「ほとんどのひとにとって、真実とは毒でしかない!」と彼は言った

昨日、私はかなり強力な霊と対峙していた。だからその記憶が少しでも鮮明なうちに、ここに記録しておこうと思う。彼は闘いのなかで、とても多くのことを私に語ってくれた。そしてそのなかでもひとつの核心を成しているのが、この発言だった。

ほとんどのひとにとって、真実とは毒でしかない!

彼は私に、こう言い切ったのである。

まず最初に、相手の彼の言葉を列挙してみることにする。彼は私に、このように告げた。

お前はひとびとに真実を伝えることが、ほんとの意味で相手のためになると、相手が生きる気力を取り戻し深めるための必要な力になると、なんの疑いもなく信じているのかもしれない。でもな、それは間違ってるんだよ!実際にはほとんどのひとにとって、真実とは毒でしかない!

そして、このような例を挙げながら、こう言ってきた。

たとえばな、自殺したいと思ってるヤツらは、「自殺したら無になれる」と思ってるか、あるいはせめて、「自殺したら今よりラクになれる」と思ってるから、自殺できるんだ。なのにお前が、自殺したらどうなるか、自殺しても意識は残り、自殺して喪った可能性や、勝手な思い込み、それに遺されたひとたちの哀しみをまざまざと見ることになるっていう、その「真実」を伝えることが、ほんとに「相手のためになる」と思うか?あいつらは、死にたいんだ。そしてそのためには、真実を知らないほうが都合がいい。それなのに、お前が真実を伝えることは、そいつらを追い込むことになる。だってそうだろう?お前には、そいつらに自殺を決意させた原因や環境を、直接改善してやることはできない。それなのに、お前が真実を伝えたせいで、相手は「逃げ道」を塞がれてしまう。それがほんとに、相手のためになってると言えるか?

それにな、たとえお前が真実を伝えたり、守護霊たちの言葉を伝えたりして、その瞬間、その数か月数年は、自殺を思い留まらせたとするよ。でもな、そこから数年、10年20年と生きていく過程で、そいつらには必ずまたそのときどきの苦難が訪れる。しかもお前は、今後その社会がどれほど大きく変わっていくか、わかってるだろう?その苦難は、かつて自殺を決意したときの苦しみより、もっと大きくて深いものになるかもしれない。そのときに、あいつらはこう思うだろう。「こんなに苦しい想いをするなら、あのとき死んでいればよかった」ってな!そしてそのとき、自殺を止めたお前は必ず恨まれる。それがたとえ逆恨みだとしても。逆恨みをしない人間なんかいないんだからな!

闘いのなかで自省を続けながら様々に思いを巡らす私に、彼は、さらにこう続けた。

しかもな、お前は根本的に勘違いしている。今の世のほとんどのひとは、別に「生きてるのが楽しい!」とか、「もっともっと生きていたい!」なんて、まったく思ってない。だけどだからって自殺しても、なんら解決にならない。そしてそれは、本人も薄々は気づいてる。だけどな、「自殺する」ことは確かに「最大の禁忌」のひとつだし、守護霊たちにだって叱られるだろう。けどそのなかでも、「寿命を縮める」ことは、充分に許容されてる。そりゃあ決して「褒められたこと」じゃないかもしれないが、少なくとも自殺よりははるかに、まだ許容の範囲内だ。なのにお前は、「肉を食べるのは避けたほうがいい。魚もできれば摂らないほうがいい。たばこの害はもちろんのこと、お酒も飲み過ぎには注意して」なんて、そんなことを伝えたりする。でもな、じゃあ「長生きしたくない、自殺は嫌だけど寿命は短くていい。老いる前には死んでしまいたい」なんて思ってる大多数のひとたちから、「合法的に寿命を縮める手段」まで塞いで、それでお前は、ほんとに「相手のため」になることをしてるって、そう思ってるのか?

