『闇の向こう側』の核心を400字、800字、1200字でまとめてみたらどうなるだろうか?

先日、私は

これは前に のなかでも触れたことなのだが、私はこの『闇の向こう側』を創った当初、 私はこのサイトにもあまり執着せ...

と書いた。これは私にとっても自分が

「書く」

ということをどう捉えているかを改めて振り返るのにもとてもいい機会になったのだが、そこに寄せていただいたコメントも踏まえたうえで、私は今まで書いてきたことの核心を、できるだけ短く凝縮して、それぞれ400字、800字、1200字にまとめてみたものを、ここに残しておこうと思い立った。それではさっそく、まずは400字からだ。

 

世界があなただけのものではないとしても、あなたの世界の中心はあなただ。だからそこにはあらゆるエネルギーが集まってきている。そしてそのなかには、あなたを力づけようとするものもあれば、あなたを弱らせようとするものもある。それに、今のあなたには、認識できていないものもある。

だから、その力に無防備ではいないでほしい。そしてあなたが望んで生まれてきたその人生を、あなたらしく生き抜いてほしい。あなたは、死ぬために生まれてきたわけではない。生きるために生まれてきたのである。ここにはきっと、あなたが来るに値すると思っただけのなにかが、たくさんあるはずだ。だからそれを、ぜひ探し当ててみてほしいのだ。そしてそのためには、自分のことも周りのこともよく見つめて、よく選ぶことが必要だ。それは決して簡単ではないかもしれないが、そしてだからこそ私はここであなたと励まし合いながら、1日1日を、一緒に生きていきたいと思っている。

 

それでは次に、800字でまとめてみよう。

 

あなたが今とても死にたいほどつらいのに、それでも生きることを勧めるのは、とても無責任だと思われるかもしれない。だが私からすると、あなたがそのまま自殺してしまうことを看過することのほうが、ずっと無責任だと思う。なぜなら、死んでからだをなくしても、あなたは無になるわけではないし、あなたの今の苦しみは、むしろずっと強まるからである。

もちろん私も、この考えが今の世間の主流派でないことはわかっている。だがもしあなたが

死後の世界なんてない!いいことも悪いことも、死んだら全部終わりなんだ!

という考えを真に受けて自殺してしまったとして、その結果あなたが死後に苦しんだら、世間はあなたのその苦しみの責任を取ってはくれないだろう。すべては最終的には、あなたが選んだ結果だと見なされるからだ。

だが逆にもし、あなたが今そんなにつらいのに、私の言葉に影響を受けて生きてみたとしても、私はきっと最終的には、あなたに恨まれるようなことはないという確信がある。そう言い切れるだけの経験を、私はしてきたからだ。私たちには、自殺によって自分の寿命をいくらでも縮めてしまえるほどの権限と力がある。だがだからこそそれを逆の方向に活かすことができれば、私たちはたとえどんな状況からでも、少しずつ少しずつでも、すべてを好転させていくこともできるはずなのだ。

ただそれでも、生きることは難しいし、つらさも苦しさも、終わることはないように思える。だからもし、あなたは死にたかったのに生きてみて、それでもずっとつらいまま人生が終わってしまったら、そのときは私と一緒に、守護霊さんにひと言文句を言いに行こう。私にできることはそう多くないかもしれないが、せめてそのくらいのことは、私だって責任を持つ。だからどうか、生きてみてほしいと思う。そしてつらいときは、励まし合えたらと思う。そうできる世界であるなら、世界はきっとまだ、棄てたものではないはずだから。

 

そして最後に、1200字でまとめようとするとこうなる。

 

「永遠の愛」とか「揺るぎない真実」などというものを、私たちはどうしても求めたくなる。特に今のような不安で苦しみの多い世界ならなおさらだ。だが実のところ、私たちは既に永遠を手にしている。なぜなら私たち自身が、永遠の存在だからだ。私たちは今生初めて生きているわけではなく、今生死んだらすべてが終わるわけではない。そしてこの

「私たちはそれぞれにずっと存在し続けてきて、それぞれにずっと経験を積んできた」

ということ自体が、揺るぎない真実なのである。

そしてそのすべてを踏まえて、あなたは今回この時代に、この地球に生まれてくることを選んだ。それが簡単なことだと考えていたとは思えない。だがそれでも生まれてきたかったのは、このひどい世界でこそ、他では味わえない貴重な体験ができると思ったから、そしてその体験を活かしてこそ、さらに愛を深めることができると思ったからなのだろうと、私は思う。

そしてあなたもきっと、現実は机上の理論を易易と上回るということも、わかっていたはずだ。しかしそれでも、やってみたかったのだと思う。簡単ではないからこそ、そこに挑むことに、かけがえのない価値を見出したのだと思う。そしてそれは結局のところ、この世界のことが、ここで生きるひとたちのことが、好きだったからだと思う。

