私の「真実」を証明する術はないが、それでもできることはある

「霊媒師」や「霊能力者」(超能力者)の力を「証明する」ということはどういうことなのだろうか?

最も明快なのは、

「相手の目の前で、実際にやってみせる」

ということだろう。だから、テレビなどのメディアに出てきた霊能力者が出てくると、

今、ここでなにかやってみせてよ

という話になることも多い。

しかし、そのようなやりかたで実際に能力の発露が見られることはほとんどない。これは、もちろん霊能力者が意図的に欺いていて、本当はそんな力などなかったからという場合もあり得る。しかし、実際に力を持っているひとでも、普段と違う環境、そしてなにより周囲のひとびとの「疑念」の影響により、本来の力を発揮できないことも多い。さらには、メディアでは「仕込み」(ヤラセ)の可能性があることは誰もが知っているのだが、その影響で、本当の力を発揮することができたのに、信じてもらうどころか

ひどいヤラセだ。報道機関としての品位を疑う

という趣旨のクレームが来てしまったということすらあるのだという。

こういった事情は、たとえば森達也氏の著作『職業欄はエスパー』にも書かれています。

だから、霊能力者の「実態」を解明するのは、実のところそれほど簡単ではないのである。

さて、それでは私自身の場合はどうだろう? 私は自分を「霊媒師」(シャーマン)のひとりだと認識しているが、それを他者に「証明」するのは難しい。なぜなら、私に与えられた能力は、それほど「わかりやすい」ものではないからだ。

たとえば一目見ただけで相手の名前や家族構成、愛するひとの名前がわかるというのなら、それはわかりやすい。しかし、私にそのようなことはできない。霊存在にからだを貸したとしても、彼の想い出や秘密を私が共有できるわけではない。姿かたちも一切変化しない。あくまでも、「私の頭脳」(私の持つ知能、言語能力、記憶……)と「私のからだ」(目、耳、鼻、口……)を貸すだけだからだ。つまり、

「本人にしかわからないことを知っている」

という方法で証明することもできないということである。

だから、見るひとが見れば、私は「演技者」あるいは「ひとを騙そうとしている詐欺師」に見えるのかもしれない。そしてその主張を真っ向から覆せるほどの「確実な証拠」を提示することは、私にはできないのである。

では、私にできることはないのだろうか?私はそうでもないと思っている。端的に言えば、私が目指しているのは

あなたは少なくとも意図的に嘘をつくひとではないようだ

と思ってもらうことなのだ。私の言っていることはにわかには信じ難いかもしれないが、まぎれもなく私自身が体験してきたことである。そして、今現在も体験し続けていることでもある。だから、私にとっては確かな「真実」なのだ。それを他者と「共有」し、「検証」を仰ぐことで、今まで「未知」だった世界の存在に意識を向けてもらうとともに、同じようにこのような世界に触れながら、周りの理解を得られず

自分は狂っているのか?

という疑念を持ってしまっているひとに、違う観点を持ってもらうこと、これが私の願いである。そのために、私はこれを書いている。

この世界にはたくさんの存在がある。そしてそれぞれが、自分の「体験」を積み重ねながら生きている。私も他の方々と同じように、

誰かに理解してほしい

他者を理解したい

「自分になにが起きているのか」を理解したい

と願っている。この道はどこまで行っても終わりはないが、これからも行けるところまで、歩んでいきたいと思う。それをあなたとも共有できたなら、それは私にとって、このうえない喜びなのである。