自分が愛せる存在に精一杯の愛を注げば、それが世界の平和につながる

現代はひととひととのつながりが希薄になっていると言われる。

愛するひとが見つからない

と言って悩むひとも多い。しかし、今自分が人間だからといって、必ずしも愛の対象を人間だけに限る必要はない。それに、もはや対面式のコミュニケーションとインターネットを介したコミュニケーションの優劣を問うような時代は終わりつつあるように思える。たとえ相手がなんであれ、そのかたちがどのようなものであれ、自分が愛せる存在に精一杯の愛を注げば、それが世界の平和につながるのである。

人間よりも動物といたほうが落ち着く

というひとは一定の割合で存在する。ときにそれがあまりに満ち足りた関係を作り上げてしまい、人間の伴侶を見つけようとする気を削いでしまうこともある。あるいは逆に、もともとひとにそれほど特別な関心を持てないからこそ、動物に愛を向けているとも言えるかもしれない。どちらにしても、それは「種の存続」という観点から見れば困った事態であるようにも思える。だから、人間を動物的側面から見た場合には、人間は人間の伴侶を見つけ、子孫を産み、遺伝子を継続するのが望ましい。また、基本的に現代社会もそのようなかたちのつながりを「家族」という基本単位として想定し、奨励している。「草食系男子」や「婚活」が話題にされるのもこのひとつの表れだと言える。

だが、世界的に見れば人類は既に爆発的な勢いで増え続けているのであり、この流れが止まらなければ、エネルギーや食糧の供給はますます逼迫し、地球環境はますます荒廃していくことになってしまう。その意味では「種の存続」のために子孫を遺すことが死活問題となる状況ではない。国家や社会はそれでは困るのだが、それは根本を突き詰めれば「カネ」の問題から来るものでしかない。

それに、「種の存続」という根源欲求だけに囚われることなく、様々なかたちの「愛」を表現し、多様な存在を思いやることができることこそが人類の重要な特質である。そのような特質を発揮できたときにだけ、人類は「万物の霊長」と呼ばれるにふさわしい存在になれるのだ。「長」というものは、最も他者を慈しむ者がなるべきものだからである。

このように考えると、現代文明がある種「成熟」していく過程で、多様な愛のかたちが表現され、許容されていくのは、必ずしも悪いことではないと私は思う。だから、あなたがもし恋愛に関心が持てず、仕事一筋で生きているのなら、それはそれでいいと思う。人間よりも猫を愛しているのなら、それはそれでいいと思う。異性よりも同性に愛を感じるのなら、それはそれでいいと思う。このような愛をも認められることこそが、人類の素晴らしさのひとつなのである。

そして、あなたが愛を向けたなら、必ずあなたはそこにまつわる存在(霊存在も含む)から影響を受けることになる。たとえばあなたが本気で猫を愛したら、すべての猫はあなたの友となる。あなたが毎日太陽を拝んだら、同じように太陽を愛し、信仰してきた霊団との縁を結ぶことになるのだ。

こうしたことが理解できると、素朴な真実にたどり着く。それは、

「より多くの存在を愛せる者がより多くのエネルギーを持つことになる」

ということだ。この「存在」のなかには自分自身も含まれる。だから、自分のからだを慈しみ、心を大切にできれば生きるのが楽しくなる。そして、エネルギーの大きな存在にはより多くの存在が集い、エネルギーが循環していく。このエネルギーを「喜び」とも言う。つまり、あなたから発せられた喜びはあなたの周りにいる喜びの低い存在に向かっていく。楽しそうなひとたちのそばにいると元気になるのも、自然のなかに入ると癒やされるのもそのためだ。そして相手が喜びになれば、それはまた自分にも帰ってくるのである。

ひとりひとりがそうやって喜びを拡げていけば、荒廃した世界もいずれ平和になる。海の向こうの国のひとを助けようと想うなら、まずは自分の家族や知り合いを大切にすることだ。家族も知り合いも愛せないなら、動物でも植物でも人形でも、とにかくなにか自分が愛せる存在に精一杯の愛を注げばいい。そのときあなたはその存在を通じて万物を愛でているのだ。そしてそのときこそ、神は他でもなく、あなたのなかに宿っているのである。

コメント

  1. だれか より:

    この苦しみを、どうやって乗り越えたらいいか解らない

    • Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたが今とても苦しいのだということはわかります。ですがそれでも、1日1日、1分1分を、生きてみてください。

      そうやって「生きている」ことそのものが、「乗り越えている」ということでもあるのです。

      ですからどうか、生きていてください。

      それは

      「今の(環境・状況にい続けた)ままで生きていく」

      ということではありません。

      「生きるために、自分を素直に見つめて、選んで、変わる」

      ということでもあります。

      ですがゆっくり、じっくりでいいんです。それに、私も私にできることで、できる限り支えたいと思っています。

      ですからどうか、自分を殺すことだけは、しないでください。

      よろしくお願いします。