2016年になりました。これを機に『闇の向こう側』は「半匿名制」に移行します

2016年になりました。いかがお過ごしでしょうか?

今振り返ってみますと、私がこの『闇の向こう側』の最初の文章、

世は、「スピリチュアル」花盛りである。もちろん、そんなものにまったく興味もなく生活しているひとも多くいるとは思うが、そんな方々でも、「マヤ暦...

を公開したのは「2012年1月28日」と記録されていますので、今月末でこのサイトは丸4年を迎えることになるようです。その間、私の個人的な生活も、世界や社会の在りようも大きく変化してきました。そしてそのような変化は、この『闇の向こう側』にも確かに影響を与えてきたと思います。

そうしたなかで、昨年からさらに自分自身の生きかたや人生に想いを巡らせた結果、私は今年、2016年を機に、この『闇の向こう側』を「半匿名制」に移行させることを決めましたので、お知らせしておきたいと思います。

私はこれまでの4年ほど、ずっと”Dilettante”という名前でここにいました。しかし、実際にはそんな名前などあってないようなものだったと思います。それは、もちろんこれが匿名だからです。ただなぜ私が匿名を選んだかといえば、それが最も「気軽で、自由」だったからです。

もともと私は霊存在との出逢いをまさに「降って湧いたように」与えられたのですが、それは少なくとも当時の私が望んだり待ち焦がれていたりしたようなものではありませんでした。私は、そんな「能力」や「非日常」が欲しかったわけではないのです。ただそうした「現実」になんとか「対処」しようと悪戦苦闘した結果、自分なりに現状を理解し、新たな世界観のなかで「日常」に復帰することができました。

しかし、そうした私にとっての新しい「世界観」は、周りの方々にとっては「異質」であることは明らかであり、それを口にすることは私にとって意味を為さないだけでなくむしろ有害だろうと思いました。だから私はそれを隠し、「普通のひと」として振る舞うことを選びました。

それは実際かなりの程度成功していました。ですが同時に私は、

自分のなかの重要な「要素」であるものを誰にも理解してもらえていない

という苦しみを感じるようになり、それは日に日に大きくなっていきました。そこで私は、当時親しかった何人かの友人に自分の「日常」を打ち明けることにしたのです。

すると、それまで関係を育み、直前まで親しく会話していたはずの「友人」が、スッと表情を変え、

なにそれ?なんかの冗談?

などと言ったかと思うと、

あなたって、「そういう話」をするひとだったんだね

そういう宗教に誘って、なんか買わせたいわけ?

そういうことなら、付き合いかた考えるわ

……ごめん、理解できない。話変えて

などと言って、それまでの関係を簡単に変質させたり、断ち切ったりしてしまう様を目の当たりにすることになりました。

そうした体験の度、私は傷つき、自分が「取り返しのつかない」ことをしたのだと知り、後悔しました。そのことさえ言わなければ、楽しく過ごせたはずの日々や関係を、こんなに簡単に哀しいかたちで失ってしまう。そんなことになるくらいなら、やはりこれは隠したほうがお互いのためなんだと、そう痛感した私は、またなんとか「普通のひと」に戻ろうと努力する道を選びました。

ところが人生というのは実に意外なもので、そう考えていた私に、そのあと何人かの出逢いが与えられました。そして実に自然な流れで自分のことをすべて打ち明けられ、相手にもそれを受け入れてもらうことができました。それは数少ない、とても大切な「仲間」であり、「理解者」となりました。ただ、それでもずっと言えない相手がいました。それは「家族」であり、「親族」でした。

このような体験から私が感じたことは、

自分を理解されない(さらけ出せない)のは苦しい

でも知ったことで相手を怖がらせ、傷つけ、自分も傷ついてしまうくらいなら、言わないほうがいい

ただそうした恐怖や葛藤を乗り越えて理解し合える存在がいたら、それは計り知れない喜びになる

という3点にまとめることができると思います。そしてときを経て、私が開設したこの『闇の向こう側』には、こうした考えが色濃く反映されています。そしてこれは、

「自分は誰にも理解されていない」と絶望しているひとの想いを少しでも理解し、助けたい

という想いに行き着きます。これが私がこの場を開き続けている原点にある動機です。

そこから今日に至るまで、『闇の向こう側』は私が当初思っていたよりはるかに多くのものを見せてくれました。しかしそのなかで、今の体制のままではどうしてもぶつかってしまう「限界」があることも痛感させられたのです。それは、

どうしてあなたは霊存在との関わりを持つようになったのですか?

「『降って湧いたように与えられた』霊存在との出逢い」とはいったいどんなものなのですか?

今のあなたがどこから来て、どうかたち作られてきたのか、あなた自身のことを、もっと知りたいのです

というような声に、匿名ではどうしても答えられないということです。

これは、私がずっと言っているように、私を「検証」するうえでも、とても大切な要素だと思います。しかし少なくとも現時点では、私はそれを不特定多数の方々に向けてここで公開することはどうしてもできません。

けれども一方で、先日の

2015年もいよいよあと数日を残すだけとなりました。いかがお過ごしでしょうか? それぞれいろいろな想い出があるかと思いますが、全体として見れ...

