2015年になりました。これからも喜び多い日々をお過ごしください

2015年になってから早いものでもう2週間以上が経ちました。いかがお過ごしでしょうか?私はというと年始から様々な出来事に見舞われ、思っていたほど穏やかに新しい年を迎えられなかった感があります。とはいえ、いくら年始にはメディアや世間の雰囲気が盛り上がっているように見えても、実際には決して楽しいことばかりではなく、不安や哀しみのなかで年を越す方々も少なくないのではないかと思います。

見ようによっては皮肉というのか、あれだけ年始には「お笑い」や「着物」などで楽しい雰囲気を作るのに必死になっていたようにも見えるメディアも今やすっかり通常に戻り、「悲惨なニュース」や「腹立たしい出来事」が次々と報道されています。これではまるで竜頭蛇尾であり、やはり今年も横ばいか、場合によってはジリ貧になる未来が暗示されているかのようです。しかしこれでは、なんのために生きているのかわからなくなってしまいます。

そこで、私は自分にとっての「ときの節目」というものを自分で設定するように心掛けています。というのも、古来から「暦を設定する」というのは大きな力(権力)を持った存在の特権でした。それで、私たちは誰かが設定した暦に従ってときを区切っているわけですが、これは決して絶対的なものではありません。ひと昔前には「標準」とされていた「太陰暦」ではまだ新年は来ていませんし、太陽との関係で言えば「冬至」を年末とする考えかたもあります。あるいは「ヒジュラ暦」(イスラム暦)のようなものもあります。それに私たちは、自分がこの世に生まれてきた「誕生日」やその他様々な「記念日」を大事にすることもできます。

私が言いたいのは、たとえ世間の多くのひとびとが喜んでいるとき(たとえば年末年始)に自分に大した楽しみや喜びがなかったと思えるとしても、それで

幸先が悪い

などと過度に落ち込む必要はないということです。これは私自身が自らを慰めているという面もないとは言えませんが、冷静に考えればさほど奇異な考えでもないはずです。年始に悲惨な出来事があれば、もうその年は悪いことばかり起こるのでしょうか? あるいは逆に、年が改まってしまえば、もう旧年の出来事はすべて水に流し、臭いものには蓋をしてしまえるというのでしょうか? 決してそうではないはずです。

私たちは、自分の人生に関して最大の「主体」を持っています。だからこそ、世間の「とき」や「風潮」に過度に影響されないでください。おそらく、世間の「風潮」や「雰囲気」が好転するということが望めるには、控えめに言ってもまだしばらくはかかるでしょう。しかしそれによって、あなたまでがむやみに希望を失い、人生を暗くする必要はないのです。

そして、なにかを始めるのに遅すぎるということはありません。あなたができなかったことは、誰かが引き継ぎます。私の手の届かないところで、多くの方々が誰かを助けてくださっています。だからあなたはあなたの歩調で、じっくり歩んでください。そして人生に多くの喜びを、見出してください。

ところで私は周囲に自分が霊媒師であることをまだ公言していないので、私を直接知っていてこのサイトを読んでいるひとは少ないのですが、先日そんな数少ない友人に、

このサイトさ、『闇の向こう側』っていう名前がとっつきにくいと思うんだよね〜。もっと軽い名前にしたら?

と言われました。

たとえば、『霊の世界はあります』とかね

と冗談混じりに笑いながら友人は言いましたが、

せっかく書いているのだから、多くのひとに読んでもらいたい

という友人の想いは少なからず本心なのでしょう。

ただ、私は現時点でこのサイトを「改名」することは考えていません。おそらくこの先もないでしょう。それはひとえに

「闇が闇であることを認め、そのうえでその価値を知る」

ということが重要だと考えているからです。霊の世界は甘美で楽しいことばかりではありません。多くのひとが知らないことを知り、認めていないものを認めるというのは大きな「覚悟」が必要です。それに、ここ数年でも多くの「スピリチュアリスト」や「スピリチュアル界の人気ブログ」が生まれましたが、そのほとんどは移り変わり、ひっそりと消えてなくなったものも少なくないのです。

だからやはり、ここはこれからも『闇の向こう側』です。そして闇とは「いずれ光になるべきもの」ではなく、ただ「闇」なのです。しかし多くのひとが目を背けるかもしれないその向こう側にも、実は豊かな世界が、そしてその世界で生きてきた存在があるのです。こうしたことにもし共感していただけるなら、このサイトは、あなたの友人となるでしょう。ようこそ。闇の向こう側へ。