家族に言えました。あなたがあなたでいられることを、いつも願っています

ここ最近は台風や猛暑など、お世辞にも快適とは言いにくい日々だとは思いますが、いかがお過ごしでしょうか?

この度突然ではありますが、個人的なこととは言えぜひあなたとも共有したいことがありますので、この場でお伝えさせていただきたいと思います。

今から約1週間ほど前になるのですが、私は今までずっと言えずにいた、私が霊媒師であるということ、つまり今まで長い間、そしてこれからもずっと、霊的存在を認識し、そして様々なかたちでそのような存在と交流している存在だということを、私の口から、直接面と向かって、家族に伝えることができました。

私がこの『闇の向こう側』に

世は、「スピリチュアル」花盛りである。もちろん、そんなものにまったく興味もなく生活しているひとも多くいるとは思うが、そんな方々でも、「マヤ暦...

を公開したのは2012年の初めでしたが、私自身それがどうなっていくかなどまったく予測できないような状況のなかで続けてきたというのが正直な実感でした。

それが2014年の後半、さらに言えば2015年の前半あたりから、コメントだけでなく、私に対して直接メールをくださるようなひとが現れ始め、そのような流れのなかで

2016年になりました。いかがお過ごしでしょうか? 今振り返ってみますと、私がこの『闇の向こう側』の最初の文章、 を公開...

という方針で活動していくことを決断したのが、2016年の初めでした。しかしそこにも書かれているように、私はその時点でもまだ、家族には自分のこのような面については、まったく言えていませんでした。

ただより精確に言うのであれば、その頃には私がヴィーガンであるということは、家族も少しずつ受け入れてくれるようになっていましたので、その意味では少しずつ「下地」ができていたことは言えると思います。ですがその理由にも

「霊的要素」

というのは、一切言っていませんでした。

そんな状況が変わるということは、私自身まったく予測できていたわけではなく、昨年の終わりから、さらに言えば特に今年の初めから上半期というのは、私にとってあまりにも苦しい時期であったため、とてもこんなことを考えることはできていませんでした。

 

とはいえ、ここで私のことを知るひとであれば

そもそもあなたがまったく苦しんでいない、哀しんでいない、悩んでいない、葛藤していないなんてことはないのだから、「あまりにも苦しい時期だった」というのも、あなたにとっては、「ごく平常運転」でしょう?

というような言葉が出るかもしれませんし、そう言われると私にも基本的には反論はありません。私が以前2ちゃんねるで活動していた際のスレッドから派生したスレッドのなかで、私の友人である

「きまぐれ」

さんが、私のことについて

いつも何かしらに苦しんだり悲しんだりされているので、「元気ですよ!」と言い難いところはありますが……

でも、元気ですよw

連絡すればお返事ありますよー

と評しているのを最近見つけましたが、言い得て妙だと思っています。

 

ただそんななかでも特に苦しかったというのが私の率直な気持ちでもあり、それ自体がなにか根本的に解決したというわけでもないのですが、にもかかわらず私が今回このように伝えることができたのは、伝えようと思うことができたのは、結局のところ

自分が何者であるかということを、身近で離れがたく、間違いなく大切な存在でもあるひとたちに、この先もずっと伝えられないというのは、あまりにも哀しすぎる

という想いがどうしようもなく強まったこと、そしてその想いを強める様々なできごとが、複合的に起きたからだと言えると思います。

 

そんな経緯があって今回家族と対面した際に伝えたわけですが、それについては決意を固めた1〜2週間前から様々なシミュレーションを繰り返していたのにもかかわらず、実際にはまったくそのとおりには行きませんでした。

会うなりいきなり話すのもなんですから、しばらくは近況を話しながら機を伺っていたのですが、その後食事なども終わりそろそろ口火を切ろうかと思ったところ、別の話に火が付いてしまったり、そこから話がまた飛んでいったりして、私としては何度も出鼻をくじかれた格好になったあげく、刻一刻と時間が経つという有様で、私としては

