「あなたたちは、守護霊ではない」。守護霊を名乗る相手に、私がそう言い切った根拠

先日、私のところにあるメールが届いた。これから書くことは、そのメールの内容と、それを読んだあとに起きたことの記録なのだが、今回このようなかたちを採ることにした理由のひとつは、このメールをくださった相手が、

僕は自分のメールアドレスやネット環境を持っていないので、返信は望みません。(フォームに入力したメールアドレスは yahoo にていま応急で取得したものです)

御サイト本文になにか、反映をしていただけたなら、機会に恵まれればまた閲覧するかと思います。

というような状況にあるとのことだったので、ともかくこのようなかたちでメールを受信したことをお知らせして、私なりの返信に代えたいというところにもある。

そして、それと同じくらい大きな動機は、冒頭にも書いたように、このメールを読んだあとに起きたことがとても興味深いことだったうえに、きっとあなたにとっても、なにかしら参考にしてもらえる部分が多々あるのではないかと思うからである。

また、このメールにはもともと個人を特定できる情報などは載っていなかったのだが、そうは言っても個人的なエピソードなどについては省き、今回私が主題としたいものに関連した部分だけを、できるだけ原文のままに引用しつつ、話を進めていこうと思う。

さて、それではメールの内容に入っていこうと思うのだが、それはこのような書き出しから始まっている。

Dilettante さんへ

こちらのサイトに巡り会えて共感を受けた、というのとそれより、自分の孤独や恐怖感からやむをえずペンをとります。

短い文章を送らさせていただければ。限られた部分拝読して、こちらでこのような手紙も受けいれていただけるのなら、と思いました。

唐突で一方的な手紙をお許しください。構成読み辛いでしょうがどうかお許しください。時間的余裕あまりありません。

この書き出しには、既に彼の切実さというか、あせりとも言えるようなものがにじみ出ている。そしてこれは、メールの末尾に出てきた、冒頭に引用した部分から察するに、おそらくネット環境にいられる時間が限られているという切迫感もあるのではないかと、あとになって私は感じた。

そしてメールは、このように続いていく。

感想、いちばん大きかったことは、ああ、自分だけではないんだなー、ということでした。

市井の宗教・神霊関係の書籍何冊か読んだりしましたが、負、邪まな霊的存在については、それは少数である。原理的にはもともと悪い霊というのは存在しないという、楽観的な見方のものが多い中で、闇の存在や影響にも深く根ざした体験でもって、全体が述べられているので。

今の立場の僕には、どの出版物よりも、響く内容が幾つもありました。

それは高次元の光に至る、道半ばの立場から送られた言葉に留まるのかもしれませんが。(失礼な言い回しを許してください)

これについては、

このくらいのことは、別に失礼でもなんでもないです。むしろ率直な感想を伝えてくださって、ありがとうございます

ということしかないのだが、そんなことはともかく、このあとに

物事が原則、破綻したなかで尚、自分が崩れないようにしようとすると、それは凄く辛いです。

と書かれているところに、やはり彼の苦悩が顕れていて、私もいろいろなことに想いを巡らしながら読んでいた。

しかし、私がまず最初に強い違和感を覚えたのは、この直後の記述だった。それは、こんなものである。

この文面は僕の守護、の存在のかたももちろん見ているから、なんでも書くのは安全ではないけれど。

ここの文章から、彼は自分にも守護霊がいることを理解しているというのはよくわかる。しかしそうであるならなおさら、この記述は本来、

この文面は僕の守護、の存在のかたももちろん見ているから、その意味では独りではないと安心しているのだけれど

となるか、あるいは逆に

この文面は、僕を邪魔する存在ももちろん見ているから、なんでも書くのは安全ではないけれど

となるかのどちらかになるはずで、この前半と後半部分がつながることは、通常はあり得ないはずなのだ。しかしこれが書き間違いでないことは、読み進めるうちにはっきりしていった。

わたくし自身霊的な問題で、大変困難になっています。

ある特定の人物から(霊界からではないです)霊的な干渉を受け続けてきたこと。いはば邪気で、念波・テレパシーの様な形です。

精神科に通ってもよくならなかった。

そしてそれとは別に近年になって、霊界の方々と接触が成立して、対応つまり守護に入っていただいたのですが、行き詰まった結果になりました。

具体的には結界を張る作業を行いました。

素行等自分のいろいろと不行届きもあるんだけど。僕には難しい目標だったか。

こうゆう言葉を出してもいけないのでしょうけど。

ここでは、彼が私の言葉で言うならば負の念を受け続けてきたものの、一方で守護霊にも護ってもらっているということが書かれているといっていいと思う。そして、このように守護霊がいるとわかっていても、物事が万事スムーズに進むわけではないことも含め、前半に関しては、私にもまったく違和感なく受け入れられることである。しかしやはり、彼がなにかに怯えているような様子が、私にはとても気にかかったのである。

