負の霊団が私たちに影響を及ぼすときの「古典的な戦術」を知ってほしい

私たちは古代から現代に至るまでの間に多くの変化を経てきたし、同じ「日本」という枠組みのなかで見ても100年前と今の姿は大きく異なっている。しかし、実のところそこで生きる私たちの性質は、それほど変わっていないとも言える。これを端的に言い換えると、

「私たちの苦しみや悩みの原因は、どんな時代を経ても基本的にそれほど変わっていない」

ということだ。

そして、そこを突いて私たちを病みに陥れようとするのが負の霊団(曇り・穢れ・邪・魔)だと言える。これはそれと無意識的にでも意識的にでも手を結んだ肉体人にも言えることだが、彼らの影響力は今でも強大で、だからこそ私たちはなかなか喜びを見出だせずに生きているとも言える。

だが、私たちの悩みや苦しみの根本的な原因が変わっていないということは、そこを突く負の霊団のやり口もまた、言ってしまえば「古典的」だということだ。それはもちろんそれが「効果的」であるからなのだが、それに躍らされるのを望まないなら、まずは

「相手をよく知る」

ことも重要だ。

だからここで、相手の「代表的な戦術」を、いくつか紹介していこうと思う。

1:お前のやっていることは無駄だ!無意味だ!無価値だ!

まず初めに挙げるのはこれだ。これはつまり、自分のやっていることにはなんの意義もないと思わせる戦術である。それに嵌まると、私たちは無気力になる。そして、自ら今までの積み重ねを放棄してしまう。

2:こんなの、割に合わないんじゃないか?

これもよくある戦術である。それは私たちの「損得勘定」を刺激することによって、自分以外のことを考えさせなくする戦術でもある。。またこれは特に「短期的な損得」に眼を向けさせ、「長期的な視座」を持てなくさせようとしている戦術でもある。

3:いつまで耐えればいいんだろうねぇ……

これも短期的な視座を持たせるための戦術である。これは「現在の苦しみ」を「永遠に続くもの」と思い込ませる術であるとも言える。これにやられると、たとえあと少しでそのトンネルから抜け出そうとしていたとしても、それを信じることができずに投げ出してしまうことになる。

4:これはなんのため、誰のためになるんだ?

これは自分がやっていることの意義を見失わせる戦術である。これと併せて

4の2:こんなの自己満足なんじゃないか?

というのを差し込まれると、足元がグラつくことも多い。

5:結局はアイツに利用されてるんじゃないのか?

これは上とは対称的に、誰かに時間や労力を「搾取されている」という思考によって不協和音をもたらそうとするものである。その結果、表面的な「量」によって

5の2:私はこんなにしてやっているのに、アイツは怠けている!

というような思考に入らされれば、さらなる深みに堕ちることになる。

6:いいんじゃないのか?自分さえよければ

これは他者との調整や連携を図ることに疲れさせ、自分だけの狭い思考に入らせようとする戦術である。しかし実際には、自分さえよければと思って行動すると、最終的には自分すらよくない結果を生むのである。

7:ずっと前から、あなたのそういうところが嫌いだったのよ!

これはそのときその瞬間に思っている感情に対して、

「歴史を捏造する」

という戦術である。これによって、言われた側のダメージは数十倍に膨れ上がり、その修復はより困難になる。

また、

7の2:初めて会ったときから、あなたは気に食わなかったのよ!

というのも、この亜流であると言える。

8:これが私の本音だったのよ!

「本音」というのはそれほど固定的なものではない。しかしこう言うことによって、それに相反する事実や積み重ねはすべて霞まされることになる。そしてこの戦術が厄介なのは、これによって言っている本人も、

今まで言えなかったけど、これが私の本心だったんだ……

と思い込まされるところにある。これは

8の2:ずっと我慢してきたけど、今こそは言わせてもらう!

というような言葉とも共通した性質である。

9:うるさい!

これは単純だがとても強い力を持つ言葉である。これを言われてしまうと、そこに話し合いの余地がなくなる。また、これを言われることを恐れて、誰もあなたになにかを言えなくなってしまう。そうすると行き着くところは、「孤独」でしかない。

10:私の気持ちなんて、あなたにはわからないでしょ!

これはある面では反論しようのない真実である。だからとても厄介なのだが、これは相手の「わかろうとする気持ち」や「寄り添いたいという想い」を拒絶する言葉である。そして

確かに、まったく同じ存在はいないが、共通点はある

という事実を見えなくさせる戦術である。こうなると私たちは、根源的に砕かれてバラバラになるしかなくなってしまう。

細かく言ってしまえばまだまだあるが、ここではひとまず代表的な10項目を挙げてみた。なお、これは今後も必要があれば追加するかもしれない。

だがこれは結局、同じ方向に向かわせるものだとわかってもらえるはずだ。それは「孤独にし、疑心暗鬼で潰し合わせ、無力感で自滅させる」という方向性であり、最終的には「自殺」あるいは「死んだように生きる」か「自暴自棄」にさせられていくのである。そしてその結果が、9割以上のひとが病んでいる現代であり、今の私たちの世界の姿なのである。そしてそこで、負の霊団が歪んだ笑いを浮かべている。

