声を上げる大切さ。経験を共有することは、お互いにとって大きな意味を持つ

あなたにも、誰かの発言や行動に胸を痛めたり、複雑な想いを抱かされた経験があると思う。こんなとき私たちは、

あんなひととは価値観が合わない

などと考える。しかし、その自分とは合わない価値観が、特定の個人ではなく自分の属する「社会」で広く共有され、「常識」と見なされているような場合、私たちの苦悩はより深くなる。自分が「少数者」に属するということは、自分のほうがおかしいのではないかという疑念、そして誰にも理解されないのではないかという恐怖と向き合わなければいけないからである。

だが、私たちは自分の「体験していないもの」については基本的に無知である。実体験に基づかないものは、誰かの経験を共有することでしか知り得ない。そしてその場合、「広く受け入れられている知識・価値観」をとりあえず「真実」と見なして採り入れることがほとんどだ。たとえば私の

「地球は丸い」

という知識は、私自身が肉眼で見て確かめたものではない。だが、多くのひとびとがそう言っているし、写真や映像でも何度も見ているし、月食などの際に間接的に確かめることもできるので、とりあえず正しいものなのだろうと受け入れているのである。それに、たとえ地球が丸くなかったとしても、私の生活にすぐさま大きな影響が出るわけではないので、真剣に検証したり、反駁しようという気もない。

多くの場合、私たちはこのように知識を得て、受け入れている。しかし、そのような知識や常識が必ずしも正しいとは限らない。だからといってすべてを精緻に検証する時間もないし、その必要もないのだが、それが自分にとって大きな影響を及ぼすものであれば話は別だ。たとえば、世のなかには、

ひとり親家庭ではこどもが不良になる

病気になるのはそのひとの前世の悪行の報いだ

生活保護の受給は甘えだ

貧しい家庭の子は意地も悪い

カネ持ちは傲慢だ

団塊の世代は老害だ

ゆとり世代は意地がない

AB型は偏屈だ

など、まことしやかに語られる多くの「迷信」があるが、それがときとして大きな「圧力」となることもある。

その「圧力」はそれを「他人事」と考えるひとたちには気付かれない。自分には関係がないと思っているので、真剣に検証されもしない。しかし、ひとたびそのような眼を向けられる立場に立ってみると、その力は大きな苦しみとなって私たちに襲いかかってくるのである。

だが、そのような力を持つ「常識」は簡単には変化しない。なぜなら、先にも書いたように、ひとは自分自身、あるいは自分の周りにいるひとなどを通してでもいいのだが、なんらかの「実体験」を持っていないものに関しては、大衆の意見を疑うこともなく、それに流されてしまうからである。

だから、それを変えるのは「体験者の声」しかない。体験者が声を上げることによってだけ、それまで「他人事」だと思っていたひとたちを「当事者」として引き込み、ともに問題に向き合い、考え、解決に導く動きを生み出すことができるからである。それですぐに問題が解決するとは限らない。だが、それなしに問題が解決することがないのは明らかなのである。

私がこのサイトでこのようなことを書いているのも、

霊媒師は怪しい、危険だ

精神世界について語られているものは、すべて詐欺だ

というような「常識」を変化させたいという理由からでもある。そして、同じような体験を持ちながら、それを理解できず、周りにも理解されず、ただ自分が狂っているのではないかと思っているようなひとの助けになりたいと思っているからでもある。どちらにしても、この問題を私は放っておけない。だから、声を上げることにしたのである。

もしあなたが「少数者」の立場にいて、問題を抱え、それを理解してほしいと思うなら、あなた自身が勇気を持って声を上げていくことだ。どんなかたちでもいい。直接語れないなら、たとえば私のようにインターネットを活用する手もある。それは確実に、あなたの世界を変えていく。これも私の「実体験」である。そして、もしあなたが声を上げたなら、私はそれを聴き届けたいと思う。自分の声を上げ、他者の声を聴き取る。これができる存在になることも、私の大きな目標である。