統合失調症患者や多重人格者は、私となにが違うのだろうか?

「統合失調症」という言葉を聞く機会は、以前よりずっと多くなったように思える。一説によると少なくとも100人にひとりくらいの割合で統合失調症患者が存在するとのことで、その他「人格障碍」に分類されるものを含めると、その数はもっと多くなるらしい。このような状態のひとたちはずっと昔からいたのだろうが、それが世間にもより広く認知されるようになり、少しずつ注目が集まりつつあるのだろう。

そうすると、ここで単純な問いが生まれる。こうした統合失調症患者や多重人格者は、私となにが違うのだろうか?

そもそも、文字通り解釈すれば「統合失調症」とは「精神の統合性が失われている状態」ということであり、「多重人格」とは「人格が重なり合っている状態」ということである。実際医学的にはこれらの「病気」の原因も対処法もはっきりわかっておらず、仮説の域を出ないのだから、これ以上の定義はここでは必要ない。本来ひとつであると思われている「私」の統合性・一貫性が失われ、自分自身の妄想と他者の考え、真実と虚構がごちゃ混ぜになっている状態や、本来ひとつであると考えられている「人格」が複数共存して、それぞれが入れ替わり独特の思考法のもと動いたりする状態のひとが病院に行くと、このような診断が下されるのだろう。それはあるいは「巫病」や「人格解離」あるいは「パラノイア」と言われるかもしれないが、結局は同じである。

だとすれば、話は簡単だ。私も医学的には「病人」である。

「病人」とされたひとは、精神安定剤などの薬剤を投与されたり、入院などのかたちで社会から隔離されたりするのだろう。では、同じひとを私が見たら?私ならこう言う。

あなたに聴こえてくる声や、あなたのなかにいる存在と、じっくり対話してください

私も日々様々な霊存在の関与を受けているにも関わらず、人格としての統合性を失っていないのは、彼らを「自分とは別の存在」として認識しているからだ。そして、自分の存在の「主体」は私にあることを知っているから、むやみやたらに霊存在にからだを貸したりしない。もしそのコントロールができなければ、私も「多重人格者」となってしまい、社会生活に支障が出てしまう。

私たちは、本来誰でも「多次元存在」であり、「シャーマン」(霊媒)であることは何度も書いている。これから、ますます多くのひとが多次元的認識を持つようになっていく。今、広い意味で「精神病者」と言われているひとたちは、ある意味その「先駆者」に過ぎない。さらに言えば、シャーマンは時代と場所に関係なく、ずっと存在してきたのだ。ただその認識の在りかたに、時代差があるだけだ。

統合失調症が「発症」した場合、多くのひとは自分を責め立てたり、罵倒したり、存在価値を否定したりする声を聞くという。もしあなたが実際に生きる喜びを感じられずにいて、自分の存在価値に疑問を持っているのだとしたら、同じような思考をする存在が集まってきてもなんの不思議もない。逆にあなたが毎日意気揚々と生きていたとして、それに対して嫉妬して嫌がらせをする存在がいたとしてもなんの不思議もない。ただそれだけのことなのだ。

あなたが道を歩いていて、知らないひとに

死ね!

と言われてもあなたは死なないだろう。問題があるのはあなたではない。相手のほうだ。真に受ける必要はない。たとえそれがあなたの知人や家族であったとしても、「死ね!」と言われたからと言って死ぬ必要はない。もしそう言われても仕方がないような行為・接しかたをしたと思うなら、そこを変えればいいだけだ。

たとえその「声」が

(夜中に)起きろ!

とか、

あいつを殺せ!

この世界をぶち壊せ!

と言ってきたとしても基本は同じである。

肉体を持っていようがいまいが、地球人だろうが他星人だろうが、「神」(を名乗る霊)だろうが「悪魔」(とされる霊)だろうが、それがあなたの選択を縛る権限がどこにあるのか?まったくないのだ。

だから、やりたくないことをやる必要はないし、誰かの言いなりになる必要はない。あなたはあなたであって誰かの都合のいい「手足」ではないのだ。しつこい相手には何度も言い聞かせればいい。自分が折れなければ、いずれ相手が折れる。

そうしていくうちに、気の合う「仲間」にも会える。そうすればもう自分自身をむやみに否定することもない。ひとつひとつ、理解していけばいい。

ただ、やはり私たちは生きているのだから、肉体を持つ者同士で話し合いたいと思うだろう。私もそう思う。だからこそ、私はこうして書いている。

私がここに書いた事例は、すべて私が実際に体験したことだ。だからやはり、私も「精神病者」なのだ。しかし、特に精神に関わることにおいて、それが「病」なのかどうかを一律に判定する基準などないし、あるように見えても曖昧だ。

ただ、私は現在、生きていることをそれなりに喜んでいられている。そして、「病人」とされる方々と自分との間になんの差も見出だせない。それなのに、一方で苦しんでいるひとたちがいるのなら、私はただ率直に、自分の体験を伝えたいと思う。私もそうやって支えてくれた方々のおかげでこうして生きているのだ。ならば私も誰かを支えていたいと思う。何度自問自答しても、この「精神」がおかしいとは、私には思えない。


このような統合失調症や多重人格については、私の大きな関心分野のひとつです。他にもたとえば、

以前 と書いた。結局、その区別はとても微妙であり、私も精神病院に行けば、かなりの確率でなんらかの「精神疾患」に罹っているという...
以前私は、 と考え、おそらく最も有名な多重人格者のひとりである、「ビリー・ミリガン」のことも調べてみた。 すると...

などでもさらに想いや考えを書いてあるので、よろしければ併せてお読みください。