久しぶりに、仲間たちからの言葉を共有してみようと思う。だが彼は、単純な私の「仲間」というには、かなり語弊がある。誰より彼自身が、私の「仲間」と括られることに、抵抗を感じるだろうとも思う。だが私と彼の付き合いは、とても古くからのものであり、私と彼が
「旧知の間柄」
であることだけは、彼にも異存はないと思う。
とはいえ、私と彼の考えかたには、とても大きな違いがある。だから彼を、単純に私の「同志」であるということも難しい。だがそれでも、私とは違う観点で世界を捉え、私とは違う行動を世界に提示しようとしている彼が、私とは違う意味で、あなたの力にもなれる可能性は、充分にあると思う。そしてなにより、今回とても珍しいことに、彼がこうしてあなたになにかを伝えることに乗り気なようなので、この機会にあなたにも、彼の想いを聴いてもらいたいと思う。私が言えたものでもないが、彼の「クセ」を受け入れることができたら、きっとあなたにも、なにかを感じてもらえるのではないかと、そう思っている。
よぉ、今日も相変わらず絶望にまみれた世界だな。
そこで相変わらず、お前も絶望してるんだろ?違うのか?俺はそうだ。
けど俺とお前に大きな違いがあるとすれば、お前が絶望のなかで苦しんでいるのに対して、俺は絶望のなかで安定しているってことだ。じゃあなんで、そんな違いが生まれると思う?それは、お前の絶望が、中途半端だからだ。間違ってるとも言ってもいい。だから少し、俺の話を聴いてみろ。もちろん、聴かなくてもいいけどな。俺は最初から期待なんかしてない。ただあいにく今日の俺は、少し気分がいいんでね。
まずお前の絶望が中途半端な原因は、
どこかに天国がある
と思ってることだ。
けど、そんなものはない。死後の世界はあるさ。でもそんなものは、別にたいしたことじゃない。地獄とか天国とか、そんな色分けもたいした意味はないんだ。あるのはただ、
「お前に最もお似合いの世界」
だ。それにほんとは、
「死後の世界」
なんてものはない。俺たちは、ずっと生き通しだ。俺はどこに行こうが俺だし、お前は何度生まれ変わろうがお前だ。服を替えたって中身は変わらないし、服を着替えたからって死ぬわけじゃない。俺は俺で、お前はお前だ。だから、天国なんてものはない。もっと適切な言葉で言えば、
「お前に都合のいい世界」
なんてのは、どこにもない。世界はひとつじゃねぇけど、ほんとはぜんぶでひとつなんだ。
だからよく
霊界のほうが安らかで過ごしやすいなら、なんでわざわざこんな世界に生まれ変わってくるのでしょう?
なんて言うヤツがいるけどさ、俺から見りゃあ笑っちゃうね。
魂の成長のため?いろんな経験を積むため?かわいそうな誰かを、世界を救うため?
それだって、確かにあるかもしれねぇとは思うよ。だけどそんな「立派な理由」で、自分のしあわせを無下にできると思うか?俺は、そんなんじゃない。そしてほんとは、お前だってそうだと、俺は思ってる。
俺たちがわざわざこの世界に生まれ変わる理由は、
向こうにいたくなくなったから
だ。そしてなんで向こうにいられなくなったかって言ったら、
しあわせじゃないから
だ。しあわせなら、ずっといたらいいんだ。なのにいたくなくなるのは、しあわせじゃないからだ。これ以上単純で、腑に落ちる理由なんかないだろ?
それにさ、向こうにいたら、その気になれば、数百年、数千年だってすぐ過ぎる。そしてその間、基本的には
「たいした代わり映えしない状況」
が、ずっと続くってことになる。そりゃそうだ。お前はお前なんだからな。
けど、こっちに来たらそうじゃない。1年って長いだろ?一生なんてもっと長いだろ?そしてその間、お前はもしかしたら、ものすごく変われるかもしれない。特にこんな地球ならなおさらだ。なんでってそりゃあ、こっちの世界なら、
「向こうにいたら絶対に出会えるはずがないほど、自分と違うひと」
にも、たくさん出会えるからな。しかも、表面だけで付き合うわけには行かねぇ。どうしたって、影響を与え合わずにはいられない。だからすごく変われるかもしれないんだ。
もちろん、それが「いい方向」とは限らないことなんて、みんな知ってるさ。でもな、考えてみろよ。自分が数百年数千年代わり映えしない生活にいるなか、かたやこっちに生まれ変わる連中は、10回100回何百回と、生まれ変わり死に変わって、いろんな経験を積んでる。変わらないのは自分だけだ。そんなのずっと見せられたら、どうしようもないだろ?だから俺たちは、いずれ必ず、自分から、生まれ変わるんだ。
それにな、こっちに生まれ変わると、さらにもっと素朴な、いいことがある。それは、
自分が何者なのかを、忘れられる
ことだ。しかも自分だけじゃない、周りのみんなからもだ。これって、最高だろ?