今までずっと言えずにいた大切なことなのだから、言葉をよく選んで、いちばんいいタイミングで、いちばん落ち着いた心でいられるときに、そして相手にも落ち着きがあるときに、ゆっくり話していこう

と思っていたのが、結果としてはほとんどグダグダになってしまい、この瞬間を逃せばもう本当にあとがないというタイミングで、已むに已まれず、半ば諦めと開き直りに近い心境で話し始めるということになってしまいました。

 

が、そんな始まりだったにもかかわらず、結果としては

どんなことが起きようが、とりあえず「伝えること」ができたら、それだけで大きな一歩だ

と思っていた私にとっては思った以上にいい状態に着地することができました。それは、一言で言うなら、

理解はできないけれど、受け止める

という表明だったと言っていいと思います。私としては、場合によってはその場で席を立たれたり、精神病院やなにやらに連絡されることも覚悟していましたので、この反応というのは、相当いいものだと言えました。

むしろ、

「理解できないのにもかかわらず、受け止めてくれた」

というのは、ある意味では最高にありがたいものだとも思いました。

「ひとは理解できないものからは距離を取り、場合によっては拒絶し、忌み嫌う」

というのが、一般的な態度だと思っていましたし、今でも基本的には、そういうものだと思っているからです。

しかし今回、少なくともこの件に関しては、このように想像以上の反応を見せてくれたというのは、私の期待以上に今までの時間のなかで家族との信頼関係ができていたということもあるでしょうし、もちろん守護霊さんや、日頃から直接的に、あるいは陰ながらであっても私を応援してくださっているあなたのおかげだと、本当にありがたく思っています。

そして、先に書いたように家族は私のこのような性質や経験について理解したとは言えないものの、それでも家族の立場からいろいろな感想を述べてくれました。

そのなかでも特に印象深かったことのひとつは

騙さないこと。といってもこれは当たり前で、あなたが誰かを騙すようなひとだとは思ってない。でもそれ以上に、騙されないこと。利用されないこと。あなたはひとがいいから、基本的に誰でもすぐ信じようとするけど、あなたの話を聴こうとするひとたちや、あなたに近づいてくるひとたちのなかには、いろんな想いを持ってるひとがいると思う。それはあなたを利用しようとしていたり、あなたを品定めしようとしていたり、冷やかしだったり、軽蔑しながらからかっていたり、いろんな気持ちも含めて。それにどんな力でも、遣えば必ず消耗するものだし、それは霊能力でも同じだと思う。だから、騙されたり、利用されたりしないでほしい

というものでした。これについては、私にも私なりの想いや覚悟はあるのですが、やはりこれは私の気遣いなのだとわかっていますし、それについては、純粋に嬉しかったです。

 

大まかに言えばこのようなあらましにより、私は今回、自分が予測していたよりもずっと大きな一歩を踏み出すことができました。このことについて、ある友人は私に

まぁ、こっちとしては、あなたの家族なんだから、最終的には必ずわかってくれると思ってたんで、やっぱりねという感じだよ

と言っていましたし、それもそれである部分かなりありがたい感想ではあります。しかしそれでも、これは私にとっては、

「肩の荷」

どころではない、

「全身の、長年の、大荷物も大荷物」

だったものであり、それに今回ひとまずひと区切りつけることができたというのは、本当に、本当に、感無量のできごとだったのです。

 

そしてそんな私が、今心から思うことは、

あなたが抱えているその荷物も、重石も、苦しみ哀しみ痛みも、いつかは誰かと、わかち合える日が来てほしいし、そんな日はきっと来ます

ということです。身近なひとに、大切なひとに、愛するひとに、愛されたいひとに、言えないことがあるというのはとても苦しいものです。ですが身近だからこそ、大切だからこそ、愛しているからこそ、愛されたいからこそ、言えないこともあるものです。私も私なりにではありますが、それを知っています。それにどんなに大切に想い、どんなに言葉を選び、どんなに心を尽くして伝えても、理解されないことはあります。受け入れてもらえないことはあります。それ以上に時間をかけて話し合うこともできないまま、離れていかれることもあります。私もそれを知っています。そして、あなたがそれをもう充分に知っていることも、知っています。

ですから、あなたに焦ってほしいとは思いません。無理をしてほしいとも思いません。言えないことを、未熟なこと・恥ずかしいこと・悪いことだとも、思ってほしくありません。ただだからこそ、私も心から、あなたに願っています。そしてそんな日は、必ず来ると、そう思っています。

それに私は家族に

もしこれを5年前に伝えていても、同じように受け入れてくれたと思う?

