「肉を喰うなら、せめてその意味を知って喰え!」。ある豚が切実に訴えてきたこと

「肉を食べる」ということは、私たちにとってどういう意味があるのか?これはとても多様な観点から捉えることができる問題でもあり、だからこそ私も今までに、いろいろな考えを巡らし、ここでも共有してきた。

あなたは、「菜食主義者」と聞くとどのようなイメージを持つだろうか? 信仰者、アレルギー体質、動物愛護家、あるいは、偏執者……。日本人の多くは...
先日私は読者の「さい」さんからいただいたメールを受け、それに対する私なりの見解をまとめてみた。 だが、そのとき 「植物、...

しかしこのように私が書いてきたことというのは、あくまで「食べるほうの立場」である私の考えである。私自身は現在玄米菜食者であるとはいえ、「食べるか食べないかを選べる立場にいる」ことに変わりはない。

だが、これは本来は、食べられるほうの立場」の存在にとってこそ、より切実な問題であることは疑いようがない。それに、食べられるほうの立場には、「食べられるか食べられないかを選ぶ権利」というのは存在しない。だから、私たちはその意味で明らかに相手と「対等」ではないのだ。

だがだからこそ、私たちは、私は、彼らの言葉に耳を傾ける必要があると思う。そして実際、私は今までにも多くの動物と対話してきたが、そのなかでも数年来の付き合いとなる「彼」との出会いは、私にとってとても衝撃的なものだった。この「衝撃」はあなたにとってもいろいろな意味で大きなものになるかもしれないが、私は今回これを、ここであなたとも共有したいと思う。

その彼というのは、豚である。そして彼はそのとき生身でいたのではなく、既に霊であったが、彼が最初私と出会った当時、全身が怒気に満ちて言葉と想いがとどまるところを知らないといった感じだった。それは今となってはだいぶ落ち着いてはいるのだが、それでも彼のなかの「激情」とその本質が衰えたわけでは決してない。しかし今回は「文字」というかたちでお互いにひと呼吸置いて交流できる場でもあるし、あなたにも彼の言葉を聴き届け、そこからなにかを感じていただければ、それは私にとっても、大きな喜びである。

 

俺の気持ちをこういうかたちで書くのは初めてだけど、この機会が与えられたことは嬉しく思ってる。ただ今回は、俺もあんたのことを知らねぇし、お互い顔も見えねぇ。あんたがどのくらい肉を喰ってるのかも知らねぇし、菜食主義者をずっと貫いてるのかもしれねぇ。そもそも霊の存在なんてものや、動物の意識なんてものすら、信じてねぇかもしれねぇ。

だけどな、今のあんたがどんなひとで、どんな生きかたをしてるとしても、俺は俺なりにあんたに対して、改めて言っておきたいことがある。それは、

肉を喰うなら、せめてその意味を知って喰え!

ってことだ。

 

これは食べものとか摂り込むもの全般に言えることで、別に肉に限った話じゃないが、まず「食べる」っていうのは、「エネルギーを摂り込む」ってことだ。じゃあ次はその「エネルギーの質」が、当然問題になる。じゃあ肉を喰うっていう場合、そのエネルギーってのはどんなものか?そう考えるとそこには当然、

「哀しみ、怒り、理不尽さ、虚しさ……」

なんてものが染み込んでると思うよな?じゃあそんなエネルギーを直に喰らったら、あんたにもその影響が強烈に染み込むのは、当然のことだよな?これってどっからどう見ても、当たり前のことしか言ってないよな?

ただそりゃあなかには、あんたら人間で言えばたとえばガンジーみたいに、たとえ自分が急に殺されたって、

いいんですいいんですよ、私はあなたを赦します

なんて、言えるやつもいるかもしれない。実際牛にも豚にも鶏にも、どんな動物のなかにだって、そんなのはいるよ。なかにはな。

だけどさ、ガンジーみたいな人間もいるけど、あんたはたぶん、ガンジーみたいにはなれないだろ?俺もそうだよ。だからさ、ブラブラひと混みをさまよってたってガンジーみたいなのにはそうそう会えないのと同じで、あんたがスーパーの肉をどんなに選んだつもりでいたって、そんな「聖豚の肉」に当たるなんてのは、ほとんどありえねぇと思ってたほうがいいと思うぜ?

