霊存在との対話。資本主義の後の社会について

霊に対しての対応法を一般化することはとてもできない。だが、最初から物腰の柔らかい態度を取っていたにせよ、紆余曲折を経たあとにせよ、お互いがある程度落ち着いて「話せる」状況になったときには、私は彼らにこのような質問をぶつけるようにしている。

現状の社会を、どう捉えていますか?

現代の社会問題の核心は、どこにあると考えていますか?

未来社会を構想するにあたって、現状のどこを変えていくといいと思っていますか?

これに対する答えを集めて振り返ってみると、そこには一定の「共通点」が見受けられることに気づく。それが、以下のようなものだ。

  1. 「カネ」の世の在りかたを、根本的に問いなおしてほしい
  2. 「霊」の世界が実在することを知ってほしい
  3. 「生まれ変わり」の仕組みがあることを知ってほしい

このなかで今回は特に1について取り上げる。現代の社会においては「資本主義」が最も大きな力を保っている経済制度であり、それがほとんど全世界的を覆い尽くしていることは疑いないと思う。だが、この制度には様々な綻びがあり、永続しようがないものであることにも誰もが気づいている。私も、資本主義はいずれ必ず崩壊すると確信している。

資本主義が、いずれ必ず崩壊する最も単純な理由
現在の社会は、「経済危機」の真っただなかだ。以前は「資本主義」に対する「社会主義」(共産主義)があり、互いに覇権を争っていたが、今や「経済」と言えばほぼ資本主義一色であり、それが「グローバル経済」と名を変えて世界的に猛威を振るっている。そし...

しかし問題は、「その後」なのである。

資本主義が崩壊することは避けられないにしても、その後の社会システムはどうなるのか?どうするべきなのか?

このような問いを霊存在(私の師も含む)にぶつけると、このように答えた方々も多い。

まず、集団が生きていくために必要な食糧やエネルギーは協同で生産して賄う。そのうえで、個々人が自分のやりたいこと、得意なことをしながら、全体として支え合っていけばいい

こう言われると、まず私の脳裏に浮かんだのは、「共産主義」であった。しかし、共産主義もまた、過去の壮大な実践の結果頓挫し、現状も力を持ち得ていない。しかしよく訊いてみると、彼らの考える社会と共産主義は、必ずしも同じではないようだ。

そもそも共産主義は、「国家」という巨大な権力が、ひとびとの労働の在りかた、食糧生産などを「計画的」に統制しようとしたところに無理がある。そして、「生産活動」の定義を狭めすぎたことにより、各人の自由な「創造的活動」を極度に制限した。それになにより、膨大な数の個人の生きかたをひとつにまとめるには、「国家」という枠組みは大きすぎる

併せて彼らは私に、カンボジアのポル・ポト政権においてなにが起こったのかを教えてくれたことも付け加えておく。

彼らとの対話をすべて記載することはできないが、彼らの構想の骨子は、

  • 各経済圏の規模を縮小し、「顔の見える」関係を作っていく
  • お互いの「できること・やりたいこと」を持ち寄っていく(=助け合いながら、自分にとって喜びの大きなことをする
  • 「食糧」と「エネルギー」の生産と分配については、最重要事項のひとつとする

という点にあるように思われた。

そして、このことについて、師はこのように語った。

カネがないと生きていけない社会のもとでは、「自分には価値がある」ということを絶えず他者に訴え、承認してもらわねばならない。そしてカネに限らないことだが、現状の在りかたを維持するため、やりたくもない、意義も感じられないことに自分のいのち(=時間)を空費している。しかし、生きることに「条件」が要るというのは不自然だ。本来、「生きること(いのち)そのもの」に価値があるのに、それを「証明」しようとして、自分自身を見失うのはあまりにも哀しい。安心して生きられる環境さえ整い、心が安らげば、あとは自然と、自分の「役割」(喜び・生まれてきた理由)が目覚めてくる。だからこれからは、「カネがなくても生きていける社会」について、真剣に検討していくことになるだろう。「そんなことをしたら怠け者が増えるだけだ」というひとがいるが、それは制度の問題ではない。精神の問題だ。そしてこれが、いちばん根深い要素なんだ

