私はまだ、他者の死を器用には受け止められていない

ひとは年を重ねれば重ねるほど、多くのひとびとの死を見ることになる。自分の死は一生に一度だけだが、他者の死を見る機会はそれよりもずっと多い。ニュースを見れば毎日のように新しい「事件」が起きて、ひとが亡くなっていることを知ることになるが、それでもほんの一部にすぎないし、世界は報道されない「死」に満ちあふれている。その結果、私たちは普段は死についての感覚が麻痺してしまってもいる。だから、ニュースで伝えられる「死」に涙を流すことは少ない。本来のいのちの重さから考えると、このことは哀しい事実でもあるが、「遠い世界」の死にすべて心を痛めていては身が持たないというのもあるし、自分自身の生活で精一杯だというのもあるだろう。ただ、自分にとって関わりの深いひとの死は、簡単に受け流せるようなものではない。それは大きな衝撃を与え、自分自身の人生を振り返る大きな契機ともなり得るものだ。

だが私が「霊媒師」(シャーマン)であり、様々な霊存在と日々対話を繰り返していることを知ると、

それなら、ひとが死んでもあまり哀しくはないですよね。いつでも話せるのだから

というように考えるひともいる。しかし、ことはそう単純ではない。私にとっての「死」の意味が、ときとともに大きく変化してきたのは確かだが、それでも私はまだ、他者の死を器用には受け止められていないのである。

私が最初に「身近な死」を経験したとき、私はまだ霊界のことなどまったく知らなかった。だから、その「死」に相対したとき、私はひたすら泣き、<神>を責めた。

なんで、あのひとが今死ななくちゃいけないの!?もっと長生きして欲しかった!神様がいるんなら、なんて不公平なんだ!ひどい奴だ!

とひとしきり怒りをぶつけてみたり、

もし、生き返らせてくれたら、神様を信じてもいい。いるんなら、証拠を見せてよ!

と「取引」を持ちかけてみたり、散々に取り乱した。

その後、周囲の方々の諭しや、葬儀などを経て、自分なりに「死」を受け入れ、故人の「冥福」を祈ることもできるようになった。しかし、やはり「死」は理不尽で、哀しいものでしかなかった。

それからときが経ち、またそんな「身近な死」に触れたとき、私は既に霊界との関わりを持ち始めていた。そんな私が一報を聴いて、私に最初に浮かんできた感情は、初めてのときのような「怒り」でも「どうにもならない哀しみ」でもなかった。ただ私は、

そうか……

という言葉しか出なかった。私に知らせてくれた相手はそのあと泣き崩れてしまったが、私の涙は流れなかった。

というのも、私は故人が連れ合いを亡くしてから、とても大きな喪失感のなかにいたことを知っていた。気力を失い、病を経験し、絶望に打ちひしがれながら生きているのを見てきた。だから、そんな苦しみから「解放」されたことを知り、私の胸に去来したのは「お疲れ様」という気持ちだった。それが哀しみを上回ってしまっていた。それに、私はそのあと霊存在となった本人とも対話し、自分の人生にそれなりに満足して死を迎えたことを知った。そうなればなおさら、私も「安心」こそすれ「哀しい」とはあまり感じなかった。また、私はそのころ、まだまだ経験も浅いなかで日夜攻撃的な霊存在に対応する日々を送っていたので、そのことが私の心を荒れさせ、一種の「不感症」に陥っていた面もあったのだと思う。それでも私のなかには、

故人の旅立ちを静かに見送ろう

という気持ちはあったのだが、私の感情や振る舞いは、一般的な「常識」からはズレていたので、周囲からは少なからず

冷たいひとだ

と思われていただろうと思う。

さらにときが経ち、また死の報せを受けたのは、私が霊界との関わりを持つようになってだいぶ経ってからだった。私が当初抱えていた霊的な問題は概ね解決し、心の平安も取り戻されてきていた。私は死の瞬間を看取ることはできなかったが、故人が弱っているのは知っていて、いつ「別れ」が来てもおかしくないことはわかっていた。そして、私はやはり死を知ったその日に故人と会い、ともに遅くまで語り合った。それは確かに、安らげる時間だった。それに私は前回の反省を活かし、精一杯周りのひとびとの哀しみに寄り添うよう努めた。そして、故人を温かく送り出そうと思っていた。それができると思っていた。

しかし、弔辞を読む段になって、それは突然起きた。事前に気持ちを整理し、想い出を振り返り、故人との語らいまで済ませておきながら、ゆっくり考えてきたはずの弔辞が、読めないのである。どうしても、涙が抑えられなかった。まるで初めて「死」に直面させられた、あの日に戻ったかのようだった。嗚咽のなかの弔辞は、おそらく半分も聴き取れなかっただろう。しかし、周囲の方々は温かく私を見守ってくれたので、なんとか私は最後までやり通すことができたのである。

これにいちばん驚いたのは、私自身だった。霊界を知り、一時は感情を失いかけもし、そこからまた新たな「死」の理解を得たと思っていた私が、これほどまでに涙を抑えられないことになるとは、思ってもみなかったのである。しかし、私は不思議とそれを嫌だとは感じなかった。そして気付いた。やはり私にとって、「死」は哀しいものであり、愛しいひとが死んだという喪失感は、たとえその後また交流ができるからといって、簡単に埋められるものではないのだと。

それに、私は亡くなった知人や親族と、それほど頻繁に対話するわけではない。これはなにより、あるひとが私に、

あなたは生きているのだから、まずは生きているひとたちとの関わりを大切にしなさい。それが人生を愉しむということであり、私たちへのなによりの供養になるから

と言ってくれたからでもある。

いいですね〜。霊能力があるなら亡くなったひとといくらでも話せるのですから などと羨ましがられることがある。しかし、私は親族や友人も含め...

死者は、私が「現実逃避」することを望んではいない。もちろん、その気になればいつでも話せるというのは、それができないひとから見れば羨ましいものかもしれないが、それは決して都合のいいことばかりではないし、濫用してしあわせになれるものでもないのである。

だからやはり、私はまだ他者の死を器用には受け入れられていない。しかし、それはそれでいいのではないかとも思っている。ひとつ私の経験から言えるのは、「自分の死」を必要以上に恐れないでほしいということだ。自分の死を恐れることは、多くの場合苦しみしかもたらさない。だが、「自分の死を恐れない」ことと、「他者の死を恐れない」ことはまったく異なるものだ。私は、愛しいひとが死ぬことの哀しみを克服できてはいないし、克服したほうがいいのかさえよくわかっていない。ただ、ひとはみな限られたときのなかで生きている。だからこそ、私は誰かとともにいられる時間を、大切にしていきたいと思う。これからまた私の「死」の受け止めかたがどう変化していくのかは、まだわからない。だが、私は「死」から多くを学んできた。死は私に多くの苦しみも与えたが、笑顔で亡くなった故人を思うとき、死もやはり悪いものとばかりも言えないとは、思えるようになったのである。