自分を活かし育むために、「衣服」を見直してみるのにも大きな意味がある

私たちは誰でも、エネルギーを持っている。だからそれを

「エネルギー体」

だと捉えていい。ただその「エネルギー」には様々な要素が絡み合っている。

「霊媒師」というのは、言ってしまえば

「エネルギーに関する理解を深め、それを活かし続ける技術職」

のようなところがあると私はいつも思っているのだが、結局のところ私はいつも、エネルギーの話をしているとも言える。

そしてそのなかでも、

「自分で意識的に選びやすいもの」

の代表として、たとえば

「食べもの」

については、今までも何度となく取り上げてきたが、それに比べてほとんど取り上げて来なかったものがあることに気がついた。それは、私たちが日頃自分で選んで身につけている

「衣服」

である。

まず最初に、最も大切な礎を確認しておくと、衣服というのは

「それ自体がエネルギーを持って発していると同時に、周囲のエネルギーを吸着しているもの」

である。だからたとえば私が着ている服には、まず

「私と服の間の相互作用」

「周囲と服の間の相互作用」

の、2つの力学がはたらいていると言っていい。だから、衣服は年を経るごとに、着用者と周囲の環境とによって、徐々に育てられていくのである。

そしてこのことから、

「服を変えると気持ちが変わる」

ということの理解も深められると思う。

たとえば特に日本では、「制服」という文化がいろいろなところに幅広く根付いているが、これも「エネルギー」の観点から見ることもできる。「学校の制服」を例に挙げると、

「学校にいる間はこの服を着る」

と決めることによって、その服が学校にいる間のすべてのエネルギーを一身に引き受けてくれる。そしてその服は、

「あなたが学校にいる間の、戦友・相棒」

になるのである。このことを応用すると、たとえばあなたが制服のない集団に属しているとしても、

「この場所(このような状況)に臨む場合にはこの服を着る」

と決めておくことで心身を補佐することもできる。ただし、現代日本のような服飾文化が広まっている社会では、

「いつも同じ服を着る」

というのは奇異の眼で見られてしまいつらいこともあるだろうし、実際には洗濯もしなければならないなどのことを鑑みても、何着かを着回しておくのがいいと思う。

そしてたとえば、出先で嫌なことがあったという場合、あなたが家に帰ってきたら、即座にすべてを着替えてしまうことで、気持ちとエネルギーを少なからず切り替えることもできる。逆にいいことがあったなら、そのまま着続けていれば、その気分を持続させるのにも役立つ。

これをさらに応用すると、

「嬉しい気持ちになったらこの服を着る」

「哀しい気持ちになったらこの服を着る」

というように、自分の「心理状態」に合わせて、衣服を活かすこともできると思う。

ただ、こうしたことは実のところ昔から受け継がれている智慧であって、それが

「制服」

だけではなく、

「勝負服」

といった概念にも顕れていると思う。

またこのことに関して、特に

「勝負下着」

ということが言われることもあると思うが、実際に下着というのは上着より自分の深部に触れるため、自分自身との相互作用がより強いとも言えると思う。だからその意味では、ほとんど他者の目に触れることがない下着の質にこそこだわるというのは、理に適っていると思う。そして一般的には、下着の色は暗いより明るいほうが、生命力を高めやすい。

それからこれも一般論だが、黒というのは「防御力」が高まる色だと思う。だから厳粛な場に赴くときや、内面の動揺を見せられない、望まれない場合、あるいは「個性」をあまり表現してはいけない場面などに、黒の服を着ることも、理に適っている。喪服が黒いのも、まったく頷けるというものだ。

ただ、黒の服は「着用者」を護ってくれる反面、

「矢面に立つ服そのものにはエネルギーが溜まりやすい」

とは言える。だから、あまり自分にとっていい気分のしない場所や状況に赴くときに来た黒い服は、ある程度の年数や回数を経た段階で棄てるほうがいいかもしれない。

当たり前のことですが、あなたが着る服はあなた自身の感性と好みによって選ぶのがいちばんいいです。服は「自己表現」でもあります。

しかしそのうえで、あくまでも私自身の経験と印象に基づき、

「それぞれの色が持つエネルギーの傾向と特色」

を、簡単に列挙してみたいと思います。

 