言うまでもなく、社会制度もまた、私たちの「精神」が反映されてできているものだ。だとしたら、まずは私たちが本気でこの社会の問題点と、そして自分自身と向き合わなければ、この社会が変わることはないだろう。

それに彼ら自身も言っていることだが、霊存在も結局は私たちと同じ「ひとりの存在」にすぎない。だから、私たちは彼らの意見を必ずしもそのまま受け入れる必要はない。彼らの構想をさらに練っていくことも必要だろう。しかしなにより、彼ら霊存在もまた、私たちの未来をともに考えてくれている。ともに悩み、ともに願い、ともに歩んでくれている。その事実だけでも、私には大きな希望に感じられる。あなたも、そうは思わないだろうか?

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  1. だれか より:

    dilettante様

    今日もブログを楽しく拝見させて頂きました。

    私はお金自体がなくなる世の中は不便だと思いますので、お金自体が消滅することは望んでいませんが、世界人口の1%が富の独占をしていることに疑問を感じます。

    私達は奴隷教育を受け、1%の人の家畜になる為に生まれ、働いているようなものに見えているからです。

    ユーチューブで「日本人の99.99%が知らないこと」を検索して見て下さい。

    とても興味深い動画ですよ。

    • Dilettante Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      ええ、今の感覚のままで、

      「お金(貨幣制度)がなくなる」

      と考えると、不便になると思ってしまうのもしかたないと思います。

      ですが、貨幣制度がなくなるというのは、必ずしも

      「物々交換の時代に戻る」

      というようなことを意味するわけでもありませんし、たとえば今私とあなたをつなげているインターネットなどの

      「文明のすべてを否定する」

      必要があるというわけでもありませんので、今までの生活から様々なことを学んできた私たちだからこそ、もっともっと素晴らしい未来を創っていけたらと、そう思っています。

      そしてそう考えたうえである視点から見ると

      お金(貨幣制度)がある世界のほうが、ずっと不便だった

      と、思うときが来るかもしれません。

      それから、あなたがおっしゃるように今の世のなかには圧倒的な格差があるわけですが、だからと言ってその

      「1%のひとたち」

      が金銭的になんの不安・葛藤も感じていないとは思えないので、やはりその意味では誰もが

      「貨幣の奴隷」

      になってしまっているのだろうと思います。しかも、貨幣に命じられたわけではないのに、です。

      考えてみれば今

      AI(人工知能)が発達していったら、いつかは人間に反旗を翻すんじゃないか?

      などという懸念を示しているひとたちがいますが、そんな未来を心配するまでもなく、私たちはもう既に

      「自分たちが創ったものに翻弄されている」

      というわけですね。

      ですがそんなことはやはりおかしいので、私も私なりにそれを修正するために力を尽くそうと思っていますが、それはあなたを不幸にする結果にはなりませんししませんので、どうかいい意味で、楽しみにしておいていただければと、そう思っています。

  2. だれか より:

     生きている事自体に価値があるというのはどの様な意味が込められているのでしょうか?
     人間社会では自分に価値がある事をアピールしなければ生きてはいけないという考えが確かにあり、周知の事実の様にもなっている気はしますが、だからと言って、例えば自然界が違うのかと言われるとそんな事は無い気がするのです。
    自然界は騙し合い・奪い合いで成り立っていて、助け合って生きていく種族というのを確認した事がありません。(勉強不足だったら申し訳ありません。)動物にしろ植物にしろ生物というのはあくまでも「繁殖する」という目的によって生かされているに過ぎず、それによって日々の営みが作られている様でとても「愛に気づく為」や「幸せになる為」にこの世に生を受けた様には思えないのです。例えばハチが良い例だと思います。交尾出来なかった雄のハチは秋になると邪魔者とみなされてメスバチに巣から追い出されて捕食されたり餓死したりしてしまうらしいのですがこのハチにしても「生きているだけで価値がある」なんて言える存在なのでしょうか?
     自分は出来る事の少ない人物です。勉強が出来ません。努力が出来ません。パソコンが出来ません。他人から言われた指示を何度も聞き間違えます。「それでも貴方には出来る事がある。自分がまだその力に気づいていないだけだよ。」その様な言葉を有り難く言って貰った事もあります。しかし小学生や中学生が出来てる事も出来なければ努力も出来ない身で一体どうやって力を発揮すれば良いのでしょうか?自分の過去を思い出してみても人より優れた部分なんて絵を描ける事以外ありませんでした。気持ちは有り難いのですが自分は事実が知りたいのであって慰めて貰いたいのでは無いのです。本当にこの世の中は希望で溢れていて支え合い・励まし合いで調和が取る事が出来るのでしょうか?自分はどうしても期待が出来ません。

