまったようです。

      私自身はもはや土と戯れることはできませんが、未来を創る食づくりの活動に、心からの賛同と感謝を申し上げます。