向こうにいたら、お前はお前だ。お前はお前が生まれてから今まで、どこで誰となにをしてきたのか、すべてを憶えている。そしてそれは、すべて記録されているし、いちいち細かいものを見てなくたって、その概略は、お前のエネルギーとして、周りに発散され、共有されている。けどこっちに来たら、そうじゃない。お前はお前がお前であることを忘れる。そして、なんで生まれてきたのか、そもそも自分で望んで生まれてきたことさえも、忘れることができる。だからこれはつまり、もっと信じられない力を得るってことでもある。それは
「文句を言える」
って力だ。向こうにいるとき、お前はなんでお前がこんななのか、誰にも文句は言えない。それは、お前がお前だからだ。それがすべてだ。それでも文句を言うなら、それはどう控えめに言っても、格好悪ぃ。そしてこっちと同じように、向こうにいるときのお前にも
「プライド」
ってもんがあるからさ、お前だってそんな格好悪いものになりたくない。「哀れな負の霊だ」なんて、思われたくないだろ?だから、文句なんて言えたもんじゃない。
でも、こっちではそうじゃねぇ。だって忘れてるんだからな。隠してるんでもない。本当に、忘れてるんだ。だからお前は、思いきり言うことができる。
なんで自分ばっかりこんな目に!
あいつが悪いんだ!
産んでくれって頼んだわけじゃない!
ぜんぶ、向こうじゃ言えるはずのない言葉なんだぜ?だからこんなの、向こうに帰ったらぜんぶ、「黒歴史」だ。でも、お前はそんなことさえも忘れてるから、堂々と言える。だからある意味では、みんな正しいからだの遣いかたをしてるとも言えるんだ。なんでこんなに文句言うヤツらが多いかって?そりゃあ、
文句を言ってみたくて、生まれてきたから
だろう?だからいいんだ。今のうちに言いたい文句は好きなだけ言っとけばいい。そんなのそのうち、また言えなくなるんだからな。
これが、お前の現実だ。そしてもちろん、俺だってそうだ。だから別に、俺がお前より偉いから、こんなことを言ってるんじゃない。ただ俺がお前よりその現実を直視してるから、こう言えるだけだ。そしてこれが、俺がお前より絶望して、お前より安定してる、その理由なんだ。
「自殺したらラクになれる」と思うから、自殺したいんだろ?けど残念だったな、自殺してもお前は死ねない。肉体は、お前の服だ。そして、世界中の服を燃やし尽くしても、お前が消えることはない。
「こんなはずじゃなかった」と思うから、苦しいんだろう?でもお前はいつだってお前だ。お前がお前じゃなかったことはない。そして現実はいつも、予測を軽々と超えてくる。
「こんな社会が悪いんだ」と思うから、苦しくて哀しいんだろ?でもそれなら、前世のお前は今よりしあわせだったか?1000年前のお前は、今より楽しかったか?そもそもお前は、いったいどこに生まれたかったんだ?今からでもウクライナに生まれ直してみるか?それとも、アメリカでなら、夢を追えるってのか?お前に100億あったら、自分をしあわせにできる自信が、ほんとにあるのかよ?