    • Dilettante Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      生きている事自体に価値があるというのはどの様な意味が込められているのでしょうか?

      そうですね、これはいろいろな観点から見ることができると思うのですが、たとえば

      生きているだけで必ずなにかしらの体験を積むことができるので、それがかけがえなく尊いことだ

      というのも、そのひとつです。

      それからあなたが

      動物にしろ植物にしろ生物というのはあくまでも「繁殖する」という目的によって生かされているに過ぎず、それによって日々の営みが作られている様でとても「愛に気づく為」や「幸せになる為」にこの世に生を受けた様には思えない

      交尾出来なかった雄のハチは秋になると邪魔者とみなされてメスバチに巣から追い出されて捕食されたり餓死したりしてしまうらしいのですがこのハチにしても「生きているだけで価値がある」なんて言える存在なのでしょうか?

      と言いたくなるのもそうおかしな考えだとは思わないのですが、まず

      人間以外の動植物、しかもハチ(虫)のように集合意識が強い存在(の段階)であればなおのこと、種の保存・繁栄が第一目的のように見えるのもしかたがないだろう。でも特に人類の場合は、別にそれを至上の目的として生かされているわけではない

      というのが、私の率直な見解です。またそもそもあなたご自身を振り返ってみるだけでも、あなたが「繁殖するためだけ」に生かされているなんて、そんなふうにはきっと思えないと思うんですよ。
      それに私自身もこどもがいないので、それを言うなら確かに「繁殖には失敗している」わけなんですけど、だからと言って私の人生が壮大な無駄だとは、まったく思っていませんからね。
      私が現状の人生にまだまだ満足できていないのは、「繁殖の失敗」とはまったく関係ないことなんですし。

       

      ただですね、こういった私の立場というのはそもそも

      私たちは永遠の存在(魂)であって、肉体が滅びても本体は滅びることなく、これからも何度も生まれ変わることになる。それは今生においてハチであろうが花であろうが、人間であろうがサメであろうが、根本的にはまったく関係ない

      という認識が大前提にあるので、もしその認識の段階でそもそもの食い違いがあるのであれば、私の見解はまったく受け入れがたいものだろうとは思います。逆に言えば、もしそこにさえ納得してもらえれば、私が

      たとえ雄バチの生が人間の眼から見て悲惨にしか見えないとしても、それもそれで「ハチの生」としてはひとつの貴重な実体験なのだから、その意味ではやはり間違いなく意味がある。つまり究極的には、「ひとつひとつの生だけを見て、そのひと(魂)の幸不幸を判断することはできない」ということでもある。だから結局はいずれすべてを糧にしてしあわせになれればそれでいいのだし、その意味ではやはり私たち(すべての魂)は、しあわせになるために存在しているんだ

      と言ったとしても、いつかは理解してもらえるのではないかと、そう思うわけです。

       

      それから、人間というのは間違いなく社会のなかで生きている存在なのですから、

      「できる/できない」(→有能/無能)