どんなものでも、まずは普通に、一般的に考えてみることが基本だろ?だから、そんな「普通の考え」で言えば、そんなふうに、哀しみ、怒り、理不尽さ、虚しさ、もっと言えば恨みみたいなものが籠もってるものを節操もなく馬鹿喰いしておきながら

俺っていつも、なんでかイライラしちゃうんだよなぁ……

なんで私がこんな病気になるんですか!?

なんて言うのは、バカにもほどがあると思うんだよ。自分でも、そう思わないか?

 

ただ俺は、あんたに

肉を喰うのは絶対にやめろ!

なんて強制してるわけじゃねぇ。俺は最初から

肉を喰うなら、せめてその意味を知って喰え!

って言ってるだけだ。それが俺の、「せめてもの願い」なんだよ。

そもそも動物界には、

「弱いヤツは、強いヤツに好き勝手にされてもしかたがない」

っていう「鉄の掟」がある。これはある程度は「諦め」でもあるけど、これを受け入れなきゃ、この世界では生きていけねぇ。だから俺も、これに異論はねぇんだ。

だから、俺たちより強いあんたら人間が、俺たちのいのちをどう扱おうが、俺たちにはそれを止められない。っていうか、その力がない。だからそれは、しかたねぇんだ。だけどそれは、「それに心底納得してる」っていうのとは、まったく違う。あんたらにとって、俺は肉だ。でもそんな肉にだって、想いはある。そしてそれを喰らうなら、その想いごと摂り込むことになる。俺たちを喰うって言うんなら、せめてそれくらい、わかっててやってくれよ。あんたらは俺より、アタマがいいんだろ?

あとな、こういう話をすると、

私は肉を食べるとき、心から感謝して食べてるんです!だからそんなに、怒らないでください!

なんて言うひとがいるけどさ、じゃあそんなあんたに俺が、

俺、めっちゃくちゃ感謝するからさぁ、あんたの右足首喰っていい?マジで大切に味わって食べるからさぁ!だってすんげぇ、おいしそうなんだもん!

あんたの赤んぼうの目玉、すげぇうまそうだなぁ……。俺さ、これを食べたら絶対に長生きできそうな気がするんだよ!だって考えただけで元気出てくるもん!なぁ、毎日感謝の手紙を送るからさぁ、目玉1個くらい、喰わせてくれ?

って言ったら、喰わせてくれるのか?そうじゃないと、話が合わないよなぁ?でもあんたは、そうしないだろ?それって結局、あんたが俺たちを、俺を、

「自分と対等だとは、思ってない(思う気がない)」

ってことだよなぁ?

確かにあんたらは、俺より強い。それに数が多いし、いろいろできる。でもだからってあんたらは、俺よりえらいのか?なんでお前らが、「万物の霊長」なんか名乗ってんだろうなぁ!ほんとは絶対俺たちのほうが、もっと周りに配慮した調和的な暮らしを、できると思うんだけどなぁ!

 

でもあんたらだって、ほんとは気づいてて、怖がってるんだろ?

もし自分たちより圧倒的に強力な種族が現れて、自分たちを攻撃したり、喰い始めたりしたら……

ってな。だから『進撃の巨人』とか、『テラフォーマーズ』とか、そういう作品だって生まれ続けるんだろ?そんで、自分たちを圧倒的に蹂躙する相手に、あんたたちが思うことが、

駆逐してやる!この世から……一匹残らず!

だって言うんなら、それと同じことを相手から思われても、そしていつかそれが実現したとしても、文句は言えないってことだよなぁ?

 

でもな、こう言うと今度は、

じゃあイヌイットのひとたちみたいに、肉を主食とする以外に生き延びられない環境のひとはどうするんですか!

なんて言ってくるヤツもいるんだよな。でもさ、そうやってなんでもかんでも一緒くたにして、なにが楽しいんだ?確かに、肉を喰わざるを得ない環境のひとたちもいるだろうさ。だけどそんなやつほど、狩りのときどれだけ礼節と祈りを持って接するか、あんたらは知らないのか?それに少なくとも、今日本でこれを読んでるようなあんたらが、「肉を喰う以外に選択肢がない」なんてこと、ほんとにあるのか?「選択肢がない」ってことと、「選択肢がないふりをする」っていうのの違いを、意図的に無視したりなんて、やめてくれよ!