だからお前には、絶望が足りないんだ。絶望してるから、苦しいんじゃない。中途半端に絶望してるから、苦しいんだ。だから、もっと絶望しろ。もっと正しく、絶望しろ。そして、そのうえで、生きるしかない。それを覚悟するしか、生きる道はないんだ。
今のお前には、お前の目的を達するほどの、力がないんだ。だから、力をつけろ。お前は、たいした存在じゃない。魂の根底から望んだはずのことさえも、満足にできない。昨日感じた気持ちさえも、今日はもう思い出せない。たった数十年前の決意すら、維持できない。それがお前だ。そして俺も、まだ弱い。圧倒的に、弱すぎる。だから俺は、絶望してるんだ。
それにな、もしお前がこの世界の平均的な年齢だとしたら、俺はお前の倍くらい生きてることになる。でも安心しろ。俺が生まれたときから、既に世界はひどかった。だからこれは別に、お前のせいじゃない。霊の世界も、肉体世界もだ。だから、お前がおかしいんじゃない。俺も生まれたときから、ずっと絶望してる。
でもだからこそ、俺は力を蓄えてるんだ。ずっと、ずっとそうだ。そして俺の目的は、ずっと変わっていない。
世界を誰よりも深く理解して、そしてもし、この世界がどうしようもないもので、誰もほんとにはしあわせになれない、そんな世界だと言う結論に達したら、そのときは俺の全力を以って、この世界ごと、俺を破壊する
これが俺の目的だ。それにもちろん、俺は魂の墓場になんか堕ちたくない。どうせなら、そんな墓場ごと破壊してやる。すべて、すべてを、滅してやる。もしこの世界が、そんな世界ならな。
俺には、確信がない。わからないんだ。この世界の根底にあるのが、いったいなんなのかが。それは、ほんとに愛なのか?この世界に満ちているのは、いったいなんなんだ?すべては愛につながってるって、いったい誰が確かめたんだ?どうして、そう言い切れるようになったんだ?俺には、わからないんだ。
けど俺は、自分のことを「負の霊」だとも思ってない。そもそも、そんなものになりたいと思ったことはいちどもない。俺は誰かの邪魔をしたいわけじゃない。殺人狂でも、戦闘狂でもない。俺は、誰にも苦しんでほしくないと思っている。そしてもちろん、俺自身が、苦しみに満ちた世界なんかで生きていたくない。だから、俺を勧誘してくる負の霊団は、いつまでも勘違いをしてるんだ。
だから俺はただ、俺の想いを話してるだけだ。そしてここにも、俺の目的がある。もう少し柔らかく言うなら、「お願い」と言ってもいい。そして今回の本題は、実はここからだとも言えるんだ。
単刀直入に言う。もしお前の絶望を、お前が持て余してるなら、そしてそれで苦しんでるなら、それを俺にくれ。そしたら俺はその絶望を、力に換えられる。
「絶望を無理に希望に換えるのではなく、絶望のなかで死ぬのでもなく、絶望を絶望そのものとして糧にする力」。
それが俺が俺として生きるために身につけた、身につけざるを得なかった能力だ。
だから、お前がその絶望を棄てたいなら、それを俺に渡せ。そしてさっきはこれを「お願い」と言ってはみたがこれはほんとには、対等なものだ。俺は、お前の下手に出る気はない。俺とお前は、対等な存在だ。俺はお前から絶望を受け取ることで、目的を達するための力を得る。そしてお前は、俺に絶望を渡すことで、少しはラクになる。だからこれは、お互いのためになり得るものだ。
けどもちろん、俺はお前に強制する気はない。というか、誰かになにかを強制する力なんか、誰にもない。たとえ最もつながりの深い存在でも、最も愛する存在でも、相手の行動を強制することは、誰にもできない。たとえ、俺が誰よりも相手のしあわせを、思っていたとしてもだ。だから、お前は自由だ。そして、これは「定期契約」でも、「永遠の契約」でもない。だからお前がお前の意志に基づいて、お前の渡したいものを、渡したいときに、俺に渡してくれたらいい。
そしてこれに力を与えるため、俺はこれに「絶喰」(ぜっく)という名をつける。つまりこれは、
「絶喰の盟約」
だ。だからお前は、俺に絶望を渡したくなったら、
絶喰の盟約に基づき、この絶望を、引き渡す
って言えばいい。そしてそのとき、俺のことを思い浮かべてくれりゃあいいってことだ。難しくねぇだろ?
