新しい自分に変わるためには、古い自分と訣別する必要がある

私たちのからだは、日々細胞レベルで新しく生まれ変わっている。半年もすればほぼすべての細胞がまた新しいものに入れ替わっていることが知られているのだから、その意味では「あなた」は過去の<あなた>とはまったく違う存在になっていると言える。だが、あなたがもし半年前と同じものを食べ、同じひとと一緒にいて、同じような行動を採っていたら、あなたはもちろん半年前のあなたと変わらない。これは決してあなたに変わる力がないからではなく、あなたが過去のあなたの延長線上の生きかたを続けていることによるものだ。つまり、はっきりしているのは、新しい自分に変わるためには、古い自分と訣別する必要があるということなのである。

人生の転機に髪を大胆に切るひとがいる。また、反省していることを示すために、髪をすべて切ってしまうこともある。これはどちらも心理的に大きな変化をもたらす。なぜなら、「髪」というものもまた、「過去の自分」の一部だからである。あるいは、人間関係の変化に伴って、その相手との想い出を偲ばせるものをすべて処分してしまうひとがいる。これもまた、「過去との訣別」という意味で理に適った行動だと言えるものだ。

それにこれはまだ受け入れられにくいかも知れないが、「髪」や「モノ」といったものにはそのときそのときの「想念」が染み付いている。たとえばたばこを吸っているひとのそばに行ったあとで、その臭いを気にするひとは多いのだが、自分のいる場所の想念を気にするひとはほとんどいない。その理由は単純で、

「自分では気付かないから」

に過ぎない。だが、感受性が強いひとならなおさら、自分が周囲の環境やモノから多くの影響を受けていることは、ほとんど明らかなのである。逆に、今は一緒にいられないひとを思い出し、近くに感じるために、そのひととの想い出の詰まったものを大切にするのも、そこに大切なひとの一部が存在しているからだ。こうしたことはたとえ自分が気付いていなくても、そこに想念が確かに存在し、それを感じ取る力が自分にもあることを示す、端的な例なのである。

また、あなたのからだはあなたが食べたもので作られている。だから穏やかなひとになりたいのなら、食べるものと食べかたに気を付けることから始めることも大きな効果がある。実際、ある民族では「男らしくなる料理」や「女らしくなる料理」などといった区分けが存在したり、

「闘いの前には肉を多めに食べる」

などの風習が実践されていたりする。これも食べものがそのひと全体に影響を及ぼすことを感じているからこそのものだと言えるだろう。たとえば肉食を好むひとと菜食を好むひととでは、確かに性格に違いがあるような気もする。ただ、それでは必ずしも肉食のひとが性格が荒く、菜食のひとが穏やかなのかと言えば、実際には菜食主義者でも激情家のひとがいる。これはそこに「無理」や「抑圧」、そして「自分と違う食生活をしているひとに対する過度の攻撃性」が潜んでいるためであることも多い。だから、ひとの心は奥深く、一筋縄ではいかないことも確かなのだが、自分が意志を持ち、無理のない範囲で自主的に選択していく前提でなら、食べものを変えることであなた自身もきっと、変化していくのである。

こうしたことはなにもいちどにすべて行わなくてもいい。だが、本気で自分を変えようと思うなら、やはり少しずつでも、古い自分と訣別していくことを強く決意する必要があるのである。あなたが同じ生活を続けている限り、あなたの本質はほとんどなにも変わらない。しかし、食べものでもいい、住む場所でもいい、仕事でもいい、周りにあるものでもいい、あるいは起きる時間でもいい。そうしたことをなにかひとつでも変えていけば、その瞬間からあなたは新しい自分へと、確かに変化していけるのである。それは決して、過去の自分を殺すことではない。過去があったから現在がある。そしてそのすべての経験は、あなたにとってかけがえのないものでもあるはずだ。しかし、だからと言っていつまでも過去の自分を引きずり、縛られる必要はないのである。未来の自分がより喜びの大きな存在となったとき、過去の自分ともまた新たな気持ちで向き合い、和解することができるだろう。そしてあなたは日々「自分の人生の最前線」に立つ存在として、未来を創っていけるのだ。そのことにあなたが気付くのを、私も多くの存在とともに、心から願っているのである。