自殺して後悔しなかったひとに出会ったことはない

自殺者は世界全体で年間100万人ほどと言われている。日本だけで見ると、年間3万人ほどだと「公称」されているが、実際はもっと多いだろう。なぜなら、ここには「変死」が含まれていないからである。このあたりの諸事情は、今では誰でも調べることができる。

そしてそれを踏まえればなおさら、私がなにより強く言いたいのは、自殺はどんな状況でもやめたほうがいいということだ。だがそんなことはもう多くのひとが言い尽くしていることでもあるし、もしあなたが自殺を真剣に検討しているとしたら、誰になんと言われても、そんな言葉など聴こえないかもしれない。しかしあなたは信じないかもしれないが、私はあなたにこれだけははっきりと言える。私は今まで、自殺して後悔しなかったひとに出会ったことはないのである。

自ら死を選んでしまうほどこの世に絶望しているのに、なぜ死んでから後悔するのか?

とあなたは思うかもしれない。しかし、私もそれなりの数の自殺した霊に関わってきたが、その多くが3日以内、あるいは当日のうちに(もちろん肉体人の感覚で言っている。霊界には時間の概念があるともないとも言える)、後悔の念を口にする。その理由を最大公約数的に3つ挙げたい。

ひとつは、「死後の世界が存在すると思わなかった」ことによる後悔である。自殺したひとは、

死ねば無になる

死ねばラクになる

と思っている場合がある。確かに、あなたをいじめていた相手は霊界にまでは手を出してこないし、周囲の人々に傷つけられることもなくなるかもしれない。しかしそれでも、「あなたは存在し続ける」のである。そもそも、自殺するひとの多くは

周囲との関係を断ち切りたい

という想いを持って死ぬので、死ぬと孤独な世界に行く。さらに、そんな状態に「喜び」が多いはずはないので、結果として「暗い、寒い、淀んだ」ような世界になる。あるいは、自殺の際に傷つけた箇所の痛みを感じ続けることさえある。肉体が消滅しているのになぜそのような「感覚」があるのかと驚愕するかもしれないが、「苦しみ」の根源は「心」なのであるから、「苦しい」と感じる心が変わらない限り苦しみは続くのである。また自殺者は「自殺」という行為を通じて強烈に「肉体を意識して」死ぬ。だから、あれほど消し去りたいと思っていた肉体への執着は、むしろ強まるのである。だから、肉体意識から逃れられず、死後もその感覚に縛られることになる。この「現実」が、あなたを後悔させる。

次は、「自身の思い込みに気付いた」ことによる後悔である。自分のことなどなんとも思っていないと思っていたあのひとがあんなに悲しんでいること(霊の眼には、相手の「想い」が見えるので、表面的な「演技」であればすぐに見抜ける)、自分を嫌っていると思っていたひとがとても寂しがっていること、つまり、「自分が愛されていたこと」に気付くのである。

自分にはそんなひとはいない

とあなたは言いたいかもしれない。それでは100歩譲って「肉体人」にはいないとしても、あなたには絶対の味方である「守護霊」がいる。守護霊は、いつもあなたを見守り、励まし、愛している。ただ、あなたがそれに気付いていなかっただけなのである。この「現実」が、あなたを後悔させる。

最後は、「自分にも未来があったことに気付いた」ことによる後悔である。自殺するひとは、

自分にはこれ以上生きていく術がない

自分の人生はもう終わりだ

などと思うからこそ死ぬのだろう。しかし、私たちが生まれてくるのはなんらかの「やりたいこと」があったからであり、「自殺」して生を終えるつもりで生まれてくるひとなどひとりもいない。ということは、本来喜びの大きい選択を続けていけば、誰しも素晴らしい人生を送れるはずなのだが、たとえ死を考えるほど追い詰められていたとしても、本気で考えるなら、まだ「生きる道」はあるのである。さらに言えば、たとえ最期が「餓死」でも「事故死」でも「病死」でも「悪い死にかた」ではない。「生き抜いた」という価値は、それだけでかけがえのないものである。それに、現代日本で言えば、生活保護を受けるとか、自己破産するとか、路上生活するとか、本気になれば様々な方法で、曲がりなりにも「生き延びる」ことができる。実際にそういった生きかたをしているひとびともたくさんいる。しかし、なぜあなたがそれをしないのかと言えば、それはその方法を知らないからではない。

そんなことをするくらいなら、死んだ(自殺した)ほうがましだ

と思っているからである。しかし、「自殺したほうがまし」だということなど、ひとつもないのである。あなたは、自殺の意味を、ちっともわかっていないのだ。

どうしても言うことを聴かない霊もいる。「自己選択の尊重」は絶対法則なので、本人が変わろうとしないなら、私にはそれ以上なにもできない。しかし、私はいちど関わった以上、できる限りのことをしたいので、最後にはそのような霊を、ある場所に連れて行く。そこはまるで「魂の墓場」とでも言える場所だ。

勘違いしているひとも多いようだが、

「魂が抹消される」

などということはない。ただ、

「限りなくエネルギーを失う」

だけだ。どんな状況になっても、存在(魂)は消えない。いつまでも、あなたが変わるのを待っている。それこそが、真の「愛」なのだ。そしてその結果として存在するのが、この「魂の墓場」だとも言えるだろう。

そこで私が見るものは、ただ石のように動きを止めた、無数の「眼」である。彼らとはもはや会話もほとんど成り立たず、憎しみや妬みすらも向けてこない。なにを与えるでもなく、奪うでもなく、ただ、そこに「在る」だけの存在。これに比べれば、岩の下に「わずかの間」封印されていた(とされる)孫悟空への仕打ちもかわいらしく思えるかもしれない。

これならいっそ、消えてしまいたい

そう思うひとも多いだろう。特に自殺を選んだようなひとならなおさらだ。しかし、神(いのちのはたらき)は

生きろ

としか言わない。もっと言えば、「存在」に「消滅する」という選択肢は用意されていない。何度も言うがこれこそが、真の「愛」なのである。究極の愛は、一見すると「罰」のようだ。しかし、「あなたがいつか喜びを見つけ出すことをいつまでも信じている」この態度を、愛でなくていったいなんだと言えばいいのだろう?

だから私は、どうしても変わろうとしない自殺した霊を、最後にここに連れて行くのである。そしてこう伝える。

あなたは、こうなりたいのですか?あなたが今のままでいれば、いつか必ずこうなってしまう。ここまで来ると、「他者」があなたを助けることはできなくなる。私も手が出せない。これがあなたの未来だ。「知らなかった」と言うのなら、伝えなかった私にも責任があるが、私が持っている情報はすべて与えたのに、それでもあなたがこの道を変えなかったのなら、もう「知らなかった」では済まされない。私はすべて責任を果たした。何度も同じことを言うつもりはない。ここからは、今度こそあなたの責任で決めてください

「魂の墓場」については、ここで補足して書きました。

先日、ある読者のかたより、 「魂の墓場」とそこに至る過程について、もっと詳しく知りたい という趣旨のメッセージをいただいた。そこ...

もし、あなたが自殺を考えているのなら、私はあなたにもこう言いたいのである。「知る」ということは責任が伴う。ここまで伝えて、それでも行くというのなら私にはもう打つ手がない。しかし、いちど死んでしまったら同じ人生はもう2度とない。5分後に後悔しても遅いのである。私は自殺を乗り越えた霊も数限りなく見てきた。だから、真の意味で「遅い」ということはないのだが、彼らと同じ後悔を、あなたにはしてほしくない。死ぬ方法を考えるより、生きる方法を一緒に考えてはもらえないだろうか?これは私だけでなく、多くの存在の、心からの願いである。

コメント

  1. だれか より:

    私は、死ぬ夢ですが5回ぐらいみました。そのときいつも思うことは死んでからやり残しているすべてことに気づくのです。さらにつらいことは、友人や、身内などが目の前にいるのに何を言っても、聞こえていないということです。焦ります。目が覚めてから家内と何気ない、おはようの挨拶がとても新鮮であり、胸が熱くなるほどうれしくなりますよ。夢ですら、そうなのですから自殺した人の魂は、本当に後悔の固まりだろうと推測します。

    • Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      誰もがいずれは死を迎えることになりますが、自殺がその他の死と大きく異なるのは、

      「死の原因がまぎれもなく自分にある」

      ということです。

      ですからその後どんな未来の可能性を見せられても、どんなに多くのひとが哀しんでいることを見せられても、その責任はすべて自分自身にあるという事実からは逃げられません。それはある意味生前に自分を苦しめたはずのどんな「現実」よりも厳しいものなのではないかと思います。

      生きていれば様々な出来事があり、それは決して喜ばしく思えるものばかりではありませんが、そのなかでも少しでも多くの喜びを感じ、大切なひとたちと分かち合いながら生きていっていただければと思います。
      そしてなにより、私自身もそのような生きかたに近付いていきたいと、心から思っています。

  2. たまり より:

    貴方は霊能者ですか?

    • Dilettante より:

      たまりさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      「霊能者」や「霊能力」という言葉になにをイメージするかはひとによって違いがあるので、一概に言えないところもあるのですが、ともかく

      「霊存在と対話することができるひと」

      という意味で霊能者を捉えるなら、私も確かにそのひとりだと言えます。これは私がここに書いてきた他の文章も併せてお読みいただければ、より深くご理解いただけるのではないかとも思いますし、なにかあれば直接ご連絡いただければお答えしたいと思いますので、これからもお気軽にお付き合いください。よろしくお願いします。

  3. より:

    はじめまして、こんにちは

    私も自殺は絶対にいけないことと思っています

    でも、最近はそのことさえわかっていても、、、
    死んでしまいたいと言う願望が襲ってきます

    良く私も考えます

    生まれる前は何を思い、何をするためにこの世に
    生まれてきたのだろうって・・・

    もちろん今考えてもわからない(思い出せない?)
    ですけどね(笑)

    今朝もふとそんな想いから、ネットで
    検索してました・・・

    まだ、インターネットが出来るくらいなら
    自ら命を絶つなんて事しないですよね(笑)

    今日も朝、目覚めて、あ、生きてるんだな・・・
    って思いました

    最近は、本当に精神的な波が激しくて
    生きる希望が湧いては、消えて。。。
    そんなことの繰り返しです・・・

    自ら死んでしまったら、大切な両親や
    大切に思う人に・・・二度と会えないんですよね

    死んだ祖父や祖母にも、、、会えないんですよね

    今日も頑張って生きていこうと思います・・・

    ホームページ時折拝見させて
    いただきますね

    ありがとうございました

    • Dilettante より:

      Kさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      私は自殺した霊とも本当に数多く対話してきているのですが、ここに書いているように多かれ少なかれその全員が後悔しているのを見て、私なりに言えることを伝えてみるとはいえ、やはり「生きていてほしかった」という想いが強く湧いてきます。
      それは死んでからでも変われるというのも確かなのですが、やはり肉体を持って生きているからこそできることもたくさんあるからです。そして、同じ人生は2度とありません。

      ですから、どうかKさんも生き抜いてください。それは私だけでなく、多くの存在が、心から願っていることです。そしてなにかあればいつでもお気軽にご連絡くださいね。よろしくお願いします。

  4. だん より:

    初めまして。

    自分はいま自殺を考えています。理由は他人からすればそんなに大した事は無いのかもしれません。

    そしてこのページの文章を読ませていただきました。

    この文章が正しいとすると自殺していなくなったとしても生前の苦しみは永遠に残り、ただ肉体のみが失われるということですよね。今の自殺しようとしている根本的な問題を解決できるのは肉体のある時のみということですか?

