ある印象的な夢を見たあとに起きたことと、これからの私の心構えについての記録

私は普段から、悪夢を見ることのほうが多く、いわゆる「いい夢」というものを見ることはとても少ない。だがそれについては自分なりに原因もわかっているので、

あなたは、昨夜の夢を憶えているだろうか? いい夢だった というひとや、 嫌な夢だった というひと、あるいは ...

今さら特に気にはしないようにしていたし、時間が経てば忘れてしまっていたのだが、つい1週間ほど前の夜に見た夢は、とても印象的なものだった。

 

それは私がどこかの屋敷にいた場面から始まった。しかしその屋敷じゅうには、とても獰猛で負の念に満ちた生物が押し寄せてきていた。私はその攻撃を振り払い、なんとか場を収めようとするのだが、多勢に無勢、ついにそのうちの1体が私の腕を噛んだのである。

私はそこで敗北を覚悟した。だが少しして、突如私の腕を噛んだ1体が炭酸のような気泡を発しながら美しい存在へと昇華したばかりか、それ以外の仲間たちも連鎖的に苦しんだあと、同じようにその姿を変えたのである。私は瞬間あっけにとられたが、これは私が噛まれたことで、その血肉が彼らの内部に取り込まれ、変化を促した結果なのだと認識したところで、私はその夢から覚めた。

 

私は目覚めてからもしばらくそのリアルな光景を反芻しながら、かつて守護霊に、

無傷では済まない

と言われたことを思い出していた。

それからの数日、私は激動の日々を過ごした。そして新たな出会いのなかで、私は予想もしない喜びと、同じほどの苦しみを味わうことになった。だがそれもなんとか乗り越えたと思っていたとき、この流れの集大成かのようなできごとが起きたのである。

その日、私がいつものようにパソコンを開き、メールを返そうとしたとき、うまく文字が表示されないことに気付いた。試行錯誤しながら原因を追及すると、キーボードの「O」、「P」、「0」、「9」がまったく反応しないことがわかった。そしてそのあとも、ついに復旧することはなかったのである。

これは私にとって、実際とても困った事態だった。今までにも電気系統に原因不明のトラブルを起こされるのは霊媒師として慣れてはいたが、今回唯一のパソコンを失わされることは、最もダメージが大きいように思われた。しかし私も冷静に考えてみると、このパソコンはすでに4年を超えており、私の使用頻度から見ても壊れて不思議だとも言えない。それに、今までにも少しずつ不具合は起きていて、その度になんとか対処していたのだが、

つい先日のことである。私は以前からときどきやるように、パソコンを手入れしようとした。データのバックアップを取り、本体全体を軽く湿らせた布で拭...

もうそれも積もり積もって限界に来ていたのだろう。

そして私は、新しいパソコンを購入することを決めた。いくら少しずつ積み立てておいた資金があるとはいえ、その出費は私にとって決して小さなものではなかったが、にもかかわらず私は自分の胸中がまだ比較的落ち着いていることに自分自身驚いた。そしてその理由を探ってみると、それは私がそのわずか数日前に見せられていたあの夢のおかげだと気がついたのである。

あの夢のなかで私は、腕を噛まれた。それはあのあと現実に起きた様々なできごとやパソコンの故障にも相通じるものがあるだろう。だが夢のなかで死を覚悟した私は、その危機が思いもよらないかたちで解決しただけでなく、むしろ喜びを深める結果になることを、見せつけられたのである。

だから私は、必要以上の負の念に苛まれることなく、失望から復帰することができた。そして今回もケガの功名として初めて、「スクリーン・キーボード」機能を知ったのである。実を言うと今この文章は、そのおかげで書いている。

さらに言えば私は今回すべてのデータを不意に失ったわけでもない。キーボードやタッチパッドが遣えなくても、時間さえかければ代用できるし、なんなら音楽だって聴ける。それにあと数日もすれば、新しいパソコンが届くことだろう。もしそれも壊れていたら?そのときは初期不良で対応してもらえばいいだけだ。

だから、今回私は改めて、問題への対処のしかたを学んだのである。というより、

問題は対処すればいいだけだ

ということを今いちど学ばされたのである。これがパソコンのもともとの寿命か負の霊団の妨害かということを必要以上に考えることもない。もともと負の霊団の妨害は今に始まったことではないのだし、パソコンが1年数か月で壊れるひともいる。ならば

「なにが起きても不思議ではない」

のである。

そしてこれは霊との関係性に限らず、私たちは守護霊の言うとおり、「無傷では済まない」。どんなことをしても攻撃してくるひとはいるし、こちらが精いっぱい手を尽くしても受け入れられないこともある。特にあなたが「少数派・革新派」であればなおさらだ。

だがたとえあなたにとって苦しみとしか思えない反応があったとしても、相手にはなにかしらあなたの「血肉」が入ったのだ。だからいずれときが経てば、あなたのことを思い出し、ひと知れず変わってくれるかもしれない。つまり、あなたの行動は、決して無駄ではないのである。

私も今回の体験を糧として、さらに成長していきたいと思う。だからあの印象的な夢と現実のできごと、それに今の気持ちを忘れないために、それをここに記録しておくことにした。そしてあの夢で特に印象的だったことのひとつは、

「変化が連鎖した」

ことだ。私の腕を噛んだのはたった1体だったが、そこから彼のすべての仲間に変化が波及した。そして、彼らはみんな素晴らしい存在に変わったのである。

それにもうひとつ大切なことは、

「傷はいずれ癒える」

ということだ。そして最後に残るのは、喜びだけだ。負の念はどこまで行っても有限だ。言うならば数の単位における「那由他」の世界である。それは確かに計り知れないほど多く見える。だが愛には敵わない。それは「無量大数」の世界だからだ。そして私たちの行動はすべて、未来につながっていくのだ。それを知っていれば、私の腕を噛まれるくらいいいとしようじゃないか?もちろん、痛いのは好きではないし、包帯くらいは巻くかもしれないが、致命傷にならなければ、それに仮に死んでもあとにその経験を活かしてくれるひとがいさえすれば、それでいいのだから。