 

いろいろ一方的に言ってしまったし、俺は優しくねぇし、あんたに優しくしようとも思えねぇ。でもな、それはそもそも

「今こうしている間にも、俺と同じ豚たちが、それにあらゆる動物たちが、あんたらに殺され、喰われ、哀しみ続けてる」

って現状があるからなんだよ!それに俺は、ただ闇雲に攻撃してるわけでも、愚痴ってるわけでもねぇ。俺は今、

「言うべき相手に言うべきことを、正しく伝えてる」

はずだ。だってそうだろう?俺よりも、他のどんな動物よりも圧倒的に強いあんたたちだけが、この現状を変えられるんだから!

 

それに、あんたたちは本来、俺たちよりずっと「先輩」なんだぞ?あんただって豚だったり、牛だったり、ネズミだったりしたことがあるはずだ。それなのに今のあんたがやってることは、まさに

「かつての仲間殺し」(共食い)

じゃねぇか!頼むよ!なんでもかんでも

そんなことは知らない!忘れた!聴きたくない!

で、終わらせないでくれよ!それに俺だって、いつかは人間に生まれ変わる日が来るだろうさ。そのときに、なにも知らずに共食いしたり、めちゃくちゃなことを笑ってやるようなやつになりたくないんだよ!だから頼むから、ちゃんと事実を受け入れて、ちゃんと変えてくれよ!俺は先輩であるあんただからこそ、心から本気で、頼んでるんだよ!!

 

だから、俺だってほんとは、

今すぐ肉を喰うのをやめろ!もっといのちを大事にしろよバカ野郎!!

って言いたいさ。でもそんなこと言ったって結局「力」を持ってるのはあんたのほうだ。だからせめて、

肉を喰うなら、せめてその意味を知って喰え!

って言ってるんだよ。でもほんとはさ、その「意味」をちゃんと理解したら、肉を喰うなんてこと、誰もしなくなると思うぜ?だってあんただって、「俺たちと傷つけ合って、苦しみ合う」のなんて、あまりにもバカバカしいって、そう思うだろう?思ってくれるだろう?

だから俺だってほんとは、あんたに期待してるんだよ。期待するしかないじゃねぇか?だから頼むから、期待に応えてくれよ。頼むよ、先輩。そしたら俺だって、あんたの隣で話せる日が、来るかもしれねぇんだから。

コメント

  1. ななし より:

    お久しぶりです。

    食肉にされる家畜の立場を想像するなら、当然の感情だろうなと思う記事ですね。

    学生時代生物系を専攻した者としてはその時殺めた生き物も併せて、相手に感情がある事を想像すると本当に怖れを感じ、考えたくない話です。
    ただだからこそ、以前からこちらの記事を見てきては、この話題は特に頭から離れないんですが、これについて常々引っかかる点があるので、御意見を伺いたいんですがよろしいでしょうか?

    伺いたい内容としては、以前植物は食べられる事が必ずしも利害対立しないと書かれていた点について、確かにその通りとは思うのですが、根菜、葉物野菜、穀物など、果実を除いてほとんどが植物にとっても致死的な食だと思うのですが、植物にも意識があるという視点からはどう思われますか?

    また、牛乳も摂られないとの事だったと思われますが、牛乳や無精卵等は殺生という点では上記のような野菜を捕食するよりましだったりしないかと感じるのですが、これらはどう考えられますか?
    他に、茸類を食べる事についてもお考えを伺いたく思います。

    これらは決して何か挑発的な意図で書いているわけでは無く、実際内心引っかかっている事ですので、御理解頂きたく存じます。
    直接この記事に関わらない内容で恐縮ですがよろしくお願い申し上げます。

    • Dilettante より:

      ななしさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたの疑問につきましては、植物の意識や役割、それに生態系全体のつながりを理解しなければなかなか納得できないと思われますし、私もそのすべてについて完璧に把握して理解しているわけではないのですが、それでも今の私の理解していることと、それに基づく考え(立場)を端的に申し上げますと、

