森羅万象の総覧者。神は私たちを創ったのではなく、私たちを生み出し得る仕組みを創った

私が霊媒の経験を積み始めた最初の頃、ある霊が私にこう言ってきたことがあった。

俺が神だ!お前たちが古来からずっと崇め、敬い、探し求めてきた存在、それが俺だ!だからお前は、俺を敬い付き従え!

そう言われた私は、彼に畏怖の念を覚えることはなく、代わりに私の気持ちを、率直にこう伝えた。

あの、そうなんですか……。え〜と率直に言いますが、もしあなたが私たちが「神」だと思ってきたものの正体だと言うなら、なんというか正直なところとても残念です。だからすみませんが、少し返事を保留させてください

そして私は、その場をいったん離れ、別の霊を見つけて、このように訊いてみたのだった。

あの、すみません。あそこにいる彼のこと見えますか?あそこの彼が、ご自身を神様だとおっしゃっているのですが、もし彼が神様なら、彼は有名人ですよね?だからお訊きしたいのですが、あなたは彼のこと、ご存知でしたか?

すると彼は、こともなげにこう言ったのだった。

はぁ?あんなヤツ知らねぇよ!誰だよあれ?

私は、その答えの迷いなさに少し驚きながらも、質問を重ねた。

ですが、彼はご自分のことを、神だと言っているのですが……

すると彼は、なおも迷いなくこう言い切ったのだった。

いや違う違う!あんなのは神様なんかじゃない。いいか、お前らの世界にもいるだろ?それまでの枠組みのなかで、少し飛び抜けた力を持ったというだけで、自分が世界最高で、いちばんに優れた存在なんだと思っちゃうヤツがさ。まぁ、そういう時期だって言ってもいいけどな。要するにあれだよ、たぶんあいつなんかはさ、死後の世界なんか信じてなかったんじゃねぇの?でも死んでみたら自分は相変わらず存在してて、自分で想い描いたものはなんでも創れるし、どこにだってすぐ行けるし、なんならなんだってできそうな感じがしてくる。それで、「これってヤバくねぇ!?俺って気づいてなかっただけで神様だったんじゃねぇ!?」とかって思ってるってとこだろ。そんなのいっぱいいるから。でもそんなのは、神様なんかじゃないから

あまりにも当たり前のことのように彼が言うので、私もいったんは納得したのだが、それでも今度は新たな疑問を感じた私は、なおもこのように訊いてみた。

そういうものなんですか……。ただそれでも思ったんですが、彼は自分のことを神様だと思い込んでいて、その思い込みに気づいていないのだとしても、あなたはそんな「神様を名乗る彼」が、神様でないことを理解しているんですよね?だとしたら、あの神様を名乗る彼より、あなたのほうがすごいじゃないですか?だったらあなたのほうこそが、神様なんじゃないですか?

すると彼は、笑いながらまたしても一切の澱みなく、こう言ったのだった。

俺が神だって?そんなバカなことがあるかよ!あのな、神様なんてものはいないんだよ。俺もアイツもただの霊だよ霊。お前は、こっちとも強いつながりを保ってるみたいだけど、基本は肉体に宿ってる霊だろ?それで俺は、今肉体を保ってない霊だ。だからほんとは、どっちも霊だ。ただ肉体を保ってるかどうかだけの違いで、ぶっちゃけそれだけのことだ。だから、神様なんて特別な存在はいねぇ。そんなこと言ったら、誰だって特別なんだ。だから、「特別に特別な存在」なんてのはいないんだよ。だから俺も神様なんかじゃない。それにそんなのは、どこにもいないんだ

 

この世界や人類がなぜこうして存在しているのかについて、とてもおおまかに言ってしまうと、

世界のすべては神が創ったのだ

という説と、

世界がこのようになったのは、すべて偶然の産物だ

という説があるということはできると思う。

しかしそれに対して私が私の経験から言えるのは、

神が世界のすべてを創ったのではない

ということだ。

しかしだからと言って、私はこの世界のすべてが偶然の産物だとも決して思っていない。単純に言ってしまえば、私がここにこうして存在しているのは、親が私を産もうとしたからだ。そしてそのうえで、そのからだに宿って人生を体験しようとしたのは私だ。だからこれは、決して偶然の産物などではない。関係者すべての意志が総合された結果として、今があるのだから。

だからその意味で、世界のすべては偶然の産物ではなく、誰かの強制によるものでもない。つまり私たちを生み出したのは、神様でも偶然でもなく、意志だということなのだ。

 

しかしこれは、仮に私たちが「神様」と呼んできた存在に最も近似する存在、積年の先入観をできるだけ取り除いた言葉で言い換えるなら

「原初の存在」

が、なにもしていないというわけではない。彼(あるいは彼女、またはそれ)は、直接私たちを生み出したのではないが、ある意味それ以上に重大なことをしたと言えるからだ。それは

「私たちも含む、すべてを生み出し得る仕組みを創った」

ということなのである。

その原初の存在がなぜ生まれたのかは、おそらく誰にもわからない。

先日、読者の「さい」さんからとても興味深いメールをいただいた。そこで私はその内容をあなたとも共有し、ともに考えを深めるために、ご本人の許可を...

