「魂が宇宙人由来で、守護霊が100人前後いると言われました」。様々な捉えかたはあるが、まずはひとつひとつの「概念」を自分なりに整理していってほしい

先日、読者の「ポロン」さんからこんなメールをいただいた。ご本人の快諾もいただいたので、この疑問をここで共有し、私なりの考えを書いてみたいと思う。

私は10年程前から不安神経症に苦しんでいました。心療内科に行ってもカウンセリングを受けても改善されなくて、もうこれは最後の手段だと思い、主人のすすめで退行催眠を受けました。スピリチュアルやオカルトの類は怪しいし信用してなかったのですが、やらないよりやってみて良くなれば儲けもんみたいな感じで受けました。

そこでは前世みたいなのが見えて、自分の妄想か何なのかわかりませんがフランスの超貧乏な農民でした。それと、退行催眠をしていただいた方に、 「魂が宇宙人由来で、100人前後の守護霊がいる。その中には宇宙人が沢山いる、それは故郷の星の仲間達も含まれている」 みたいな事を言われました。

「はぁ?宇宙人て(笑)なんじゃそりゃ」 とその日は残念な気持ちで帰ったのですがそれからなぜかずっと毎日その事が気になって仕方なくなりました。そうこうしているうちに、宇宙人を気にしすぎてそればかり考えていたからかはわかりませんが、長年苦しんだ不安神経症からは解放されました。それは本当に良かったのですが、 やっぱり宇宙人の守護霊というのが気にかかります。宇宙人が守護霊ってありえるのでしょうか? そもそも宇宙人由来の魂って何なのでしょうか? あと、素朴な疑問なのですが、本当に守護霊が100人居るとしたら守護霊同士で喧嘩とかになってややこしくなったりしないのですかね?

このメールに対して、私はこのように返信した。

いただいたご質問についてですが、おそらくその「退行催眠術師」のかたと私とでは考えかたに多少の差異があるかと思います。

しかし私としては

「正しいのは私です」

というのを主張したいわけではなく、ただ

「私としてはこのように考えています」

ということを申し上げたいだけなので、どのように受け止めるかはポロンさんに委ねたいと思います。

そのうえで、まず私に言えることは、「宇宙人」という言葉を、あまり特別視しないでほしいということです。

なぜなら、今の私たちは「地球人」として生きていると考えていいのですが、その地球もまた「宇宙」の一部ですよね。
それに、私たちは永遠の生まれ変わりのなかで、地球以外の星に生まれることもたくさんあるので、そういった意味でもやはり「宇宙人」だからです。

そして、霊界には「国境」がないのと同じように、「星境」もありません。そう考えると、私たちはみな「宇宙人由来の魂」ということもできるのです。

また、

「守護霊が100人前後」

という表現についても、それは「守護霊」という言葉をどう定義するかによって大きく変わります。
というのも、ひとりのひとに関わっている「近親霊」や「知人霊」、「生き霊」……といったものをもしすべて<守護霊>と見なすならば、誰でもそれは100人どころではないからです。ただ、そのなかから「ポロンさんの喜びある生を心から願っている存在」を特に「守護霊」と呼ぶのなら、彼(彼女)同士が「喧嘩」するというようなことはありません。「喧嘩」とは、互いの意志や目的が異なるからこそ起こるからです。

現代に生きる私たちの多くはこんな基本的なことすら知らず、定義できず、合意できずにいるのですから、まずはそれをひとつひとつ丁寧に整理していくところから始めるしかないのだろうと思います。そして、どんなきっかけであれポロンさんの心が少しでも穏やかになることがいちばんです。私の見たところ、まだ決して完全に本調子ではないのではないかと思いますが、焦ることなく、ゆっくりと日々を味わってみてください。そして、もし私にできることがあれば、これからもご遠慮なくお声かけください。よろしくお願いします。