ここで改めて確認しておきたいことは、霊存在(エネルギー)というものは私たちの「思考」から入り込んで、私たち個人やその集合としての世界に影響を及ぼそうとしているということだ。だから自分に「霊感」があるとかないとかはいったん脇において、自分の「思考」を確かめてみればいい。いかに多くの場面で、こういった思考に影響されているかがわかると思う。

では私たちはどうすればいいのか?まず大きな方向性としては

孤独にし、疑心暗鬼で潰し合わせ、無力感で自滅させる

という戦術で攻めてくるなら、こちらは

想いを共有し、素直に話し合い、自分の意志を確かめ続けて諦めないでいる

という姿勢を持てばいい。

それは相手が

目先の損得を考えさせ、今すぐ見える結果がないと言い、捉えどころのない不安を持たせようとする

のに対して、

長期的な視点を持ち、蒔いた種が芽を出すまで待ちながら育て続け、具体的な課題としてできるところから対処する

という軸を持ち続けるということだ。

また、こういった相手の思惑に対応する具体的な方法は、これは今までの文章にも書いてきたと思うし、これからの文章にも書いていこうと思うが、前提として

「近道はない」

ということを肝に銘じてほしい。だからこそ私たちは途中で諦めたくなってしまうのだが、あなたのやっていることは、あなたの存在は、決して無駄ではないのだ。

そして今回書いたようなことは、私が霊媒師として、今まで山のように言われ続けてきたことでもある。多くのひとは

「無意識のうちに思考に入り込まれている」

というわけなのだが、私の場合はこれを

「より直接的なかたちで感受する」

からである。それは決して楽しいことではないのだが、それに私は具体的に反論してきた。だからあなたも、自分に与えられているこのような思考・想念に対して、自分ならどう反論するかを考えてみてほしい。私たちは今まで、見えないところから静かに操られ、笑われてきたのだ。だからもちろん、私は霊存在からだけではなく、目の前のひとの行動からこうした想いに嵌らされそうになったことも多々ある。そうなったとき、負の霊団はいつも拍手喝采で私たちを笑っているのである。

そしてなにも知らずに笑われてきたひとが、今度は死んで真実を知ると、そんな自分の「仲間」を増やし、「自分の正当性」を保ち、

苦しめられていたのは自分だけではなかった。だから、自分は変わらなくていいんだ。だって見てみろ、世界はいつだって変わってないじゃないか?

と言うために、自ら負の霊団の一員となってきたのだ。こんな哀しい事態が今でもそこらじゅうで起きているのである。しかしそんな「負の連鎖」はもう終わらせなければならない。というより、私は、終わらせたいと思っている。

だから、私たちは相手が霊存在でもひとでも関係なく、話し合えばいい。想いを共有すればいい。そしていつも自分を省みて、こう言えばいいのだ。

私は、喜びとともに生きていきます。変わっていきます。だからその想いを共有できない存在、私のその意志にそぐわない存在、私を苦しめようとするような存在は、離れていってください。そして私は、一緒にお互いの喜びを深める存在とともに歩んでいきます。守護霊さん、みなさん、力を分け与えてください。そして一緒にその喜びを、育んでいきましょう。よろしくお願いします

大切なのはいつも、なにを選ぶかだ。それは霊でも肉体人でも変わらない。そのとき必要なのは「根気」と「意志」だ。相手には相手の<意志>があり、執拗にこちらの意志を折ろうとしてくるからである。そしてもちろん私も、自分の心を振り返り、できることはしようと思いながらも、いつでもあなたを待っている。そう、喜びの連鎖を生み出す最初の一歩を踏み出すのは、あなたなのである。

コメント

  1. だれか より:

    負の霊団の戦術、、、
    人がネガティブになった時に思う事ばかりですね。

    私は負の霊団の姿が、見えも聞こえもしないので、
    この話を聞くまでは、ネガな考えは自分自信の価値観であり、
    自分の中から生まれてきたものだと思っていました。

    友人には、ネガティブだと怒られるし、
    現在付き合ってる人は、私の3倍ネガティブなので今度は私の方がイライラしてしまいます。

    なので、Dilettanteさんが実際どんな風に聞こえているのかが気になります。

    良い考えやアイディアならば、どんどん湧いて欲しいのですが、
    凹むようなネガティブや、混乱するような発想ばかり浮かぶので、
    霊団の勢力は相当強いと思われます。

    よく、「悪い霊を引き寄せるのは、自分の波長のせい」という言葉も聞きますが、
    やっぱり自分の低い想念がこういうものを引き寄せているのでしょうか。

    でも、根気と意志で乗り越えるしかないんですね。

    • Dilettante より:

      だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうですね、このサイトの初期に書いた「あなたの『思考』はどこから来るのか?」や最近の「この世界の現状が『霊的無法地帯』だとわかりさえすれば、それを打破する方法を、あなたはもう知っている」にも書いているように、一般的に「私の考え」と呼ばれているもののなかには、家族や学校で入れられた思考の枠組みや、コマーシャルなどの影響が多々含まれているのは間違いなく、本当はそこに「霊存在」の想念・思考も影響していることを真摯に捉えれば、「私の考え」というのは「私が受信した考え」にすぎないということがわかるはずです。

      そしておっしゃるとおり、現代のほとんどのひとは負の念に絡め取られがんじがらめになっているような状態で、それが個人だけでなく社会全体を覆っているからこそ、今のような「生きているだけで病んでいく」ような状態ができているわけです。
      それは真実を隠されたことによって守護霊との関わりを絶たれ、負の念ばかりを増幅された結果としてはむしろ自然なことだとすら言えます。

      ですから今の私たちには、「思考を自らの意志によって選びとる」という「訓練」が必要なのです。
      そしてそこに根気が要る理由は、相手には相手の意志があるのですから、いちど言ったくらいでは引き下がらないからです。
      さらには先に行けば行くほど相手も必死になってくるので、こちらもいつも想いを深めていかなければ、またすぐ崩されてしまいます。

      私の場合は端的に言えば、

      「死ね!消えろ!」

      と露骨に言われることもあります。イメージとしては耳元で叫ばれる感じです。
      かと思えばここにも書いたようなことをスッと「差し込まれる」ようなこともあります。

      ですから相手も「さすがのプロ」なのですが、大切なことはそれに影響されることについて自分を責めないことです。
      私たちの「弱み」を完全になくすことはできません。
      ですが「影響を小さくする」ことはできます。
      そしてどんなに執拗であっても、最後に通るのは私たち「主体者」の意志です(こうした認識はたとえば「負の念が湧くのを責める必要はないが、それを言動や行動に移さないことが大切だ」にもまとめました)。

      だからこれからも、一緒に想いを共有しながら、支え合いながら、生き抜いていきましょう。
      よろしくお願いします。

  2. だれか より:

    返信、ありがとうございます。

    そうですね。
    夢や希望や意志、私らしさを潰し、無力感を強くさせたのは、
    いつでも周りの大人達であり、社会に蔓延する偏見に満ちた価値観でした。

    そして、いつしか自分でも、自分のダメさを繰り返し唱えるようになり、
    みごとに無力人間に教育されてしまっていました。

    でも「ネガティブは自分の考えじゃなく、すり込みや負の霊団の影響なんだ。」
    という事に気付けば、ネガに深くは埋没せずにいられそうな気がします。

    こういう大切な事は、親も学校も社会に出ても教えてはくれません。
    教えるといっても、そもそも誰も知らない考えだとも思います。

    本当にポジティブで前向きに、人生を選び取って生きてる人がいかに少ないかが分かりますね。

    またネガに落ちそうになったら、この事を思い出したいと思います。
    ありがとうございました。

    • Dilettante より:

      ええ、おっしゃるとおり、これはとても大切で、基本的なことでもあると思うのですが、単に「知らない」というだけでなく、「言っても信じてもらえない」というのが現状だろうと思います。

      そんななかで数あるサイトや情報のなかから私を見つけ出し、関わり、信じてくださったこと、とても嬉しいです。
      ありがとうございます。
      私もまだまだ未熟者ではありますが、この認識や理解が少しでもあなたの人生を喜ばしいものにする手助けになることを願っています。

      そしてまたいつでも、遊びに来てくださいね。
      今後ともよろしくお願いします。

  3. なすび より:

    あぁ、読んでいて心に染みました。

    まさに今の私はこのような思いと闘っている最中です。

    絶対に負けたくないです。

    幸せになりたいし、周りの皆も幸せになって欲しいし、この世をもっとよくしたい。

    そのために生まれてきたんじゃないか。それが存在の目的なのではないか。

    私の愛読書、”シルバーバーチの霊訓”にも霊が人間の思考に及ぼす影響は思っている以上に大きいということが書かれていました。

    記事でおっしゃっているとおり、この道に近道はありませんね。

    明日からもまた頑張ります。

    倒れても倒れても立ち上がり続けていくしか選択肢はないし、それを積み重ねていくことがまた生きる目的なのかもしれない。

    • Dilettante より:

      なすびさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうですか、やはりこの「古典的な戦術」は、かなり普遍的なものなのだなぁと改めて思います。

      そしてそれはこの戦術の「強力さ」を示しているというわけで、私自身も何度もこうしたものに苛まれてきましたが、あなたと同じように、私も「倒れない」ことよりも「乗り越える」ことのほうに意識を向けることで、なんとか今も生きています。

      ただこれは自分に向けて言っていることでもありますが、ときには「立ち上がる」ことにだけこだわることもなく、「寝転がる」のも悪くはないかなぁと、そう思っています。

      今を見上げるあなたの心に、静かな暖かさが宿っていますように。