    消滅がありえないとすればそれは自殺することなんかよりも想像を絶する事ですよね。いま現在心の中にあるこの悩みとかのモヤモヤしたものがずっと残るということですか。

    ということは少しでも楽になれるのは、自殺を実行する前のほんの少しの時間のみでそれ以降永遠に絶望が続いてしまうわけですね。

    自分はいまこのような状態なのでどんなことも信用というか、信じることができない状態なので、ここに書かれた文章を信じれないのですが、心のどこかで信じたい気持ちがあります。

    自分自身でここに書かれていることを実感することは可能でしょうか?

    自殺を常に考えていた日々の中で唯一興味がもてたというか惹かれたものだったので…

    自分自身で実感、体感できるのならもう一度スタートしてみたいです。

    長々と失礼しました。

    • Dilettante より:

      だんさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうですね、ここに書かれていることは私にとってはもはや明白な「真実」なのですが、それを「実感」する方法となるとそう簡単には提示できないかと思います。

      もちろん、実際に自殺すればだんさんも確実に「実感」することになるのですが、それでは取り返しがつきませんので、意味がありません。

      となるとあとは、自問自答するようなかたちで、

      守護霊さん、私は自殺すると、しあわせになれるんですか?死ねば無になるんですか?

      と何千回でも問いかけてみてください。

      ここで、「守護霊さん」という言葉を付けるのは、その限定をしなければ、あなたを苦しみに誘おうとする霊団からの答え(感情)が返ってくる可能性があるからです。

      ですが、ずっと守護霊さんに向けての問いかけ(自問自答)を繰り返せば、その答えはだんさんご自身のなかから、湧き上がってくると思います。

      そして、いずれにせよ私は、あなたにも生きていてほしいと心から思っているということは、渾身の力で、お伝えしておきたいと思います。どうか、生き抜いていてください。

  5. Rrrt より:

    死後の世界というのが本当に実在するんですか?

    また、それが自殺であっても80歳まで生きた後の死であっても魂が残るなら、それなら予定より少し早く死ぬことはいけないことなんですか?

    生きている間に自分のことを愛してくれる人がいないように感じていて、死んだら自分のことを本当に愛してくれていた人が分かるなら、それを知るためだけにでも死ぬことに価値があるのではないかと思ってしまいました…

    若いうちに死んでしまえば多くの人に記憶されるだろうとも思い、死ぬことの長所しか分かりません。

    自殺する痛みと、親を悲しませることさえなければ死は魅力に溢れているように感じます。

    • Dilettante より:

      Rrrtさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      死後の世界の実在性について議論があるのは百も承知ですが、私がはっきり言えることは、

      少なくとも自分が確信してもいないことについて、4年もの間書き続けるということは不可能だ

      ということです。

      だから私はいつも、

      私が少なくとも意図的に騙そうとしていないことについては、わかっていただけるはずだ

      という気持ちで、これを書いています。

      また、

      自殺であっても80歳まで生きた後の死であっても魂が残る

      というのは事実ですが、そのあとのあなた自身の状態はまったく違うものになります。なぜなら、霊存在とは「想いそのもの」であるからです。
      そしてもちろん、それはあなたを愛していたひとたちを多く傷つけることになります。
      その想いが深ければ深いほど、相手が受ける傷も大きなものになります。
      そしてその姿を見たあなたも、なおさら苦しむことになります。

      だからそんな負の連鎖に、自らを堕とし込まないでください。
      どうか自殺した後でなく、自殺する前に自殺の苦しみに気付けるひとでいてください。

      言葉を重ねればわかっていただけるというわけでもないのは知っていますが、たとえばせめて

      先日、ある読者のかたより、 「魂の墓場」とそこに至る過程について、もっと詳しく知りたい という趣旨のメッセージをいただいた。そこ...
      私はなんのために生きているのだろう? なんか楽しいことないかなぁ…… 私たちはふとこのような想いに駆られるときがある。これは別の...

      なども読んでいただければと思います。

      そして、言いたいことはこれからもいつでもおっしゃってください。

      死んだあとではなく、死ぬ前に、言いに来てください。

      今のあなたにいちばん言いたいことはこれです。

      どうか、生き抜いていてください。

  6. だれか より:

    死にたい

    • Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      今のあなたがとてもつらい状況にあることはわかっていますが、それでも

      「死にたい」というのが自分の本当の願いなのか?

      ということを何度でも自分に訊いてみてください。

      あなたは自殺するために生まれてきたのではなく、楽しく生きるために生まれてきたはずです。

      まずはそれを、認めてあげてください。

      そして、生き抜いていてください。

      それができたら、あなたがいずれ寿命を迎えて死ぬときに見える景色は今とはまったく違うことを、私が保証します。

      だから、死なないでください。

  7. メロン記念日 より:

    たまに死んでもいいやと思ってしまう…。

    • Dilettante より:

      メロン記念日さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      それなら、生きてもいいやと思ってみてください。

      メロンも、熟したほうがよりおいしいですよね。

  8. いちご より:

    最愛の、人に置いていかれました。

    自殺で。

    子供も、まだ、小さいのに置いていかれました。

    彼がいないこの世で何年も生きなきゃいけないのがかんがえられません、一人でいきていけません、

    きえたいです、

    • Dilettante より:

      いちごさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      それが家族であれ友人であれ知り合いであれ、あるいは見ず知らずのひとだとしても、誰かに自殺されるというのは苦しいものですよね。

      ただ、自殺してもなにをしても「存在を消す」ということはできません。

      そして、たとえあなたが彼を想って自殺しても彼のもとには行けません。それにそれは、彼の助けにもなりません。

      さらになにより重要なことは、

      「あなたが自殺したら、あなたが受けた苦しみ以上のものを、あなたの周りのひとに与えることになる」

      ということです。

      ですから私もこうした「真実」を踏まえたうえで、これからも私なりに自殺をなくせるように力を注いでいきたいと思います。

      そして私はあなたに、まずゆっくり休んでいただきたいと思っています。

      それに私はたとえ今のあなたに拒絶されてしまうとしても、あなたのしあわせを、あなたより深く、心から願っています。

      だからあなたは絶対に、独りではないです。

      それに私はあなたに死なれたら、とても寂しいです。

      このことを何度でも、私はあなたに伝えたいと、そう思っています。

  9. とし より:

    私は、つい先ほどまで自殺を考えていましたが、ここに 出会いやめることにしました。これも何かのお導きかなと思います。

    • Dilettante より:

      としさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      とてもつらい状況にあるだろうところ、私の文章を受け入れ、生きることを選んでくださって、ありがとうございます。

      まずはゆっくりと、ご自分をいたわってあげてください。

      そして少しずつでもいいですから、自分が嬉しいと思えることを探し、実践してみてください。

      どうか、よろしくお願いします。

      そして私もあなたのしあわせを、いつも願っています。

  10. しらさぎ より:

    記事を興味深く読ませていただきました。
    自殺を遂げた人の気持ちは一般人の私にはわからないが、
    ほぼ毎日自殺できたらと思う私の場合、「死にたい」 のではなく、「消えたい」のです。
    見栄と性欲から私を産んだ両親には決して感謝はできない。
    存在を強制している神(悪魔)をとても恐ろしく思う。
    生まれた事(存在している事)を良かったと思った事は一秒とてありません。

    • Dilettante より:

      しらさぎさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたがとてもつらいということを、軽んじるつもりは決してありません。

      ですがひとつの事実として、たとえ自殺して肉体を離れても、消えることは決してできません。

      それを恐ろしいと思ってしまう見かたがあるのも理解はできます。しかしその事実が変えられないのなら、それを喜びへと向かわせることはできると、私は考えているのです。

      あなたは光です スピリチュアル系の方々はよくこんなことを言う。また、 言葉には光のエネルギーがあります などとも言う。私も...

      私も、日々その方法を、試行錯誤している真っ最中です。

      そしてそんな私は、あなたとも最期まで一緒に生き抜きたいと、心から、願っています。

      せめてここに書いてある文章をすべて読むまでは、生きてみようと思っていただけないでしょうか?

      どうか、よろしくお願いします。

  11. 陽子 より:

    はじめまして。

    4カ月前に統合失調症の診断を受け
    だんだん、不眠症にもなり、前向きになれないで悩んでいます。
    病気になる前までは、こんな事はなかったのに…自殺の事ばかり考えてしまいます。

    死後も苦しむと知って、少し心の穴があいたような…

    病気になる前の身体に戻りたいのに
    戻れない。この先、生きていても色んな人に迷惑をかけてしまう。と思って前向きになれないです…。

    • Dilettante より:

      陽子さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      今までも何度か書いていますが、私も生まれてからずっと、平均的なひとよりはるかに弱いからだで生きてきました。

      ですからあなたのお気持ちは、私なりにではありますが、想像することができます。

      そしてだからこそ、これは私がずっと自分に言い聴かせてきたことでもあるのですが、たとえ多くのひとが普通にできるのに、あなたにはできないことがあったとしても、たとえ経済的なことや表面的な意味で、あなたに「価値」がないと言ってくるようなひとがたくさんいたとしても、それでもあなたは、ただあなたにできることを、できるだけやればいいんです。

      そして私も、私にできることを、これからもし続けたいと思います。

      そうやってこれからも、支え合っていきましょう。

      よろしくお願いします。

  12. 7死 より:

    興味深く読ませていただきました。
    だが、死にたい。
    もう、死にたい。もう嫌だ。
    見栄と性欲で自分をこの世に生み出した両親を深く恨む。
    自殺しても救いがないのなら、せめて自分が自殺したことにより、親と兄弟をはじめ、憎い者達に苦しみを背負わせたい。

    • Dilettante より:

      7死さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたがとても苦しいのはわかります。

      ですが、苦しいあなたがその苦しみと憎しみによって、世界にさらなる憎しみと苦しみを拡げたら、それがあなたにどんな感慨をもたらすか、もういちどよくよく考えてみてください。

      そしてどうか、あなたが本当にしたいことはなんなのか、自分をよく見つめて、考えてみてください。

      本当の意味で、素直になってください。

      どうか、よろしくお願いします。

  13. 柴犬 より:

    ブログ、拝見させて頂きました。
    感じた事は、極めて強い理不尽です。あなたの仰る通り、自殺後苦しむのであれば、そんなシステムをつくった存在はあまりにも醜く、残忍で下劣なものになります。
    「奇蹟の輝き」という映画をご存知ですか?ロビン・ウィリアムズが演じる主人公が、人命救助中に亡くなり、天国に行きます。主人公の奥さんは悲観し、後追い自殺を行います。そして地獄へ。
    天国でその事を知った主人公は、憤ります。「一体、これ以上何を苦しめと言うんだ」
    それが本質です。もし魂があり、同時に慈悲が死後の世界にあるならば、苦しみがあってはならないのです。自殺者の魂がどんな形を取ろうが、助けるべきなのです。不平等な世界に生まれ、充分に苦しんだのですから。
    皮肉な事に上記の映画の、ロビン・ウィリアムズは少し前に自殺しましたが。それも当たり前のように存在するこの世の不合理ですね。
    今私は自殺を考えています。散々不幸な目に合い続け、理不尽な人生ばかりだからです。親も二人共早いうちに亡くし、複数の人間から傷付けられ、差別され続けました。守護霊だとかの話がありましたが、ならば私の守護霊は無力であり、むしろ、昔から全力で自殺を後押ししているのではないのでしょうか。
    そんな不条理まみれるこの世界と、残酷なあの世が存在するならば、存在させられる事自体が不幸になります。生まれ落ちた時点でただの罰。なぜそんな目に合わなければならないのか。魂の修行とか結構です。必要ありません。
    死んだら無になります。でなければ、不条理かつ、残酷で無慈悲な死後の世界が待っている事を認めないと行けないからです。不条理かつ、残酷で無慈悲なこの世を抜け出したのに。
    そんな二つの世界やそんなシステムを作った存在がいるならば、身の毛がよだつような醜悪な奴でしょうね。少なくともそんな奴がいるような世界には行きたくないです。
    ただ、あなたが思いやりを持ってこのブログを書いた事は伝わります。醜い存在がこの世を作ったかもしれませんが、そういった行為は僅かばかりの光になりますね。

    • Dilettante より:

      柴犬さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたのようなことを考えるひとはたくさんいると思いますし、そう言いたくなるのは苦しみがそれだけ深いからだということも、私なりにではありますが、理解しています。

      ですがその「理不尽」という感覚や疑問は、ただひとつの真実を前提することによって一変します。それは

      「私たちは、自ら望んだからこそ、この世界に生まれてきた」

      ということです。

      このことを腑に落とすと、なぜ自殺が「最大の禁忌」のひとつなのか、そしてそれがなぜこれほどまでに自分自身を苦しめることにつながるのかも、はっきりすると思います。

      ただそれを踏まえたとしても、やはり私たちを、そしてあなたを、喜びから遠ざけ自滅(自殺)に追い込もうとする存在(負の霊団)がいることも確かです。

      だからこそ、どうか、それに屈しないでください。

      そして一緒に、支え合いながら、生き抜いていきましょう。

      どうか、よろしくお願いします。

  14. ハート より:

    毎日死にたいと思っています。これから先どうやっても幸せになれるとは思いません。少し前に両親を亡くし、家で一人でいると本当に決行してしまいそうです。
    仕事も失敗ばかり。発達障害の疑いもあります。死んだ方がまだ楽だと感じます。
    学生の頃にイジメられた記憶が頻繁にフラッシュバックして、それも自殺念慮に拍車をかけます。
    多分、そう遠くない内に自殺するかもしれません。辛いです。

    • Dilettante より:

      ハートさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      今のあなたがとてもつらいのは事実だと思います。

      ですが死んだほうがまだラクだというのは、事実ではありません。

      この先どうやってもしあわせにはなれないというのも、事実ではありません。

      どうか、事実ではない思い込みによって、取り返しのつかないことをしないでください。

      あなたがすべきなのは自殺ではなく、自分をいたわり、他者の助けを、求めることです。

      どうか、よろしくお願いします。

  15. スズキ より:

    文章が長すぎて途中から読む気がなくなってしまいましたが、一人でも多くの人が自死を思い留まるといいですね。
    これからも頑張ってください。
    私は行ってきます。
    どうかお元気で。

    • Dilettante より:

      スズキさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      私としては、せめてこの文章を最後まで読み通してみてほしかったですが、私は私にできることをやるしかありませんので、それでもあなたが強い覚悟を持って自殺すると言うなら、もうどうしようもないのかもしれません。

      ただ私は、あなたがどういうお気持ちでこのコメントを残していかれたのか、それに想いを馳せています。

      そしてあなたが

      行って「きます」

      とおっしゃるなら、あなたもたとえ無意識であれ、あなたがいつかまたこの世界に戻ってくることになることを、予期しているのでしょう。

      そうなのです、たとえ魂の墓場に行こうが、それでもいずれは、いつかは、あなたはまたどこかで生きることになります。

      私はそのときのあなたが、少しでも今回の経験を正しく活かせることを、心から願っています。

      そして来世で私があなたと巡り合うことはないかもしれませんが、どうか、今度こそは、お元気で生きてください。

  16. 考える葦 より:

    このブログの中でもとりわけ説得力と愛にあふれた記事を深い感謝とともに拝読しました。これまでの人生で幾度か自殺を考えたことがありましたが、そのつど不思議にも生き延びて参りました。Dilettanteさんと同様、人間への愛に満ちた幾人かの方の著書やブログに出会えたおかげと申しても過言ではありません。

    ただ、自殺を戒める数々のすぐれた文章も、私の見たところ、ある一点についてあまり触れていらっしゃらないように感ぜられます。その一点とは、何か宗教上、倫理上、あるいは法律上の罪を犯したとして、それでも生きてゆかねばならないのか? その際の心構えはどうかといった点についてであります。この点、Dilettanteさんが世の多くの宗教家やスピリチュアルの専門家さんたちよりもいま少し踏み込んで何かお書きくださることを切望してやみません。

    私の念頭に浮かぶのは半世紀前、北日本で飛行機同士の衝突事故があり、パラシュートで脱出したパイロットさんのその後であります。相手側の飛行機は100人を越える乗員乗客全員が死亡したと聞きます。一方、パイロットさんはその後、引退するまでレスキュー飛行機の操縦士としてずいぶん多くの人を救ったと聞いております。彼には世を去ってのち、どういう運命が待っているのでしょうか。昔ふうに切腹して責任を取った場合よりもさらに重い罰が待っているのか、それとも……。とりとめもない文面で恐れ入ります。取り急ぎかねて申し上げたかったことを文字にさせて頂きました。Dilettanteさんのいよいよの御活躍を私自身のためにも念じつつ。

    • Dilettante より:

      考える葦さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたのこのコメントには短くお返事するのが難しかったので、

      つい先ほど、「考える葦」さんから、こんなコメントが寄せられていた。 このブログの中でもとりわけ説得力と愛にあふれた記事を深...

      という文章としてまとめました。お読みいただければ嬉しいです。

      またなにより、私はあなたがいろいろあるなかでも生き続けることを選んでいてくださっていることを、とても嬉しく、ありがたく思っています。それにあなたの励ましのお言葉は、私に大きな力を与えてくれました。本当に、ありがとうございます。これからも私にできることで、支え合っていければと思っています。どうぞよろしくお願いします。

  17. 名無し より:

    そもそも、死んだ後の世界はどうなるんでしょうね。
    個人的には異世界転生できる(こう思わないとやっていけない)とか思ってますが(笑)
    もし霊界があって、永遠に一人で過ごすことになるなら死なない方がマシでしょうけど、そもそも魂なんてものが存在するかも我々には分りませんしね。案外、死んだら意識も感覚も何もかもなくなっちゃうかもです。正直、これは一番考えたくないですけどね~。

    • Dilettante より:

      名無しさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      霊界も「異世界」の一種と捉えていいと思いますし、地球以外の星に生まれ変わることもできるわけですし、そもそも未来の地球はいずれにせよ今とはだいぶ変わっているのですから、あなたの

      個人的には異世界転生できる(こう思わないとやっていけない)とか思ってますが(笑)

      というのは、そのまま叶うと言ってもいいと思います。

      もちろんあなたの言うとおり、私の言っていることが「真実」かどうか、あなたが「確信」を持つことはまだ難しいかとは思いますが、私は私なりにこれからも伝え続けていこうと思いますので、よかったらあなたもそれを共有して、吟味して、検証してみてください。

      よろしくお願いします。

  18. えり より:

    死にたいです。

    自殺したら、後悔するって言うけど生まれてきたことを後悔してしまいます。

    なんで、生まれたくて生まれてきたのなら、こんなに死にたくなるのでしょうか?

    自殺しても後悔しますか?

    自殺しても痛い、苦しいのが嫌で消えてしまいたいです。

    存在を消せないのなら、もう生まれ変わりたくないです。

    霊界にいた時に、また生まれ変わっても自殺したくなって、自殺しても後悔して苦しむと分かっていたのなら、もう生まれて来たいとは思わないと思うのですが、本当に自分の意思で生まれたいと願ったのでしょうか?

    何で、リスクがあるのにそれでも生まれて来ようとしたのか、神様に強制されたのでしょうか?

    私は、前世で自殺したことがあって、それで死んでも苦しかったから、今回の人生はどんなに自殺したくなっても、出来ないような気がします。

    じゃなかったら、とっくにもう自殺しています。

    もし、分かったら何でまた生まれ変わって来ようとしたのかを教えて下さい。

    死にたいけど、潜在意識が死なせてくれないのです。

    どうしたら、いいでしょうか?

    助けて下さい。

    • Dilettante より:

      えりさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたが今とても苦しいのは確かだとわかっていますが、それでも私の見解を、はっきりお伝えします。

      まず、

      霊界にいた時に、また生まれ変わっても自殺したくなって、自殺しても後悔して苦しむと分かっていたのなら、もう生まれて来たいとは思わないと思うのですが、本当に自分の意思で生まれたいと願ったのでしょうか?