だから私は、そんなあなたの

「終わりのない愛の追求」

こそを、永遠の愛と呼びたいと思うのだ。なぜなら永遠とは、まさに永遠をかけて、紡ぎ続けるものだからである。だから本当には、私たちはもう既に、永遠の愛も、揺るぎない真実も、自分のなかに宿しているのである。

とは言っても、今のような状況ならなおさら、生きるのは本当につらい。それに私たちが持っていたはずの決意を忘れさせ、力を削り落とし、永遠を細切れにしようとする力が、世界にはいつも渦巻いている。

だがだからこそ、私はあなたがあなたであることの意味を、思い出してほしいと思う。あなたには、積み重ねて来た経験がある。育んできた絆がある。そしてなにより、全身で温めてきた決意と、諦めることのできない願いがある。だからこそ、あなたも今、ここにいるはずなのだ。

だから私は、そんなあなたを心から応援したいと思う。そしてそんなあなたを阻む力があることを知っているからこそ、あなたと力を合わせたいと思う。そして一緒に、私たちが想い描き、そこにすべてを懸けてもいいと思えた未来を、実現してみたいと思う。

あなたにそんな力などないと思ったとしても、なにもないはずのところには、意外にも様々なものが隠れている。だから、あなたも独りではない。少なくとも、私もここにいる。そしてあなたがいることを、いつも心から嬉しくありがたく思っている。だから言葉で表しきれない、そんな万感の想いを込めて、私はいつもあなたを、こうお迎えしようと思う。ようこそ、闇の向こう側へ。

 

とりあえず、それぞれこのようになった。この字数設定は原稿用紙の字数から来ているのだが、原稿用紙1枚400字は、私たちが1分間でゆっくり読んで伝えられる字数を想定して設定されたとも言われている。つまりもし、ここに初めて来たあなたに、私が1分だけもらえたら、2分だけもらえたら、3分だけもらえたら、それぞれなにを話そうかと吟味した内容がこれである。そしてもちろん、これを全部通して話したとしたら6分になる。

そのうえで、もしもう少し時間があったら、併せて

3月になりました。いかがお過ごしでしょうか? このサイトも開設から丸4年を過ぎたのですが、最近はちらほらと海外からのアクセスも見受けら...

の後半部

こんにちは。ようこそ、『闇の向こう側』(Get Through the Darkness)へ。お会いできて嬉しいです。

から読んでもらえれば、ここの概略が掴めるのではないかと思う。そしたらあとは、あなたの関心に沿って、好きなところから読んでもらえたらいい。そして少しでもあなたの力に変えてもらえたら、とても嬉しく思う。これからもそんな想いを込めて、またなにかを、書いてみようと思う。

コメント

  1. ポニョ より:

    過労死や過労自殺、パワハラについても霊的な観点から一度記事にして頂けないでしょうか?

    • Dilettante より:

      ポニョさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうですね、現段階ではあなたの関心の核心がわかりませんので一般的な話になってしまいますが、まずはっきり言えることは、

      「過労自殺であっても、『本人が後悔する』という点においては、他の自殺と違いはない」

      ということです。ただもちろん、これは本人の苦しみや哀しみを軽んじたり無視したりしているというわけではありません。

      私が言いたいのはもっと素朴なことで、

      たとえどんな事情があっても(そもそも、なんの事情なく自殺するわけはない)、それが自殺である以上は、多かれ少なかれ誰でもが後悔する(その例外に会ったことはない)

      という事実です。そしてだからこそ、それがいいとか悪いとかいう道徳の問題以前に、私はもっと単純に、切実に、自殺だけはやめてほしいと思っています。

      それを踏まえたうえで過労死については、ひとつの観点として

      この職(場)を失うと生きていけない(経済的に破綻する)と思ってしまうことから辞められないのか?

      という捉えかたをすることもできると思うのですが、

      「生きていけないことを恐れて、その結果死んでしまう」

      のでは本末転倒というか、あまりにも哀しすぎるので、なんとか違う道を模索してほしいと思います。

      もちろん、過労によってそんなことを冷静に考える余裕自体が失われているというのもあるでしょうから、できるだけ早い段階で、自分自身と向き合ってみてほしいと願っています。

      ただそのうえで、

      自殺以外のすべての死因は生まれる前に決めてきていると言うのなら、過労死も避けられない寿命だったのではないか?

      という疑問を持つとしたら、それは確かに相当な説得力があるものだとも思います。

      ただそれでも、私は

      私はなんのために生きているのだろう? なんか楽しいことないかなぁ…… 私たちはふとこのような想いに駆られるときがある。これは別の...

      (の返信コメント)に書いたように、どんな死因(寿命)にも2%くらいの変更(伸縮)余地があると考えていますので、その意味で避けられるものであれば、過労死という死にかたは、避けてほしいと思っています。

      少なくとも未来の世界からは、そんなものはなくしたいです。

      それからパワハラについても、一筋縄ではいかない問題なのを承知したうえで、いくつかの切り口を検討してみるとすれば、まずは

      1,パワハラの行為者は、それがハラスメント(相手に耐え難い苦痛を与える行為)だと自覚しているか?

