現状を認識し、相手の力を認める。そのうえで希望を持っていられたら、きっと未来は素晴らしくなる

なにかを変えようと思ったら、まずその現状がどうなっているのかをしっかり認識することが重要である。そして、自分とは違う未来を望んでいる存在があること、言い換えれば、あなたが変えたいと思っているものを、

変えたくない!

と思っている存在があることも、念頭に置かなければいけない。もしみんながあなたと同じ考えで行動しているのなら、そもそも現状はこうなっていないし、すぐ変わるはずなのだ。それなのに現状があなたにとって好ましくないものなのだとしたら、それはあなたとは違う「意図」を持った存在がいることをはっきりと示している。

また、ほとんどの場合「現状を変える」ということは「現状を維持する」ことよりも難しい。だから、もしあなたがなにかを変えたいと思っているのなら、それは決して簡単なことではない。重ねて言うが、もしそれが簡単なことなのだとしたら、そもそも現状はこうなっていない。

だから、こうした「現実」に直面して、「こどもでなくなった」私たちは、現状に満足していないことを自覚しながらも、それを変えることを諦め、気を紛らわせながら生きるようになる。そして、現代には、その気になればいくらでも気を紛らわせてくれるものがある。それはそれで楽しいかもしれないが、結局、こうやって未来はあなたの掌を離れていき、他の誰かの思惑に沿って動かされることになるのである。

だが、あなたは本当にこれでいいのだろうか?少なくとも、私はそう思っていない。だからもし、あなたが私と同じ気持ちでいてくれるなら、一緒にもういちど初めから、やり直してみたいと思う。まずは、「現状の認識」からだ。

さて、最初にひとつの結論を言ってしまうと、

最近ネット上で興味深い議論を見た。 その主題は、「邪」や「魔」(負の霊団)と言われるような存在に関するものだった。一方のひとは、 ...

というのが私の認識である。そしてこの「戦争」は、少なくともここ数千年の間絶えることなく続いているものだ。そう思えば、今の私たちがなぜこんなに苦しみながら生きているのかも納得がいく。誰が、戦争をしながら心から笑えるというのだろう?

そして、「戦争」というからには少なくとも2つの異なった「意図」を持つ存在(集団)があるということになる。これは視点によって様々に分けることはできるだろうが、ひとつ最も根本的なところから言うと、「現在の仕組みを変えたい」集団と「現在の仕組みを変えたくない」集団の意志のどちらが通るかを巡る争いだということはできるだろう。そして、その「現在の仕組み」というのは、端的に言えば、

「所有制度(とその『所有権』を巡る絶え間ない争い」

だと言える。こうした視点から見れば、私たちがまさにその渦中にいることは、誰の眼にも明らかであると思う。

また、これはまだ多くのひとにとってはすんなり受け入れがたいものかもしれないが、現在私たちはもうひとつの大きな「戦争」に巻き込まれている。それは、

「私たちに『真実』を知り、喜びを持って生きていってほしいと願っている霊団>(守護霊団)と、<『真実』など知らないまま、絶望と苦しみと無力感のなかで、支配されながら生きていってほしいと願っている霊団>(負の霊団)との争い」

である。では、この争いはどこで起きているのだろう?それは、まさに私たちひとりひとりの「心のなか」で、日夜繰り広げられているのである。

霊存在は肉体を持っていないので、直接私たちの世界(肉体界)で行動を起こすことはできない。だが、それぞれが私たちに「エネルギー」を送ることはできる。これが、私たちが「感情」や「思考」と呼んできたものの、ひとつの正体なのである。

角をどちらに曲がるか?明日の晩ご飯はなんにしようか? 人生は「選択」の連続である。もちろん、「選択しない」というのも「選択」の一種であ...