ただその存在が、今の世界を今の世界にもできる仕組みを創ったとは言える。あるいは、その存在が、仕組みそのものだとも言える。ともかく私たちやすべてのもの・現象は、その仕組みのうえに成り立っている。そしてそのなかで、私たちも永遠に、生き続けているということなのだ。

だがここで重要なことは、

今の世界がこれほどひどいことになっているのは、原初の存在(が創った仕組み)が悪いからではない

ということだ。

たとえば単純な例を挙げると、

「火を起こすことができる」

という仕組みを活かして、私たちは料理をすることもできるし、暖を取ることもできる。しかし同じその仕組みによって、気に入らないひとの家に火をつけることもできるし、そのひと自体に火をつけることもできる。これは、同じ仕組みから生み出され得る現象(結果)である。だから大切なことは、

その仕組みを、どう活かしていくか?

ということなのである。

 

さらに言えば、少なくとも私にとって、原初の存在は悪意ある存在ではない。そして元を糾せばすべてがそこに行き着くという意味で、すべての始まりであるとは言える。そしてそうだからこそ、彼(それ)自体は誰の味方でも敵でもない。

「すべてを完全に平等に愛し、すべてを完全に公平に見守る」

ということになれば、そうなるしかないだろうとも思う。つまり私にとって原初の存在とは

「究極的に客観的な存在」

であるということだ。だからそれ自体は、毒でも薬でもない。ただ彼は、自分の仕組みから生まれたすべてのものを、ずっと見続けている。だから私にとって、もしそれを便宜上「神」という概念に当てはめるとすれば、それは

「森羅万象の創造主」

というよりむしろ

「森羅万象の総覧者」

というほうが、ずっとしっくり来るのである。だからあとはすべて、私たち次第なのだ。今までもこれからも、ずっとそうなのである。

 

ここで話を終わっても充分なのだが、せっかくここまで話したので、この機会にもう少しだけ踏み込んだことを言ってみてもいいかと思う。

というのも、こうしたことを言うと

神が世界や人類を創ったんではないとして、それは親や自分のお互いの意志なんだとしても、それでもそもそも、「人類が人類になった原因」はどこにあるのか?

という疑問を持つかもしれないと思うからだ。だからもう少しだけ、このことにも触れておこうと思う。ただこれは、少なくとも今の段階では、あなたにわかるように証明・検証することがとても難しいので、あまり腑に落ちないようなら、気にしなくてもいいと言っておきたいと思う。

それで、ともかく今の私としては、人類であれ他の生命体であれ、それは

「全知全能の神」

によって生み出されたものではないという見解を保っている。

しかし一方で、たとえば

人類というのは、ある種の猿が進化したものだ

というような、いわゆる

「進化論」

も採ってはいない。たとえそれが

「環境に適応するため」

であるとしても、そんな変化が

「自然・偶然に発生する」

とは考えられない。その意味において、私は未だに頑として進化論を認めないひとたちがいることにも理解できるところがあると感じている。だからこそ、進化論は未だに、

「ひとつの(有力な)学説」

の域を出ないのである。

 

と、そうして考えを進めていったうえで、結局私が(この地球における)人類の起源についてどのように考えているかと言うと、

人類は偶然生まれたのでもなければ、「全知全能の神」に生み出されたのでもない。ただそれは、「他の種族から自然に進化した」ものでもない。つまりそこには、なんらかの「人為的な力(意志)」が関与している。そしてそれは、おそらく「(地球より先に誕生していた)他星人の力(意志)」なのだろう

というような、見解なのである。

だからその意味において、私たちが現在

「(私たちの創造主としての)神様」

と呼んでいるものの実体は、おそらく

「他の星からやってきて、ここに生命を根付かせた存在・集団」

にあるのだろうと、私は思っているのである。

しかしこんなことは、最初に言ったとおり、今の多数派の世界観のなかには、到底受け入れられないものであるということはわかっている。だから余計な混乱を来たすくらいなら、気にせずにいてくれたらと思う。

ただもう少しだけ付け加えるとすれば、これはたとえば

私たちがこの先人工知能やロボットの技術をさらに発展させて、彼らに文明の中心を担ってもらったとする。そしてそのうえで、彼らを残して私たち人類だけが滅ぶか、あるいは他の星に移住したとしたら、相当の年数(数万年〜)が経ったあとで、彼らは自分の起源をどこにあると考えるだろうか?

というようなことを想定してみると、少しは考えやすくなるのではないかとも思う。そしてそのうえで、ともかく今の私としては、このような理解に落ち着いているのである。

 

それで結局私が言いたいのは、

この世界には「自分より絶対的に上位な存在」もいなければ、「すべての責任を負わせることができる存在」もいない

ということなのである。たとえ他星人が私たちの肉体の原型を作ったにせよ、私たちの魂(意志)までをも作ったわけではないのだから。だから結局、私たちの人生は、私たちが主体的に創っていくものだし、そうしていいものなのである。

ただこんなことを言うと、ときどき

今まで思っていたような「神様」がいないんだとしたら、それはなんだか、とてもがっかりです

というようなことを言うひともいるのだが、そんなふうに解釈しなくてもいい。むしろ私としては、

「たったひとりの神様」どころか、もっともっとたくさんの多様な存在が、いつどんなときも、あなたを見守っているんです

というふうに、お伝えしたいと思う。だから、怖がらないでほしい。がっかりしないでほしい。この世界には、原初の存在が望んだ以上のものがある。だからあとはそれを、どう活かすかなのだ。そしてそれを一緒に考えるために、私たちはこうして、同じ時代同じ星に、生きているのである。