入ってくる感情そのものよりも、その取捨選択のしかたに気を付ければいい

私たちは日々様々な感情の浮き沈みのなかで生きている。しかし、感情というのは私たちが思っている以上に複雑で、うまく扱うのは容易ではない。ただ、今はまだ受け入れ難いひとが多いかもしれないが、実は「感情」や「思考」というものには、「他者の想念」が大きく影響している。その「他者」には「霊存在」も含まれる。あなたの思考は、あなたの脳や心から出たものだけによるものではないのである。

角をどちらに曲がるか?明日の晩ご飯はなんにしようか? 人生は「選択」の連続である。もちろん、「選択しない」というのも「選択」の一種であ...

これは非常に重要な事実だ。このことを理解すると、自分の感情に流され、本意ではない行動に出て後悔するのを防ぐのにはどうすればいいのか、そのヒントが見えてくるからである。

自分の感情や思考の出処が自分だけではないということを理解すると、まず

「感情そのものを消す」

ことは不可能であることがわかる。怒りを感じなくなることはできない。湧いてくる憎しみの根を消すことはできない。不安をまったく感じずに生きることはできない。ただ、それでもその感情を「選ばない」ことはできる。ここが肝腎なのだ。他者はいろいろな感情をあなたに与えてくる。それはメディアだったり、知人の言葉だったり、場の雰囲気だったり、霊存在だったりする。そして、それをあなたに選ばせようとする。さしずめセールスマンのようなものだ。そして、彼らの行動そのものを止めることはできない。他者は他者の選択に基づいて生きているのだし、みな自分と似たような「仲間」が欲しいのである。だが、そこで提示される無数の選択肢のなかから、あなた自身がなにを選ぶかの最終決定権は、あなたにあるのである。これが「主体」を持つのはあなたであるという意味だ。

たとえば

無性にむしゃくしゃする

ということがある。そのとき、あなたはそう感じるのに値する理由があると感じているだろう。だが、それは実のところ、冷静になればそれほど大きな原因ではないことが多いのである。ただ、そこで冷静になるのが難しい。それで感情に流されて他者を責めたり傷つけたりして、結局は自分自身を追い込んでしまう。だから、そうならないために発想の転換をすることをお勧めしたいのである。それはつまり、

感情を感じているのは自分ではない

と考えることだ。これが事実なのである。むしゃくしゃしているのはあなたではない。あなたはただ、むしゃくしゃする感情を「与えられ、それを選んでいる」だけなのだ。しかし重要なのは、

「入ってくる感情に責任はないが、選んだ結果には責任がある」

ということだ。あなたが怒りを感じることにあなたの責任はないが、あなたがそれを選択し、表現したら、その結果はあなたの責任なのである。

では、どうしたらいいのか? 望まない感情は選ばないようにすればいいのである。むしゃくしゃしそうになったら、

私はむしゃくしゃしたくない。穏やかでいたい

と自分に言い聞かせることだ。これを繰り返すと、不思議に心が落ち着いてくる。あるいは、イライラして誰かのささいな言動に怒りを感じ、喧嘩になりそうなときには、

今は気持ちが荒れてるから、あとでじっくり話そう

と言っていったん先延ばしにしてもいい。感情そのものを消せなくても、

「今は望ましい状態ではない」

ということを自覚することができれば、それはかなり大きな意味を持つのである。

これはひとつの精神修養である。だから最初は難しく感じられるだろう。私も未だに感情に流されそうになってばかりだ。ただ、この手法のポイントは、

「自己を観察する」

というところにある。だから、

「感情に流されている」

ということを自覚できれば、まずそれで第一歩を踏み出したことになるのである。あなたを流す波はあなたが生み出したものではない。しかし、「流されている」ということにさえ気付けば、それに対処することができる。自分ひとりでは難しくても、守護霊に意識を向けて、助けてもらうこともできる。守護霊はいつもあなたに喜びのエネルギーを送っているのだから、あなたはそれを受け取ればいい。それは甘えではなく、立派な「選択」なのである。

この考えかたは、いろいろな場面でも応用できる。私たちの世界では様々なことが起きていて、そのすべてを自分で制御することはできない。予想もしなかった困難に直面することもある。しかし、その出来事自体を変えることはできない。それは与えられたものだからだ。ただ、

それを解決する方法はあるはずだ

と考えることはできる。そして、そのような考えそのものが、あなたの力を引き出すのである。必ずしも正面から向き合わなくてもいい。ただ、逃げるのにもエネルギーが必要だ。そしてどうせなら、

逃げてしまった

ではなく

自分から逃げた

と言えるようになればいい。そうすれば、いずれそれを笑えるときが来る。この「選択の力」に気付いたら、あなたを怖がらせるものなど、もうなにもないのである。