      というのも実際にはかなりの部分で、社会との関係性に左右されるものなんですよね。

      なのであなたが

      勉強が出来ません。努力が出来ません。パソコンが出来ません。他人から言われた指示を何度も聞き間違えます。

      とおっしゃるのも、

      「それはそういう能力が高く評価される社会(状況)だから」

      という理由があってこそのもので、逆にもし

      「絵の上手さが最も称賛される社会」

      だったとしたら、そこではあなたは、少なくともほとんど絵の素養がない私と比べれば、絶対的に高い評価を受けることは間違いないということです。

      とはいえもちろんあなたのように悩むひとは他にもたくさんいるわけですし、私がちょっと言ったくらいですぐにそれを塗り替えられるとも思ってないんですけど、ただ

      能力(他者の評価)というのは、実はその程度のものなんだ

      ということは、どこかで覚えておいてもらえたらと、そう思っています。

       

      また、あなたは

      気持ちは有り難いのですが自分は事実が知りたいのであって慰めて貰いたいのでは無い

      とおっしゃいますが、私は私が思うことを率直に言っているだけで、「慰め」のためだけにそれをねじ曲げたりはしていないですし、これからもそんなことをするつもりはないです。そのために、わざわざこの場所を創ったんですからね。

      また私は少なくとも現状の社会について、

      この世は希望であふれている

      などとは思っていません。ただ私は

      現状はどう見てもあまりにめちゃくちゃだけど、でもこんな狂った状態は、絶対にいずれ終わる。だからこれからの未来についてまで、希望を棄てるのはもったいない

      と思っているだけです。なので私としては、

      あなたと私の間で、現状の認識にそれほどの差があるとは思えない。ただ違うとしたら、それは「未来」に対する認識なんだ

      と思っているんですよね。そしてそれならなおさら、あなたが

      自分はどうしても期待が出来ません

      とおっしゃるのならそれはそれでしかたがないことだとも思いますし、あなたを

      「理論や理屈で説得する」

      のは、現状ではほとんど無理に近いほど難しいことなんだろうと思います。

      それに、あなたが未来にもほとんど希望が保てずにいるなら、

      努力が出来ません

      とおっしゃるのも、まったく自然な流れだと思いますし。

      ですがだからこそ、

      それなら誰がどう見ても否定できない、「絶対的な結果・実績」を以て示すしかないだろう

      ということもわかっていますので、私としてはあなたにもせめてもう少し、様子を見ていていただければと思うんですよね。だって

      もし今死んでしまったら、せっかくの「最前列」から遠ざかってしまう

      じゃないですか?だから

      「生きているだけで価値がある」

      というのは、こういう意味でもあるということなんです。

      • だれか より:

         お言葉は確かに有り難いのですが自分はやはり守護霊さんの言うように笑う事が出来ないのです。
        例えば前述する様ですが自然界にしたって生きる気や能力の無い個体はさっさと死んでしまえと言わんばかりで、他者の命と天秤にでもかけて自分の身が大事だからこそ蹴落としてでも野生動物は生き残っているわけじゃ無いですか。「仲間達の言葉」の豚さんだって「強い者に弱い者が好き勝手にされるのは仕方が無いしそれは自然界の鉄の掟だ」って述べてたではないですか。
        霊界にしたって学者達が血眼になって一向に成果が出る事はありません。霊界は観測も存在の証明もさせてくれません。
         そんな世界で生きている我々にいきなりみんな幸せになる為に生まれてきただのこれからは今まで以上に笑って生きようだの言っても無理があると思うのです。とある占い師さんにも言われました。勉強が出来無い、努力が出来ない、パソコンが出来ない、それでも他に出来る事があるから大丈夫だ、と。自分は全くその言葉に賛同できません。それらの能力は社会人として家庭を築いたり、安定した生活を得たりする為に確実に必要なものだからです。しかし占い師さんはあくまでも読み手です。自分はそう諭してくる世界そのものに納得がいっていないと言っているのです。
        だって世界はこんなにも残酷じゃ無いですか?
         みんな幸せになるに越した事は確かに無いとは思いますが人間社会も自然界も同じ競争社会で強者が支配する世の中から平等かつ幸せな社会へ変わった事なんて一度も無いわけじゃ無いですか?
         弱いなら、何も出来ないなら死ぬしか無い様な世界で変わらなくて良い、笑っても良いなんて言われても出来る筈がありません。あくまでも自分は人として生まれ、恵まれた国の恵まれた家庭で生まれたから今日まで生きているわけです。
         実はあなたに守護霊さんの言葉を汲ませて貰った事があります。
        あなたが自分の力をまだまだいかせていない事をがっかりにも思っている、そんな有り難い言葉を受け取って貰った事があります。
        しかし自分が集団の中で重要な仕事をしようとすると必ず迷惑を掛けてしまいます。嫌われてしまう事もあります。能力が足りないからです。
        あらゆる分野で周りの人達に比べて確実に劣っているのにどうやって活かせば良いのでしょうか。
         自分が幸せになるには、力が足りないし社会や世界に期待が出来ない、だからどうしてもそんな気持ちにはなれない。申し訳ありませんがこれが正直な意見です。
         長文失礼しました。