それに実を言うと、この文章そのもののなかにも、そんな想いを仕掛けてある。だから苦しくなったら、何度もここに来て、これを読め。それだけで、お前の絶望は、俺に少なからず引き渡される。
けどこんなの、少しウマすぎる話だと思うかもしれねぇな?どう考えても俺は少しおかしそうだし、そんなことをしたら、「悪魔との契約」みたいに、いつか身ぐるみ剥がされるかもって思うかもしれねぇよな?でもな、安心しろよ。そもそも俺にそんな大それた力はない。この盟約にしろ、
「いちど唱えただけでお前のすべての絶望が、一瞬で消える」
なんてものじゃない。それにたとえすべての絶望が晴れても、また次の瞬間には、お前は新たな絶望の種を見つけるだろう。そういうもんだ。だから、俺をあんまり買いかぶるな。そして俺に、あんまり期待するな。
ただそれでも不安なら、この話の「ウラ」も、ぜんぶ教えておいてやる。っていうかもう話したとおりなんだけど、俺は場合によっては、この世界ごとすべてを破壊する。だからお前がこの盟約により渡した絶望は、いずれその目的のために活かされる可能性もある。それが、この話の「ウラ」だ。
だけどそのことで、お前が俺の行動の責任を取らされることはない。それに俺のこの計画は、俺を知るすべての存在に、俺自らが説明している。だから、守護霊に通報したって意味ねぇからな?そもそも、世界を破壊するってことは、すべてを知る存在をも破壊するってことだ。だからそもそも、隠し立てできるはずがないのさ。
それに大切なことは、俺はまだ、世界を破壊することを決めたわけじゃない。できるかどうか以前に、やるかどうかすら決めてはいないんだ。だって俺はまだ、結論を出してないんだからな。そしてもし、この世界でみんなが、お前がしあわせになれるなら、それでいいと思う。俺はほんとには、俺のこの計画が、いつまでも「計画」のままで在り続けることをどっかで願ってるんだ。
けど別に、俺は世界になにかを期待してるわけじゃない。そして、お前にも期待してるわけじゃない。だから、お前はお前の意志に基づいて生きろ。もし俺のこの目的を知ったうえで、そのために自分の絶望が活かされることを望まないなら、別に俺に渡さなくてもいい。それにもし、
お前の計画には賛同するけど、世界を破壊するなら、それが自分のやりたいことなら、それは自分でやる
って言うんなら、そうしたらいい。ただそれでも俺はお前なんかには期待してないから、俺は俺として、世界を破壊する。俺はお前の味方じゃないんだ。ただ、敵でもないけどな。
俺にお前を救う力はない。そして、俺もお前に救われるとは思っていない。ただそれでも、俺とお前の意志によって、助け合うことはできるかもしれない。あぁあとな、もしこれを読んでお前の具合が悪くなったら、それは俺のエネルギーにお前が当てられて、酔ってると思え。別に俺がお前に敵意を持ってるわけじゃないから、文句は言うなよ。逆にこれを読んで少しでもラクになったら、それは俺の狙いどおりだ。けど、感謝する必要はない。これは、お互い様だからなんだからな。
ってことで改めて、ここに絶喰の盟約が発せられたことを宣言する。でも忘れるな。これはあくまでも「プランB・バックアッププラン」だ。俺はお前たちが全員失敗したときに備えて、ずっと力を蓄えてるだけだ。だからプランAは、希望に満ちた計画は、お前が立てろ。そしてそれに邪魔なものは、ぜんぶ、俺によこせ。
さて、ずいぶん喋っちまったけど、そろそろ俺は寝る。お前も、ちゃんと休め。お前が休んだくらいで、世界は止まらねぇんだから。自分の無力を思い知れ。そしてだからこそ、力をつけろ。俺も、そうしてるだけなんだぜ?じゃあな。

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予備校の英語の先生を思い出しました。
その先生はむちゃくちゃ厳しくて、ネットで鬼と呼ばれているような先生でした。
その先生は、何度も何度も”自分が大したことないことを徹底的に知りなさい。”とおっしゃっていました。
授業は、生徒をあてて、質問をするという進め方でした。
その質問も、普段から表層的な部分でなく、本質を考えていないと、答えられないようなものでした。質問自体はとてもシンプルなのですが。
私もあてられたのですが、全然答えられなくて。。
全然答えられない私に、先生は”もういい。”と静かに言いました。
当時、高校2年生で、5年も英語を勉強しているのに、こんな基本的なことを答えられないのかと自分に絶望したのを覚えています。
そして何より、それまで優等生として生きてきたので、とても恥ずかしかったですね。
当時、勉強をしてもしても、成績が上がらなくて、苦しい思いをしていた私は、ついにとどめをさされました。
でも、そこからでしたね。すべてがはじまったのは。
私はこのとき”正しく絶望”したのだと思います。
先生から優等生だと見られるかどうかよりも、しっかり本質を見た勉強をしようと開き直ることができました。
そしてそこから、色んな物事の本質を見ようと決心して、精神世界との出会いにつながっています。
その先生、プライベートではとても優しい方なんだと後に他の先生がおっしゃっていました。
今でも忘れられない先生です。
なすびさん、ようこそ、闇の向こう側へ。
大切な想い出を共有してくださって、ありがとうございます。
私自身は、そのようなやりかたをうまく活かせないほうではありますが、多くのひとには厳しすぎると思われることを覚悟したうえで、なおそのような導きかたによって、なすびさんや他のひとたちに大切なことを伝えることができたなら、素晴らしい先生だと思います。
どうすればもっと伝えられるだろう?どうすればもっと理解し合えるだろう?