ただせっかくの機会なので、これをもう少し補足して私の考えを書いてみたいと思う。

まず、「宇宙人」という言葉はひとつの「縮尺」であると言える。「都道府県」という縮尺に則れば「東京都民」/「大阪府民」と分かれるひとたちも、「国家」という単位で捉えなおせば「日本人」というひとつの概念に含まれる。同じように「日本人」も「アメリカ人」も「北朝鮮人」も同じ「地球人」であり、「地球人」も「他星人」も宇宙人である。逆に、もし私たちが属する「宇宙」を「第1宇宙」と定義するのなら、それ以外の宇宙に属する存在を「第2宇宙人」などと呼ぶこともできるだろう。だから、こういったことは単に「縮尺」の問題である。そして、私たちは「現在」地球にいるだけであって、またいずれ他の星にも生まれ変わるのだから、その意味ではやはり「宇宙人」である。

また、この「退行催眠」という技術については、私の現時点での理解でも大まかに言って2つのやりかたがあると思う。それは、「生まれ変わりにかかわらず、魂には今までのすべての情報(履歴)が記録されている」という事実に基づく。

だから、ひとつの手法としては、「相手の意識を過去に引き戻していく」というものがある。これに熟達すると、たとえば相手の意識を「幼児期」に戻すとか、もっと遡って「前世の意識まで引き戻す」ということができるようになるかもしれない。

もうひとつの方法としては、相手本人ではなく、

「施術者のほうに相手の魂の情報を読み込ませる」

という手法である。これによってたとえば、私が「10年前のあなた」とか、「前世の<あなた>」になって、あなたは現在の意識として目覚めたまま、

「擬似的に『過去の自分』と対話する」

ということもできるかもしれない。

このように、私の体験から言っても、こうした「技術」は

原理的にあり得る

とは言えるし、現実にそうした技術に熟達したひとがいるのだろうとも思う。それに、率直に言って私もそれができるかできないかで言えば、2つめの手法を用いてできないことはない。

ただ、なぜここで私が

できないことはない

などという持って回った言いかたをするかといえば、あまりやったことがないし、今のところ積極的にやっていく気もそれほどないからである。というのは、まず1つめの方法を用いる場合は、(もともと私にはできないと思うが)「本人の意識を過去に戻していく」のだから、そのあとで

「現在に意識を再び戻していく」

ことに失敗すると、本人の人格が不安定になってしまう危険性がある。これは、特にその過去が「遠い昔」たとえば前世である場合にはより顕著になってしまう可能性がある。わかりやすい例を挙げれば、前世では男性であった自分の人格と現世で女性である自分の人格が望まないかたちで融合したような場合を考えてみるといいと思う。だから、私はこのような手法を用いるのには慎重すぎるということはないと思う。少なくとも、私が施術者として行うのにはあまり気が進まない。

また、2つめの方法を用いるのなら、「過去のあなた」の意識は私のなかに読み込まれるのだから、意識が混ざりあって戻れなくなる危険はほとんどなくなるが、いずれにせよ

なぜ、それをするのか?

という目的がよほどしっかりしていなければ、むしろ「過去への執着」を高めるだけに終わってしまう危険がある。だから、私個人的にはそのような技法を深めようという気はあまりないのである。

もちろん、今回コメントをくださったポロンさんのように、退行催眠を受けたことによって長年の苦しみが緩和されたのであれば、なんであれそれは素晴らしいことだと思う。ただ、たとえどんなひとのどんな助けを借りたとしても、「それをどう未来に活かすか」という意志がなければ意味がなくなってしまう。そして、言われたことの意味について、ひとつひとつをよく吟味することだ。そうでなければそれは却って「新たな混乱のもと」になってしまうからだ。それにそこから生まれる価値観や生きかたもまた、善くも悪くも千差万別である。だからこそ、「守護霊」同士は喧嘩しないが、「霊存在」同士のぶつかり合いは未だ続いている。それは、肉体人の状況とまったく変わらない。

それから、私は「前世」についても、さほど執着する必要はないと思っている。たとえばポロンさんは、

前世みたいなのが見えて、自分の妄想か何なのかわかりませんがフランスの超貧乏な農民でした

と書いているが、それが本当にポロンさんの前世なのだとしても、それをどう捉えるかが問題なのであって、さらに言えばそれほど深く考える必要があることではない。たとえば、フランスにおける農民は、特にフランス革命以前であればなおさら、誰でも貧しかっただろうし、そもそもその「貧しい」という印象自体が、「現代の日本人の目線」から見ているからそう見えるのであって、本人がそれを不幸だと感じていたかどうかとは別問題である。だから、それだけを見て「恵まれない前世であった」ということもできないし、ましてやそれと現時点での自分の境遇とを必要以上に結びつけて考えるのはほとんど無意味である。だから、私は特に否定的な意味における