        • Dilettante Dilettante より:

          ええ、先日も言ったとおり、私は今のあなたを理論理屈で説得できるとは思っていません。

          それに、もしあなたが今の気持ちを街頭で大勢のひとたちに伝えたとしたら、あなたの声に共感するひとは間違いなくたくさん現れるだろうと、そして一方で私が同じことをしたら、それはきっと「理想論」や「夢物語」と見なされるだけで、少なくともあなたほどに強く胸を打つことはできないだろうと、そう思うんですよ。

          なので私はあなたの考えが悪いともおかしいともまったく思いませんし、だからこそそれを変えるためには、こないだも言ったとおり

          「もっと明らかな実績を見せる」

          しかないんだろうと、そう思うんです。

          それに私自身も「ぬか喜び」するのは嫌なので、別に

          いよいよ変革のときは近いですよ!

          なんてことを軽はずみに言えるとも言いたいとも思っていなくて、その代わり前からずっと

          50年とまで言わなくても、30年後の世界を見るのは、誰にとっても大きな意味がある
          現代日本では特に、「少子高齢化」が進行している最中で、この状況とどう向き合うかは、とても大きな課題だとも見なされている。そしてこれは、今「先進国」と呼ばれているような国では多かれ少なかれどこでも起きていることだとも言えるだろう。

          しか...

          と言っているでしょう?

          なのでそんな私としては、

          どうか30年、あるいはせめてあと10年くらいは、私(たち)の様子を見ていてくれませんか?

          と、そうお願いしたいんです。それにもちろん私だって、それを早められるならできるだけそうしたいとも思っているので、それを信じきれなくても期待できなくてもいいから、どうかせめてそこで様子を見ていていただけたらと、そう思っているんですよ。

           

          そしてそのうえで、もう少しだけ補足させていただけるなら、まずあなたが

          「仲間達の言葉」の豚さんだって「強い者に弱い者が好き勝手にされるのは仕方が無いしそれは自然界の鉄の掟だ」って述べてたではないですか

          とおっしゃるのは

          「肉を喰うなら、せめてその意味を知って喰え!」。ある豚が切実に訴えてきたこと
          「肉を食べる」ということは、私たちにとってどういう意味があるのか?これはとても多様な観点から捉えることができる問題でもあり、だからこそ私も今までに、いろいろな考えを巡らし、ここでも共有してきた。

          しかしこのように私が書...

          のことだと思うんですが、そこに書かれているのは精確には

          そもそも動物界には、

          「弱いヤツは、強いヤツに好き勝手にされてもしかたがない」

          という「鉄の掟」がある

          という表現であって、しかもその直後に

          これはある程度は「諦め」でもある

          と添えてあることも踏まえると、そこにあるのは必ずしもあなたの汲み取ったニュアンスだけでもないのではないかと思うんですよね。

          それに確かに人間も「動物」ではあるわけですが、一方では

          「他の動植物の生をたくさん経験したからこそ、人間に生まれ変わってきた魂」

          でもあるわけですから(もちろんこの見解にも異論が多々あることはわかっていますが)、

          その前に学んできたことのすべてをまるでなかったかのようにして、なおも「弱肉強食」の思想に引きずられ続ける必要はない。というか私たちは本当にはそれを脱却するためにこそ、ようやく人間になるところにまで来たとも言えるはずなんだ