・黒:「防御力」を高める。周囲に独特の「圧力」を加える。

・白:周囲のエネルギーも繊細に受け止めながら、それ以上に「自分」を表現する。お互いの「誠実さ」が問われる。

・赤:自身の「情熱」を高める。前衛的な気概を強めることもできる。

・青:自分自身だけでなく、周囲のエネルギーを集約し、落ち着かせ、その「刺々しさ」を和らげる。

・黄:「和合」の意識を高める。希望的・楽観的発想を出しやすくする。相手のいいところがよく見えやすくなる。

・緑:いったん「原点」に戻り、場をリラックスさせる。

・茶:円熟した力を発揮する。包容力や、落ち着きを高める力がある。

・紫:周囲のエネルギーに流されず、淡々とした軸を確立することを補佐する。状況を冷静に整理し、真実を見極める力を高める。

桃:生命力を高める。柔らかく優しい気持ちを育む。

無色・無地:融通無碍な状態を創る。しかし反面周囲のエネルギーの影響も受けやすくなるため、適切に扱うのは難しいが、奥深さがある。

 

これは色の濃淡などにもよりますし、図柄も含め単色の服というのは少ないですので、簡単に割り切れるものではありません。それに最初にも申し上げたとおり、なによりあなたはあなたの感覚を大切になさっていただければと思いますが、なにかの折に多少なりとも参考にしていただければ、嬉しいです。

 

「服を棄てる」ということの本質は、

「その服に溜まっているエネルギーを棄てる」

ということにあると、私は認識している。だからよく、自分を心機一転させるときに

「髪を切る」

という方法を採るひとも多いが、それと同じ意味で、「服を棄てる」ということも大きな意味を持つ。ただ髪は時間の経過によって(同じ髪型を維持したければ)自然と切りたくなるものだが、服を棄てるのには「明確な意志」が必要であるという点において、その重要性は髪以上だとも言えると思う。

だからもし、あなたが嫌な場所、あるいは苦しい状況や関係性のなかにいたときに着ていた服があるなら、それを棄ててしまうことも、積極的に検討してみていいと思う。

 

ところで、このように

服を変えるのもいいですよ。場合によっては、完全に棄ててしまうのもいいですよ

と言っている私が、過去に

日本は高度経済成長を経て、世界でも有数の経済大国となった。しかし、日本が淡い幻想に覆われていたのは過去の話で、現在はそれを維持するのが難しく...

という文章を書いていることを、どう整理したらいいのかわからなくなるかもしれない。

これについては私の個人的な事情がいろいろと関わってくるので、単純には説明できないのだが、まず私は、幼い頃から

「自分の着たい服を、着たいときに着られない・着替えられない」

という状況に置かれてきた。だから、様々な場面場面で、同じ服を着ることが多かった。さらには、霊的な体験に遭うようになってからというもの、なおさら

「昼も夜もなく、いつなんどきどんな霊に襲われるかわからない」

という生活を送らざるを得なくなった。こうしたことから、まず顕著になったのが、いわゆる

「夜間着」(パジャマ)や「部屋着」

というものが、私の生活から消えた。そんなもので「気を抜いて」いたら、生き延びられないかもしれない。だからあなたには少し大げさに聴こえるとは思うが、私の服はすべて、

「戦闘服」

のような位置づけになったのである。

そのため、私の今持っている衣服の9割は、

「5年〜10年以上」

の歴史を持っている。そしてそこには、私が彼らを身に纏うようになってから体験した

「数々の痛みや苦しみや哀しみの経験値」

が詰まっている。だから私はその「戦友」を、滅多に手放すことがない。ただそのなかでも、

「『相手』が来ることが事前にわかっていて、しかもそれが特に強大であることが明白な場合に着る服」

というのもあるが、基本的にはどれも私の「勝負服」である。だからいつでも、私は負ける気がないし、その多くが「黒い服」である理由も、そこにあると言える。

 

だからあなたが私のようにここまで「服を育てる」ことに関心がある場合は別だが、通常は服をうまく活かして、適宜変えたり棄てたりしながら、うまく衣服と付き合っていけばいいと思う。そしてそれは、