前世の報いだ

といった考えかたを、ほとんど意に介さない。

だから結局、過去になにがあろうと、前世がなんであろうと、魂がどこからきたものであろうと、守護霊が何人いようと、

「最も大切なものはこれからのあなたがどう生きるかだ」

ということ、これが私の考えかたのひとつの根であると言える。そして、「今」というのは「過去の選択の結果」だという意味では、過去のあなたは今のあなたのなかに含まれている。

「過去のあなたのすべてが、今のあなたをかたち作った」

のだから。だから逆に、未来のあなたを喜びへと変えたいなら、今のあなたを変えることだ。そして、

今の私があるのはあのときの体験のおかげだった

と言えたとき、「過去の捉えかた」も変わる。それは、

「過去も未来も今によって変わり得る」

ということだ。この事実を胸に、これからもあなたとともに穏やかに生きていけることを、私も心から願っている。

コメント

  1. だれか より:

    個人的な質問になり失礼いたします。自我を破壊したくてチャクラやオーラを自分で破壊することをしました。今、昔の私はき薄になっていて心が戻りません。後悔しかありません。この天罰(天界やあの世での)は自傷・自殺行為としてすごいのでしょうか。来世でも後遺症を残して転生するのでしょうか。どんな回答であろうと聞くだけで前に進めます。誠に自分勝手な行為と質問で大変申し訳ございません。どうぞよろしくお願いいたします。

    • Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      「自我」というのもひとによって見かたが分かれる概念のひとつですが、端的に言えば、だれかさんの自我は今もまだありますよ。あなたが今「後悔」しているのも、死後や来世について「不安」を抱えているのも、すべて「自我」や「心」があるからだと思いませんか?

      ですから私から見ると、今のだれかさんは単に心が病んでいて、無気力と虚無感に囚われかかっているだけだと思います。もちろんそれは決して好ましい状態ではないのですが、現状ではそんな状態の方々はたくさんいますし、少なくとも「取り返しのつかない事態」ではありません。ですからまずは安心してください。そして、もし私の力が必要なときはお声かけください。すべてはだれかさんの意志次第ですが、なにかできることはあるかと思います。ですがまずはなにより、のんびりと生きてみてください。その「休息」こそが、今のあなたに必要なものだと思います。

  2. だれか より:

    ご返信心よりありがとうございます。この自分勝手な行動による結果や守護指導霊も消えた変わったのかもとか、心は消えてしまってどうすればいいのかが全く分からなくなってしまい、自身の脳みそではもう無理な状況でした。。今日専門家さんの意見を伺って安心しました。今は今の残りの私からできるだけの人生を歩みなおそうと思っております。またあなた様のブログを拝見させて頂いて勉強させていただきたいとおもいます。また、どうしても気になる場合はご迷惑ながら質問させて頂いてもよろしいでしょうか。勝手な質問と大変申し訳ございませんでした。夜分遅くに大変ご丁寧な返信本当にありがとうございました。

    • Dilettante より:

      私はただ単に霊界に関わりを持ってきた期間があなたより多少長いというだけなので、「あなた様」とか「申し訳ない」などとそんなに何度も畏まるような必要はありません。昨日わりとすぐにコメントに返信できたのも、たまたま見ていたときだったからで無理をしたわけではないですから。どうせお互いに顔も名前も知らないんですし、もっと気をラクにしてお付き合いいただければと思います。それから、ご質問などはまたいつでもお待ちしています。

      それにもちろんだれかさんの守護霊さんも今までどおりいつもあなたを見守っていますので、まずは一息ついてじっくりと世界を眺めてみてください。人生はまだまだ、面白いものですよ。

  3. だれか より:

    ありがとうございます。混乱してしまっていました。私は私でいたかった(今となって)です。
    今は、全面的にあまり考えすぎないようにしてみたいと思います。
    闇の向こう側さん、ありがとうございました。