のなかでも少し触れたように、私は昨年の10月以降、急速に「顔見知りの理解者」つまり

「私の顔と名前を知ったうえで、私が霊媒師であることを受け入れ、なお関係を続けていける相手」

が増えていく流れのなかにいます。この流れは、まるで最初の霊存在との出逢いと同じように、「降って湧いた」ようなものですが、もう簡単に止まるとも思えません。そしてそこでは、お互いの顔が見えているからこそ、ここでは書いてこられなかったことをより詳しく伝え、私の体験を「共有」し、「検証」してもらうことができていると思います。それはお互いにとって、確かに実り多いものです。

ただこれはもちろん私とお相手の間でより強い信頼関係がなければ成立しません。たとえばお相手の方々も私についてあることないことをネット上で書くようなことをしないという前提、そしてもちろん私もお相手の情報を濫用しないという前提もその一例です。ですがそうしたものを乗り越えることさえできれば、その関係は「匿名」のものよりはるかに強く大切なものにできる可能性があります。それは「霊媒師」というものがまだ世間一般ではほとんど受け入れられていないならなおさらです。

そこでこうした認識とこれからの歩み、そして私自身が望む未来を考えたうえで、私はこの『闇の向こう側』を「半匿名制」に移行させることを決めました。私は今までもこれからも、ここでは”Dilettante”です。ですがもし、あなたにそのお気持ちがあるのなら、私は実際にあなたと会ってお話しすることもできます。とはいえ、私がだいたいどのあたりに住んでいるのかによって、あなたにとっての会いやすさも変わってくるでしょう。ですから私はひとまずここで、私が今「北海道」に住んでいることをお伝えしておきたいと思います。それが近いか遠いかもそれぞれかと思いますが、まずそれだけを知っておいていただいて、より具体的なお話に移るときには、

もし、私に連絡を取りたい場合は、こちらのメールフォームをお遣いください。私のメールアドレスに内容が転送されます。 ご意見ご感想やご相談...

などから私にご連絡いただければと思います。

さて、これでとりあえず「半匿名制」に移行するという意味はお伝えできたかと思うのですが、それ以外のことについては、まったく今までと変わりません。ただ、今までよりほんの少しあなたに「選択肢」が増えただけです。そしてもちろん、私はこれからもここで書き続けていきます。

だからこの「変化」は今のところたいした影響もないかと思っているのですが、実際にはやってみないとわかりません。ただひとつ言えることは、これまでそうしてきたように、これからも私は変わっていくということです。それは望むか望まないかにかかわらず、必ず起きるものでもあります。もちろんあなたにもです。だからこそ、その変化をより喜びの大きい方向に向けるために、そしてときに望まない変化が起きても生き抜いていけるように、これからも支え合っていければと思います。どうぞよろしくお願いします。

コメント

  1. enokawa より:

    Dilettanteさん、はじめまして。少し前からこちらのサイトを拝見させて頂いていました。

    Dilettanteさんの辿ってきた生き様と自分が重なり、涙を滲ませながら読ませて頂きました。
    人に理解されない性質、それによって友人を失う哀しみ、家族親族に伝えられずに隠して生きる苦しみ。そして、それらを乗り越えて行き着いた想い。境遇は違いますが、同じ流れを私も歩んできたと思っています。

    昨年10月以降、よき理解者が増えていらっしゃるとのことですが、私も昨年9月に初めて自分の境遇を理解して導いてくださる方と出逢い、事態がすっかり好転しました。相手の方も私との出逢いをとても喜んでくださり、この出逢いをとても不思議に思っています。

    わざわざ取り立ててコメントすべき内容でもないと思ったのですが、なんとなくお話してみたいような気持ちになって書かせて頂きました。いつかご縁があればお会いしてみたいものです。

    いつも興味深く、様々なことを学ばせて頂きながら、そして応援する気持ちで「闇の向こう側」を読んでいます。
    今年の更新も楽しみにしております。

    • Dilettante より:

      enokawaさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      理解されないのは苦しいことですが、それが続けば続くほど「もう誰も理解してくれないのではないか?」と諦め、自分から口を閉ざしそうにもなってしまうかもしれません。でも、それを乗り越えたのはenokawaさんの「強さ」の結果だと思います。大切な経験を共有させていただけて嬉しいです。

      それに、時期も私とそれほど違わないのだとすれば、もしかしたらそのような「流れ」は私たち以外にもますます強く与えられていくのかもしれませんね。「根拠」というにはそれほど強くないかもしれませんが、今日はせっかくの元日なのですし、そんな「希望」を持ってもいい日でしょう。コメントもいつでもお待ちしていますし、いずれお会いできるのも楽しみにしています。今年もよろしくお願いします。

  2. だれか より:

    おはようございます。時々思い出したくらいに読ませてもらっています。記事の内容は共感出来る部分ばかりで、親族には毎日うるさがられています。それでも共感出来ない方とも、「そんな人なのだ」と納得してもらいそれなりに親しくお付き合いさせてもらい仕事上は特に問題ありません。
    あんまり頻繁に口にするので、仕事関係の仲間も、闇の世界に興味がない方も、徐々に無意識に感化されていき私自身の行動範囲は毎年居心地が良くなって来ました。いずれマスコミも無視出来ない現象が頻繁に起こる日が来るでしょう。「いつか聞いたな」という方と「考えた事もなかった」という人の衝撃の差は大きいと思います。陰ながらこの活動を応援したくコメント致しました。ますますのご活動ありがとうございます。長く闇だ闇だと言われて来ましたが、今は明るいねと言われています。案外すぐお近くにお住まいなんですね。

    • Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうですか、enokawaさんも、私も、そしてあなたも、少しずつ居心地がよくなってきているのですね。それはとても嬉しいことです。

      それに、おっしゃるとおり、いずれ誰もがそれぞれの「出逢い」を経験することになったとき、それを理解し、対処していくための、「下準備」をする手助けができればいいと思って私も活動しています。私は私にできることをしていくしかありませんが、私だけではまったく力不足なのも間違いありません。だからこそ、これからもよろしくお願いします。今は匿名でのやり取りですが、いずれお会いできるのであれば、その日が来るのもとても楽しみにしています。