自分を理解してくれるひとがいることを信じ、全力で探してみてほしい

誰にでも秘密がある。現代日本では社会環境により、インターネットなどを活用して自分の「趣味」に没頭し、気の合う仲間と喜びを分かち合うこともしやすくなっている。だがそれでもなお、日本のように高い集団性・協調性を求められる社会では特に、「本来の自分」をさらけ出して生きることは簡単ではない。だから、誰でも知らず知らずのうちに秘密を持っていく。しかし、秘密を持つのは苦しみでもある。それに、本来の自分を隠し、歪めているうちに、自分自身が「本来の自分」を見失ってしまうことさえある。そして、自分にとってなにが喜びなのか、なにがしたくて生まれてきたのかも忘れ、多くのひとが病んでいってしまう。

こうなる背景には、

本来の自分をさらけ出しても、誰も理解してくれないのではないか?

という恐れがあるのだろう。誰でも嫌われるよりは好かれたい。それにひとは自分の「理解できないもの」はほとんど受け入れてくれない。自分が理解できないだけならまだしも、相手のことを「おかしな奴」などと否定したり拒絶したりすることもある。それはときに人間関係を変化させる。

あなたがそんなひとだとは思わなかった

というように。それは本当に怖いことだ。

「相手を見極める」

と言いながらも、いつの間にかそれも諦め、結局誰にも言えないで、苦しんでしまう。

そうなる気持ちもわかる。私も私なりにではあるが、真剣に苦しんできたからだ。だからこそ、私は強く言いたい。世界のどこかには、自分を理解してくれるひとがいることを信じ、全力で探してみてほしい。そんなひとは必ずいる。そして諦めず探し続ければ、いずれ必ず見つかるのである。

私は初めて霊との接触があってから、そのことを誰にも言えずにいた。私の場合は自分の内面だけでなく、「他人」を通じての接触だったため、

自分だけが狂っているのではないか?

というような疑念や堂々巡りには陥らずに済んだ。というより、そんな暇もなかったのである。だから私自身にとっては自分の体験は「疑いようのない真実」だったのだが、だからと言って他人に信じてもらえるようなものではないのはわかっていた。それに、そのようなことを他人に伝えれば、それがきっかけとなり相手にも同じような経験をさせてしまうのではないかという恐怖もあった。当時の私は善くも悪くも「自分自身を生き延びさせる」だけで精一杯だったので、他人のことを考える余裕などなかったのである。

しかし、初期の「今ここにある危機」を乗り越え、守護霊とのつながりも少しずつ深まり、自分の心にも余裕が出てくるにつれて、

誰かにこれをわかってほしい。自分を理解してほしい

という想いが強くなっていった。それに、

世界のどこかには、1人くらい私を受け入れてくれるひとがいるはずだ

とも思っていた。というより、そう願っていた。だがやはり勇気が出なかった。誰にも言えなかった。

それから数年以上の時が経ち、そのときは急にやって来た。他愛のない話のなかで、相手が

実は私には霊感があるんだけど

と言い出してきた。いつもなら私はそのような話に対し、否定はしないで適当に流して対応していたのだが、そのときはなぜかとっさに、

実は私もなんですよ

と言ってしまった。それが始まりだった。

それでも、「霊感がある」だけではすまない私を理解してもらうまでには、そこからさらに長い時間を必要とした。ときに拒絶されそうになったことも、宗教団体に連れて行かれたこともあった。しかし病院にだけは入れられなかったことが幸いだった。そうなったら、「普通のひと」を演じるしかないと思ってはいたが。しかし長い紆余曲折を経て、私たちはお互いを理解していった。当たり前のことだが、「霊媒師」だからといって、「理解されるのを待つだけ」でいいわけではない。相手には相手の「秘密」や「哀しみ」がある。だから私たちは少しずつ、「お互いを」理解し合っていったのである。

それからさらに長い時が経った。未だに私が霊媒師であることを知り、受け入れてくれているのは本当に限られたひとだけである。実際にそれを話したことによって変わってしまった関係もある。しかしそれでも、私は「たったひとり」ではなかった。その事実が、なにより私自身を変えたのである。私はここでは匿名である。これは正直言って「自分を護るため」であるのだが、だからと言って「嘘」は書いていない。いつも言うように「間違い」はあるかもしれないが、それはあなたの「検証」を待ちたい。もちろん私自身も真摯に自省していく。そしてこのようにここで書くことができているのも、私を受け入れてくれた方々が与えてくれた力のおかげなのである。

だからあなたも、

自分は究極的にはひとりぼっちだ

などと諦めず、自分にとっての「理解者」を探し続けてほしい。それはいつか必ず見つかる。インターネット上でもなんでもいい。だがそれはできれば一時的なものではなく、「長く続けられる関係」であってほしい。そのためには勇気が要るのだが、それは必ず報われる。たったひとりでもいい。お互いを理解し合えるひとが見つかれば、あなたは大きな力を得る。そしてそれを探し始めるのに、見つけるのに、遅すぎるということはないのである。