「誰かの流行」

によって踊らされるべきものではないし、

「せっかく買ったのにほとんど着ないうちに棄てた」

というのでは、あまりにももったいない。あなたは「あなたの服」を着たらいいのだ。そしてあなたはあなたの服を、育てたらいい。

さらに言えば、こうしたことはなにも「衣服」に限らず、たとえば「家電製品」とか「文房具」とか、「食器」とか「紙」とか、要するに

「すべてのもの」

について、多かれ少なかれ言えることではある。「衣服」というのはそのなかでも特に

「自分のからだに密着するもの」

という意味で、その本質が特に顕著だということではあるが、場合によっては

「半年間着ている服よりも、10年前から遣っている財布のほうが、あなたに強い影響をもたらしている」

というようなこともあるから、やはり

「自分の身の周りのものを見つめなおす」

ということは、とても大切なことなのである。

 

ただ、最後にこういったことをすべて踏まえたうえで、あまりにも単純で、あまりにも重要なことを、確認しておこう。それは

どれだけ「衣服」や「宝飾品」のエネルギーに気を遣ったところで、それはあくまでも「アイテム」(補助的道具)であり、あなた自身のエネルギーが最も顕わになるのは、「あなたが裸になったとき」だ

ということだ。だから、

「自分がなにを身に纏い、なにを身の回りに置くか」

に気を遣うことの重要性を重々承知したうえで、それ以上の関心と決意を持って、

「素の自分」

を活かし、育てることを忘れてはいけない。もちろん私自身もいつもそのことを噛みしめたうえで、今日もなにかを身に纏い、世界に対峙している。そしていつかはお互いにもう少し和やかでゆるやかな服を纏って、あなたと話せるようになりたいと、そう思っている。

コメント

  1. めぐめぐ より:

    Dilettante様

    年末、年始にかけ私信を送ったものです。

    大変興味深い記事でした。

    私はペット関係の仕事に携わっています。

    衣服を纏うということは

    生きているものの本能に基づく事だと思います。

    動物はその場面により被毛がかわります。

    ブログ楽しみにしています。

    Dilettante様の心身のご健康、心よりお祈り申し上げます。

    • Dilettante より:

      めぐめぐさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      なるほど、そのように動物と対比して考えてみるのも意義があることですよね。

      「人類」というのはそれ以外の動物とどこまで共通していて、どこからどう違うのか?

      というのも、あらゆる局面において、興味深いテーマだと思っています。

      私も、自分がなにを纏っているかを、もっと真摯に見つめていきたいと思います。

      めぐめぐさんも、心身をいたわっていてくださいね。

      これからもよろしくお願いします。

  2. なすび より:

    Dilettanteさん、こんにちは、なすびです。

    ちょうど私も衣服のことを最近考えていました。

    いつも着ている服は、部屋着と同じもので、周りからださいとよく言われるので、どうしようかなぁと思っていました。

    私自身、きちんとした服を着た方が、気持ちを引き締まることは経験的に感じているし、清潔感も大切にしたいと思っていました。

    一度に変えるのはきついので、ちょっとずつ気が向いたら新しい服を買っているのですが、やはり自分に合う服を見極めるのって本当に難しいです。

    買うときに、自分が着ている様子をイメージしたり、ずっと使い続けるかどうかを自分に問いかけるのですが、やがて着なくなる服もあります…

    最終的に、シンプルだけど、自分に合っていておしゃれで清潔な感じの服を必要最低限持つようになりたいです。

    そう言えば、片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんは物との関わり方のプロだなぁと思います。

    でも、おっしゃる通り、所詮服なんてただの飾りだってことは忘れないようにしたいです。

    • Dilettante より:

      なすびさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうですか、あなたにとってもタイムリーな内容をお伝えできたことは嬉しいです。

      シンプルなものを数少なく持つのであれば、和装もいいかもしれないです。

      それと素材についても、いろいろと試してみるのもいいと思います。

      あなたのよさを引き出すいい服に巡り会えることを願っています。

      そしてそのなかで、ご自身を育んでいってください。