ただ彼は、このように続けた。

辛いと考えることの一つには、一次的には全て自己の責任と、問わなければならないのですが、邪気を受け続けての作業で、その影響をちょっと抜き難かった部分も、やっぱりどうしてもありました。

不真面目というか、どうしてもちゃんとできない時も、無いわけではなかった。そうゆう部分も含めて、言い訳しない、他人のせいにしない。

自分の破綻を受けいれるのはやっぱり、とても難しいし辛いです。

このような彼の態度を、私は率直に、とても立派だと思った。自分の人生の責任を自覚し、それを引き受けようとしている。その覚悟は、簡単に持てるものではない。だから私から見て、彼はとても努力している。彼をちゃんと見ている存在ならなおさら、誰でもそう思うはずだと思った。

しかしここから、いよいよ私の違和感の核心が、明るみに出始めてくる。メールは、このように続いた。

それで、その守護の方の一人とが、とても難しかったです。大変力量のある方なのですが、なんというか、最後の最後まで悩み続けました。

もの凄く難しかった。僕にとっては、極めて巧妙で上手だったです。

ともかく、こちらの内容は一助になりました。

僕は守護の方々との意思疎通が完全でないですから、守ってもらってる上での苦労というものを、こちらからは見えないんだけれど。

関係性をこじらせて、難しくしてしまったのです。

現在では守護する意思ではなく、怒りを越えて殺意に近いものを、持たれるようになってしまいました。

もちろん僕自身、人格に課題はありますが。

私が最初に、

この文面は僕の守護、の存在のかたももちろん見ているから、なんでも書くのは安全ではないけれど。

と書かれているのを読んだ瞬間に感じた違和感が、

現在では守護する意思ではなく、怒りを越えて殺意に近いものを、持たれるようになってしまいました。

という一文によって、これ以上なくはっきりしたものになった。

彼はそのあとにも、

達成水準がキツかったのと、どうしても合わなかった。エネルギーの流れ込みかたによって、互いの認識に差異が出るのは当然なのだろうけれど、自分にはどうしても受けいれ難い部分がありました。

とにかく、いろいろな面が事実上機能しなくなりました。他の守護の方々に辛うじてバランスを取っていただいている現状ですが、殆ど無理が出てるって伝えられてるし、ベッドから日中起き上がれない等、昔の体調に帰りつつあります。

これからどうなるのか、身動きできるうちに、という想いでいます。

最後には、助かりたいというより、真実はどのようになってたのか、許されれば知りたかった。

と続けていたのだが、彼がその相手からなにを要求されたのか、そして彼が今どこでどのように生きているのか、そんなことはなにひとつ詳しく知る由もない私にも、ひとつはっきりと言い切れる真実があった。

守護霊が、相手に対して怒り、ましてや殺意に近いものを持つ?そんなことするようなのは、守護霊なんかじゃない!

私が、そう思った瞬間だった。

お前、調子に乗るなよ!敬うべき相手を、ちゃんと敬え!

彼らは、私のもとにやってきたのだった。

 

私はもともと、唐突に話しかけられることには慣れているし、罵声であろうが怒声であろうがよくあることなのだが、ともかくこんなことを言われたところで、私の印象は変わらないどころか、却って強まる一方だった。

いやいや、だってあなたたちは守護霊なんかじゃないもん。しかも初対面の私にそんな喧嘩腰で命令されたら、なおさらそうは思えないよ

そういう私に、彼らはなおも詰め寄ってきて、

それは、お前が礼儀を知らないからだ!それに、力を貸してやってるんだから、守護していると言えるだろうが!

などと言うので、私も

力を貸してるって言ったってさ、なにかうまくできなかったら怒ったり、ましてや殺意に近いものを送ったりするってさ、それはもうダメだよ。貸した力は大きくして返せってことなの?それで、脅してでも優位に立とうとするの?それじゃあもう、ヤミ金じゃない?あなたたちがどんなに言い張ったって、私にとってあなたたちは、「守護霊だと言い張る霊団」でしかないんだよ。だって、ほんとの守護霊さんは、そんなんじゃないもん

と返したのだが、彼らも怒りが収まらないようで、話し合いはやはり、すぐには終わりそうもなかった。

それは、あいつの出来が悪いからだ!それにあいつは、すぐに反抗する!だから私たちも、厳しくしているんだ!お前ごときが、わかったような口を利くな!