      「植物は、動物に食べられることが、本質的長期的には、喜びである」

      ということです。そしてそれは茸類に関しても同じです。

      しかしだからといってそれは、

      「植物や茸類であれば、いくらでも無尽蔵に食べていい」

      ということではなく、結局のところ

      「いのちを大切にする」

      という基本姿勢は、なにを相手にするときも必要なものだと思っています。

      そして一方で、私たちは

      「なにを食べたとしても、いずれにせよ少なからぬ罪を重ねるしかない」

      というように宿命づけられているわけでは決してないと思っています。

      そうでなければ私たちはみんな、最終的にはブレサリアン(不食者)になるべきだということになりますが、それはほとんどすべてのひとにとって不可能ですし、それはそれで意味のあることであり、喜びにつながることだと、私は思っているのです。

      そういったことをすべて踏まえたうえで、あなたの言うような、

      牛乳や無精卵等は殺生という点では上記のような野菜を捕食するよりましだったりしないか

      というようなお考えもあり得ると思います。そしてそれについて、私も現時点ではさほどはっきりと明快なことを言えるわけではありません。

      ただどうであったとしても、私は私なりに考え続けていこうと思いますし、それは私の生きかたに反映させ、表現していこうと思っています。

      そして結局のところ最も大切なのは、

      自分がまた生き延びたことで得られたこの時間を、私はどう活かすのか?

      ということだとも思いますので、私はともかく今日も明日も、自分なりに大切に大切に生きていきたいと、そう思っています。

  2. さい より:

    そこまで積極的に肉を食べるタイプではありませんが、
    やはり大豆タンパクだけではモノ足りなくて
    お肉は食べてしまします。

    罪悪感はありますが仕方ない、、、と思ってしまいます。

    意味、、、たぶん分かってないですよね。

    人間社会も精神的、社会的な弱肉強食の世界で、
    弱者側にまわってしまうと、
    本当に悔しいし情けないし恨みの塊になってしまいます。

    無残に機会的に殺されるという事は、
    そんな程度の辛さじゃありませんよね。

    まだまだ徳の足りなさを感じます。
    恥ずかしいです。

    • Dilettante より:

      さいさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あなたが罪悪感や恥ずかしさなどを感じているのにもかかわらず、それを半端に隠したり繕ったりすることなく素直に認めたうえで彼の想いにも向き合ってくださっているということ、それを私もとてもありがたく思っています。

      私も食べものに限らず、あらゆることについてまったく自分の「理想」どおりにはいかないまま暗中模索を続けているのですが、これからも諦めず腐らずに、日々少しずつでも成長していきたいと思います。

      そしてだからこそ、あなたともこれからもいろいろな想いを共有して、わかち合っていけたらと思っています。今後とも、よろしくお願いします。

  3. フランシスコ より:

    大手スーパーで売られている野菜、放射線照射されて芽が出ないじゃがいもや玉ねぎ、添加物で倍増しされたお豆腐などの現状を考えると複雑な気持ちです。
    身体がそういったものでスカスカになり、「やっぱりお肉が必要だ」とお肉を頂く。
    そのお肉も薬漬け。
    畑で受け継がれた固定種の野菜などを頂いていくと、動物性のものは重たく感じられますし、自然と要らなくなったり、少なくて十分になっていくと思います。
    また、すべての、存在がたいせつであることを感じられるようになっていくのですが、公立学校で「農薬で消毒されたものは安全」と教えていると聞いています。

    • Dilettante より:

      フランシスコさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      ええ、確かに現代では「野菜」というものもその質が千差万別で、真に「いい食べもの」というのが手に入りにくくなっているとも言えると思います。

      ですからその現状にどうやって対応するかは真剣に考えなければいけないことだと思います。たとえば私自身はというと、いずれにせよ直接農業に従事するのには適さないからだでもあり、そのなかでも以前

      日本は高度経済成長を経て、世界でも有数の経済大国となった。しかし、日本が淡い幻想に覆われていたのは過去の話で、現在はそれを維持するのが難しく...

      と書いたような方針で生活していますが、これからも私なりに私の生きかたを、模索していきたいと思っています。

  4. フランシスコ より:

    ご返信ありがとうございます。
    私自身も農業はできません。野菜を買いに行く度に、生産者の方たちとお話しさせていただく度に、いつも頭が下がります・・

     亡くなった牛さんとお話ししたことがあります。
    ・・ただただ、悲しい。どうしてどうしてどうして?