      に関して言えば、これは当初の想いが逆転していると捉えればいいです。

      つまり、あなたは生まれてくる前には

      死にたくなるリスクもあることはわかっているけれど、それ以上に生まれたい気持ちのほうが強い

      と思っていたということです。

      世界で最も強い力を持っている存在(仮にこれを「神様」と呼ぶとしても)であっても、あなたになにかを「強制する」ということはできません。

      ましてや、

      「生まれ変わるかどうか」

      といった重大な決断ならなおさらです。

      ですから多少なりとも「周りの意見を参考にする」ことはあったにせよ、最終的にはあなたが選んで生まれてきたことは間違いないです。

      別の言いかたをすると、自分で望んでもいないひとを地球に無理やり送り込むなどということをしなくても、地球に生まれたい魂はたくさんいます。

      そんななかで「強制する」理由はまったくないのです。

      そして、自殺は運命に組み込まれた決定事項ではないので、

      また生まれ変わっても自殺したくなって、自殺しても後悔して苦しむと分かっていたのなら

      という前提は間違っていて、生まれる前のあなたは自殺することを考えていません。

      先ほどの繰り返しになりますが、

      自殺したくなってしまう可能性はあるけど、乗り越えられる(乗り越えたい)

      と思っていたということです。そうでなければ、生まれてきません。私たちはそれほど「自虐的」ではないからです。

      そして私はあなたのことをまだほとんどなにも知りませんが、あなたの問いの答えは、あなた自身が既にはっきりと持っていると思います。

      つまりあなたがご自分で

      私は、前世で自殺したことがあって、それで死んでも苦しかったから、今回の人生はどんなに自殺したくなっても、出来ないような気がします。

      じゃなかったら、とっくにもう自殺しています。

      と感じているのなら、あなたが今回また生まれ変わってきた理由は、

      今度こそは、自殺せずに最期まで生き抜いてみたかったから

      で間違いないでしょう。

      ですから、「あなたを死なせない潜在意識」というのは、あなた自身なのです。

      守護霊ですら、本当には、私たちの一部なのですから。

      まずはそのことを、何度でも、噛みしめてみてください。

      そして、今度こそは、最期まで生きてみてください。

      その結果がどうなるにせよ、自殺した人生よりはいいはずです。

      ですからその意味で、あなたは

      「いい人生を送る」

      ことを目標にする必要はないということでもあります。

      「人生を最初から最期まで生き抜く」

      ということができれば、それだけであなたにとっては、素晴らしい進歩だからです。

      そしてこんなことは私が言うまでもなく、誰よりもあなた自身がそう思ったから、生まれてきたのです。

      ですからあなた自身のためにも、生きてください。

      そして私だけでなく、あなたが生き抜くことを願っている、多くの存在のためにもです。

      どうか、よろしくお願いします。

  19. えり より:

    丁寧なお返事ありがとうございます。

    生まれる前は、自分が望んで自殺のリスクよりも生まれたい気持ちが強くて生まれて来たというのは、想像出来ません。

    なら、何で今はこんなにも死にたい気持ちに支配されているのでしょうか?

    神様は、なぜ人間を霊的成長させたいと思ったのでしょうか?

    それは愛なのですか?

    私も、死にたい、生まれて来たくなかったという相談を受けるのですが、自殺して今の肉体での病気から解放されるのなら、自殺するのもひとつの手だと思うのですが、今より確実にもっと苦しむことが分かっているのなら、そんな愚かなことは、したくないしさせたくありません。

    あなたは、自信を持って自殺をしないほうがいいと言えますか?

    体調がすごく悪くて、肉体からもう解放されたいのです。

    いろいろ質問してしまい、申し訳ありませんが大事なことなので、よろしくお願いします。

    死にたい気持ちを抑える方法は、精神科の薬を飲む以外にもあったら、教えて下さい。

    • Dilettante より:

      生まれる前というのは想像できないとしても、

      「少なくとも生まれてから今までの間に、死にたいという気持ちがない期間もあった」

      というのは、思い出そうとすれば思い出せるはずです。

      それに、生まれた途端に死にたがったわけではないというのは、納得していただけるのではないかと思うのです。

      しかしそれでも、あなたが今は死にたい気持ちになっているのは、もちろんいろいろな

      「状況の変化」

      のせいでもあると言いたいとも思いますし、それも確かに部分的には真実なのですが、あなた自身が

      何で今はこんなにも死にたい気持ちに支配されているのでしょうか?

      とおっしゃるとおりで、あなたは今、死にたい気持ちに圧倒されて、呑み込まれようとしているのです。

      そしてそのなかには、私が

      「負の霊団」

      と呼ぶ存在の影響も、含まれているのです。

      だから私は、そんなものに屈しないでほしいのです。

      そして私は、もちろん

      どんな場合でも、自殺だけはしないほうがいい

      ということに、確信を持っています。だからこそ、私も自殺しないのです。迷うことすらありません。

      いったいどうしたらいいんだ……

      と思うことは多々あります。ですがそれでも、自殺だけはしないですし、そもそも「選択肢」として考慮すらしません。

      それは私が、

      「もはや言い逃れの余地がないほど、確信してしまったから」

      で、それは体験者の想いを聴けば聴くほど、深まる一方なのです。

      ですから私はあなたにも、自殺してほしいとはまったく、一厘も思いません。

      そしてそれはあなたが

      今より確実にもっと苦しむことが分かっているのなら、そんな愚かなことは、したくないしさせたくありません。

      とおっしゃるのと、同じ気持ちだとも言えるはずなのです。

      だからどうか、生き抜いてください。

      そのためにも私は今までにもたくさんの文章を書いてきたので、まずは少しずつ少しずつでもそれをお読みいただければと思います。

      少なくともそうしている間は、あなたはまだ自殺しないでいられるからです。

      そしてそのなかでも特にひとつを挙げるなら、それは

      私たちは古代から現代に至るまでの間に多くの変化を経てきたし、同じ「日本」という枠組みのなかで見ても100年前と今の姿は大きく異なっている。し...

      です。

      あなたが自殺することで、いったい誰が喜ぶのかということを、考えてみてください。

      私は、とても哀しいです。

      そのことは、はっきりとお伝えしておきます。

      どうか、よろしくお願いします。

  20. えり より:

    ありがとうございます。

    確かに生まれた時から死にたかったわけではないのですが、高校生の時にうつ病になってからは、毎日死にたいです。

    死に方をネットで検索すると、いろいろな楽に死ねる方法が出てきますが、やってみても私は、すごく苦しかったです。

    負の集団は、死んだ悪霊だけではなくて、生きている人の中にも見ず知らずの人を自殺させたい人が多いのでしょうか?

    ネットで楽に死ねる方法を書いている人の目的は何なのでしょうか?

    この記事にある負の集団の目的は何なのでしょうか?

    自殺してしまったら、もっと苦しむのでしょうか?

    生きている人も死んでいる霊も、自分が苦しい状態だから、人を巻き込みたいのでしょうか?

    逆に、自分が自殺して苦しんでいるから、自殺しようとしている人を助けてくれる人もいますか?

    せっかく自殺したのに、また同じ課題をやり直しで、また死にたくなる人生に転生させられるのだとしたら、人生を乗り越えていく自信がありません。

    安楽死したら、死んだ後も苦しまないでいられますか?

    やっぱり、自分殺しも殺人になるからたぶん罰は受けますよね?

    うつ病だったら、病気だから許される説もあって、どっちなんだか分かりません。

    死んで、確かめたくなります。

    今もけっこう自殺衝動が強くて、このまま死んでしまうかもしれません。

    ごめんなさい。

    • Dilettante より:

      まず、

      自殺してしまったら、もっと苦しむのでしょうか?

      生きている人も死んでいる霊も、自分が苦しい状態だから、人を巻き込みたいのでしょうか?

      逆に、自分が自殺して苦しんでいるから、自殺しようとしている人を助けてくれる人もいますか?

      に関しては、そのとおりだと言っていいです。

      ただ、自分が自殺してしまったうえで、誰かを同じ哀しい結末から外れさせようとできているなら、そのひとは既にかなりの程度回復してきているとは言えます。

      そうでなければ、自分の苦しみで頭がいっぱいで、誰かを助けようという発想に至れません。

      そして、誰かを助けるより、誰かの足を引っ張るほうが簡単であるというのにも、納得していただけるのではないかと思います。

      肉体人と霊存在の差は肉体があるかないかに尽きるので、結局は同じように、それぞれの考えかたで動いていて、似通った意志を共有するひとたちが寄り集まっているということです。

      それから、

      「ラクに死ねる方法」

      を説いているひとのなかには、もしかしたら心から

      苦しまずに自殺させてあげよう

      と思っているひともいるかもしれませんが、そもそも死ぬ前の段階で

      「ラクに死ねる」

      と言い切ること自体に無理があり、精確には

      「ラクに死ねると自分が考える方法」

      でしかないということを考えてみたらいいと思います。

      死んだときは既にこの世にいないのですから、それはあくまで「想像」でしかありません。しかし自殺したあとの霊が、私の知る限り全員後悔しているというのは、私の「想像」ではありません。このことを、洞察してみる価値は大きいと思います(もちろん、霊的なこと自体すべてを「妄想だ」と考えるひとたちがいるのは重々承知していますが、だからこそ誰より私自身が私の真実を、日々検証したいと思っています)。

      それでも安楽死なら、まず間違いなく「安楽」なんじゃないか?

      と思うかもしれませんが、それもあくまで

      「肉体が機能を停止するまでが安楽(ほとんど無意識である)」

      ということにすぎず、死んだあとの葛藤や苦しみを減少させるものではありません。

      また、

      やっぱり、自分殺しも殺人になるからたぶん罰は受けますよね?

      うつ病だったら、病気だから許される説もあって、どっちなんだか分かりません。

      についてですが、これは実際には

      「罰」

      だとか

      「許される」

      という感覚そのものが間違っていて、それはあくまでも自分のなかで起きるものです。だからこそ、それが最も厳しいのです。なぜならそこには言い訳の余地が存在しないからです。そして、すべての可能性が余すところなく開示されるからです。

      だから私としては、その可能性を、生きて確かめてみてほしいと思います。

      そしてもしあなたが自殺したとしても、私はあなたの肉体を蘇らせることはできません。そのときにどれだけ謝られてもどうにもできないので、今もし私に本気で謝ってくださっているなら、どうかもう少し、踏みとどまっていてください。私は心から、そう願っています。

  21. えり より:

    ありがとうございます。

    やっぱり自殺しようとしたけど、怖くなって出来ませんでした。

    自殺するというのは、ものすごくエネルギーがいることなので、うつ病でエネルギーが不足している時に、出来るわけ無いのです。

    なるべく、前向きに考えて自殺を回避する方向に行けました。

    守護霊様、私の自殺した前世の記憶が必死に守ってくれたのでしょう。

    自殺した霊の話は、とても納得出来ました。

    確かに、苦しいと人の足を引っ張ってしまうほうが楽なのかもしれませんね。

    罰を与えられるのではなく、自分自身が後悔して苦しむだけなのですね。

    自殺サイトにつきましては、確かに出来るだけ苦しまない方法で死なせてあげたいと思う人もいるとは思いますが、もし本当に苦しまないと思っているのなら、自分がその方法を実行していると思うし、昔の硫化水素自殺のように、本当はとても苦しむのになぜか楽な自殺方法として出回ってしまう場合もあり、鵜呑みにするのはとても危険だと思いました。

    また、痛みを認識出来るのは脳だから、霊界に行くともう脳が無いのだから、痛みも苦しみも感じないという意見もありましたが、肉体を失ってからも、肉体的な痛みも感じるのでしょうか?

    逆に肉体のクッション剤を失うので、10倍以上もの痛みを感じると言う話もあり、もし本当なら、ぞっとします。

    Dilettanteさんが、私の自殺を止めてくれたなら、私も元気になったら絶対に人の自殺を止められる人になります。

    それが、うつ病であり希死念慮のある私の生まれて来た使命であると感じるからです。

    こういう考え方で生きていると死にたくならないという考え方はありますか?