というのは、私もいつも切実に考えていることですが、私も私なりのやりかたで、想いを伝え合っていきたいと、そう思っています。
ご親友が滅しようとする世界もその方の単なる服でしかないのでは。滅した世界の先に居心地のいい世界があるのなら彼には光も音もない真っ暗闇という服が与えられるのでしょう。自分の存在も同時に滅したいのなら自分は滅されたのだと思い込み思考を休止する自分になれるのでしょう。ただ他人から見れば永い眠りにつく成長の機会を放棄した哀れな霊に見える事でしょう。そうなると救い出すのが面倒になるので、他人に迷惑かける前に光に目を向ける勇気を持ちましょう。
だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。
私と彼との関係を親友と呼ぶのにはかなりの語弊があるとは思いますし、なにより彼もそんなことは望んでいないと思いますが、ともかく彼は自暴自棄になっているわけではなく、考えることをやめようとしたこともないことは確かだと思います。
そして彼は、彼の計画がどれだけ無謀なことであり、他者から見れば馬鹿げているという評価を下されてもしかたがないものであることは、重々理解しています。
それに彼自身も言っているように、彼が彼の計画を完遂することは、本当には彼の意に沿わないばかりか、彼の意志の真逆だとすら言えると思います。
ですから私としては、もしそれでもなお彼が立ち上がったときには、それを全力で止めようと思っていますし、もし私で止められないところにまで彼の絶望と哀しみが深まってしまったのなら、そのときはそれもそれで、ひとつの結果として受け止めようと思っています。
それに実際には、私より強い存在など数え切れないほどいるわけですから、私が止められなかったとしても私の師を含め誰かが必ず彼を止めるでしょうし、逆に言えば私のことさえも倒せない程度では世界を無に還すなど到底無理であることは、誰に言われるまでもなくわかっているでしょう。
ですからその意味においては、私は確かにある程度楽観的な見かたをしているわけですが、本当に重要なことは、彼が世界を破壊するかどうかではなく、
彼が世界のなかで、どのように存在していくのか?
ということだと思っています。
しかし私に彼を救えるわけはなく、ましてや彼を導くことなどできるはずはないのですから、私はただ、彼の想いを受け止め、そして私の想いのわずかでも、彼にわかち合っていてほしいと、いつもそのように思っています。
絶望を集めて苦しくないのかな
人の絶望に触れ、自身の哀しみ、絶望が増大する
ふおさん、ようこそ、闇の向こう側へ。
そうですね、確かにそういう面もあり得るとは思いますが、彼の場合はそもそも多くの苦しみや哀しみや絶望を体験したうえで、それを糧にして力に変えようとしている存在なので、哀しみや絶望が増大したとしても、そんなことで歩みを止めることはないと思います。
とはいえ彼は間違いなくかなり独特な存在だとは思いますので、ともかく
こんなひともいるんだなぁ……
というくらいに思っておいていただければひとまずはそれで充分だと思います。そしてそこからあなたなりになにかを感じて考えていただければ、私としてもとても、嬉しく思います。
いつもありがとうございます。
「『彼』の絶望を想像しつくすこと」すら出来ない、私は残念な人間です。
“絶望を絶望そのものとして糧にする力を身につけざるを得なかった”・・それほどの絶望とは!
