なにかをもらったら、相手になにかを返す。これが交易の最も素朴なかたちである。資本主義社会でも、資金を仲介としてこれが日常的に行われているのだが、これは「私/あなた」という2者の関係を基盤にした関係である。だからこれは基本的に、その2者のなかで完結する。
しかし、私たちの関係はこういった2者の関係に留まるものだけではない。2000年に小説が映画化された

をきっかけに拡がった「ペイ・フォワード」の概念は、
「他者から受けた厚意(親切)を、その相手(だけ)に返す(=ペイ・バック)のではなく、それをさらに別の他者に与えていく」
というものだ。こうすることでその関係は最初の2者の枠を超え、世界に拡散していくのである。
実はこういったことは私たちの日常にも浸透しつつある。たとえばあなたがあるモノを買ったとき、あなたは販売者に対価を支払う。これで交易を完結させてもなんら問題はないのだが、それをあなたがとても気に入った場合、あなたはそれを「口コミ」として、誰か違うひとに伝えることができるのである。
それは基本的に、あなたになにか直接的な利益を与えるわけではない。しかし、今ではインターネットなども含め、ありとあらゆるモノやサービスの口コミがあふれていて、それは私たちの行動にも、確実に影響を与えているのだ。なぜ私たちはこうした行動を採るのだろう?それは
自分が受けた厚意を伝えることで間接的に相手を支援するとともに、周りの方々にも喜びを拡げたい
と願うからではないのだろうか?
このような活動や理念が拡がっていくと、それはいずれ私たちの経済の在りかたを大きく変化させる力を持ち得る。それがひとつの究極点に達すると、そこにはもはや「資本」(貨幣経済)の存在が不要になり、
「必要なものは受け取り、余ったものは与える」
という「与え合い・助け合いの経済」が生まれるのである。
そういった意味でも私はこうした「ペイ・フォワード」の活動の拡がりに注目しているのだが、先日私は初めて「保留コーヒー」という名の取り組みを知った。
これはイタリアのナポリで始まったとされるものなのだが、この理念は世界の有志によって受け継がれ、今では日本でも実践者が現れるようになってきているのだという。これはまだ決して多くのひとに知られてはいないかもしれない。しかし、各地で静かに少しずつ拡がりを見せるこの取り組みは、新しい経済の萌芽とも言えるものだと、私は強く期待しているのである。
「保留コーヒー」の活動や理念については、
にまとめられているのだが、こちらでも簡単に説明すると、たとえば私が喫茶店で1杯のコーヒーを注文したとき、2杯ぶんの料金を支払ったとする。するとその余った1杯ぶんの料金で、資産はないがコーヒーを必要としている誰かが、コーヒーを飲めるというわけだ。これはなにもコーヒーに限らない。だから言い換えると、たとえば私が5千円分のサービスを受けたとき、1万円を店に支払うと、その余った5千円が、誰かのために役立てられるということだ。これは「チップ」にも似ているが、この場合はそれが「サービス提供者」ではなく、「見知らぬ他者」に宛てられたものだということだ。だから、これは2者の関係で完結することなく、無限に拡がる可能性を秘めているのである。
それにここには、
保留コーヒーというのは世界的に自発的に起こっているムーブメントであり、特定の誰かが特定のライセンス等を持つものではありません。このサイトの管理者は完全なる善意の個人であり、保留コーヒーという名称のライセンスを有する者ではありません
保留コーヒー Suspended Coffee Japan | Facebook保留コーヒー Suspended Coffee Japan - いいね!2,972件 · 3人が話題にしています - 「保留コーヒー」とは、温かい飲物や食べ物を必要としている誰かのために事前に料金を支払うという画期的な素晴しいシステムです。Buy a drink or food in advance...
と書かれている。つまりこの活動は完全なる「草の根活動」であり、その理念さえ共有されていけば、それぞれの参加者にすら気づかれないままに、拡がっていく可能性すらあるのである。
実際、私が見た時点で『保留コーヒージャパン』に「公式に」把握されている加盟店は、神奈川県川崎市の
と東京都渋谷の

の2店舗だが(「加盟店リスト」より)、私が現時点で確認できた限りでも、北海道夕張市の
と、北海道帯広市の

において、同様の活動が実践されていることがわかった。
私がインターネットで調べただけでこうなのだから、実際にはもっと多くの実践者がいてもおかしくないだろう。
私はこれを知って、心から感銘を受けると同時に、やはり人類の未来にはまだ希望があることを確信した。そして私も私にできる活動を続けようと、改めて強く決意したのである。

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