    私も、自分が死にたくなるので、死にたいと言って来る人にあなたにいなくなられたら嫌だから、死なないでとしか言えませんでした。

    直接、関わりはなかったのですが、同じうつ病の人を自殺で失ったこともあります。

    これ以上、犠牲者を出さないために死なないほうがいい理由が知りたいのです。

    少なくとも、私はここで死んだら後悔するかもしれないという気持ちが芽生え始めました。

    心から感謝致します。

    • Dilettante より:

      ええ、そもそも

      「自分で生まれたくて生まれてきたのに、それでも自ら死んでしまいたくなる」

      というのは、明らかな

      「異常事態・パニック状態」

      なのですが、だからと言ってそれが短期的・一時的なもので収まらないというのは、いかに今のこの世界が病んでいるかの証だと思っています。

      だからその意味において、あなたが自殺したくなってしまうのが、あなただけのせいだとは、まったく思っていません。

      私の目的は、あなたを責めることではないということです。

      ただどんな世界であろうが、

      「自殺してしまったら同じ人生にはもう復帰できない」

      という事実は揺るぎないので、そしてそれはあまりにも哀しすぎるので、私はなんとか、あなたに生きていてほしいと思って、必死に言葉を紡いでいるということです。

      ただ私にとっては、

      「真実を理解する」

      というのが大きな役割を果たしてくれていて、だからこそ自殺が引き起こす事態のひどさが骨身に沁みているというのがあります。

      ですから私はあなたにも、ひとつひとつ理解を深めることで、想いを整理しつつ、生きることを選んでほしいと思います。

      別の視点から端的に言ってしまうと、

      自殺はあまりにも、割に合わない

      のです。

      また、

      痛みを認識出来るのは脳だから、霊界に行くともう脳が無いのだから、痛みも苦しみも感じないという意見もありましたが、肉体を失ってからも、肉体的な痛みも感じるのでしょうか?

      逆に肉体のクッション剤を失うので、10倍以上もの痛みを感じると言う話もあり、もし本当なら、ぞっとします。

      については、

      「肉体がない」

      という意味では、確かに痛みは減少するはずなのですが、本当には

      「痛みや苦しみというのは肉体的である以上に精神的なものだ」

      ということを考えれば、肉体を失おうが痛みを感じたり、むしろそれが強まって、ときには10倍にも100倍にもなるというのも、理解していただけるのではないかと思います。

      このあたりについては、

      私たちはいずれ必ず死ぬ。それ自体は避けられないことなのだが、多くのひとはできれば死の直前まで健康でいて、「ぴんぴんころり」と老衰で死にたいと...

      なども参照していただければと思います。

      それから、どうやったら死にたくならないですむのか、あるいは自殺したいひとを止められるのかは、私もいつまで経っても試行錯誤の最中で、

      「万能の答え」

      はわかりません。

      ただだからこそ、私は今までたくさんの文章のなかで私の思索を共有してもらおうとしているので、そこからご自身なりの答えを見出していっていただければと思います。

      その前提のうえでひとつ挙げるとしたら

      生きていることは罰ではない。私たちはしあわせになるために生まれてきた。しあわせにいるために生まれてきた。だから本当には、いつもしあわせを感じ...

      などの考えかたはぜひお伝えしておきたいもののひとつです。

      いずれにせよ、今のような社会では、流されるだけで簡単に死にたくなることができるのに対し、生きる意志を保ち続けるのはとても難しいと思います。

      ですから私も自分自身にさえも油断せずいようと思っていますし、日々自分と向き合っていきたいと思っています。

      あなたにも現実的な問題がたくさんあるだろうなか、それでも生きようとしてくださって、ありがとうございます。

      これからも少しでも、支え合っていけたらと思います。

      どうぞよろしくお願いします。

  22. えり より:

    生きようとしてくれて、ありがとうございますと言われて、涙が出そうなほどに感動しました。

    世の中には、自殺を止めようとすることは常識のように言われていますが、実際は一部なのかもしれませんが、自殺サイトで自殺の方法を教えたり、薦めたりする人もいます。

    そういう人は、いずれ罰を受けるとは思うのですが、例えそれが自殺をすることで救ってあげようという思いからなのだとしても。

    自殺しても、それで楽になれることなんてないんだと何とか自分に言い聞かせて、踏み止まっています。

    罰を与えられるわけではないと言われましたが、やっぱり自殺して安らかになれることは無い、また同じような人生をやり直さないといけないと思うと何としてでも、生き抜かなければと思います。

    不幸だから〜の記事を読んで、幸せになれるまでは生きなければと思いました。

    もし、霊界での記憶があってこのことがみんな分かっていれば、誰も自殺しなくなり人殺しもしなくなって、平和な世の中になれると思うのですが、なぜ神様は生まれたら霊界での記憶もなくなるように人間を作ったのでしょうか?

    それも試練だということなのでしょうか?

    でも、潜在意識での記憶があるので、人は誰に教えられなくても自殺や殺人が悪いことだと分かるのでしょう。

    • Dilettante より:

      こんなふうに霊界に関する無知が跋扈しているのは、私たちの

      「初期設定」

      に由来するものではありません。実際に、肉体人がもっと霊の存在を自然に受け入れ、霊とひとと自然(神)が調和的に暮らしていた時期というのはありますし、これからもそうできない理由はないので、私もそのような世界にしたいと思っています。

      ただ、そうは言っても過去生の記憶が肉体にすべて引き継がれていくと、その情報だけで肉体に多大な負荷をかけてしまいますから、実際には常時肉体に保存するのではなく、必要なときに必要なデータを引き出すという感じにはなります(このあたりは、パソコンなどの「端末」とNASなどの「外部記憶装置」の関係を考えてみてもいいと思います)が、それでも完全には情報を読み込めないのは、

      「あまりに『過去』を引き継ぎすぎると、それが『しがらみ』にもなってしまうから」

      だと言っていいです。

      「自分の親がかつては自分の妹だった」

      とか、

      「過去生の自分の玄孫が犯罪者になっている」

      などという事実を知っても、どうしたらいいか困ってしまうことも多いでしょう?

      ただ、どんなに表面を「リセット」したとしても、環境や肉体が変わっても

      「魂の核心」

      と言えるようなものは変わらず、あなたのおっしゃるとおり

      「潜在意識(魂)の記憶」

      というものはずっと引き継がれるので、端的に言えば

      自分が自分であることからは、永遠に逃れられない

      ということです。そしてそうであるなら、なんとかしてそれを喜びに向けたいと、私自身も切実にそう思っていますし、あなたもそう思える道を、いつかには、見出してほしいと思っています。

  23. えり より:

    そういう前世に関する話は、聞いたことがあります。

    偶然、生まれて来たように見えても、生きていくための様々な配慮が含まれているのですね。

    自分が自分であることからは、逃げられないことは分かりました。

    他の記事に書いてあったのですが、死んだら天国に行けるというのは、幻想や思い込みだとありましたが、例えばいじめられて自殺したり、過労やうつ病で自殺すると、かわいそうに、天国で安らかにお眠り下さいなどの言葉を多く見ますが、死んだら楽になれるというのは、人間の理想でそうだといいなという思いから作り出されたことなのでしょうか?

    だとしたら、いくら身内に死なれて悲しみのやり場が無い気持ちはよく分かりますが、安易に天国で幸せになって下さいというべきでは無いのでは無いのでしょうか?

    そういう人の言葉を信じて、自殺、後追いなどが出たら、そういう人の責任は殺人になります。

    ひとりだけじゃなくて、何人も犠牲者が出たら最悪です。

    遺族の方には、酷なことかもしれませんがしっかりと死後の現実と向き合うことが必要です。

    逆に、死後の苦しみが分かっていたら、今どんなに苦しくても誰も自殺しようとはしなくなると思います。

    私は、今までいいことよりも悪いことをしてきたほうが多いし、物事を途中で投げ出したりもしましたが、今からでも自分と向き合ったら、幸せな世界に行けるのでしょうか?

    とりあえず、弱っている時は死んで安らかに眠れるなどの言葉を信じたくなりますが、信じないようにして何とか生きていきます。

    • Dilettante より:

      そうですね、たとえいじめが原因でも、過労状態やうつ状態にあったとしても、自殺でラクになれるということはありません。

      ただもちろん、死んでラクになれるというののすべてが間違いなわけでもありません。

      うまく行かないのは、想いが足りないからだ できると思えばできる 「精神力が足りない」など、精神の大切さばかりを説かれると、げんな...

      にも書いたとおりで、霊界というのは、想いがすべてなのですから、清々しい気持ちに至ったひとは、霊としても清々しい気持ちで存在します。

      ですからある意味では肉体界よりも多様で千差万別だとも言えるのですが、だからこそ

      「死んだからと言って『自動的に』ラクになるわけでもなく、永遠にラクになれないひともいない」

      というのが、答えなのです。

      ですから肉体を持っていようが持っていまいが、

      「天国も地獄も、自分たちで創り、維持発展させるもの」

      だという認識が、すべての基礎になると思います。

      そしてあなたのおっしゃるとおり、こうした認識が浸透しさえすれば、自殺などはいずれ一掃できると、私は信じています。

      それにそれは

      「誰かの強制」

      ではなく、

      「当然の流れ・自発的な意志」

      によって、そうなっていくというのが、醍醐味だと思います。

      死によって簡単にしあわせになれるなら、生きる必要はありません。

      逆に言えば、しあわせな場所から、わざわざ苦労するだけの場所に生まれてくるわけがありません。

      そう考えると、

      「生きることには、それだけの価値がある」

      ということが、明らかになってくると思います。肉体界も霊界も

      「現実」

      の一部なのですから、どちらかでだけしあわせになれるということはあり得ないのです。

      しかしそれは、

      「どちらの世界でもしあわせになれる可能性はある」

      ということなのですから、私もあなたと一緒に、その可能性を、自分自身の人生のなかで、追求し続けたいと思っています。

      そして自殺した過去生があるとご自身で感じているあなたが、それでも今後は最期まで生き抜くことができれば、まずそれだけで大きな一歩だというのは、先にも申し上げたことですが、そんなあなたがさらに

      「しあわせ」

      を感じるところまで至れるときが来たら、それは多くのひとびとにとって希望になることは間違いありません。

      ですから少なくとも

      「あなたに生きる意味がないなどということはあり得ない」

      ということを、いつも覚えていていただきたいと、そう思っています。

  24. えり より:

    ありがとうございます。

    体調崩していました。

    では、思いが死後の霊界での環境を作るということなのでしょうか?

    思ってみたら、死んだら楽になれるという根拠もないのに、今が苦しいから、今の状態から解放されて楽ということから、当たり前のように信じられているのはおかしなことです。

    死後の世界なんか無い、死んだら無になると思っている人が生きているのも矛盾しているように感じます。

    確かに、すべての霊能力者やスピリチュアルカウンセラーが正しいということは無いし、彼らのお金儲け主義を批判するのも分かりますが、だからと言って目に見える物しか信じないのでは、毎日を無意味に繰り返して、最後は死んでいくというのは虚しいです。

    霊界での記憶が生まれる前に消されるのは、魂の目的が分からないほうが学びになるからでしょうか?

    生まれた時から、魂の目的が分かっていれば、いじめやパワハラ、自殺、殺人もなくなって住みやすい世の中になるとおもうのですが。

    霊能力者には、魂の目的と死後の世界を伝える義務がありますか?