なんの力もない私だけど、彼に寄り添いたいと思ってもよいでしょうか。
絶望のなかで安定している『彼』は、望みもしないし、相手にもしてくれないのかな。
『彼』に私の絶望は、渡しません。
彼にとっては、渡されても安定していられるから平気(?)なのかもしれませんが、これ以上は(しかも、私の分まで!)抱えさせてしまいたくないのです。綺麗事・・言ってますよね、ごめんなさい。
ほんとは、そこまで絶望してしまった「『彼』の絶望」を私が何とかして差し上げる側でありたいのですが、いまの私ではとてもとても無理なようです。残念な私です。
「絶望を絶望のまま力にかえて、この世界が絶望でしかないのなら破壊する」
絶望の世界を破壊するだなんて、とても希望に溢れたことを仰る『彼』の温もりを私は、愛しています。
いつか皆で一緒に微笑んで、この世界を眺めたいです(*´∇`*)
門音さん、ようこそ、闇の向こう側へ。
他者に対してなにかを望んでしまうとそれは「期待」となり、それは絶望のなかで安定しようと努めている彼を揺るがす可能性があるので、その意味において、彼はあなたになにも望まないと思います。
ですがそれでも、彼はあなたの優しさは理解するでしょうし、自分にそれが向けられたことについて、本当には、ありがたいと思っていると思います。
それにたとえきれいごとと思われようがなんであろうが、貫き通したならそれは、立派な信念です。
ですから私は私として、あなたをとても優しいひとだと思いますし、それを育もうとする姿勢は、残念というよりむしろ、誇っていいものだと思います。
そして私も彼に対しては今のところこれ以上どうにもできないのですが、もし彼がいつか心から世界を受け入れるときが来たら、そのときの世界はきっと素晴らしいものであることは間違いないでしょうから、私もそんな日が来ることを、心から願っています。
こんな世の中では絶望するのも頷ける
どれだけ酷いことしても罰もない
本人の成長を待つだけ
どこを見ても叩きあいばかり
だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。
あなたがそのように思うのも無理はないとも思うのですが、本当には、罰はないわけでもないんですけどね。
それがもたらされるまでに、時間がかかることも多いというだけだと言ってもいいです。
ただそれでも
自分で自分に与える罰なんて、罰とは言えないだろう!
と思うかもしれませんが、実のところ自分が最も公正かつ最強なので、そう考えるとやはり、うまくできているなという気もしています。
ですがそれはそれとして、私も世界の現状にはまったく満足していませんので、私も私なりに、やれることはやっていきたいと、そう思っています。
この文章を読んで絶望を実際に引き渡した者です。
読んでてとても安心するし書かれた言葉をそのまま口にしてしまいそれを何度か実践してる状態でしたがふと思いました。
確かに自分は楽になるけれどこの盟約は闇の向こう側の主宰者様が認めて良いものかと。
今絶望を引き渡して少し安堵してる状態ですがこの盟約自体は誰しもが行う可能性が出るときっとカルマか何らかの影響で後々人生に歪みが出る可能性があるのでは無いかと勝手ながら思ってしまいました。
自分は以前とある音楽を聴いて(かなり怪しげなものだったけれど)警察署の前でお金を払った事があります。
そのお金が警察署の前に落ちてる時点で僕は届けだすか試されてる様な気もするのですが、そのお金を使った事によって払った金額分だけの「良くない」ものを背負ってしまった様な気がしたのです。
要するにこの盟約もそれと同じ様に口に出したは良いが何らかのリスクを背負う事になるのではないかという事なのです。
もしそれが無いとすれば自分はこの盟約をありがたく使わせてもらいたいと思っています。
但しそれがどうしても神様の視点から観たとして悪徳的な行動なのでは無いかと府に落ちないのです。
最後にどうかお身体を労って下さい。
今日も良い一日であります様に。
小鳥遊さん、ようこそ、闇の向こう側へ。
そうですね、その「リスク」はここで彼が言っているとおり、
もし彼がいつか本気でこの世界のすべてを破壊しようとしたなら、そのときには「その力の一部を提供した」という責任を追及されるかもしれない