もちろん、あなたの「感情」とか「思考」のなかには、「あなた自身」の「意志」や「想い」も含まれている。だが、それ以外にも、たとえば「過去の体験」や「家族や教師、友達に言われてきたこと」、「メディアからの情報」や「世間の常識」などといったものが、あなたにも知らず知らずのうちに大きく影響している。つまり、あなたがいくら「自分で考えて、自分で決断した」と思っていても、そこには多くの「他者」が、確実に影響しているということなのだ。そしてその「他者」には、「霊存在」もまた、含まれているということなのである。

だからこそ、私たちはいつも悩み、葛藤する。それは「自分」というもののなかに、数えきれないほど複雑な要素があるからである。

「これをするか、しないか?」

「信じるか、信じないか?」

私たちがどんな「判断」をするときにも、少し考えればどちらにも「根拠」があるような気がしてくるものだ。だからその結果結局は、「現状を維持する」という選択をしてしまうことも多い。

だが実はそうやって「現状を維持する」ということは、実際には先ほど言った<『真実』など知らないまま、絶望と苦しみと無力感のなかで、支配されながら生きていってほしいと願っている霊団」>(負の霊団)の思惑通りになるということなのだ。だから、そうしている限り現状はますます深刻になりこそすれ、根本的に好くなることは決してない。しかしこれは私の視点から言えばということであり、相手からすれば、

「いやいや、みんな「このままのほうがいい」って言ってるんだ。それを「自分で選んでる」んだよ。そのほうが「しあわせ」だって言うんだから、お前は余計なことをするな!

というわけなのである。そして、これは確かに一理ある。なぜなら

「最終的な決断を下す『主体』は本人にある(本人にしかない)」

というのが世界の根本原理のひとつだからである。だからこそ、守護霊ですら自殺は止められないのだ。

ところでこの負の霊団について、私は彼らにも変わってほしいと願っているし、実際彼らも変われるのだが、

最近ネット上で興味深い議論を見た。 その主題は、「邪」や「魔」(負の霊団)と言われるような存在に関するものだった。一方のひとは、 ...

とても大切なことは、

彼らは決して「いつかは<神>によって滅ぼされる、弱い存在」ではなく、「<神>や「守護霊」にも引けを取らないほど、強力な存在」である

という認識を持つことだ。あらゆる敗北は、「相手を甘く見る」という驕りから生まれる。相手は強いのだ。現状はそう簡単には変わらないのだ。だからこそ、私たちは苦しんでいるのである。

だが、ここで最大の岐路が私たちを待っている。それは

こうした現状を真摯に受け止め、相手の力も認めたうえで、なお「希望」を持つことはできるか?

というものだ。これは、

あなたも、自分を変えようと、本気で決意することができるか?

という問いでもある。私たちは今確かに苦しんでいるが、それは「私たち自身が生み出したもの」なのだ。社会制度を構築したのも私たちだ。「邪」や「魔」に力を与えているのも私たちだ。そして、すべての変化とは、自分を「傍観者」とせず、

自分も、変わらなければいけないんだ

と自覚し、決意しなければ始まらないのである。

私もいつも書いているようにまだまだ未熟である。生活費のやりくりに苦心し、人間関係に葛藤し、霊存在に苦しめられている。だが、そうした現状が容易には変わらず、相手が強いということを認めるということは、決して自分が負けると諦めることではない。私は今までいちども、

「楽勝だ」

と思ったことはない。しかし、

負けない

という想いをなんとか持ち続けてきた。そして、いつも自分の心と向き合い、守護霊とも対話し、「七号食」や「梅醤番茶」を実践し、からだをいたわることも心がけている。

そしてなにより、私はいつも多くのひとに支えられてきた。だからこそ、私はこうして生きていられるのだと思う。私たちがこれからどんな未来を想い描くにせよ、それはひとりでは実現できない。だから、私はあなたにも、私たちの「仲間」でいてほしいと願っているし、私もあなたの「仲間」でいたいと思っている。私たちは今、ともするとますます「孤立化」させられそうになっているかもしれない。だが、きちんと現状を認識し、相手の力を認め、そのうえで希望を持っていられたら、きっとあなたにもたくさんの「仲間の声」が届くようになるだろう。その先にはきっと、素晴らしい未来が待っている。私はあなたと一緒に、それを見てみたいと思っているのである。

なお、この話は後に書いた

本日8月15日は第2次世界大戦の終戦記念日である。だがこれはあくまでも、現在の日本における記念日でしかない。別の見かたをすれば、日本が連合国...

を読んでいただければ、いっそう理解していただけるのではないかとも思います。