久しぶりの強烈な想念のなかで、自分の心の深奥と向き合っている

ここ1週間ほど、久しぶりに強烈な想念を受けている。それは決して好ましいものではない。たとえば

私なんて消えてしまったほうがいい

といった自己否定的なものや、

こんな世界なんて滅んでしまえばいい!

といった攻撃的なもの、あるいは不特定多数の他者に対する

死んでしまえ!

といった脈絡のない罵倒などである。

こんなことはなにも今に始まったことではないし、あくまでも「主体」を持っているのは私のほうなのだから、そんな想念を選ばないように生きればいいだけなのだが、今回はそう容易には解決させてくれそうもない。なぜならどうやら今回は、相手の数と執拗さが大規模なものであるようだからだ。だからたとえば私が

お前なんか死ねばいいんだ!

と言われて、

いやいや、まだ生きるから

と答えても、

いや、実際に◯◯も◯◯もお前を嫌っている

というように食らいついてくる。そのような想念をずっと受け続けているとこちらも疲弊してくるし、強烈な想念は肉体にも影響を及ぼす。頭痛やイライラ、判断力の低下などがそれである。そういった攻撃に四六時中晒されて冷静さを保つのは、なかなかの精神力を必要とされるのである。

もちろん私も昨日今日初めて霊と関わったばかりの駆け出しなわけでもないのだから、こんなことには慣れているし、それなりの対処法も知ってはいる。

考えがまとまらない。イライラする。周囲の眼が自分に刺さってくる。音がやたらとうるさく感じられる。からだがだるい。こんな「症状」は、現代ではあ...

だが、相手もそのときそのときでそれぞれなのであり、その道の「熟練者」が真剣に動けば、その力は決して軽視できるようなものではない。実際ひっきりなしに自分を否定され、想念を混乱させられるとだんだん気が滅入ってくるし、実生活にも影響が出てくる。たとえば、立ち上がろうとすれば頭をぶつけ、歩けばつまづき、座ろうとすればいすが壊れる。好きな音楽もうるさく感じ、友人との会話すら煩わしくなり、食べものの味も感じない。こんな状態で病院に行けば「うつ状態」などと診断されるのだろうが、霊的な関与によってこういった状態に陥ることも、本当にあるのである。

だから私もできるだけこんなことにはなりたくないのだが、肉体界と同じように、霊界も大きな変化があるときには、それぞれの動きがより激しくなるものだ。それに、私も自ら霊媒師(シャーマン)としての生きかたを選んでいる以上、このようなことが起こるのも覚悟しなければならない。それに、こんな事態にもいい面がないわけではない。自分の心がかき回され、すべてが裏目に出るように感じられ、絶望しそうになってしまうときだからこそ、普段はあまり意識することがない、自分の心の深奥に、否が応でも向き合わされるからである。

お前に生きる価値などない!

と言われてそれに流されないためには、

自分はなんのために生きているのか?

という問いに向き合わなければならない。

こんな世界なんか滅んでしまえばいいと思うだろう?

という囁きに心を動かされないためには、

自分はこの世界のなにに期待し、どんな未来を期待しているのか?

という問いに向き合わなければならない。だからこれは確かに

「大変な(疲れる、シビアな)経験」

でもあるのだが、見かたによっては

とてもいい機会だ

ともいうことができるのである。

とはいえこれは解決した過去の話ではなく、現在進行中の「実況中継」である。昨日も霊的なことに理解がある友人が、

最近またなにかが動いてるよな?今もなんかわけもなくお前のことを蹴り飛ばしたくなってるよ

と言ってきたのでふたりで苦笑した。しかし、そうやって「今なにが起きているのか」を理解するのは問題解決の第一歩である。だからもしあなたも私と同じようになにか不穏な想いを抱えているのだとしたら、この私の体験も参考にしてもらえればと思う。私もまだ本調子を取り戻してはいないが、ここからなにかを学び取りたいと思っているし、それはあなたにも還元するつもりだ。転んでもただでは起きない。その気概があれば、苦しみも少しは楽しめる。そうやって、今回のことも乗り切っていきたいと思う。