    • Dilettante より:

      まず、

      思いが死後の霊界での環境を作るということなのでしょうか?

      については、概ねそのとおりだと思っていいと思います。

      ただだからと言って

      自殺したらラクになれる

      と思い込んで自殺してもラクになれるわけではないので、その意味ではやはり

      「奥底の想いがあぶり出されて結晶化する」

      と言ったほうが精確だと言えそうです。

      また、思い込みが強い力を持っているのも間違いないことなのですが、それでもやはり

      「真実」

      と呼べるものもあるということ、これもこの世界の奥深さというか、醍醐味だとも思います。

      また、

      生まれた時から、魂の目的が分かっていれば、いじめやパワハラ、自殺、殺人もなくなって住みやすい世の中になるとおもうのですが。

      というご意見については、確かにそのとおりだとも言える半面、

      「このような仕組み(現状)になっているのは、私自身の意志の顕れでもある」

      ということも、大切なことだと思っています。

      ですからたとえば霊存在についても、

      霊なんてものはいないと見なして生きてみたい(そのほうが自分にとっては都合がいい)

      と思うようになったひとたちが多数派を占めたので、こうなったということです。

      それから、

      霊能力者には、魂の目的と死後の世界を伝える義務がありますか?

      については、それはあくまでも「義務」ではなく、

      「自分自身の意志と選択」

      によって行われるものですが、とはいえそのような想いから始まったはずのものさえも、少しずつ少しずつ歪んで喜びから離れていった実例がそこらじゅうにあるわけですから、私もそのようなことを常に意識しつつ、

      自分をどう活かすか?

      ということを、考え続けていきたいと思います。

      最後に、少なくともこないだは確実に自殺を意識していたあなたが、今回体調を崩したとき、それは嬉しいことだったか哀しいことだったかなんだったのかということ、そしてそれはどうしてなのかということを考えてみるのは、あなたにとって大きな意義のあることだと思いますので、気が向いたら考えてみてください。

      どうぞよろしくお願いします。

  25. えり より:

    お返事ありがとうございます。

    霊がいないほうが都合がいい人と言うのは、この世でどんな悪いことをしても死後の世界がなくて無になったほうが都合がいいと言うことでしょうか?

    私も、出来るならば死後の世界は、無か天国のような場所のほうがいいのですが、自殺してあの世に逃げて幸せになれる気がしない、これは本能的なストップがかかって自殺を実行出来ないのです。

    例え、自殺時の痛みや苦しみがなくても、どこに行くか分からないと思うと、足がすくんでしまいます。

    でも、本当は死ぬのが怖いから無理やりに生かされているような人生は、嫌で心から楽しめて、幸せに生きたいです。

    うつが重症化すると、自殺サイトの閲覧癖が出てしまい、ここにたどりついたのですが、多くの人が楽に死ねる方法を探していると思うと、また憂鬱になりました。

    楽に死ねると想像している方法や自殺未遂者の体験談でも、言っていることはばらばらですが、あまり人のいうことは、参考にはしても鵜呑みにする必要は無いという記事をみて、実際自殺サイトには、記事をみて自殺してしまった未浄化の自殺霊が自殺に誘導しようとするから、本当は見ないほうがいいという話しを聞きました。

    だけど、止められません。

    だから、とりあえずは鵜呑みにしないようにしています。

    負の集団の話しにもありましたが、なぜ人を巻き込みたいのでしょうか?

    自分だけ苦しい目に合うのが嫌なのでしょうか?

    負の集団がいなくなったらいいのにと思います。

    やっぱり、霊能者には全員ではないけれど、伝える役目はあると思っています。

    • Dilettante より:

      霊がいないほうが都合がいい人と言うのは、この世でどんな悪いことをしても死後の世界がなくて無になったほうが都合がいいと言うことでしょうか?

      これもひとつの答えだと思います。ただそれ以外の理由でも、霊存在を認めないことでいろいろ都合がよくなる立場や目的というものはあるものです。そのようなことをときどき考えてみるのも、いいことだと思います。

      そして

      自殺してあの世に逃げて幸せになれる気がしない、これは本能的なストップがかかって自殺を実行出来ないのです。

      という感覚は、大切にしていただけたらと思います。

      負の集団の話しにもありましたが、なぜ人を巻き込みたいのでしょうか?

      自分だけ苦しい目に合うのが嫌なのでしょうか?

      負の集団がいなくなったらいいのにと思います。

      仲間がほしいという感覚は、私も持っている普遍的なものだと思います。ですがだからこそ、もともと負の霊になるために生まれてきた魂はないのですから、私は彼らにも、本当の喜びに向かっていってほしいと思います。

      そしてもちろん自分自身の生きかたも含めて、これからも考え続けていきたいと思います。

  26. えり より:

    霊存在がいないほうが都合がいい人がいるというのが分かりません。

    そもそも、霊がいなくて死んだら無になれるなら、何も頑張って生きなくても自殺したほうが楽だし、賢い気がします。

    死んだら無になれると思っているのに、生き続けてるとか、生きる意味は無いと思っているのに生き続けている人に、大きな矛盾を感じます。

    それとも、そういう理屈は理屈だけど、やっぱり本能的には怖いということなんでしょうか?

    自殺サイトや完全自殺マニュアルでは、大半が全然痛くも苦しくも無い自殺方法が紹介してありますが、それらも一緒に死んで欲しいという負の集団のようなものなのでしょうか?

    自殺サイトによって、自殺してしまった人もいるのに、とても無責任に感じます。

    そういう人の霊は、やっぱり自殺サイトの管理人を恨んでいるのでしょうか?

    死にたいと思うのに、恐怖がストップをかけてくれているのは、恐怖さえなかったら死ねたのにと恨みたくなりますが、大切にしたほうがいい感覚なのですか?

    • Dilettante より:

      そもそも、霊がいなくて死んだら無になれるなら、何も頑張って生きなくても自殺したほうが楽だし、賢い気がします。

      死んだら無になれると思っているのに、生き続けてるとか、生きる意味は無いと思っているのに生き続けている人に、大きな矛盾を感じます。

      それとも、そういう理屈は理屈だけど、やっぱり本能的には怖いということなんでしょうか?

      肉体を持っている間はまさに

      身に覚えがない

      というので言い訳ができますが、本当には自分が望んだからこそ生まれてきたというのは魂に記憶されているわけですし、そうした意味でも「本能」では死にたいひとはいないと思います。

      「生まれたくて生まれてきたのに自殺する」

      というのは、最大の矛盾とも言えるからです。

      自殺サイトや完全自殺マニュアルでは、大半が全然痛くも苦しくも無い自殺方法が紹介してありますが、それらも一緒に死んで欲しいという負の集団のようなものなのでしょうか?

      自殺サイトによって、自殺してしまった人もいるのに、とても無責任に感じます。

      そういう人の霊は、やっぱり自殺サイトの管理人を恨んでいるのでしょうか?

      これは個人差があるものだと思いますが、ただ自殺について誰かを恨んでもどうにもならないということに気づくまでは、いずれにせよ時間と心の整理が必要だと思います。

      死にたいと思うのに、恐怖がストップをかけてくれているのは、恐怖さえなかったら死ねたのにと恨みたくなりますが、大切にしたほうがいい感覚なのですか?

      これはむしろ、

      恐怖があるから生きられている

      と考えたほうがいいと思います。

      いいことがあるとわかっていることに対して、勇気が出ないことでできないのなら、その妨害に対して憤慨する意味もあるでしょうが、今の場合はむしろ逆で、生きていたほうが自殺するよりははるかにいいのにもかかわらず、その「生きる勇気」を出させないように妨害されているのなら、それに対して正しく憤慨すべきだと思います。

      そのあたりの本末転倒が解消されたとき、自殺したいと思うひとはいずれ必ずいなくなると、私は思っていますし、なにより私自身がそんな世界を、創りたいと思っています。

  27. えり より:

    自殺しようとしてしまいました。

    毎日の憂鬱感から解放されたかったのです。

    すごく苦しかったです。

    思ってみれば、自殺サイトで楽だ、簡単だと自殺方法を吹聴しながら、まだ生きている管理人を信用出来るわけありません。

    人のせいにしても、意味が無いとは言いますが、私が騙されて苦しくないと思い込んで、自殺して苦しかったとしたら恨んでしまいます。

    だったら、自殺サイトなんて見なければいいのにと思われるかもしれませんが、もしかしたら楽に死なせてくれるんじゃないか?の思いが捨てられません。

    確かに恐怖に生かされています。

    いつの日か、恐怖感に感謝出来るといいのですが。

    生きていても苦しいのですが、生きているほうがいいのでしょうか?

    • Dilettante より:

      ここにもはっきり書いていることですが、自殺することで憂鬱感から解放されることはありません。

      それに、もう

      「自殺という仮初めの逃げ場」

      が完全になくなるぶんだけ、生きているときよりも苦しいと思います。

      死んでしまえばもはや

      知らなかった

      では済まされないからです。まして、あなたはこの文章を読んだので、なおさらです。

      私は、誰かが苦しむのを見て喜ぶような趣味も、一時しのぎの嘘で煙に巻く趣味もありません。

      ですから私は何度でも

      生きていても苦しいのだとしても、自殺するよりははるかにいいですよ

      と言い切ります。私に訊いたらいつでもこう答えるので、そのつもりでいてください。

      どうぞ、よろしくお願いします。

  28. えり より:

    お返事ありがとうございます。

    何か、不安で眠れなくてここを見に来てしまいました。

    てか、そもそも人間がどうやっても自殺なんか出来ない存在だったら、また開き直って仕方ないから人生を生きていこうとも思えるのに、自殺しようと思えば短時間ですぐに自殺出来るからこそ、また悩んでしまいます。

    生きている限り、死にたくなるからならいっそ死んでしまったらもう死にたくはならないという考えが浮かびました。

    でも、死んだら死んだで消滅したいのにと思うかもしれませんけど。

    神様が幸せになるために人間を作ったって言うけど、この世に産まれて来たくなかったのに生まれて来て死ぬに死ねない人を作って何が楽しいんだろう?と思います。

    世の中、いじめで死んだらいじめから解放されて良かったですねって言っている一方でいじめ対策をやっていて、死んでいじめから解放されるならみんな死ぬのが一番のいじめ対策じゃないですか?って言う矛盾。

    頭がごちゃごちゃしていて、でも、恐怖で自殺出来ないのなら、一生死にたいままで生きていくのか?と思うと憂鬱です。

    自殺を止めてくれて、ありがとうございます。

    潜在意識は自殺したくないんですけど、表面的な意識が自殺したいから戦っているのが分かります。

    • Dilettante より:

