あなたの未来へのヒントは、歩んできた過去のなかにあるかもしれない

宇宙飛行士になりたいです

看護師さんになりたいです

こどもはよくこんな将来の夢を語る。しかし私たちは、「大人」になるに従って「社会の常識」に順応し、

カネを稼がなければいけない!

という強迫観念を植え付けられ、結果として、

公務員になりたい

一部上場企業のような大企業に就職したい

などという通り一遍の目標を持たされがちになってしまう。もちろん、仕事内容そのものにやりがいを感じ、生き生きとした喜びを持っていられるのならそれはそのひとにとって素晴らしい目標なのだが、実のところ表面的な「安定」だけを求めているに過ぎない場合も多い。そうすると、少しずつ心身を病むことになるし、現在のような激動の時代のなかでは、「安定」などはもうどこにもないと言うのが事実なのである。

そんななかで私たちはときに、

未来が見えない

という状態に陥る。実際それは事実だし、未来になにが起こるかわからないからこそ人生は楽しいのだが、心が曇り、乱されているときは未来は恐怖でしかなくなっている。では、そんなときはどうすればいいのだろうか?よく

過去を振り返るな!

というひともいるが、私はむしろこう言いたい。

あなたの未来へのヒントは、歩んできた過去のなかにあるかもしれない

過去とは経験の総合体である。私たちは日々いろいろな情報を取り込み、取捨選択しながら生きているのだが、それはあまりにも多いので、あとから振り返ると瑣末なものは思い出せない。しかし、自分にとって印象的な記憶は、どれほど前のものであってもありありと思い出すことができる。厳密に言えば、私たちは遠い過去の記憶を無意識に改変したり、脚色したりしてしまう性質も持っているので、あなたの「記憶」がすべて正確であるとは言い切れない。しかし、ここではそのことはあまり問題ではない。なぜならあなたにとって重要なのは、「記憶そのもの」ではなく、むしろその「印象」だからである。

厳密な事実関係や時系列は関係ない。あなたが

楽しかった

哀しかった

苦しかった

という印象が大切なのだ。それを振り返ることで、あなたが忘れていた「あなた自身」の姿が見えてくる。もちろん、過去のあなたと現在のあなたはまったく同じではない。だが、確かに変わった部分も多いとはいえ、「根本」の部分は引き継がれていることも多い。だから、あなたが楽しかったことを思い出したなら、もう一度それをしてみてもいいだろうし、それができなくてもその想い出にもう1度浸り、噛み締めてみてもいいだろう。また、苦しかったことを思い出したなら、もうあまりそのような状況に陥らないように工夫することもできる。

そうは言ってもすぐには状況を改善できそうもない

と言うのなら、

ともかく私は今まで、どんな苦しみも乗り越えられてきた

と考えてみてほしい。その苦しみが現在もまさに継続中だとしても、「1日1日をなんとかしながら乗り越えてきた」というのはまぎれもない事実である。その集合体が過去なのだ。そして、今まで過去が過去として流れてきたように、永遠に続く苦しみもないのである。

だから、未来が見えなくなって行き詰まってしまったと感じたときは、いちどじっくり自分の過去を振り返ってみてほしい。そして、自分の歩みを見つめ直し、楽しかったことを思い出してほしい。私たちは普段、「前に進むことが成長だ」とばかり思いがちだが、その「成長」の過程で見失ったものも多いのである。人生が楽しいと思えていたとき、明日は今日よりも素晴らしいと素朴に信じられていたとき、なりたい自分・未来の自分を生き生きと想像できていたとき、そのときの自分を思い出すことにも大きな意味がある。

「自分の原点に還る」

ことは、前に進むための大きな力も生み出すのである。