「ただのひと」が起こす革命。それは大きなうねりとなり、いずれすべてを変えていく

世界は多くのひとの思惑が複雑に絡み合って動いている。だから誰も未来を見通せないし、誰かひとりがなにかを訴えたり行動したりしてみたところで大したことはできないように思える。私も含め、ほとんどのひとはそれほどの影響力をもっているわけでもない「ただのひと」である。きっとあなたもそうだろう。しかしそんな「ただのひと」だからこそ、あなたや私がなにかをすることには大きな意味がある。なぜなら、そんな「ただのひと」の集まりこそが社会であり、世界であるからだ。だからそんな「ただのひと」がひとりでも変わり、行動を起こせば、それは少しずつ育まれて大きなうねりとなり、いずれすべてを変えていくのである。

もう何度も書いてきたことだが、ひとひとりの背後には、守護霊(指導霊)や近親霊など、そのひとに縁のある霊存在が大勢控えている。それはあなたもそうだし、私もそうだ。だから私たちはいついかなるときでも、ひとりで生きているわけではないのである。ということはつまり、あなたがこの文章を読んでいるとき、あなたの背後の霊団もまた、一緒にこの文章を読んでいるということである。

そして、それはなんらかのかたちで必ず、世界に影響を及ぼしている。実際に、私がこの『闇の向こう側』の活動を始めてから、それまでとはまた違った多くの霊団が私のもとを訪れるようになった。ある方々は猜疑心や悪意を向けてきた一方で、また別の方々は私の想いに共鳴してくれた。「ただのひと」である私の行動ですら、善くも悪くもそれなりの重みがあるのである。

これは日常的なことでもすべてに当てはまる。たとえばあなたが米を食べたとする。それはあなたがそれを購入した販売店を支援することになり、その店に関わるすべてのひとの生活を支えることになる。また、それはその米の生産、流通も含めた様々な過程に携わるひとびとを支えることでもある。だからたとえば、あなたが無農薬栽培の食べ物を食べることは、無農薬栽培自体を保護することになるのである。

それではない。あなたが食べたものは、あなたのからだを作る。つまり、あなたのいのちを育む糧になる。そしてそうやってあなたのいのちが続いていくから、あなたはあなたの役割を果たし、生きかたを通じて自分の価値観を表現していくことができる。そしてさらに重要なことは、それはあなただけの世界に留まらないということだ。あなたの行動は、どこかで誰かが必ず見ているのである。あなたが食に気を遣うようになれば、家族や友人もやがて食に気を遣うようになるだろう。それはあなたが「特別な存在」だからではなく、むしろ「ただのひと」だからだ。「ただのひと」だから、周りのひとたちは自分とあなたにさほどの違いはないとわかる。だからこそ、

自分とたいして変わらないはずのあのひとが、なぜあんな行動をしているのだろう?

という想いが、あなたの周りのひとの心にも必ず生まれてくるのである。それこそが自分自身の行動を振り返り、変えるきっかけになるものなのだ。

その意味でも、みんななにかのきっかけを待っているとも言える。そこで誰かが1歩踏み出せば、それが始まりとなって次々と変化が起きるのである。それは少しずつ、しかし確実に周囲のひとびとを巻き込みながら大きな流れとなっていく。それを引き起こすのは有名人や有力者とは限らない。あなたがまさにそのひとになるかもしれないのだ。「ただのひと」が、「ただのひと」であるからこそ連帯し、革命を起こす。そんな日は刻一刻と迫っている。いや、もう起きているのかもしれない。他でもない、あなたのすぐそばから。