      生きている限り、死にたくなるからならいっそ死んでしまったらもう死にたくはならないという考えが浮かびました。

      でも、死んだら死んだで消滅したいのにと思うかもしれませんけど。

      私が

      自殺することで憂鬱感から解放されることはありません。

      それに、もう

      「自殺という仮初めの逃げ場」

      が完全になくなるぶんだけ、生きているときよりも苦しいと思います。

      と書いたのはまさにこのことを指したものです。

      私たちにできるのは

      「自殺すること(肉体を殺すこと)まで」

      であって、どうやっても

      「存在を抹消すること」

      はできませんので、その事実を突きつけられたとき、苦しみはより深くなるということです。

      そして、

      神様が幸せになるために人間を作ったって言うけど、この世に産まれて来たくなかったのに生まれて来て死ぬに死ねない人を作って何が楽しいんだろう?と思います。

      については、神様(と呼ぶのに最も近しい存在)が創ったのは人間ではなく

      「世界の仕組み」

      です。というより

      「世界の仕組みそのものが神」

      だと言ってもいいです。

      そのうえで、生まれてきたくないのに強制的に生まれさせられた存在はありませんので、生まれてきたのはあなた自身の選択によるものです。

      だからこそ、自殺して後悔しないひとはいないということです。

      今は、私の話の半分も浸透しないかもしれませんが、いずれ少しずつ少しずつでも、いろんなことを整理していっていただければと思います。

      そして1日1日を、生きていてください。

  29. えり より:

    ありがとうございます。

    もう、死ぬのも思考するのも面倒に感じます。

    確かにネットには検索すると、すぐに楽に死ねる方法が出て来ていますが、自殺未遂者の体験談であっても、自分で再度自殺を試みてはいない、一瞬で苦痛無く死ねる方法があるなら、世の中もっと自殺する人は多いのでは?と考えて思い留まっています。

    最近では、麻布の白石容疑者のようにネットで自殺志願者を募集しては、殺していたなどの事件もあるので、あまり信用しないようにはしてるのですが、魚の骨のように喉に引っ掛かって苦しくなります。

    世の中、見ず知らずの人を恨みがあるわけでもないのに、殺そうとする人なんていないだろうの前提が壊れました。

    自殺志願者の弱みに漬け込む人達は、ちゃんと裁かれていくのでしょうか?

    自殺したい人が、どうか思い留まれるようなサイトが出来て、自殺を後押しするサイトがなくなりますように。

    本当に、死にたい人はたぶんいないと思うから。

    そういう時の誰かの一声で、自殺に踏み切ってしまうものだから。

    私も、昔ずっと死にたいって言ってくる友達がうっとおしいし、どう言っていいのか分からなかった。

    その人が、そんなに死にたいんだったらもう死なせてあげたいと思い、死ねば?と言ってしまいました。

    正解なんて無いけど、どうにか思い留まってくれるように考えるべきだった。

    それが、自殺サイトで自殺を促す人であっても死んでいいわけじゃないから。

    自殺を止めるのは、難しいですよね?

    うっとおしく感じる時もあるし。

    ありがとうございます。

  30. えり より:

    たびたびの投稿失礼します。

    疑問が沸いたのですが、自殺した人の死後って暗くて孤独な場所のはずなのに、どうやって負の集団の仲間を集めるのですか?

    孤独な場所にいても、自殺した霊同士は波動で分かるものなのですか?

    • Dilettante より:

      自殺志願者の弱みに漬け込む人達は、ちゃんと裁かれていくのでしょうか?

      あくまで「裁き」は自分自身の良心によって自分にもたらされるものではありますが、死んですべての因果を突きつけられたときには、少しずつでも反省していただけると思います。

      また、私はこの世界からまずなにより自殺をなくしたいと思っていますし、真実が広く共有されるようになれば、遠からず実際に自殺はなくなると確信しています。

      ただ確かに、自殺を思い留まってもらうのは簡単ではなく、万人に通用する方法はありません。

      それに、自殺願望があることすら表に見せないひとも多々いますし、そうでなくても24時間付きっきりでいることはできませんので、本人がどうしても決行しようとしている場合は、誰にも止められないと思います。実際に、私の知人でも複数の自殺者がいます。

      しかしだからこそ、私も本気で自殺をなくしたいといつも思っています。

      それから、

      自殺した人の死後って暗くて孤独な場所のはずなのに、どうやって負の集団の仲間を集めるのですか?

      については、負の霊というのは

      「他者のしあわせを願わない(自分と同じように苦しんでほしいと思う)存在」

      のことですので、自殺者に限ったものではないです。

      それを踏まえたうえで、自殺者は大概の場合鬱々とした孤独な世界に至るのですが、そこで自分と向き合い改心して生まれ変わるほうではなく、他者を同じように苦しめようとする想いのほうを選んだ場合、その想いによって共鳴した存在と徒党を組み、負の霊団の一員となることになります。

      ただこれも、負の霊が必ずしも集団化するわけではないということも付け加えておきます。

      また、負の霊団とは言うものの、そこに本当の意味での

      「団結」

      があるかは非常に疑わしく、実際には

      「たまたま一時的に利害が一致しているから集まっている」

      というだけだと思っています。そのため、

      「仲間意識」

      のようなものが見られることは極めて稀で、いざというときには容赦なく切り棄てられます。

      ですからあらゆる意味で、負の霊団に加入するのは、誰にも勧められるものではありません。

  31. えり より:

    丁寧な説明をありがとうございました。

    負の集団については分かりました。

    生きていて、自殺を推奨するようなサイトを作っている人もそれと同じでしょうか?

    自殺方法を公開しておきながら、私は自殺に反対ですとかサイトでメッセージのやり取りをしていた人が死んで悲しいなど言っていますが、本心なのでしょうか?

    まだ、人を自殺させたい人は目的がはっきりとしていますが、完全自殺マニュアルの鶴見氏のように、いざという時に楽に自殺出来る方法を知っておいて、今は思い留まろうとか、自殺防止サイトと言いつつ、自殺を勧めてたりするのを見ると、何がしたいのか?混乱します。

    白石容疑者のように、偽善を装い、自殺志願者に近づくのが目的なのでしょうか?

    そもそも、完全自殺マニュアルでは、自殺を大絶賛して、芸術品とまで言っておきながら、なぜ著者がいまだに生きているのでしょうか?

    負の集団も自殺を勧める際に、似たような死への絶賛、誘導をしていると聞いたことがありますが、それと同じことですか?

    逆に、この本によって命が救われたと言っている人も多いようなので、悪いとは言えないのでしょうか?

    前に、自殺サイトの中には本当に楽に死なせてあげたいと思っている人もいると書いていましたが、なぜそれを自分で試さずに、他人にやらせようとするのでしょうか?

    ノイローゼになっています。

  32. えり より:

    芥川賞作家の金原ひとみさんのインタビュー記事を読みました。

    10才の時には、もう非常階段から飛び降りたかったそうです。

    結婚しても、母になっても、フランスに移住しても、少しも死にたい気持ちは軽くならないと言われていました。

    痛みでしか生きる実感が沸かずに、リストカットやピアス、タトゥーなどを入れて何とかやり過ごして来たようなのですが、やっぱり小さい時から理由も無く死にたい人って過去世で自殺してると思ってしまいます。

    産まれてから、一度も自殺を考えたことが無いという人も稀かもしれませんが、死にたいと思いながら生き続けるのもしんどいです。

    昔、リストカットを繰り返して、楽にきれいに死ねると思ってガスを吸い、苦しんで、さらに霊界でもまた苦しむのかと思うとやりきれません。

    だからって、自殺して楽になられても困るんですけど。

    自殺志願者は、確かに健康な心を持った人よりは漬け込みやすいのかもしれませんが、本当に楽に死ねるのならいいんですけど、苦しんだりその後障害を抱えたり生きないといけなくて、白石容疑者に殺された被害者は自己責任で、死にたくて死ねたのだから良かったとまで言っている人がいて心が痛みました。

    自らが自殺未遂の経験者でも、そんなこと言うんだから、余計自殺志願者が救われません。

    有名ないのちの電話も、ボランティアで研修費用は自己負担でなる人が減って来ているらしく、日本政府も自殺予防と言っているわりには偽善者だと思います。

    少なくとも、有害自殺サイトは強制閉鎖にして欲しいです!

    私も自分の体調が治ったら、何か自殺防止になるような文章を発信していきたいと思っています。

    • Dilettante より:

      まずお伝えしておきたいことは、ひとつの手法として

      「問題提起のために、過激な手法を選ぶ」

      とか、

      「極端を提示することで、逆方向への揺り戻しを起こさせる」

      というものもあるということです。

      ですから、自殺を過度に勧められることによって、却って自殺から遠ざかるというのも、充分にあり得ることだと思います。

      その意味では、発信者がそういう意図に基づいて行っているとしたら、それはそれで悪いとも言えないと思います。

      ただもちろん、その手法も全員に通用するわけではないですし、私自身としては、そんな手法は選択しないということは言えます。

      それから、あなたはとても生真面目なので想像できないのかもしれませんが、なかには

      自分にはできないからこそ、誰かにやってほしい

      と思うひともいるものです。

      ですからその本人のたとえ自殺願望が強固なものだとしても、

      「自分独りだけ」

      ではそれを実行できないから、それを誰かに実行してほしいと思うこともあると思います。

      極論を言えば、

      世界のすべてのひとが自殺したあと、最後に自分も自殺したい

      と思っている場合もあるということです。

      しかし、他者の真意というのは結局どこまで行っても完全には解明できないものでもありますし、まず誰よりも

      「自分の気持ち」

      を整理して、大切にしたほうがいいと思います。

      また、

      やっぱり小さい時から理由も無く死にたい人って過去世で自殺してると思ってしまいます。

      というご意見に関しては、私としてはむしろ

      いちどでもあんな場所に行ったら、2度と行きたいとは思わないと思うんだけど……

      と思うのですが、一方で

      「自殺が癖になる」

      というようなこと、それから虐待などでもよく知られているように、自殺にも同じような

      「連鎖反応」

      があることを踏まえると、そう簡単な話ではないのだろうとも思っています。

      「大切なひとに自殺されることの苦しみを最も知っているはずの遺族から、また自殺者が出てくる」

      ということは、そういうことなのだろうと思うからです。

      ですからこれは本当に複雑で難しい問題だとは思っているのですが、少なくとも

      「自殺して解決する問題はない」

      ということと、

      「スッキリと自殺できる方法はない」

      ということが、明らかに共有されるようになれば、今よりは確実にいい方向に変われるのではないかと、私はそう思っています。

  33. えり より:

    なるほど。

    確かに自殺サイトでも、いろんな意図があるのか同じ首吊りだったとしても、苦しかったという話しから、むしろ気持ちよかったという人まで様々です。

    個人差があるとはいえ、ここまで違うものなのか?と思ってしまいます。

    あるいは、苦しかったや痛かったけどその時の記憶が無いというのもあるのかと思います。

    だったら、自殺した後の世界でも自殺しなければ良かったと言う人から、自殺して良かったと言う人がいてもいいような気がしますが、みんな後悔しているんですね。

    一度、自殺した人はカルマによって、自殺の誘惑を強く受けると聞いたからそう思いました。

    もちろん、潜在意識ではもうあんな怖い所には行きたくないと強く思っています。

    自殺した人の遺族から、また自殺者が出るについては、死んだ人に会いたい、死を美化しているのだと思います。

    だから、やっと自殺で安らかにとか悩みから解放されて、安らかにお眠り下さいなど言うから、また自殺者が出るのです。

    これも、言っている人自身は本心で思っていないのは自分が自殺してないことから明白なのに、他人を自殺させることになるのです。

    遺族が、苦しんで自殺したのだから、あの世では安らかにしていて欲しいという気持ちは分かりますが、事実として死ぬ前よりも苦しんでいるのなら、気持ちを分かってもらえなかった、安らかになんてなってないよ、助けて!と言う声を無視されて、寂しくて苦しいから負の集団になってしまうという悪循環が起きます。

    自殺サイトなどで自殺を勧める人は、生きながらにして負の集団とも言えます。

    かなり、自殺願望高まって来ていますが、死ぬの痛いし、苦しいしなかなか難しいです。

    楽に死ねるとか嘘ばっかりです。

    やり方が悪いのかな?

