死後長く思い悩むひともいるが、むしろ晴れ晴れと元気になるひともいる

現代の価値観や教育の下では、「死」を後ろ向きで暗く哀しいものだと捉えがちだ。だが、それは必ずしも正しいとは言えない。実際現代は心を病んでいるひとも多いし、喜びを感じながら生きて、死んでいけるひとのほうが少ないように思える。だから、私もそのようなひとたちの悩みや体験を聴き取り、自分の身を振り返ると同時に、同じようなことの繰り返しを少しでも減らしたいと思い、そのような体験を書き起こすことも多い。

しかし、なかには自然に死を受け入れ、むしろ晴れ晴れと元気になるひともいるのである。たとえば、あるひとは肉体を離れてすぐ、私に笑顔でこう言ってきたのである。

あぁ、すっきりしたよ!

そのひとは死ぬ前、自発呼吸ができなくなり、しばらく呼吸器や管を付けられていた。そしてそのまま息を引き取ったのだが、そのひとの死を知らされ、私がそのひとに意識を向けた瞬間、当の本人が私に笑顔で

すっきりしたよ!

と言ってきたのである。その理由はこうだ。

呼吸器やらなにやら、あれって苦しいんだよなぁ〜。手を喉に突っ込まれたって苦しいってのに、鼻からも口からも管ときちゃあ、想像してみろよ!もう少しで喉も切開されそうだったし、息もしづらいし、もう、あの時点で半死半生だよな。いやいや、ラクになった、すっきりした!

そしてこうも言う。

俺は死んだんだよな?けどなんだ、からだは軽いし、気分はいいし、なんだか若返ってないか?いったいどういうことなんだ?というか、なんでお前は俺と話せてんだよ?

まくし立てるような、威勢のいい話しかたは、まったく彼らしいものだった。彼は特に信仰心が篤いほうではなかったが、生来のカラッとした気質からか、私の説明を聴いてから受け入れるのも早かった。

なるほど、お前はイタコみたいなもんだったんだなぁ。それならそうと言ってくれりゃあ……でも、信じなかったかもなぁ、病院に連れて行きはしなかっただろうが。でも、実際に自分がなったんだから、今となっちゃあそういうことなんだと納得もいく。つまり俺は、「おまけの人生」を手に入れたってわけだ

「おまけの人生」とはなかなかな言い回しである。私は生まれ変わりの仕組みなども説明したうえで、彼に尋ねた。

それで、これからはどうするつもり?

すると彼はこう言った。

まずはゆっくり散歩でもすらぁな。ただ気になんのは、家族がいつまでも哀しんでることさ。死んじまったもんはしょうがねえ。せめてあと1日、あと1日でもたってよぉ、俺はもう完全燃焼したぜ? むしろ管から解放されて、若返って儲けもんってぐらいさね。それを泣かれちゃあ、こっちも逆に困っちまう。だからってどうすることもできねぇけど、しばらくは、見守っているよ。その気持ちは、伝わってくれるんだろう?

そうだよ。向こうの気持ちがあなたに見えているように、気持ちはどこにいても通じてるんだ。だからきっと、みんなわかってくれるよ

そう私が答えると、彼は安心して、また笑顔になってこう言った。

いろいろあったけど、俺は、しあわせだったよ。みんなに看取られて、許されて死んでいけた。たいしたこともできなかったし、反省もあるが、いい人生だった。みんなにも、そうやって生きてもらいたいよなぁ

その後、私は彼と食事をともにした。彼は食べることが好きだったので、とても喜んでいた。そしてひとしきり話したあと、彼は

またな

と言って去っていった。

やはり、死んでいても生きていても関係ないものだ。彼は彼だった。そして、私もそのような実例を見て安心した。このように生きて、死ぬこともできるのだと。そして私も、彼のように死にたいものだと、改めて思ったのである。