彼の語気は、ときどき強まりはするものの、基調としては一貫したものであり、そこには少なくとも彼なりの、「信念」が底流していた。だからこそ、彼はとても強く、語り口は明瞭だった。

結局ひとは、「自分の好きにやった」という感覚があるときに、最も喜ぶ。逆に、「自分が言いたいことを言わせてもらえなかった。したいことをさせてもらえなかった。自分が選びたくないものを、誰かに選ばされた」ということは、必ず不満として残る。たとえ誰かの助言に従ってした「選択」が、自分が選ぼうとしてた選択肢より、総合的にはるかにいいものであったとしてもな!お前が誰かの行く道の先から痛みと苦しみを取り除き、藪を払い、獣道に陥らないように手を尽くしたとしても、相手はその「結果」を、「最初から自分が受けるべき、当たり前のもの」として受け取る。そしてあいつらは、自分が最初にしようとしてた選択が、いかに危険なものだったのかに、気づくこともない。ひとは、「受けずに済んだ痛みの量」を、知ることはないからだ。推し量る気もないのだからな!

だからお前がどれほど親身になろうと、あいつらがお前に感謝するのはほんの一時だけだ。それだけじゃない。あいつらがそのときはどれほど納得しているように見えても、そのときは一切反論しないとしても、その先になにか困難があったとき、それが数年後だろうが数十年後だろうが、相手はお前に必ずこう言う。「あのとき私の思う選択をしていたら、今とは違うもっと素晴らしい未来があったんじゃないかって、私はそう思わずにはいられないんですよ……」ってな!こんな体験、お前も何度もしてきただろう!

そして彼は、ひとつの「結論」として、私にこのように語ったのである。

だから、それぞれのやりたいようにやらせてやれ。自殺したいヤツには自殺させたらいい。肉を喰いたいヤツには好きなだけ喰わせ、たばこを吸いたいヤツには吸わせたらいい。そしてなんなら、こう言ってやればいいんだ。「自殺したいのなら、それだけはやめたほうがいいですよ。ただその代わり、今からできるだけたくさんお金を借りて、そのお金で好きなことをしてください。この際海外にでも飛んだっていい。そしてできる限り逃げ続けて、逃げ切れなくなったら……そしたらね、運がよければ、あなたは彼らに殺してもらえますよ。闇金融業者なら、うまくやればそのくらいしてくれるでしょう。あるいはメキシコとかホンデュラスみたいな国に行って、お金を見せつけたまま夜にブラブラ徘徊したっていい。結構な確率で、あなたは殺してもらえると思いますよ?そしたらあなたは、『自殺の罪』からも逃れられるし、そのうえできるだけの想い出を作って、さっさと死ねる。これって、最高じゃないですか!」

これが最も、「現実的なアドバイス」だろう?それに俺は実際、なにかがまかり間違って、今のこんな世界に生まれてしまったら、そしてどうしようもなく追い詰められたら、自分でもこうすると思うぜ?だからこんなに「親身な」助言はないんだ。なのにお前は、真実なんかを伝えようとする。でもな、この世はめちゃくちゃだ。俺もお前も、俺たちはみんな醜くて歪んでる。なのにそんな「真実」に向き合わせてやることがしあわせか?ひとは裏切る。想いは誤解される。みんなプライドを棄てられず、我を歪められたら永遠に根に持つ。これが真実だ。ここにひとつの例外もない!だから、お前がやっていることは、真実を広め力に変えさせようとすることは、ほんとには、毒でしかない。お前は善意かもしれないが、その実とても残酷なことをし続けてるんだよ!

そして彼は、静かにこう言った。

だってそうだろう?そうじゃなきゃ、お前のやってることがほんとに価値あることなら、なんでこんなにも多くのひとに妨害されるんだ?お前がほんとに「いいこと」をしてるんなら、お前はもっと多くのひとに支えられ、応援され、護られるはずだろう?だけどお前は、実際には霊にもひとにも恨まれ、疎まれ、理解されてない。そして誰と一緒にいようがいまいが、ほんとうには満たされることはない。それにお前は、ある意味では俺よりも苦しそうだ。だからお前に、この世界は合ってないんだ。