          と、私は思うんですよ。しかも彼はあくまで「豚としての生を踏まえた今の気持ちを素直に伝えてくれただけ」で、それが「未来永劫絶対に正しい」というわけでもないんですからね。それにほら、ぶっちゃけ鉄くらいなら壊せないこともないじゃないですか?彼は別にそれが

          「絶対不変不動の掟」

          なんだとか、そこまでは言っていないんですし。

          それからこれと似たような意味で、あなたが守護霊さんに

          あなたが自分の力をまだまだいかせていない事をがっかりにも思っている

          と言われたというのも、私からすると

          おそらく守護霊さんは「がっかり」という表現までは遣っていないんじゃないか?

          と、そう思うんです。たとえばそれが

          「残念」

          というような表現だったら、それは「切ない」とか「歯がゆい」とか、いろんな解釈も成り立つという意味でです。でも

          「がっかり」

          だったら、それはまるで守護霊さんがあなたに「失望」しかかってるみたいじゃないですか?だからおそらく厳密にはそういう表現ではないんじゃないか、少なくともそこには別の解釈の余地もあり得るんじゃないかと、そう思うんです。

          ただそれはまず第一に「私を介して伝えられた言葉」なので、もしかすると私の精神整理が甘くて、私を通るなかでそういう言葉になってしまったのかもしれませんし、あるいはそこをピンポイントで見ると確かに

          「がっかり」

          と書かれていても、もっと広い文脈を見れば違う意味合いにも取れるようになっているのかもしれません。なのでそこは今ここではなんとも断言できないのですが、とにかくあなたがそれを最終的に

          有り難い言葉を受け取って貰った

          と捉えてくださっているのであれば、それは仲介役の私としても本当に、ありがたく思います。

           

          ですが何度も言うように、私は今のあなたの気持ちを簡単に変えられるなどとはまったく思っていませんし、あなたが無理に私に迎合せずにご自分の

          正直な意見

          を伝えてくださることは、本当にありがたいと思っています。ですが私はだからこそもうひと言だけ、

          もしよかったら、あなたのそのお気持ちをあとほんの少しだけ、1%でもそれ以下でもかまいませんから、どうかほんの少しだけ、ゆるめてみてはくれませんか?

          ということだけは、お伝えしておきたいと思うのです。たとえばあなたが今は

          一向に成果が出る事はありません

          とおっしゃるのを

          「今なおたいした成果が出ているとは思えません」

          と、同じように

          自分が集団の中で重要な仕事をしようとすると必ず迷惑を掛けてしまいます

          とおっしゃるのを

          「今までの経験を振り返ると、必ずと思えるほど迷惑をかけてしまいました」

          というように、ほんの少しだけゆるめていただければと、そう思うのです。

          もしそうしてもらえたら、あなたが「未来の可能性」を閉ざさず、そこにほんの少しでも「隙間」を空けておいてもらえたら、私たちの想いもそこから染み込むことができるからです。

          私はあなたに無理強いしたくないし、これは今はあなた以上に私の望みなんだから、まず私がやるしかないわけなんですが、でももしよろしければもう少しだけ、協力してはいただけないでしょうか?なぜならこれはやはり、「あなたの人生」だからです。

          どうか、よろしくお願いします。

  3. だれか より:

    守護霊さんの話ですが確かに「がっかり」ではなく「残念」でした。自分のミスでした。すいませんでした。
    それと私は貴方の生き方が好きですし尊敬に値するものだとも思っています。
    最近精神的に余裕が無い為に怒りっぽい文体になっているかもしれません。
    そう感じたとしたら大変申し訳ありません。自分は貴方のブログをよく拝見していますし力になりたいとも思っています。
    これからもどうか宜しくお願いします。

    • Dilettante Dilettante より:

      守護霊さんの話ですが確かに「がっかり」ではなく「残念」でした

      そうでしたか、それなら誤解が解けてなによりですし、メールというかたちでメッセージが送られていたことの長所が発揮されたようでよかったです。

      つまり、これがもし対面して声で伝えたメッセージだったとしたら、それはそれでそこに「抑揚」や「表情」も含められるという長所もある一方、今回のような場合に「はっきりとかたちに残された証」がないために、あなたに残った「印象」だけがすべてになってしまって、ずっとモヤモヤを抱え込んだままになっていたかもしれないからです。