    あなたが伝えつづけておられる真実がもっともっとたくさんの方たちに伝わりますように。

    • Dilettante より:

      そうですか、あなたも動物(牛)の意識と対話したことがあるのですね。

      こうしたことはまだまだ世間に広く受け入れられていることではありませんが、私も自分の体験を検証しながら真実の探求を続け、それを私なりに伝えていこうと思っています。

      温かい応援のお言葉、嬉しいです。ありがとうございます。

  5. 鍵盤マーチ より:

    昔は太りたくないという己の欲で肉は避けていました。
    近年は、お恥ずかしながら、肉に限らず好きな物を食べるようになりました。
    勿論、肉やお魚も美味しく頂いています。

    ある豚さんのお言葉、とても耳が痛いです。
    でも、見ない聴かない知らないふりは出来ない問題ですよね。
    私は、その食べ物を食べてどうなるかという事より、やはりその生きていたものの悲痛な言葉に耳を傾けたいと思います。
    そのためには、結局自分が肉を食べたい欲求に打ち勝つしかないのだと(あくまで私の場合です)思っています。

    お恥ずかしながら、私は「物」にも魂があるのではないかと思っています。
    動物だけでなく、虫(とても苦手です。)や、この世に存在するあらゆる物を、私はいつも沢山殺しています(物については、とある心の問題により)。
    「殺したくない(壊したくない、ぞんざいに扱いたくない)けれど、心や自分の欲に勝てない」ため、結局口先だけで、誰よりもこの世のあらゆる物を粗末にして生きています。
    正直、変わります!と断言は出来ませんが、それでも、こうして貴重なお話、お聴かせ頂きありがとうございます。

    とりとめのないコメントですし、何よりDilettanteさんの回復が大切ですのでお返事は無理なさらないでください。

    • Dilettante より:

      鍵盤マーチさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      ええ、「物」というものをどう捉えるかもいろいろな見解が分かれるところではありますが、たとえば

      「木製のものはもともといのち(魂)ある木から作られたのだから、その意味で魂を持っている」

      というようなことだけでなく、私としては

      たとえ一般的にはどう考えても「いのち」を持っているとは思えないものであっても、それを創ったひと、そしてそこに想いを寄せたひと、それにそれを遣ったひとたちなど、広い意味でそれに「関係したすべての存在の念」がそこには確かに宿っているから、その意味であらゆるものも確かに「意識体」であると言える

      というふうに認識していますので、あなたの感覚は、私もとても共感できるものです。

      そしてそのうえで、あなたが様々な葛藤のなか、

      正直、変わります!と断言は出来ません

      と言いながらでも、少なくとも

      「他者を受け止め、そのうえで考えていこうとしている」

      という意味で、

      「確実に変わろうとしているし、変わっている」

      のだと、私は思います。

      ですから、どうかこれからも一緒に、考えていきましょう。

      そしてその歩みの先に、少しでもお互いの喜びが深まった未来が実現することを、私もいつも願っています。

      これからもよろしくお願いします。

  6. 鍵盤マーチ より:

    Dilettanteさん、対人関係や霊的存在との関わりでお疲れのところ、ご丁寧なお返事ありがとうございました。

    他者を受け止め

    という言葉に胸を打たれました。
    人や人以外の様々な存在、生き物に生かされているのに、拒絶ばかりしている私ですが、限りある命を全うする中で、少しずつでも変わっていけたら嬉しいです。
    そして死ぬときは、少しでもこちらの世界の人がしあわせに過ごせるようにあたたかい心で見守れる存在になりたいです。

    豚さんの記事なのに、飛躍したコメントになってしまい、そしてそれにも関わらず真摯なお返事ありがとうございました。

    • Dilettante より:

      現状がどうであれ、

      こういう自分に変わりたい!