今まで引用してきた部分に続き、彼のメールには、確かにこんなふうにも書かれていた。

初めて守護霊の方と意思疎通ができた頃、人生でいちばん大切なこと、という問いに、「すごく辛くても走る」と伝えられたことを覚えています。「あきらめない、めげない、頑張る」

これは僕には活かし難かった言葉なんだけど、こちらのサイトに触れる、ご縁のある他の方には、もしよかったら伝われば、とも思うのですが。(勝手でごめんなさい)

だから彼らはずっと、厳しくしてきたのかもしれない。どんな理由があるにせよ、それが彼らの指導方針であり、彼もそれに沿って、生きてこようとしてきたのかもしれない。だとしたら、ともかく彼らの言い分には、一貫性があるとは言えるかもしれない。

しかしそれでも、

すごく辛くても走る

はあんまりだと私は思う。私自身

どんなにつらくても、死んではいけない。「自分なんか生きるに値しないんじゃないか」なんて、思わないことだ。最期まで、生きてみなさい。それがすべて、必要なことなんだ

というようなことを言われたことは何度もある。しかし、これとそれとは似ているようでもまるで違うと思う。つらくても、死んではいけない。それは本当には、あまりにももったいないことだから。しかしだからと言って、すごくつらいときにまで走る必要はない。そんなことをしたら、壊れていってしまうから。つらいなら、走るのをやめて、ゆっくり歩けばいい。それもつらかったら、座って、寝そべって、休んだらいい。人生は長いのだから、そういう時期もある。そしてその全体が、かけがえのない人生なのである。そんなことを、私でもわかるようなことを、守護霊さんたちがわからないはずはない。だから、私はそのような想いを、率直に伝えた。そしてそのうえで、やはりいちばん気になったこと、つまり

確かに、守護霊はただ優しく甘やかすだけの存在じゃないのはわかってるよ。むしろときには厳しくされたり、叱られたりすることもある。だけどそれはあくまでも「諭される」んであって、「怒鳴られる」なんてことはない。それにましてや殺意に近いものを送られるなんてことはないよ。そんなのは、相手を殺そうとしたり、苦しめたりするようなのは、負の霊だと言われてもいいくらいで、間違っても守護霊なんかじゃない。仮に、あなたが本当に相手の力になってあげたいんだとしても、それでもそれじゃあ、完全に本末転倒になっちゃってるんだよ?

ということを、改めて彼らに伝えた。しかし彼らは、いっそう語気を強めて、私にこんなことを言ってきたのである。

私たちは、敬われるべき存在だ!だからお前も、正しく私を敬え!

すると、このやり取りをずっと聴いていた私に関わる霊のひとり(彼は前世で幼くして死に、今もこどもの姿でいるのだが、死んでなおというか、死んだからこそなおさら、勉学に励んでいる)が彼らに静かに、だが毅然として、こう言ったのである。

あのね、僕思うんだけど、尊敬の気持ちは言われて無理やり持つものじゃなくて、自然に湧いてくるものじゃない?

 

これで、話は終わった。そして彼らがどうしているかと言うと、今も私のすぐ近くにいる。一応「守護霊」を名乗っているのならなおさら、彼らもこれ以上暴れたり、殺意を向けることもしたくないのだろうと思う。それに私も、無理に追い出したり傷つけたりしたいわけではないので、とりあえずほうっておいている。こんなことも、彼らに始まったことではない。

ただ、私のほうはこれでいいのだが、メールをくれた彼はそうではないだろう。それに、彼らは私以上に彼とのつながりのほうがずっと深いのだから、彼が自覚して毅然とした態度を採らない限り、彼らは彼のところにも、居場所を保ったままだろうと思う。

だから私はその点において、一切楽観もしていないし、安心もしていない。ただ、彼らのエネルギーの一部とはいえ、それが私のほうに向いているのなら、そのぶん彼の負担は、少しは減っているのではないかとは思う。だからその意味では、私のしたことが無駄ではないとは思っている。ただ、霊というのは数えきれないほどいるので、彼らの影響力がちいさくなったとしても、その空いた穴にまた似たような存在が入り込む可能性は常にある。だからやはり、これですべてが解決したなどとは、まったく思っていないのだ。