そう言うと彼は、私にこんな「提案」を、持ちかけてきたのである。

だけどな、そんなお前に、俺から提案がある。俺と全力で、闘え。お前は肉体に影響が出すぎないよう、力を抑えてるよな?でもそのすべてを、解放しろ。そしたらお前のからだは、たぶん心筋梗塞か脳卒中を起こして、滅びるだろう?そしたらお前は、自殺をすることなく、合法的にからだを抜けられる。それに、「攻撃を仕掛けてきた霊と闘うために、全力を尽くして死んだ」なんて、霊媒師にふさわしい、華々しい最期じゃないか!それに、実際そんなふうに死ぬヤツらは、年間100万人以上いるじゃないか?だってそうだろう?「自殺者」っていうのは、「生きようと全力を尽くしたけれど、負の霊の唆しとの闘いに敗れ、その思いに呑み込まれたひとたち」なんだからな!

だからお前が、俺に抵抗するために死力を尽くして死んでも、誰もお前を責めやしないさ!そして俺は、たとえお前が霊になっても、お前との決着がつくまで、闘い続けてやる。ある意味では俺なら、ずっとお前の相手をしてやれる。それにお前だって、ずっと俺の相手ができるだろう?だってお前は、それだけの力を持ってるんだから!だからもう、早く、死ね!

彼は本当に、強かった。そして昨日、私はいろいろなことが重なり(これも「重ねられた」と言えるといえば言えるが)もともと弱っていた。そして私の少なくない部分が、彼の発言にも一理あることを知っていた。そうなのだ、私がどんな負の霊のこともただ「除霊」することを選ばないのは、私が「優しい」からではなく、相手の想いに、少なからず共感するからだ。そしてだからこそ、私自身が誰よりも、彼らのことを、知りたいし、聴きたいし、理解したいのである。

しかし私は、彼のすべてを受け止め、あらゆる意味において心を動かされながらも、自分の内奥を見つめ、彼にこう伝えた。

それでも私は、今死にたくはない。あなたの言うとおり、私のしていることがほんとにはなんの役にも立たない、むしろ逆効果なんだとしても、そしてその可能性を、私自身が見据えているとしても、それでも、だからこそ、私は今死ぬ気にはなれない。こんな日が最期の日だなんて、私は嫌だ!

なぜなんだ?この世界のどこに、そんな固執に値するものがある?この世界は複雑すぎる!だが闘いは単純な真実だ。痛みを避け、生き延びることで刹那の喜びを得る。そこに世界のすべてがある!俺たちがそれぞれ違う存在である限り、意見の対立はなくならない!そして「話し合い」とは、「両者の力が拮抗していて、闘うと双方に無視できない痛みが生じるとき」だけ意味を持つ、「戦争の代理手段」にすぎない!だからこの世界の本質は、この先も永遠に変わらない!闘いこそが、最も素朴な、世界の真実だ!

こう言う彼を、私はやはり全否定することはできなかった。しかしそれでも、私はこう言った。

それでも、死んだらそこで終わりだから。同じ人生には2度と戻れず、「あり得た未来」をリロードすることはできない。でも生きていたら、今日が最悪の気分でも、明日は少しは、よくなるかもしれない。もちろん、もっと悪くなるかもしれない。でも「もっとよくなる可能性」も、そこには確かにある。だけどその「可能性」は、死んでしまったら、ゼロになってしまう。だけど今はまだ、ゼロじゃない。生まれるということは、「最前線で未来を創る役を担うことを志願する」ということ。そしてその「『ゼロではない可能性』に、懸ける」ということ。だからこの世界をただ外野から眺めているだけのあなたには、今を生きていないあなたには、それを選んだあなたには、この「価値」はわからないでしょうね。もしそこに価値を見い出していたらあなたは私と一緒に、ここにいるはずなのだから。

だけど私は、たとえわずかでもその可能性が残っているのなら、諦めたくない。だから、まだ生きられるうちは生きて、私なりに考え抜いて、私なりの最善を尽くす。だから私は、今日ここであなたに殺されるわけにはいかない!

