霊存在との対話。資本主義の後の社会について

霊に対しての対応法を一般化することはとてもできない。けれども、最初から物腰の柔らかい態度を取っていたにせよ、紆余曲折を経たあとにせよ、お互いがある程度落ち着いて「話せる」状況になったときには、私は彼らにこのような質問をぶつけるようにしている。

現状の社会を、どう捉えていますか?

現代の社会問題の核心は、どこにあると考えていますか?

未来社会を構想するにあたって、現状のどこを変えていくといいと思っていますか?

これに対する答えを集めて振り返ってみると、そこには一定の「共通点」が見受けられることに気付く。それが、以下のようなものだ。

1、「カネ」の世の在りかたを、根本的に問いなおしてほしい

2、「霊」の世界が実在することを知ってほしい

3、「生まれ変わり」の仕組みがあることを知ってほしい

このなかで今回は特に1について取り上げる。現代の社会においては「資本主義」が最も力を持っている経済制度であり、それがほとんど全世界的を覆い尽くしていることは疑いないと思う。だが、この制度には様々な綻びがあり、永続しようがないものであることにも誰もが気付いている。私も、資本主義は必ず崩壊すると確信している。

現在の社会は、「経済危機」の真っただなかだ。以前は「資本主義」に対する「社会主義」(共産主義)があり、互いに覇権を争っていたが、今や「経済」...

しかし問題は、「その後」なのである。資本主義が崩壊することは避けられないにしても、その後の社会システムはどうなるのか? どうするべきなのか?このような問いを霊存在(私の師も含む)にぶつけると、このように答えた方々も多い。

まず、集団が生きていくために必要な食糧やエネルギーは協同で生産して賄う。そのうえで、個々人が自分のやりたいこと、得意なことをしながら、全体として支え合っていけばいい

こう言われると、まず私の脳裏に浮かんだのは、「共産主義」であった。しかし、共産主義もまた、過去の壮大な実践の結果頓挫し、現状も力を持ち得ていない。しかしよく訊いてみると、彼らの考える社会と共産主義は、必ずしも同じではないようだ。

そもそも共産主義は、「国家」という巨大な権力が、ひとびとの労働の在りかた、食糧生産などを「計画的」に統制しようとしたところに無理がある。そして、「生産活動」の定義を狭めすぎたことにより、各人の自由な「創造的活動」を極度に制限した。それになにより、膨大な数の個人の生きかたを、ひとつにまとめるには、「国家」という枠組みは大きすぎる

併せて彼らは私に、カンボジアのポル・ポト政権においてなにが起こったのかを教えてくれたことも付け加えておく。

彼らとの対話をすべて記載することはできないが、彼らの構想の骨子は、

  • 各経済圏の規模を縮小し、「顔の見える」関係を作っていく
  • お互いの「できること・やりたいこと」を持ち寄っていく(=助け合いながら、自分にとって喜びの大きなことをする
  • 「食糧」と「エネルギー」の生産と分配については、最重要事項のひとつとする

という点にあるように思われた。

そして、このことについて、師はこのように語った。

カネがないと生きていけない社会のもとでは、「自分には価値がある」ということを絶えず他者に訴え、承認してもらわねばならない。そしてカネに限らないことだが、現状の在りかたを維持するため、やりたくもない、意義も感じられないことに自分のいのち(=時間)を空費している。しかし、生きることに「条件」が要るというのは不自然だ。本来、「生きること(いのち)そのもの」に価値があるのに、それを「証明」しようとして、自分自身を見失うのはあまりにも哀しい。安心して生きられる環境さえ整い、心が安らげば、あとは自然と、自分の「役割」(=喜び=生まれてきた理由)が目覚めてくる。だからこれからは、「カネがなくても生きていける社会」について、真剣に検討していくことになるだろう。「そんなことをしたら怠け者が増えるだけだ」というひとがいるが、それは制度の問題ではない。精神の問題だ。そしてこれが、いちばん根深い要素なんだ

言うまでもなく、社会制度もまた、私たちの「精神」が反映されてできているものだ。だとしたら、まずは私たちが本気でこの社会の問題点と、そして自分自身と向きあわなければ、この社会は変わらないだろう。

それに彼ら自身も言っていることだが、霊存在も結局は私たちと同じ「一介の存在者」にすぎない。だから、私たちは彼らの意見を必ずしもそのまま受け入れる必要はない。彼らの構想をさらに練っていくことも必要だろう。しかしなにより、彼ら霊存在もまた、私たちの未来をともに考えてくれている。ともに悩み、ともに願い、ともに歩んでくれている。その事実だけでも、私には大きな希望に感じられる。あなたも、そうは思わないだろうか?

コメント

  1. だれか より:

    dilettante様

    今日もブログを楽しく拝見させて頂きました。

    私はお金自体がなくなる世の中は不便だと思いますので、お金自体が消滅することは望んでいませんが、世界人口の1%が富の独占をしていることに疑問を感じます。

    私達は奴隷教育を受け、1%の人の家畜になる為に生まれ、働いているようなものに見えているからです。

    ユーチューブで「日本人の99.99%が知らないこと」を検索して見て下さい。

    とても興味深い動画ですよ。

    • Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      ええ、今の感覚のままで、

      「お金(貨幣制度)がなくなる」

      と考えると、不便になると思ってしまうのもしかたないと思います。

      ですが、貨幣制度がなくなるというのは、必ずしも

      「物々交換の時代に戻る」

      というようなことを意味するわけでもありませんし、たとえば今私とあなたをつなげているインターネットなどの

      「文明のすべてを否定する」

      必要があるというわけでもありませんので、今までの生活から様々なことを学んできた私たちだからこそ、もっともっと素晴らしい未来を創っていけたらと、そう思っています。

      そしてそう考えたうえである視点から見ると

      お金(貨幣制度)がある世界のほうが、ずっと不便だった

      と、思うときが来るかもしれません。

      それから、あなたがおっしゃるように今の世のなかには圧倒的な格差があるわけですが、だからと言ってその

      「1%のひとたち」

      が金銭的になんの不安・葛藤も感じていないとは思えないので、やはりその意味では誰もが

      「貨幣の奴隷」

      になってしまっているのだろうと思います。しかも、貨幣に命じられたわけではないのに、です。

      考えてみれば今

      AI(人工知能)が発達していったら、いつかは人間に反旗を翻すんじゃないか?

      などという懸念を示しているひとたちがいますが、そんな未来を心配するまでもなく、私たちはもう既に

      「自分たちが創ったものに翻弄されている」

      というわけですね。

      ですがそんなことはやはりおかしいので、私も私なりにそれを修正するために力を尽くそうと思っていますが、それはあなたを不幸にする結果にはなりませんししませんので、どうかいい意味で、楽しみにしておいていただければと、そう思っています。