だから、もしあなたがこれを読んだら、もういちどよく考えてみてほしい。守護霊を名乗るひとが、すべて守護霊だとは限らない。逆に、一見口が悪いからというだけで、厳しい言葉を投げかけてくるからというだけで、負の霊だとも限らない。守護霊というのは、厳しい存在でもある。だから私たちの人生が、こんなふうに「スパルタ教育」のようになっているとも言える。しかしそれも本当には、自分で選んだことなのだ。だから守護霊さんは私たちの成長を支え見守る、厳しくも優しい、あたたかい味方なのである。

そして、それはもちろん、肉体人にも同じように言える。だから、見かけだけで、第一印象だけで、表面だけで、相手を判断しないでほしい。相手があなたになにを想っているのか、よくよく考えて、見つめ続けてみてほしい。そして、かけがえのないあなたの人生を、あなたらしく歩んでいってほしい。

それによかったら、前に

私たちは古代から現代に至るまでの間に多くの変化を経てきたし、同じ「日本」という枠組みのなかで見ても100年前と今の姿は大きく異なっている。し...

にもまとめた言葉

私は、喜びとともに生きていきます。変わっていきます。だからその想いを共有できない存在、私のその意志にそぐわない存在、私を苦しめようとするような存在は、離れていってください。そして私は、一緒にお互いの喜びを深める存在とともに歩んでいきます。守護霊さん、みなさん、力を分け与えてください。そして一緒にその喜びを、育んでいきましょう。よろしくお願いします

というようなものを、活かしてみてもいい。その想いが、すべてを動かすのだ。あなたが誰かに動かされるのではなく、あなたがすべてを動かすのだ。これは、あなたの人生なのだから。

 

そして、霊存在のあなたにも、改めて言っておきたいことがある。もしあなたが、誰かに認めてほしいなら、褒めてほしいなら、愛されたいなら、持って回ったようなことはもうやめて、素直に相手を助けてあげたほうがいい。そのほうが、ずっと相手に好かれやすい。あなたは相手に好かれたいはずが、むしろ嫌われてもしかたがないようなことをしている。そんな哀しい話はないから、もうやめにしよう。あなたの目的に、まっすぐ適う行動を採ろう。そしたら、あなたは自然に敬われるようになる。自然に愛されるようになる。私はあなたにも、そんなふうになってみてほしいのである。あなたが、そうなりたいと思っているのだから。

そして、今私たちをあたたかく見守ってくれている守護霊さんにも、併せてお伝えしておきたい。私はあなたのことを、心から尊敬している。私たちがどんなに落ち込んだときも、どんなに苦しみ暴れているときも、見放さずにいてくれているのがあなただ。守護霊なんかいないと思われていても、霊の存在ごとすべて否定されていても、いつもそこにいてくれているのがあなただ。一見きれいに見える霊や、都合のいいことばかりを言う霊に「守護霊」の名前を奪われても、それでも人気取りに走らず、言うべきことを言い続けているのがあなただ。どれほど負の念が強いなかでも、どれほど絶望的な状況に見えても、それでも諦めないのがあなただ。

私は、そんなあなたが、あなたたちがいることを知っている。だから私は、本当にあなたのことをすごいと思っている。どうか、みんなで喜びとしあわせをわかち合えるときが来ることを願っている。報われたいからやっているわけではないのは知っているが、報われたいと思ってもいいと思う。あなたも、立場が違うだけで、ひとつの存在なのだから。私たちの一部なのだから。あなたのことを知らないすべてのひとに代わって、私が心から、敬意と感謝をお伝えしたいと思います。本当に、ありがとうございます。

そしてもちろん、私自身の守護霊のことを忘れたわけではない。それはこんなところに書くことでもないと思ったのだが、せっかくの機会だから、書いておくことにしよう。こんな私のことを見守ってくれて、本当にありがとうございます。私は、今でもあなたたちのことを、少し楽観的すぎると思っているところはある。本当に、そんな素晴らしい未来が来るのか、信じきれないところはなくならない。しかしそれでも、あなたが私を励ましてくれることが、いつも私の力になっている。そしてだからこそ私も、私が生きることを通じて、あなたを励ますことができたらと思っている。本当は、そう思っている。けれど私はあくまでも私でしかないから、今のところこんなふうにしかできないけれど、それでも少しずつ少しずつは成長していこうと思っている。だから、だからというかなんというか、ともかく今後とも、どうぞよろしくお願いします。

後日ここからさらなる動きがありましたので、ここに続きを書きました。

先日、私は私のもとに届いたあるメールと、それを読んだあとに起きたことについて書いた。 そのあと私はとりあえず事態を見守ろうと思...