そこから、闘いはさらに続いた。それは最終的に何時間にも及んだが、はっきりとした「決着」は、ついにつかなかった。つまり私は、彼を浄霊しきれず、一方で彼も、私を殺せなかった。そのためこれは「痛み分け」となり、彼は、私から去っていった。

しかし今私は「浄霊」とは言ったものの、彼はある意味では、「負の霊」ですらないとも言えるかもしれない。彼は私たちの「不幸を願っている」わけでも、「しあわせを阻もうとしている」わけでもなかったのだと思う。しかし彼は、諦め、絶望していたのだ。そして、どうしようもなく苦しんでいた。だから私は、本当は、その苦しみを取り去ってあげたかったと、そう思っている。

そして今、私は彼の言葉を何度も思い返している。そしてやはり、彼の言葉には、深い「信念」があったことを思う。そしてそれは、私のそれと、本当はそれほどには違わないのだ。だから私は、今も彼の言葉の「重み」を、噛み締めている。

だが私は、やはりこれからも、私なりの真実を、伝えていこうと思う。それが「おせっかい」だろうが「逆効果」だろうが、私には、そうするしかないのだ。なぜならそれが私にとって、

「総合的には、最も後悔の少ない道」

だからだ。

今まで読者の方々や実際の顔見知りにも、私は何度かこんなことを言われたことがある。この世で起こることはすべて「本人の学び」として与えら...

そして「真実」とは、ある意味では、

「自分にとって、真の意味で、最も深い安らぎと、喜びを与えてくれるもの・考えかた」

だと言ってもいいと思う。だからもし、私の提示しているものと違うもののほうが、あなたにとって深い安らぎと喜びを与えると言うなら、それをあなたの<真実>とすることを、私は止めないし、止められない。それに私の「真実」が、すべて「正しい」というわけでも、もちろんないだろう。

先日、と書いた。そこでも書いたことだが、あなたも必ず持っている真実を知りたいという想いを改めて自覚し、それを...

それに自殺にしろなんにしろ、私と違う意見を表明しているひとも、山のようにいる。だから、そのどれをどう信じるかは、あなたに委ねられているのだ。

だが私はただ、あなたにしあわせでいてほしい。今のあなた自身がそう思えないとしても。それなら私は、あなた以上にあなたのしあわせを願っていると言える。それがたとえ「おせっかい」でも、「逆効果」でも、私はそういう存在なのだ。

「そういう存在でいることを、選んだ」

のだ。だから私は、その願いが叶うことを、いつも心から願っている。この「選択」を、私は後悔していない。そして私は、今日もあなたと一緒に生きていられることを、とても嬉しく思っている。これが私の、確かな真実である。

コメント

  1. MELVA より:

    こんばんは

    拝読していて、
    対峙した御霊が私には
    かの有名な岩窟王をイメージしていました。業火のように激しい怒りと憎しみ、哀しさを持つ
    硝子のように繊細なひとを。

    大変な御霊と向き合われたんですね。
    御対峙し生還(と言っても良いのか)されたこと、ひとまずホッとしています。

    読みながらヒリヒリとした痛み、簡単には癒えることのない哀しさを
    「彼」の文から感じました。

    彼の云わんとすることも
    真実の一つでしょう。
    でもそれだけじゃないと。
    それだけじゃないのだと。

    人は本当は 何処までも深化し
    創造の造り主そのものとして
    宇宙をこの星の上でも生きていける
    そうやって存在できるということを、
    言葉だけじゃなく内なる場所から体現して
    私自身生きていきたい。

    そう思わせてくれたから、
    Dilettante様の成せる思いも
    また真実で、無駄なんかでは
    決してありません。

    一読者の夜更けの呟き成

    • Dilettante より:

      MELVAさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      ええ、私もまずは彼の言葉を、しっかりと受け止めたいと思います。

      ですがそれを心に留め置きすぎてしまうと、葛藤や迷いが生まれてしまうのも、また事実です。

      結局のところ私もまた、「真実」を追究している最中の(これに終わりはないのですが)、一存在に過ぎないからです。

      ですがそんな私に、あなたが伝えてくれる言葉も、そこに込められた想いもまた真実で、それは確かに、私にとって大きな支えとなりました。

      ありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願いします。