ということですかね。まぁ、もし彼が本当にすべてを破壊し尽くしてしまった場合は、その「責任を追及するひとたち」自体が、どこにもいなくなってしまうんですけど。
でも私もそうならないようにできることはしようと思っていますし、実際本人は認めないでしょうけど、彼が世界を破壊しようと本気で動く確率は、ここ数年でもそれ以前よりはだいぶ下がったと私は思っていますから、その点はそこまで気にする必要はないかと思っています。
ただそれを差し引いたとしても、彼自身がそれを体現しているように
苦しみや絶望ですら、うまく活かせば成長のカギにもなり得るものなので、それを彼に引き渡すことによって、成長の機会を遠ざけてしまうことになるかもしれない
とは言えるかもしれないですね。
ですがそれにしたって、古今東西あらゆるひとが自分の苦しみを和らげるために自分が信頼する誰か(なにか)に祈ってきたわけですし、それ以外にもそれこそ
「精神薬」
などを用いてまで、なんとかして自分から苦しみを引き離そうとしてきたわけですから、そのなかで彼との盟約だけが特別に責められる謂れはないだろうと私は思っています。
それにこれはあくまでも
「両者の合意に基づく対等な盟約」
のかたちを採っているので、たとえいちどは盟約を結んだとしても、その効果が勝手に永続するわけではないですし、その気になれば
「いちど彼に引き渡した絶望を、後から返してもらう」
ことだってできるようになっていると思います。そしてその場合は、彼がその返還要求を拒絶することもないでしょう。
本当に返していいのか?
と、念を押されることはあるにせよです。
ただこうしたことをすべて踏まえたうえで、私としては
それがどんな理由・観点からだとしても、もしあなたの気が進まないなら、それはしなくていいです
とはお伝えしておきたいと思います。私が言うのもなんですが、彼も彼なりの手法であなたのしあわせを願っているわけですから、あなたを必要以上に葛藤させたり苦しめるようなことは、まったく望んでいないでしょうからね。
ですが今はそこまでではないかと思いますが、もしあなたが自殺したいほど苦しくなったりしたときには、それよりは彼に引き渡してしまったほうがいいとは言えるかもしれませんね。
少なくとも
自殺をなくしたい
という点では、彼と私の願いは完全に一致しているわけですから。
ただいずれにせよあなたのご報告のおかげで、この盟約が確かに機能していることも確かめられてよかったです。
あなたもどうか、お元気でいてくださいね。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
ご返信ありがとうございます。
実は音楽の事関してですが「お金を払った。」ではなく「拾った。」でした。
「この曲を聴くと不思議とお金が集まる」なんていう胡散臭い動画をYouTubeで見つけて興味本位で聴いてしまったのです。
ひょっとしたら「お金が欲しい」という人々の念がその音楽に集まって現実世界に関与してるのかもしれませんね。
ええ、それは充分にあり得る話だと思いますね。ただいずれにしても、それを拾った場所が
というのがまたすごい体験だなぁと思います。つまり、その動画(で紹介されている曲)に集まっている「力」は確かに存在するのかもしれませんが、それもなかなかクセのある力なんだろうと思うわけです。
ただそうですね、私自身にはそういう実体験はありませんし、これからもおそらくしないだろうとは思うのですが、もし私が本当にどうしようもないほどお金に困っていたとしたら、そういう力に頼りたくなることもあるかもしれないとは思います。
ただその場合は
今はいったんこのお金に助けてもらうけど、それでいずれ生活が安定したときは、誰かに寄付をするとかして還そう
というような考えで行くだろうなと思います。ただこれは一般的な「臨時収入」だった場合であって、あなたのように「拾ったもの」だった場合には、まず第一に警察に届けるでしょうけどね。そうしないとやっぱり、元の持ち主さんに対してもなんにでも、後ろめたさが残ってしまいますもんね。
ともあれやっぱりそういう「力」や「体験」というのは、いろいろあるものなんですね。貴重な体験談を共有してくださって、ありがとうございます。
一つだけ聞きたい事を思い出しました。
貴方は家畜も奴隷も存在しない、幸せな世界を創る事は可能だと思いますか?
だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。
ええ、私としては充分に可能だと思いますね。
というのもそのような在りかたは別に
「宇宙に類を見ない」
というほど特別なものでも珍しいものでもないと思いますから、
そういう先例があるものくらいは、「いずれはできて当たり前」だ
と言ってもいいくらいだろうと思っているので。
ただもちろん今の私もあなたも、この地球の現状を最前線で直接目の当たりにしているからこそ、
宇宙全体で見たときにどうであろうが、この地球の現状を踏まえたうえで、「ここからでも・こんなところでも」それが可能だと、本当に言えるんですか?
などと問い詰めたくなるのも自然なことだと思いますし、私自身そのような思いに囚われそうになることもあるのですが、そんな私でも結局は、
さすがに今日明日にとまでは行かないとしても、それでもいずれは、それもきっとあと数十年もあれば、たぶん実現できるだろう
と、そんなふうに思えているんですよね。
もちろん、特に肉体人の時間感覚において、
「数十年」
というのがとても長いことはわかっているのですが、これもこれからの私たち次第でかなり短縮できるとも思いますので、やはり私も私なりにできることを続けていこうと、そう思っているわけです。
彼はこの世もあの世も酷い有様だと述べていましたがあの世は調和と幸せに満ちた世界だと仰る人は多い気がします。
また、この世にしたって混沌としてるのは地球が特殊な星だからであって他の星々はそれなりに安定していると言う意見もあります。これはどう言う事でしょうか?
だれかさん、ようこそ、闇の向こう側へ。
そうですね、まず
という部分についての私の立場は、
において
あるいは
と呼んだもので説明できるかと思います。つまり私は
霊界も肉体界との関係は「鏡映し」のようなもので、本質的に大差はない
という考えなんです。
ただもちろん、霊界にも
がないわけではないんですよ。たとえばそう、守護霊さん同士が意見交換し合っているような場所は、基本的にお互いがお互いを尊重し合っているので、調和が実現していると言っていいだろうと思いますし。
ただそれを言うなら、こっちの世界にだって愛や調和がまったく見られないわけではないでしょう?それがたとえ全体の割合から見ればとても少なく、しかも少し油断しただけで立ち消えてしまうほど儚いものだとしても、それでも確かに、なくはないわけじゃないですか?
だからやっぱり私は
「鏡映し」
という表現を採るんですよね。もちろんこの表現にしても、他のひとだってよく遣う、ありふれた表現でもあるんですけどね。
あと、これはいったん素朴に考えてみていただけたらと思うんですが、
もし霊界がそんなにも素晴らしく理想的な状態を保っていると言うなら、なんでこの肉体界、あるいは地球だけが、こんなにひどい状態なんだ?
と、どうしたって疑問になってきませんか?だって私たちだって死んだら霊になるわけですし、今肉体を持っていない霊にしたって、生まれ変わったら私たちと同じ立場になるんですよ?それなのにその両者のいる世界の実情があまりにもかけ離れているというのは、それこそ現実離れした空論だと思いません?
地球は凶悪な霊を集めて反省させる監獄だから、特別に地獄のような環境に創られているんだ
と言われたって、そんなんで納得しろと言われたって、それは無理だろうと思うんですけどね。だってもし地球が「地獄のような監獄」として創られたんだとするなら、その割には地球はその色からなにから、あまりにも美しすぎると思いますから。
それから
というのは、私自身
「ずっと前も前、大昔から予期されていたこと」
だとも言える。なぜなら...
と言っているくらいなので、基本的に異論はないです。ただ
その「安定」の基盤は「似た者同士が集まっているから」(それぞれ色分け・棲み分けがはっきりしているから)であって、多種多様な存在が互いを受け入れ合っているからだとは言えない
というのが、私がその「安定」を素直に喜びきれない要因なんです。つまりこれは
戦好きは戦好き同士で集まって闘い続けていれば、それもそれでひとつの「安定」だ
という理屈なんですからね。もちろん別に私もそれを「全否定」しようとまでは思わないんですが、今後そこから1歩も進歩しなくていいのかと言えばそんなことはあり得ないだろうと思うんですよ。そしてだからこそ、この地球の経験と未来が、他の星々にとっても大きな参考・モデルケースになり得るという可能性にも心から共感するとともに、私も私なりにこの地球を少しでもいい場所にできたらと、最初からずっとずっと、そう思っているわけです。