「幼稚園で言われたことがちゃんとできれば充分なんだよ」。私は未だにちゃんとできてはいない

ひとはどう生きればいいのか?

私たちの基本的道徳とはなにか?

このような問いは古来から繰り返されてきた。私自身、多くの先人の記録を読み解きながらこのような問いについて考えていたのだが、それについて師に見解を尋ねてみたとき、返ってきた答えは拍子抜けするほど、明快なものだった。師はこう言ったのである。

幼稚園で言われたことがちゃんとできれば充分なんだよ

師の言った「幼稚園で言われたこと」とは具体的に言えばこうである。

  • おもちゃを独り占めしないこと(みんなで分かち合うこと)
  • ものは大切に遣って、きちんと片付けること(実のところ、私たちの肉体も「借り物」である)
  • ひとのいいところを見つけて、仲良くすること(悪口や陰口は言わないこと)
  • あいさつ・返事をきちんとすること
  • 「ごめんなさい」・「ありがとう」をきちんと言うこと
  • 食べ物は大切にすること(「いただきます」・「ごちそうさま」の気持ちを忘れないこと)
  • ひとの喜びは分かちあい、哀しんでいるひとに寄り添うこと(「お誕生日会」などを思い出すといい)

これは一部だが、このようにざっと見ただけでも、いかに大切なことなのかが改めて身にしみる。そして、私自身ができているかと自省するならば、まだまだきちんとできていると言うにはほど遠いと言わざるを得ない。私はまだ、幼稚園の段階を卒業できていないのである。

しかし、師の言うように、確かにこういったことをきちんと実践できるようになれば、それだけで大きなことだと言えるかもしれない。なぜなら、このようなことがきちんとできていないことが、現代社会の諸問題の原点だとも言えるからである。この言葉を聴いて以来、私も複雑な「道徳論」を紐解く前に、この原点に立ち戻って考えるようにしている。やはり、

こどもは親の教師だ

というのは事実である。そして私たちはもう1度、こどもとともに学びなおすときが来ているのだろう。率直に言って、私たちは誰も「大人」にはなれていないのだし、こどもの笑顔が満ちる世界が、悪いものであるはずがないのだから。

この想いは、この文章でも書きました。

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