と訊いてみましたが、それに対しての答えは

今は5年前じゃないから、ほんとのところはわかんないけど、でもどうだろう、わかんないね

というようなものでした。だから、遅いということもないのです。ただ私が思ったことは、

でも今日ならこんなふうに受け入れてもらえたんだったら、明日でも1年後でも10年後でもなく、今日言えたことは、ほんとによかった

ということでした。だから、私にとっては、この日だったのです。そしてあなたにとっては、それはいつかのある日だという、そういうことなのだと、私は思っています。

それに私は、このことについて、本当には、家族が死んでから、霊として対話するそのときまで、言えないのではないかと思っていました。そして実際にそうだったとしてもしかたがないと思っていました。それに私は今だって「すべて」を伝えられているわけではありません。当たり前ですが、長年のことについて、それを数時間で話せるわけがありません。それにたとえすべてを話せたとしても、伝わらないことはあるでしょう。そしてそれは、家族に対してだけではなく、多かれ少なかれ、誰に対してもあります。そのなかのいくつかは、本当に死ぬまで言えないのかもしれません。あるいは死んでも言えないか、言ってもわかってもらえないのかもしれません。私は今回のことを本当に嬉しく思っていますが、ある意味ではこの

「ひとつのことだけ」

で、すべてについて浮かれることはできません。

 

ですがいつかは、そんなことさえも、言える日が来るのかもしれません。それがたとえ10年後かもしれないにしても、あるいは100年後か、1000億年後かもしれないとしてもです。でももしかしたら、それは明日なのかもしれません。今夜なのかもしれません。いずれにせよ、言えるときに、言えたらいいのです。きっと、そんな日は来るでしょう。少なくとも、そんな希望を持つことができるくらいには、私の今回の体験は、大きなものでした。だからそのことを、あなたにも、お伝えしたいのです。

あなたは私のことをまだ知らないかもしれません。あるいは知らないようで知っているかもしれません。もしくは、知っているようで知らないかもしれません。もしかしたら、知っていることを知らないかもしれません。ですがだからこそ、ここで私について、改めて、お伝えしておきたいことがあります。

 

私は、私という魂・存在は、理解したいと思っています。すべてのことを、誰よりも、深く深く、理解したいと思っています。なぜなら私は、知らなかったからです。そして知らないことが怖かったからです。知らないことの怖さすら、知らなかったからです。私にとっては、知らないことは、知ることより恐ろしいことです。ずっとずっと、恐ろしいことです。

たとえばあなたは

この世界には霊存在がいるんですよ

ということを知ったら、怖く感じるかもしれません。それも自然なことでしょう。ですが本当は、

「この世界に霊存在がいることを知らないこと」

のほうが、ずっと怖いのです。少なくとも、私にとってはそうです。だから私は、知りたいし、理解したいのです。

だから私は、あなたのことを理解したいと思っています。これは

「興味本位」

というようなものより、ずっと、ずっとずっと強いものです。

だからそんな私は、言い換えれば、あなたについてどんなことを知ったとしても、それを嫌がることはありません。受け入れないということはありません。

それが真実であるなら、どんなことでも、私は受け入れます。だから私に、真実を教えてください

それが私の誓ったことであり、魂の核心にあるものです。これからもずっとそうなのです。これが、私なのです。

だから、もしよかったら、私に教えてください。あなたから見た世界がどんなものだったか、そしてあなたが、本当は、誰なのかということを、教えてください。私はあなたのことを、知らなかったから。もしもっと早く知っていたら、私はもっとうまく生きられていたし、正しく判断できていたし、もっと世界のことを、愛せたと知っているからです。

 

