「そうかい?」。相手との衝突を避けながら、自分の道を粛々と進んでいた師

先日私は

今だけですよ! 限定商品です! 今儲けたいならこれしかありません! そんな生きかたは損ですよ! こっちのほうがおトク...

と書いた。また以前には「距離を置く」という知恵についても触れたことがあるのだが、

この世界には様々な考えかたを持ったひとびとが存在している。そのなかで私たちは基本的に相手を尊重し、自分も相手に尊重してもらいたいと思いながら...

実はこういった考えかたに至った背景には、私の師の存在が強く影響している。師は表立って特段目立つ活動を行ったわけではなく、地位や名誉にもほとんど縁がないひとだったのだが、それでも誰かから中傷を受けたり、誤解をされたりしたこともよくあった。そんなとき、彼は相手を攻撃するわけでも、説き伏せるわけでもなく、かといって自分の信念を(表面的にでも)曲げて妥協するわけでもなかった。それは私が病んだとき、世界や社会の在りかたに愚痴をこぼしたときでも同じだった。師はただ飄々として、

そうですか?

と、私に悪戯っぽく笑ってみせたのである。

たとえば誰かが師に、

霊媒師? それはいったいなんだ?どうせ俺を騙そうとしてるんだろう!

と言ってきたとする。すると師は、

そんなわけありませんよ

と言うことも

そう疑われるのも無理のないことです

と言うこともなかった。彼はただ、

そうかい?

と笑って言ったかと思うと、呆気に取られる相手に構わずそのまま立ち去ってしまうのである。

それは私が師に、

この世界がこれから変化して、喜びの多いものになるなんて本当なんですか?それにあなたは人生は楽しいものだとおっしゃいますが、現実は哀しみや苦しみもたくさんあるじゃないですか?

などと愚痴をこぼしたときも同じだった。もちろんこちらが目的を持って師になにかを問いかけたときには、師はそれをともに考え、示唆を与えてくれた。だがこのときのように心を乱し、半ば自暴自棄になっているようなときには、師はただ、

そうかい?

とだけ言って、静かに散歩にでも出てしまっていたのである。

私はそうした経験を重ねながらも、当時は師の本意をなかなか理解できないでいたのだが、今なら多少はそれに近付けるようになった。相手と衝突しそうになったとき、相手を否定するのでも自分を曲げるのでもなくただ「距離を置く」。そして

そうかい?

という疑問で返すことで、相手の言葉を肯定も否定もせず、ただ「相手に返す」のである。そのことで私は、自分の発言を反芻し、自分自身と改めて真摯に向き合うことができた。そしてそのことで私は、確かに多くのことを学び取ることができたのである。

だが今もし師に

それが師の本意だったんですね?

と訊いたとしても、やはり彼は

そうかい?

と言って笑うだけなのだろう。だが師の生き様は未だに私に多くの示唆を与えてくれる。それに師に出逢えなければ今の私の人生がまったく違うものになっていたことは明らかだ。霊媒師としての体験は決して楽しいものばかりではないが、私が他でもなくこのような師に育てらてたということは、私の大きな幸運だったと、私は深く確信しているのである。