      しかも実のところ、こういった私たちの「印象」や「記憶」というのはそのときどきでかなり揺れたり塗り換わったりもするものですし、それにそれはとても「個人的なもの」でもあるので、そこに私が外からなにを言ったとしても、あなたの疑念を完全に取り払うことはできなかっただろうと思いますから。

      ですからそういう意味において、今回はあなたがメールを残しておいてくれたおかげで、こうして「余計なすれ違い」を埋めることができたことは、私としても本当に、ありがたく思います。

       

      それから、私はあなたに限らずどんなひとからのメールやコメントを読むときも、

      1人の声の背景には、100人1000人の「声になっていない声」があるんだ

      という前提に立っているんですよ。

      ですからそういう観点から言って、今回のあなたからのコメントを見たひとのなかには

      よくぞ言ってくれた!

      というような、胸の空く思いになったひともいるだろうと思うんですよ。しかも私自身ずっと言っているように、

      少なくとも「現状」を見る限りにおいて、あなたがそのような気持ちになるのも当たり前だし、その訴えは真っ当だ

      と思っているのですから、それを率直に伝えてくださったことは、本当にありがたいとも思うんです。

      ただ一方では、今回こうして結局すべてが丸く収まったことに対して、

      なんだ、どうせならもっととことんやり合えばいいのに、こんなんじゃぜんぶ「予定調和」みたいでつまんないなぁ……

      というような感想を持つひともいるかもしれませんが、まぁそこまでなんでもかんでもあなたが背負い込む必要はないと思いますから、とりあえずこれはこれでよしとしてもいいだろうと、私は思うんですよね。

       

      つまり結局のところ、私もあなたも「誰かの代わり」にここにいるわけではないんですし、そもそも「誰かの代わりを完全に務め上げる」なんて、そんなことはどこまで行っても不可能なことだとも思いますから、やっぱり最終的にあなたはあなたの気持ちを、率直に伝えてくれたらいいと思っているんです。

      そしてだからこそ

      じゃあ、本当に自分が思っていることっていうのは、いったいなんなんだ?この気持ちは本当に、自分が選びたいものなのか?

      と考え続けることがとても大切なんだという話にもつながってくるわけなんですけど、実際あなたは既に

      最近精神的に余裕が無い為に怒りっぽい文体になっているかも

      というようにご自分を振り返られているのですから、そのいちばん大事なところができているのなら、あなたはきっとだいじょうぶだろうと、私は思っています。

      それになにより、そんなあなたが私に対して

      私は貴方の生き方が好きですし尊敬に値するものだとも思っています

      と言ってくださることは、とてもありがたく嬉しいです。

      ですから別に

      自分のミスでした。すいませんでした

      と、そこまで気にして謝ることなんてまったくないですから、むしろこちらこそこれからも、どうぞよろしくお願いします。

      • 小鳥遊 より:

        今更ですが、伝えます。
        この「だれか」というのは私の事です。
        後で名前を張るのを忘れていて伝える事が出来ずにいました。
        名前さえ分かっていれば闇の向こう側主宰者さんの考えも違っていたかもしれません。
        こういうミスは今後も出来る限り無くしたいので何卒、宜しくお願いします。

        • Dilettante Dilettante より:

          小鳥遊さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

          この「だれか」というのは私の事です。

          後で名前を張るのを忘れていて伝える事が出来ずにいました

          なるほど、そうだったんですね。

          ご本人から申し出がない限り、私のほうから個人を特定したり、同じひとが違う名前(名義)で書き込まれたことを把握したりすることはできないですし、空欄にされた名前は全員

          だれか

          として反映されるようになっていますので、そういった点を理解していただければ、あとはそれぞれ好きなように書き込んでいただければと思うのですが、もし名前を隠す(変える)のがあなたの本意でなかったのであれば、今後もこのようにしていただければと思います。

          どうぞよろしくお願いします。

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