でも、私もあなたに、言えていないことがあります。ごめんなさい。それが「罪」だとは思っていないとしても、「恥ずかしい」とさえ思っていないとしても、それでもあなたに言えないことがあるのは、あなたのことを大切に想っているからです。私は本当には、あなたには、私のようになってほしくありません。あなたが好きだと思ってくれているのに、私が私のことを好きでいられなくて、ごめんなさい。でもそんな私のことを、それでも世界に置いてくれて、しあわせを願っていてくれて、本当に、本当に、ありがとうございます。

私のことを知りたいと思ってくれて、知ろうとしてくれて、ありがとうございます。いつか私があなたのすべてを知って、あなたが私のすべてを知って、それでも一緒にいられたら、本当に素晴らしいです。心からそう思っています。私が私として、あなたがあなたとして在ることを、喜び合いたいと思っています。私のことを受け入れ、傍に置いてくれるあなたとはなおさら。だからそうできる世界を、これからも、一緒に創っていきましょう。こんな私ではありますが、どうぞこれからもよろしくお願いします。

コメント

  1. なすび より:

    Dilettanteさん

    いや〜本当によかったですね。やっぱり家族ですものね。言えて良かったですね。

    お会いするのがもっと楽しみになりました。

    私も、大学のサークルの人たちや、友人、家族に自分が精神世界にすごく興味を持っていることを既に伝えました。伝えたというか、普段自分が考えていることを抑え込まずに、発信するようにしました。

    やはり、本当の自分を偽って生きていくのは辛かったので。

    私の場合も意外にも、反応は悪くないです。少なくとも、縁を切られてはいないので。。

    もちろん、えっ?みたいな反応をされることもあります。やたらとつっかかってくる人もいました。

    寂しい気持ちもあるけれど、でも、ま、いいか。と最近は受け止めることもある程度できるようになりました。精神世界のことは現世で学ばなければ、来世で皆がいつか学ぶことですし、たまたま相手に関心がなかった、ただそれだけのことですよね。それだけのことなんだけど。。

    でも、本音を言えば、この精神世界の考え方の素晴らしさをもっと多くの人に知って欲しい!と思っています。もう、伝えたくてたまらないのです。だって、こんなに素晴らしい考え方、ないじゃないですか!落ち込んでいたり、悩んでいる人を見ると伝えたくなっちゃいます。

    話せないことがあってごめんなさいと書いていらっしゃいますが、
    話せないことがあってもいいんじゃないでしょうか。
    私も、とても寂しがり屋で、人とすべてを分かり合いたいと思ってしまうので、自分もすべてを話さなくちゃと思ってしまう気持ち、とてもよく分かります。幼少期からそうでした。今もその本質は変わっていません。

    でも、すべてを話せなくてもいいと最近思います。分かり合おうとする努力をして、”ああ、そうだったんですね”とつながれた感覚があれば、取り敢えず十分なんだって。

    、、、と書いていると、やっぱり寂しいと思ってしまう自分がいますね笑。

    そう、私も欲張りなんだと思います。全てを分かち合いたい、すべてを理解したいと思ってしまうんですよね。

    だけど傷つくのが怖いというのもとてもよく分かります。

    そして、どうしたらよいのか分からなくなってしまいます。

    そんな時、私の場合、守護霊さんの存在を思い出したり、子どもの頃の思い出を思い出したり、あなたの生き方が好きだよと言ってくれた人のことを思いだしたり、このホームページを読んだり、他精神世界の本を読んだり、対症療法的ではあるけれど、好きな動画を見たり、潔く寝たりします。

    この先、誰に会っても、この寂しさとはずっと向き合わないといけないのかなぁと思う反面、それがあるからこそ私は調子に乗らずにすんだり、人に感謝できる面もあるので、必要でもあり、、。

    話がずれました。。とにかく、すべて話せなくてもいいと私は自分に言い聞かせています。テストは8割とれれば、十分。人との関わりも、8割分かりあえたらよしとしておきます。ホントはもっと分かり合いたいですけど。

    何だかまとまりがありませんね。

    • Dilettante より:

      なすびさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あたたかいお祝いの言葉をありがとうございます。

      そうですよね、わかり合えないのもしかたがないとは思いつつも、重々承知のうえでも、やっぱり理解し合いたいですよね。

      私ももちろんあなたの寂しさをすべて埋められるとまでは思っていませんが、少なくとも霊的なことを話し合える相手としては、私に話せないことはないと思っていただければと思います。

      そしてこれからも、あなたが大切なひとたちとの輪のなかで、少しでもしあわせにいられることを、心から願っています。

  2. くろみつ より:

    読んでいて涙が出てくるのはDilettanteさんの幸せな想いが文章から溢れ出ているからかなぁと勝手ながら感じています。

    心を癒やしてくださりありがとうございます!

    私もDilettanteさんやここに来られている方がいつも幸せでありますように心から願ってます。

    • Dilettante より:

      くろみつさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      私の体験で自分のことのように心を動かしてくださって、とても光栄です。

      私はしあわせを実感するのがあまりにも下手だというどうしようもなさをずっと抱えているのですが、そんな私からしあわせな想いが溢れ出ていたのなら、それもとてもありがたいです。

      私はいられる限りこれからもずっとここにいますので、いつでも立ち寄っていただいて、少しでもあなたに活かしていただけたら、私はこのうえなく、嬉しく思います。

  3. 鍵盤マーチ より:

    Dilettanteさん、こんにちは。

    今回、とてもプライベートなお話にもかかわらず、シェアして頂きありがとうございます。

    そして何よりも、初めの大きな一歩を踏み出せたこと、本当におめでとうございます。

    Dilettanteさんが仰るとおり、「理解できないけど受け止める」という状態は、一番ありがたい結果ですよね。

    長年、(家族内で)お一人で抱えていらっしゃった事を伝えることが出来て、そして拒絶をされなくて本当に良かったですね。

    そして改めて、Dilettanteさんのあたたかみに触れることが出来てこちらも幸せです。

    そんなDilettanteさんの近況を拝読しつつ、私は家族との縁全てを放棄したいと思っており、霊的な観点からも、やはり良い状態ではないのかなと少し不安になりました。

    そんな状態なので、大好きなDilettanteさん(私はDilettanteさんの事を何も存じませんが、好きに理由はいらないと思っております)が、少しでも、ご家族との間で、そしてご自身の生の中で、幸せを感じられる瞬間があったこと、拝読しててとても嬉しく幸せに思いました!

    どうぞ穏やかに秋を堪能してお過ごしくださいね。

    • Dilettante より:

      鍵盤マーチさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      あたたかいお祝いの言葉をありがとうございます。

      そのうえで、

      そんなDilettanteさんの近況を拝読しつつ、私は家族との縁全てを放棄したいと思っており、霊的な観点からも、やはり良い状態ではないのかなと少し不安になりました。

      に関しては、確かに家族や身近なひととの不和には、多かれ少なかれ負の霊団からの影響があると言ってもいいでしょうが、それを踏まえたうえでも

      家族なんだから離れたいだなんて思ってはいけない

      とも言えないだろうと思います。

      私自身、家族や身近なひととの間には様々な紆余曲折や葛藤の歴史がありますし、単純に言っても

      長く傍にいればいるほど、いいこともつらいことも、いろいろなことを共有する機会が増える

      というのは確かなのですから、その結果として離れたいと思ったり、実際に離れる時期があったりしたとしても、それはそれでしかたがないと思います。

      それに、

      「仲がいい存在だから身近に生まれる」

      というわけでもないですし、

      「お互いをつらい目に遭わせてしまったから(魂として)仲が悪い」

      とも言い切れるわけではないです。むしろ

      「深い信頼関係があるからこそ、敵役を任せる」

      ということさえも、珍しくないことだからです。

      ですからそれぞれの関係性のなかで、それぞれに学び合っていければいいのだと、私は思っています。

      そしてもちろん、これは私がいつも私自身に向かって、辛抱強く言い聴かせているものです。

      だからこそ私もあなたのしあわせを、心から願っています。