      という問いを立てることができると思います。そしてこの自覚があるとするなら、これはいじめに近似する問題として捉えることができるということになります。

      しかしそうではなくて、行為者にその自覚がないとすれば、今度はその理由について、たとえば

      2,相手の行動を修正するためには、それだけの強い言いかた(接しかた)が必要だと捉えていたということなのか?

      3,たとえ相手に嫌われたとしても、それをバネにして奮起(成長)してほしいと思っていたということなのか?

      4,かつて自分自身が、上司からそのようなやりかたで育てられたために、自分もそれを踏襲しているということなのか?

      というような観点から考えてみることで、問題の核心に迫っていけるのではないかとも思います。

      ただいずれにしても、この2〜4の場合に共通する行き違いは、

      「行為者は、『いずれにせよ最終的にはそれに耐えて糧にできる』と見込んでいたが、受け手にとってはそれは耐えられない(許容量を超えた)ものだった」

      という点だと言えると思います。ですからもしそうだとすると、問題の核心(の少なくともひとつ)はここにあったというわけです。

      ただこの4についてもさらに深く考えていくと、

      4−1,かつて自分が上司からそのようなやりかたで育てられたとき、自分はそれを(少なくとも最終的には)好意的に受け取ることができたか?それとも、ずっとつらいと感じていたのか?

      4−2,かつて自分が上司からされたのと同じやりかたで部下を育てているのは、意識(自覚)的なものか?

      というような切り口を見出すこともできると思います。

      そしてそのうえで、

      「自分が上司にされてつらかったことを、今度は自分が意識的に部下にしている」

      ということなのであれば、それは

      「かたちを変えた復讐」

      だとも言えるものでしょう。

      しかしあるいはそれが

      「自分が上司にされてつらかったことを、無意識に部下にもしてしまっている」

      というのであれば、それはたとえば

      「児童虐待の連鎖」

      にも通底するような問題として捉えることができると思います。

      ですがこの2つの場合とは違い

      「自分自身は好意的に受け取ることができたものだったからこそ、意識的であれ無意識的であれ、それを部下にも引き継いでしまった」

      というのであれば、それをパワハラと見なされてしまったのは、

      「相手と自分の感受性の差を見極めきれなかった」

      という点に原因があるということになります。

      ですからやはり、これも簡単な問題ではないということになるのですが、だからこそ少しずつ少しずつでもそれをほぐしていくことで、未来を今よりもいいものにしていけたらと、私も心から思っています。

  2. ポニョ より:

    Dilettanteさん

    短い質問であるにも関わらず、とても丁寧に回答して下さりありがとうございます。

    生きていけないことを恐れて、その結果死んでしまう

    のは確かにおかしな話です。にも関わらず、過労で沢山の人がなくなっていて、僕にもその気持ちがよく分かる(霊的な書籍は沢山読んでいますが、それでも強く希死念慮が湧くことがあります)ので、やはり未来には過労死なんてものがなるなることを、同じように願わずにはいられません

    パワハラに関して

    形を変えた復讐

    という表現は、非常にしっくりきました…ハート(チャクラ)へのダメージ(痛み)が非常に強く、とても愛情や指導の思いやりなんぞ感じられない叱責でしたから…。うまくやりくりするのに苦労しそうです(笑)

    それでも

    少しずつほぐしていく

    ことはできそうな気がします(何をほぐす?)ので、頑張ります。

    無職だった時にこのブログを読んで自殺を思いとどまった身です。(既に霊的な知識はあって自殺はよくないものだと知ってましたが、それを振り切るくらい強い希死念慮でした)これからも沢山、この世の深淵を解き明かすような記事を書いていって欲しいです。

    では長々とどうも自分語りすいません。丁寧な返答本当にありがとうございました。

    • Dilettante より:

      そうですか、文面から察するに、あなたはかつて無職だったときに自殺したいと思っていたのを思い留まって生きてみたら就職できたけれど、今度は就職先でパワハラに遭って死にたくなることもある、ということなのでしょうか?

      それは、本当に大変ですよね。

      人生というのは常に動き続けていて、いったいいつ休みがあるんだという感じでもありますが、いちどなくなりかけた未来を手放さなかったあなたなら、これからの未来を手放さないことの意味も、きっと掴んでいられると思います。

      それにまた揺らぎそうになったら、いつでもここに来ていただければと思います。

      それから、あなたがご自分の気持ちを共有してくださることは、私にはとても嬉しいことなので、一切気にしなくていいです。

      私は私が思うことや感じたことをお伝えすることしかできませんが、それが少しでもあなたのお役に立てるなら、とても嬉しいです。

      これからも、どうぞよろしくお願いします。