想念に溺れてしまったとき、どうやって回復するか?

考えがまとまらない。イライラする。周囲の眼が自分に刺さってくる。音がやたらとうるさく感じられる。からだがだるい。こんな「症状」は、現代ではあまりにありふれている。その原因のひとつは、否応なくあなたに流れこんでくる大量の「情報」(想念)にあなたが溺れかかっているからとも言える。もちろん、「気分転換をする」とか、「ゆっくり休む」というのは基本的に万能薬なのだが、問題は「休めない」状況にいるとき、あるいは

気分転換をしようという気分さえ起きない

ほどの精神状態になったときである。

なにかがおかしい、このままではいけない。けれど、なかなか抜け出せない。思考が袋小路に嵌っていく……

私もこのような状態に陥ることがままある。こんなとき、どう回復したらよいのだろう?

もちろん、

「自分の精神状態がおかしい」ということにさえ気付かないときはどうしたらいいのか?

という疑問もあるだろう。しかしそこまで根深いものも含めて書こうとすると話が複雑になり過ぎるので、今回はいったん措いておく。ただ、ひとまず「自分自身と対話する」(自己の精神と向き合う)時間を持つことが大切であることを述べておく。これはかたちにこだわる必要はない。お風呂のなかでも、横になりながらでもなんでもいい。いわゆる「自分を見つめ直す時間」を持つことだ。そうすれば、自分自身の「不調」(のサイン)にも気付けるようになるだろう。

さて、今回の主題は、

自分自身のコントロールを失いかけ、好きな音楽を聴いても耳に入ってこない、気持ちがざわついて、落ち着かない。かといって、からだをきちんと休める時間もない。このままではいけないと感じている

というような場合に、どうしたらよいかということである。このような事態に対して、私自身は次のような対策を講じている。

ひとつは、

「守護霊に呼びかける」

ということである。何度も書いているが、守護霊は「誰にでもいる、最大の味方」である。だから、本当に困ったときは守護霊の協力を仰ぐといい。これは「甘え」ではない。「本当に困ったときに、素直に協力を仰ぐ」というのは、「信頼関係」と「自己選択」の証である。実際私自身はこういうとき、

守護霊さん、エネルギーをわけ与えてください

という感じで呼びかけている。単純である。ただ、そもそも助けを求めるような事態になっているということは、それだけ精神が混乱しているということなので、「単純なことが難しい」のである。だから、私もいつも「必死」である。

もっと「物理的な」方法もある。ずばり「塩」である。私はいわゆる「結界」はほとんど用いない

スピリチュアルの世界の方々や、「霊感」を持っているという方々のなかには、空間になんらかの「結界」を張ろうとする方々も数多い。もちろんそれぞれ...

霊存在はどこにでもいるし、守護霊はいつもともにいるし、行く先々で結界を張るなんて、「バカバカしい」としか思えない。それは

無菌室から出たくない

と言っているようなものだ。それに、私が霊なら、正直そんな態度のひとを好きにはなりにくい。しかしその点、「塩」は手軽である。私は「天日塩」を紙で包み、それを麻の袋に入れて、脇に入れている。これが私の「お守り」である。いちど作れば半永久的に遣い続けられる。手軽に持ち運べる。つらいときはこれを頭や胸の上に乗せたり、不調を感じる部分(たとえば肩)に直接乗せたりするのだが、個人的には明らかにラクになれる。負の念が霧散していく感じである。自宅では、500グラムの袋に入ったものをそのまま遣っている。

あるいは、静かな呼吸を淡々と続けたり、胸に自分の掌を当てるだけでも少なからず効果がある。いずれにしても、実践するのにさほど労力も金もかからない。必要なのは文字通り「やる気」だけである。では、やる気はどうやって出せばいいのか?

やる気を出そう

と思うことだ。ふざけているようだが、これが事実なのである。そして本当に追い詰められたら、自然とやる気は出てくるものだ。しかしそうなる前に、「やりかた」を知っておくのも重要だ。いざというときにどうすればいいかがわかっていれば、きっと少しは毎日を、ラクに過ごせるようになるはずだから。