顔の見えない相手ではありますが、私への連絡はお気軽にどうぞ

あと数日で8月も終わろうとしています。いかがお過ごしでしょうか?おそらく暑さのピークももうすぐ過ぎるのではないかと思いますが、心身を大切にしながら、これからも穏やかに過ごしていただければ嬉しく思います。

さて、最近このサイトへのアクセスに関する情報を見ていますと、それなりの数の方々が私の「連絡先」のページをご覧になっていることがわかりました。ただ、そのアクセスがあった日に必ずしも私宛てのメールが届いていないことを考えますと、いったん

もし、私に連絡を取りたい場合は、こちらのメールフォームをお遣いください。私のメールアドレスに内容が転送されます。 ご意見ご感想やご相談...

にはアクセスしたものの、実際には連絡を取らずにいる読者の方々が一定数いらっしゃるのではないかと思うのです。

もちろん、こうしたことはお互いの意志と信頼関係があって初めて成り立つものですので、私が強制することではありませんし、ネット上という顔の見えない関係のなかでなかなか一歩踏み出せないのも想像がつきます。まして、世間的にはまだまだ「眉唾もの」あるいは「詐欺的なもの」とも思われているかもしれない「霊媒師」などという存在と関わりを持つのにためらいを感じるのは、現代の日本のような環境ではむしろまっとうなものだとも思います。しかし、そうであってもなおこの『闇の向こう側』にたどり着き、連絡先のページにまでアクセスするということは、そこになんらかの迷いや悩みがあるからなのではないかとも思うのです。

とはいえ、私はいわゆる「奇跡」や「超能力」と呼ばれるようなものを駆使できるわけではありませんし、莫大な資産があってあなたを援助できるわけでも、つらい仕事を肩代わりできるわけでも、苦しい人間関係を改善できるわけでもありません。ただ、私は少なくとも私なりに

「あなたのお話を聴く」

ということはできます。そしてこれは、相手が肉体人であるか霊存在かにかかわらず、私が日々行ってきたものでもあります。

特に、たとえば霊的なことや精神的なことに関する話題の場合は、かなり親しい間柄や他のことではなんでも相談できるような相手にも打ち明けられないという場合も多いかと思います。これまでにも書いていることではありますが、私自身、未だに親族には自分が霊媒であることを伝えていません。それに、親しいからこそそれを伝えたことによって望まない関係性の変化が起きるのではないかと不安に思ってしまうこともあるかと思います。

ですがもしそうであるなら、私のような「顔の見えない相手」というのはむしろ気楽だとも言えるのではないでしょうか? なぜなら、ごく少数の例外を別にすれば、あなたと私の間にはなんら「直接的な関係」も「培ってきた関係」も、そもそも「面識」すらないのですから、話してみてあなたに合わないようでしたら、単に私から離れてしまえばいいのです。私はあなたのことをなにも知らないのですから、あなたの不利益になるような情報を触れ回ってあなたを害するようなことはあり得ないと断言できます。逆に言えば、それだけまだ私はあなたにとって「頼りない存在」にすぎないということでもあるのですが、それでももしかしたら私から得られるものが少しくらいはあるかもしれません。少なくとも、今が「ゼロ」であるなら、これ以上失うものがないのは明らかです。

ですから結局私が言いたいのは、もしなにかありましたら、どうぞご遠慮なくいつでもご連絡くださいということです。また、

もし、私に連絡を取りたい場合は、こちらのメールフォームをお遣いください。私のメールアドレスに内容が転送されます。 ご意見ご感想やご相談...