    もう、分かりません。

    死にたいのに、死ねないです。

    どうしたらいいでしょうか?

    • Dilettante より:

      率直に申し上げると、おそらくあなたはどこかに本当にラクに、後悔することもなく自殺できる方法があるなら、ぜひそれを実行したいと思っているように見受けられます。

      ですが、そんな方法はありません。やりかたが悪いのでもなく、あなたが特別にいじめられているのでもなく、誰でもがそうなのです。

      そしてその最大の理由のひとつは

      「私たちは、たとえ忘れているとしても、自分が生まれたいから生まれてきたから」

      というものです。

      生まれたい魂は他にもいっぱいいて、それでもどうしても生まれたいと決意して生まれてきたのに、それでも自殺を選んでしまって、後悔しないはずがないということなのです。

      そして自殺は

      「避けられない運命」

      では決してなく、

      「取り返しのつかない未来」

      を棄て去ってしまうことだからこそ、誰もがどうしようもなく後悔するということなのです。

      ですから、死にたいのに死ねないなら、生きるしかありません。

      それはラクではないのは私も知っていますが、自殺するよりははるかにいいです。

      それは私が、私の責任において断言します。

      ですからどうか、生きてみてください。

      どうぞよろしくお願いします。

  34. えり より:

    その通りです。

    楽でネットで見るように一瞬で苦痛無しの方法でなら死にたいです。

    だけど、苦しかったし死ねなかったです。

    時限爆弾のスイッチ押したのに、死ねなかった感じで、もう諦めようかな?と思っています。

    死後の世界が確実に無だと分かったら、どんな苦しい方法でも死ぬとは思いますが。

    死んでも楽になれなかったら、意味無いですからね。

    やっぱり、自殺サイトなんて当てにならないのかな?

    変な事件に巻き込まれた人達だって、きっと楽に死ねる、自分で殺さなかったら、他人が殺してくれると思ったのに、楽に死ねなかったんだから。

    今は、小学生でも自殺を考えない人のほうが少ないらしくて、負の集団はきっとやりたい放題なのでしょう。

    死の直前には、エンドルフェルとかの快楽物質が脳から出るらしいから、それで一時的には気持ちいいのかもしれません。

    私は、あまり気持ちいいとは思わなかったけど。

    そんなに都合のいい死にかたなんて無い!

    ネットの自殺サイトなんて、人を自殺させたい人ばっかりなんだから、信じてはいけない。

    もし、本当に一瞬で苦痛無く死ねるなら、いったいどれだけの人が死んでいくのだろう?
    半分もいなくなるかもしれない。

    死ねないから生きてるだけでもいいのでしょうか?

    生きたくて産まれて来たのなら、ずっと生きたいままでいてくれたらいいのに。

    このまま、毎日死にたいと思いながら、生きていくと考えるだけで憂鬱になります。

    それでも、自殺した後の世界よりはましなら、生きてみてもいいのかもしれません。

    世の中からしたら、どっちでもいいような命なのに、何とか生きさせようとしてくれてありがとうございます。

    • Dilettante より:

      ええ、死ねないから生きているだけでも、自殺するよりはずっといいです。

      そして、生まれたくて生まれたのに死にたくなったなら、死にたいと思っていたのに生きていたくなる可能性もあるということです。

      ですからどうか、生きていてください。

      少なくとも生まれてみる価値はあると思ったから生まれてきたのに、それをまったく味わえないまま自ら死んでしまうなんて、あまりにも哀しいですから。

  35. なすび より:

    なすびです。やりとりを拝見していました。

    私からもお願いします。どうか生きてほしいです。

  36. えり より:

    そうですか?

    死にたいのに、なかなか死ねない自分が嫌でたまりませんでした。

    首吊りも、うまくいきませんでした。

    苦しいだけで、意識は飛びませんでした。

    すぐに意識を失ったという書き込みもあるのに、何で私は意識飛ばないんだろう?

    やり方が悪いのかな?と考えていました。

    ですが、例えば結婚したからとか子供が出来たからといって、死にたくならなくなったという話しは聞いたことがありません。

    効果的なのは、自殺して後悔している霊の声を直接聞いてみたいです。

    そういうのは、いきなり入って来るのですか?

    自殺した霊に聞いてみるんですか?

    • Dilettante より:

      自殺した霊の声を直接聴くというのは、かなり決意が必要なものでもあります。

      いずれにせよあなたの場合はたとえば私などを介して聴くしかないと思いますが、たとえ私が立ち会っている場だとしても、自殺者のエネルギーはとても独特なので、それに引きずられてしまう可能性も高いです。

      自分が後悔しているからこそ、誰かを道連れにしようとしているひともいますので、そういった意味でも私はあなたにおすすめできるものではありません。

      また、自殺者の霊というのはあまりにもたくさんいますので、すべてのひとに話を聴いているとそれだけで人生が終わってしまいます。

      ですから、私の場合は縁がある存在と対話する機会のなかで、そこから共通項を見出しているというのが実際のところです。

      しかしこちらからはたらきかけなくても起きてくる数々の出会いと経験のなかで、ここに書いてあるような想いや見解は、むしろ執筆当時よりますます強まっているというのが、断言できる実感です。

  37. えり より:

    なすびさんへ

    コメント、ありがとうございます。

    精神障害があり、支離滅裂な長い文章になりご不快な思いをさせてしまったら、申し訳ありません!

    本当は、死にたくないからここに書き込んでいるんだと思います。

  38. えり より:

    そうなんですね。

    私も少し霊感はあるんですけど、今はめったに見えなくなりました。

    他サイトで、霊能力者の方がうつ病で自殺した父親の霊を呼び出したら、生前はとても苦しんでいたようで、家族の事まで考える余裕が無く死んだ今の環境に大変満足して穏やかな波動を送って来ています。と言うのを見かけたのですが、後悔してない人もいるって事なんでしょうか?

    それとも、負の集団に騙された通信だったのでしょうか?

    自殺サイトから、死に引っ張り込もうとする波動を感じたことがあるのですが、あれが自殺した霊だったのかもしれません。

    驚くべき事に、死んだら無になれるよ!と言うのも聞いた事があります。

    いやいや、あなたは無になっていませんよね?

    いくつかの自殺方法を試して、楽だと分かったのに死ねません!という投稿も見かけたのですが、それならなぜ今生きているのか不思議です。

    自殺サイトの生霊も死霊もなぜか、つじつまが合わない事を平気で言って来るので混乱してしまいます。

    今は、なぜか若い世代が負の集団に狙われているようです。

    洗脳しやすいからかもしれません。

    • Dilettante より:

      他サイトで、霊能力者の方がうつ病で自殺した父親の霊を呼び出したら、生前はとても苦しんでいたようで、家族の事まで考える余裕が無く死んだ今の環境に大変満足して穏やかな波動を送って来ています。と言うのを見かけたのですが、後悔してない人もいるって事なんでしょうか?

      それとも、負の集団に騙された通信だったのでしょうか?

      少なくとも私が対話してきたひとたちのなかには、後悔していなかったひとはいませんでした。

      また、素朴に考えてみるだけでも、自分が自殺したことによって、家族に取り返しのつかない衝撃を与えたにもかかわらず、それを意に介することなく穏やかでいられるというのは、とても考えにくいことだと思います。

      ですから、仮にその意見のすべてを否定しないとしても、せいぜいが

      「いちど思い切り後悔し、反省したうえで、再び未来に歩み出そうとするところまで至れたから穏やかになってきた」

      というくらいで、まったく後悔していないということはあり得ないと思います。

      というより、もしまったく後悔していないとしたら、自他に向き合いきれていないということだと、私は思います。

      世界にはあらゆる意見や立場がありますが、すべての基礎になる大原則のひとつに

      同じ人生は2度とない。自分と同じひとは誰もいない。そして、自殺は「寿命」(運命)では決してない

      ということがあることを念頭に置いたうえで考えることがとても大切だと、そう思っています。

  39. えり より:

    そうなんですね。

    まだ、自殺したばかりで気持ちの整理がつかずに反省にまでは至れていなかったのかもしれませんね。
    霊能力者の方もご遺族の気持ちを考えてなのか、苦しみから解放されてもう安らかにしていらっしゃいますよとか先祖の供養が足りないので、自殺を促されていますと言う信じがたいような事を言う方もいました。

    また、自殺する人生を選んで産まれて来ていましたので、大丈夫です。

    今は、菩薩となり神様になるために修行中でいますと言う話しまでありました。

    自殺した人が神様になれるのか?

    自分が自殺しておいて、どう救うんだ?と思いました。

    失礼ですが、霊能力者の方が必ずしも人格が優れているとは言えずに嘘をつかれた事もありました。

    追及したら、誤魔化されました。

    私は、この世で考えても絶対にありえないような事は、あの世でも無いのではないか?と思っています。

    この世で泥棒だった人があの世では警察官になってたり、この世で暴力的な人があの世で急に穏やかになってたりはしません。

    正直、そういう事を言う霊能力者の方は信用出来ません。

    本当に少しずつだけど、自分の力で生きようと思えるようになりたいです。

    • Dilettante より:

      私は、この世で考えても絶対にありえないような事は、あの世でも無いのではないか?と思っています。

      この世で泥棒だった人があの世では警察官になってたり、この世で暴力的な人があの世で急に穏やかになってたりはしません。

      まったくおっしゃるとおりで、霊界と肉体界の違いは

      「からだがあるかどうか」

      にほぼ尽きるので、死んだからといって急に変わることはないです。

      ただ、霊界も肉体界も

      「いろいろな経験を積んで、視点をいろいろに変えながら、成長する」

      ということに主眼のひとつがあるとは言えるので、無限の時間のなかで、どんどん変わっていくのも確かです。

      ですからその意味では、今生で泥棒のひとが永遠に泥棒でい続けるということもないですし、今暴力的なひとが永遠に暴力的だということでもありません。

      私は世を経てもいかにひとが変わらないかということと、一方でいかに劇的にひとが変わり得るかということの、両面を見てきたとも言えると思います。

      そのうえで私はあなたにも、本当にあなたが望む姿に、少しずつ少しずつでも近づいていってほしいと、心から思っています。