      と思えているのなら、少しずつでも確実に、変わっていけると思います。

      この世界はあらゆる意味で、

      「想いがすべて(の始まり)」

      だからです。

      だからといって変わるのが難しいのは百も承知なので、これはいつも私が自分に言い聴かせているものでもあるのですが、こんな私ですら少しずつ少しずつは変わってきてここまで生きてこられたので、あなたならなおさら、だいじょうぶですよ。

      ですから決してあせらずに、まずはご自分の心とからだを、大切にいたわってあげてくださいね。

  7. より:

    僕は昨年、1ヶ月くらいの間養豚所にアルバイトに行きました。

    そこで、肉食の是非という人の神経を逆なでしがちなテーマに対しての、自分なりのしっかりした答えを出したいという思いがありました。

    表向きは環境保護、地域経済活性化、自然な育て方に取り組むという先進的な理想を掲げた養豚所でしたが、内実はまったくの強制収容所でした。

    とくにひどかったのは、泣き叫ぶ赤ちゃん豚を押さえつけ、麻酔もせずに、ペンチで牙を切り、個体識別用に耳を一部切り取り、尻尾を切り、そして、オスに対しては睾丸をくり抜くという作業。

    見ていてとても痛々しく可哀想で悲しくなりました。

    「可哀想だと思う」僕の感受性を捨ててしまおうとは思わないので、僕はお肉を食べないことにしました。

    • Dilettante より:

      螢さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      ええ、やはり「実体験」に基づく感覚が、自分の「世界観」の礎になるのだろうと思います。

      そして人類だけでなく、すべての存在の感受性や感覚が、調和的に尊重されるような世界というのは、決して夢物語ではない、実現可能性を帯びていると、私は信じています。

      ですから私もその自分の感受性(理想)を棄てずに、これからも生きていこうと、そう思っています。

  8. ゆき より:

    初めまして。いつも楽しく記事を読ませて頂いています。

    今回の豚さんの話、とても心に響きました。

    豚さん、ありがとうございます。

    私は最近まで 動植物の命を奪って生きていることに気付かずに過ごしていたのですが、最近 寝る前にお祈りの中で「私が食した動植物の魂が天国へ行けますように」とつけ加えています。

    肉を食べる意味を知る←とのことですが、もう少し詳細に書いて貰えると嬉しいです。

    (豚さん達が 怒り、哀しみを抱えながら自分達の命を私達に提供してくれている現実ですか?)

    追加 記事楽しみにしております。

    P.S 豚さん 気持ちを伝えてくれてありがとう。天国で安らかにお眠り下さい。

    • Dilettante より:

      ゆきさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      こちらこそ、そうやって彼に心を寄り添わせてくださって、ありがとうございます。あなたのお気持ちは、確かに彼や、動物たちにも届いています。

      そのうえで、

      肉を食べる意味を知る←とのことですが、もう少し詳細に書いて貰えると嬉しいです。

      (豚さん達が 怒り、哀しみを抱えながら自分達の命を私達に提供してくれている現実ですか?)

      に関しては、いろいろな角度からいろいろと考えることができると思うのですが、まずは

      食べるということは、エネルギーを受け取って、自分のなかに摂り入れるということだ

      ということを、大原則として押さえておけばいいと思います。そしてその

      「エネルギー」

      のなかには、

      「想い・経験・感覚……」

      というものも、もちろん含まれているということです。

      それと、動物たちに関しては、彼らに

      人間のために、いのちを提供してあげよう

      というような想いは、まずないと思っていいです。

      私たちが、動物のいのちをほぼ強制的に奪っている

      というほうが、ずっと実情に近いと、私は思っています。

      ただそうなると

      じゃあなにも食べるなって言うのか!

      というような反論も当然出てくると思いますので、それについてはたとえば

      先日私は読者の「さい」さんからいただいたメールを受け、それに対する私なりの見解をまとめてみた。 だが、そのとき 「植物、...

      などを参照していただければ、さらに考えが深まるかと思います。それにもちろん私自身もずっと考え続けていこうと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

  9. 清流 より:

    こんにちは。

    いつもご自身の経験や思考を丁寧にシェアして下さりありがとうございます。

    肉食に関して、以前からどうしても分からないことがありメールします。

    霊は転生の際、誕生後置かれる環境など、いろんな事を合意した上でその肉体を選んで宿ると聞きます。

    そうであるなら、食肉用の牛や豚の元に生まれる事を選んだ時点で、いずれ殺され食べられてしまう事を承知していたのではないかと思うのですが、動物の霊はまたちがうのでしょうか?