にも書いてありますが、私はメールをいただきましたら遅くとも1週間以内には必ず返信をするようにしていますので、いつまで待っても私からの返事がない場合には、私にメールが届いていない可能性があります。その場合はメールフォームやコメント欄など別のかたちでお知らせいただければ、随時対応したいと思います。

また、相変わらず国内外ともに様々なことがありますが、考えてみれば今までも私たちは先祖代々そのときそのときの大きな「動き」のなかで、喜びを見出しつつ、いのちをつないできました。そこには飢饉も、戦争も、富士山の噴火も、憎みあいも、差別や抑圧も、本当に様々なことがありました。ですが、善くも悪くも、私たちはそのなかで「変化」し、ここまで生きてきました。それが、これからもずっと続くということです。それは言ってしまえば、ある意味「ただそれだけのこと」なのです。

ただ、私はその「変化」が、少しでも喜び多い方向に向かうものになることを願っています。それはもちろん他者のためにもなりますが、それと同じくらい自分自身のためにもなります。なぜなら、私たちは今生を終えてもまだ幾度となく生まれ変わるからです。100年後の未来とは、私たちの次世代が生きる時代でもありますが、同時に私たち自身が生きる時代でもあるのです。そしてまた、何度生まれ変わりがあるとしても、

「まったく同じ人生は2度とない」

というのも揺るぎない事実です。だからこそ、あなたもどうかご自愛なさって、少しでも穏やかで喜び多い日々をお過ごしください。そしてもちろん私もあなたとともに、最期のときまで生き抜いていこうと思います。これからもよろしくお願いします。

コメント

  1. みほ より:

    初めてコメントします。

    どうしてもお礼が言いたかったのでコメントしました。

    私は白血病になり4月から入院しており、今でも入院中です。

    治療に使う薬からか環境的なものか、それとも両方が原因か、一時期鬱症状に苦しみました。

    その時にふと、生まれ変わりの事を考えてすごく怖くなったのです。

    死んだら強制的にすぐに生まれ変わらされるんじゃないかと、そして産まれた瞬間に絶望で泣きわめき、そして前の記憶がリセットされる。

    鬱症状もあり、なんて恐怖なんだと本気で恐ろしく絶望的でした。

    そんな時にこちらのブログに出逢いました。

    生まれ変わりの記事を読んで心がふと軽くなりました。

    それから一気に鬱症状がなくなりました。

    それからも何か悩むたびに、こちらのブログに助けられています。

    出逢うべくして出逢ったのではないかと思うくらいです。

    私は霊感が全く無く、スピリチュアルな事もどう思っていいかわからないですが、助けられたのは確かです。

    今の私があるのは、あなたがいてくれたからです。

    本当にありがとうございます。

    • Dilettante より:

      みほさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      「病気」というのはその名の通り、からだだけでなく気(心)にも大きな影響を与えるものだと思いますが、そんななかで少しでも元気を取り戻すお手伝いができたのならとても嬉しく思います。

      いつも書いているように私たちは誰もいつ死ぬのかを知りません。しかし、だからこそ「生まれ変わり」という仕組みがあり、それは間違いなくありがたいものなのだと、今では私も確信を持って言えます。もしそれがないのなら、せっかく生まれてきた世界を数年、あるいは数時間しか体験できずに死に、それでもう終わりなんてあまりにも残念だと思いませんか?

      ですが、実際には私たちは自分が望む限りいくらでも生まれ変われるのですから、その意味ではそれぞれが「無限の時間」を持っているということになり、完全な平等がそこにあると言えます。そう考えると、ひとつひとつの人生をも超えた壮大な時間軸でいのちを捉えることもできると思います。

      ただし、だからと言ってこの生まれ変わりの仕組みはひとつひとつの人生の価値を低くするようなものではありません。

      「同じ人生は2度とない」

      という観点から見れば、やはり人生は

      「1度きりでかけがえのないもの」

      だからです。

      限りある時間のなかで、こうやってみほさんと交流することができたことを、私はとても嬉しく思います。そして人生というのは不思議なもので、「もうそろそろ終わりが見えてきたかな」と思えたところから、予想外に長く続くということもあります。これは他でもなく私自身の体験から言えることです。一方で、

      「死んだら終わり」

      ということもまったくありません。

      白血病とともに生きるというのは様々な葛藤があるものとは思いますが、どうか眼と心を閉じてしまうことなく、少しでも多くの喜びを見つけていってください。そしてもし気が向いたときは、またいつでもこちらにお越しください。これからもよろしくお願いします。