「あなたには蛇が憑いている」? そんなことはなんの問題でもない

ときどき訳知り顔のひとが、

あなたには狐が憑いてますね

とか、

あなたの不幸の原因は、家に取り憑いている黒蛇ですね。白蛇なら正しくお祀りすれば幸福をもたらすのですが……

などと言っているのを見かける。また、実際私に、

この前自分には蛇が憑いていると言われたのですが……

と哀しそうな顔で相談してきたひともいる。しかし、そんなことはなんの問題でもない。はっきり言って、このような言説はあまりにも動物たちに失礼だ。だから「動物好き」のひとりとして、ぜひ言っておきたい。動物霊が憑いていたからといって、いったいそれがなんだと言うのか?

確かに、たとえば稲荷神社に見られるように、狐は昔から「霊力を持つ動物」のひとつとして祀られてきた。また、蛇になんらかの「呪力」があると考える方々、「狸に化かされる」というように狸にも「力がある」と考える方々も多い。また、昔飢饉の際などに、やむを得ず食べた「馬」を供養し祀ったことが、「馬頭観音」を生み出した。このように、動物に霊力を認める考えかたは広く見られる。

この世界で最も強い力は「想念」である。「想像力」はまさに「創造力」なのだ。だから、動物に感謝し、その力を信じ、祀ることによって、その動物(霊)は「本当に」力を持つのである。もともと「特別な力があった」というよりも、信仰心が「力を与えた」のである。

確かになかにはそれを「持て余し、勘違いする」霊もいて、そういった霊たちがひとに「取引」を持ちかけてきたり、「嫉妬心」や「妬み」、あるいは「傲慢さ」からひとに障りをもたらす場合もある。しかしそれは「その霊単体の問題」であって、その種族あるいは動物霊全体が悪いというわけではない。それは、

ひとを見れば泥棒と思え

霊はみんな悪霊だ

とか

信じられるのはカネだけだ

というような、問題のある極論のひとつである。実際には人間霊と同じように、その霊の「思い込み」を外す手助けをすればいいだけなのだ。もちろんそれには時間もかかるが、必要なことだし、いずれ必ず想いは通じる。動物は善くも悪くも人間ほど「複雑」ではないのだから。

そもそも、ひとに慕われたら喜ぶのに、動物に慕われたら怖がるのはおかしいではないか?生きているときはかわいがるのに、死んだら一転して恐怖の存在になるというのか?狐や蛇には力があって、蟻や毛虫にはないというのか? 猫の霊になら取り憑かれてもいいが、豚の霊は嫌だと言うのか?このようなことをひとつひとつ考えていけば、自分がいかに「洗脳」されているかに気付けるはずだ。

冒頭に書いたように、私は動物も好きである。ある意味では人間以上に愛しく思っている。だから私には狐や蛇だけでなく、犬や猫、牛や豚、蛙に熊など様々な動物霊が憑いているかもしれない。しかしそれは私にとっては、なんの問題でもない。というよりむしろ喜ばしいことである。私たちが真にしあわせになるためには、人類だけが仲良くなればいいはずがない。本当の「調和」とは、他の動植物やいろいろな存在をすべて含めたものである。そしてより多くの存在を愛おしく感じられるようになったとき、私たちは自分が「成長した」と感じるはずだ。こうしたことに気付いたとき、あなたもきっと元気になれるし、動物たちもきっと人類を見直し、笑顔になってくれるはずなのだと、私は信じているのである。