    過去にもしこのことについて記している箇所がありましたらごめんなさい。

    もちろん、たとえもし生まれる前に承知していたとしても、狭い牛舎や豚舎でただ餌を与えられて生きるだけの毎日や、屠殺される前の恐怖・苦痛などを思うと胸が痛みますし、今のままで良いとは思いません。

    養鶏場の鳥達も然り。

    現状は、彼らの苦痛を思い 幸せを祈りつつ

    蓄霊塔の慰霊碑に手を合わせながら

    一方で、未だ完全には肉食を断ちきれていない中途半端な私ですが、

    人間は肉食せずとも十分生きて行けるのですから(寧ろその方が身体にも環境にも優しいと聞きます)、このような習慣は無くなっていくといいなと思い、そう祈っています(将来的にはそうなって行く気もします)。

    • Dilettante より:

      清流さん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      霊は転生の際、誕生後置かれる環境など、いろんな事を合意した上でその肉体を選んで宿ると聞きます。

      そうであるなら、食肉用の牛や豚の元に生まれる事を選んだ時点で、いずれ殺され食べられてしまう事を承知していたのではないかと思うのですが、動物の霊はまたちがうのでしょうか?

      おっしゃるとおり、どんな肉体に宿る場合でも、それは自分の意志が根源にあって初めて起こるものですから、動物たちも人間に食べられる可能性が相当に高いことは承知して生まれてきていると言えます。

      しかしそうではあっても話が一筋縄では行かないのは、逆に私たちが

      こんな時代のこんな地球に生まれることを選んだ時点で、苦しみもがくことになることは充分に承知してただろう?なのになんでそんな文句を言うんだ?

      と言われてもそれだけで溜飲を下げることができないことと、ほぼ同じ事情だと言えるでしょう。

      それに、肉体に宿った段階で、過去生や魂の記憶をほぼ忘れさせられるという事情も、人間と動物たちに特段の差はありません(植物や鉱物の場合は、また少し違う話になりますが、彼らもいずれは動物や人間に生まれ変わることになります)。

      ですからあなたもおっしゃるとおり、そして私たち自身もそうであるように、生まれる前に大まかな人生計画を立て、覚悟のうえで生まれて来たとしても、度重なる苦しみや哀しみのなかで様々な葛藤や想いを持つのはごく自然なものだと思います。

      こうしたことを踏まえたうえで、ではどうすればあらゆる存在が調和していられるようになるのかを考えることがとても大切なのだと思いますし、もちろん私もずっと考え続けていきたいと、そう思っています。

  10. 清流 より:

    ご回答ありがとうございます。

    おっしゃる通りと思います。

    私も彼らに苦しみを強いたままで良いとは全く思っていません。

    ただ、豚さんの話に今回質問したことが全く出て来なかったので、動物はどうなんだろう?と思い質問させていただきました。そして、ご回答にとても納得しました。

    今のような習慣は徐々に減らして行って最終的には廃止されるべく、私自身も食肉産業に加担するような事(肉食)を出来る限りやめていきます。そして、豚さんの思いを常に忘れずにいたいと思います。

    人類が滅びない道、、、調和の世界を選ぶならば、きっと肉食も無くなっていくと思います。

    相手の痛みや苦しみに敏感になるとともに、喜びを分かち合い、お互いの個性を尊重し、助け合い、全ての命がその生を生き生きと全う出来るような世界になったら嬉しいです。

    • Dilettante より:

      そうですか、あなたの決意、そしてその想いは、とても素晴らしいものだと思いますし、私が少しでもその後押しができたなら、とても嬉しいです。

      それにあなたが想い描いている未来図は、私にとってもとても共感できるものですし、私もそんな世界にいたいので、これからも私にできることを、続けていきたいと思います。

      みんなで一緒に、支え合って協力し合っていきましょうね。

      どうぞよろしくお願いします。

  11. なすび より:

    この間、ふと、いつもは普通に流せるようなささいなことですごくイライラしてしまう自分に気づきました。

    なんでだろう?と思い、思い返してみて、おそらく部活の合宿で出された牛肉を食べたからだと思いました。

    こんなに、反応が出るのかと驚きました。

    肉を食べないと、たんぱく質が…とか力がでないよとか言われますが、私も全然平気です。むしろ、今回のことで肉を食べることによる悪影響を再確認できたように思います。

    肉食は食糧が足りなくなっている原因の一つでもあるので、減っていくといいなと思います。大腸がんのリスクファクターのひとつでもあります。

    でも、私は魚はたまに食べます。(魚は食べてもそんなにイライラしたりしません)

    寿司が好きです。魚も本当は食べない方がいいんだとは思うのですが、、。

    魚をどうするか?これが今の私の悩みどころです。

    • Dilettante より:

      なすびさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      ええ、そのように自分自身で検証して実感できてくると、より確信が深まってきますよね。

      魚については、もともと比較的集合意識が強いうえに、

      「いくつかの個体が死んでしまったとしても全体として生き延びられればとりあえずよしとする」

      というような生存戦略を持っていると言えるので、豚のような動物とはまた違うとは言えると思います。

      ただ、私が魚と話したときは、ほぼすべての事例に共通して、2つのことを訴えられます。それは、

      多少食べる(捕る)のはいいけど、節度なく食べ(捕り)すぎないでほしい!

      お願いだから、これ以上海を汚さないで!

      という2つです。

      それから、これは魚ではない別の霊に言われたことですが、

      魚を食べると、不安でおどおどしやすくなるよ

      と言われた経験があります。

      こうしたことを総合的に踏まえて、私は魚についても、摂らないようにしています。

      とはいえ私も、寿司は好きですよ。

      「アボカドトマト寿司」

      「揚げなす味噌寿司」

      なんかは、けっこうおいしいです。

  12. ゆき より:

    返信ありがとうございます。食べることの意味←とは、人間が動物の命を一方的に奪っていて、私は彼らの魂が天国に登れるように祈っているのですが、彼らの命はどうなるのか?です。

    私としては一生 家畜の魂は 天国にいてほしいです。私は輪廻の最終段階が畜生道だと思っており、その理由は過去人間であった自分の犯した罪をより感慨深く知ることができるからです。

    もし知っていらしたらご教示お願いします。

    • Dilettante より:

      一応原則としては、魂の成長は

      鉱物→植物→動物→人間→……というような過程を辿ることになっています。そしてこの趣旨は

      「できることが少ない(弱い)立場から順に体験することで、思慮(慈悲深い)存在になっていくため」

      だと言っていいと思います。

      しかしあなたのおっしゃるとおり、人間が動物に与えてきた苦しみや哀しみを改めて深く体感するため、あるいは本人に非常に強い意志があるためなどの理由により、これを逆行する場合も、まったくないとは言えません。

      いずれにしても生まれ変わりは誰かに強制されるものではなく、徹頭徹尾

      「自分自身の意志」

      によって行われるものではありますが、私としてはいずれこの彼が人間に生まれ変わってくれることがあったら、今度は同じ人間として友達になってみたいと、心からそう願っています。

      • ゆき より:

        お返事ありがとうございます。

        では、豚さんは次回 人間に生まれてくるのですね。

        豚さんの話を聴いて肉を食べないという方向転換はできませんが、豚さんが幸せな人生を送れる人間に生まれてきてほしいです。

        私は自分の意思でこの世に生まれた意味がわかりませんが、肉体を通して多くの魂が成長できることを願っています。

        いつも感慨深く、哲学的なブログと返信ありがとうございます。

        • Dilettante より:

          では、豚さんは次回 人間に生まれてくるのですね。

          必ずしも次回(来世)で人間に生まれるとは限らないです。

          もう何度か動物(豚でも豚以外でも)に生まれ変わったうえで、

          じゃあ今度は、人間に生まれよう

          と決意できたら、人間になるかもしれません。

          つまりそれは来世かもしれないし、10回先かもしれないし、1000回先かもしれないという、そういうことです。

          ですがいつかには、彼もきっと人間に生まれることでしょう。

          そのときには、もちろん、私も彼にしあわせでいてほしいと思います。

          ですから私も、お互いのために、いい世界を創りたいです。

          あなたもいつもいろいろと考えてくださって、ありがとうございます。