令和始動。下降気流と回転気流のなかで、私もまた一歩踏み出します

北海道はまだ寒さを感じるときもありますが、ともかく5月になりました。いかがお過ごしでしょうか?

本日2019年5月1日、日本は平成から令和へと代替わりを果たしました。これはもちろんあくまでも国内でのこととは言え、私にとってもやはり少なからぬ感慨を抱かせるものでした。そしてだからこそ私も、ここ最近のできごとなども踏まえたうえで、今思うことを改めて整理しつつ、これからのことを考えてみたいと思っています。

私は先日

少し考えてみただけでも、こういう状態で私が文章を書き残すというのは今回が初めてではなく、今までにもときどきあったことだと思うが、ともかく、今...

と書いたとおり、ここ1〜2か月ほどずっと強烈な自殺への誘いに抗っているような状態でした。そしてそれは現在おかげさまで、確かに好くはなっています。

ただ私が今回改めて痛感したのは、

私にもはっきりとした傷や葛藤が多々あり、それを癒やせないでいる以上は、その隙を突かれる可能性はこれからもずっとある

ということです。ですからその意味で、今は

「ひと安心」

ではあっても、これでずっと安心だということでは決してないということなのです。

そしてこれを踏まえたうえで、私がもはやこれ以上なく理解しているのは、

誰にでもある傷や葛藤を足がかりにして、私たちをどこまでも弱らせ自滅させようとする、「無限の下降気流」を生み出そうとしている存在が、確かにいる

ということです。そしてこのような存在・集団を、私は

「負の霊」

と呼んでいるのです。

ただ一方で、これもずっとお伝えしてきたことですが、私たちは誰でも、私たちの喜びとしあわせ、そしてなにより成長を願う存在、集団に見守られ、応援され続けてもいます。これを私は

「守護霊」

と呼んでいるのですが、では先ほどの負の霊が生み出している

「無限の下降気流」

に対して、守護霊が生み出しているものはなにかと言うと、それが

「上昇気流」

だとは、私は思っていないのです。

私からすると、守護霊が生み出しているのは

「無限の回転気流」

とも言えるようなもので、それは決して下降気流に真っ向から衝突、対抗するものではなく、

「下降気流のエネルギーさえも糧にして、最終的に上昇のエネルギーに転化させる」

という意図を持ったものであるように感じられるのです。

そしてこれは、よく遣われるたとえでもあるのですが、

「洗濯機が汚れを落とすために回転する」

ようなものだと思ってもいいと思います。

ただ私がいちばん言いたいのはこのあとのことで、

下降気流だろうが回転気流だろうが、その渦中にいるひとがつらいことには変わりない

ということなのです。そしてこれは、たとえそれが上昇気流であったとしてもそうなのだと思います。だからこそ私たちは結局のところ、こんなにも苦悩しながらもがいているのだろうと、私は思うわけです。

ですからそんななかで、ただ守護霊がいるからという理由だけで無防備でいては、私たちはいつの間にかもみくちゃになって、どこへ行くとも行かないとも知れずにバラバラに引き裂かれ潰れてしまうかもしれません。それに実際、その全員に守護霊がいるにもかかわらず、結果として自殺してしまうひとがどれだけいるかを考えれば、これはもう明らかだとも思います。私に対し、もうずっと前から

危機感のないやつは皆殺しにしてやるからな!

と言ってきた霊がいることを思えばなおさらです。

ではそのようななかにあって、私たちは、私はどのように生きていけばいいのでしょうか?そう考えると私はやはり

「自らの意志」こそがそのカギだ

と思わずにはいられないのです。自らの意志があれば、嵐のなかでも根を張って凌げることでしょう。自らの意志があれば、その嵐から一歩抜け出すこともできるでしょう。

花はどうしてこんなに美しいと思う?咲きたくて咲いてるからなんだよ

という言葉に私は衝撃を受けたのですが、今ではその意味が、以前より増して胸に迫ってくるのです。

 

私には癒やせない傷があり、埋められない隙があり、否定できない弱さがあり、どうしようもない未熟さがあります。ただそれでもそんな私が私として生きていくためには、私はやはりこれからも、自分が望む方向に向かって、自らの意志によって、踏み出していくしかないのだと思います。そして実際、私がここにたとえば

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というような新しい試みを加えたときというのは、ほとんど例外なく

「自分が死を強く意識するほどに弱らせられた、その直後」

だったとも思うのです。

ですからそんな私は、今日ここから、また一歩踏み込んでみようと思います。ただ今回のこれは、なにか特殊なページを追加するとか、今までにない活動を始めるというような際立ってわかりやすいものではありません。ただある意味では今回の変化は、今までのどれよりも重要だとも言えます。つまり私は、

これからは、「より私自身に引きつけた文章」を書いていきます

ということを、ここでお伝えしておこうと思うのです。

 

私は確かに、あなたと同じ存在ではありません。今のあなたが、そして大多数のひとが感じていない、そしてそれ以上に「存在しない」と見なしているものを感じ、見聞きし、対話しながら生きています。肉体を失った存在とも話し、これから肉体を持とうとしているひととも話し、私を憎んでいるというひととも、あなたを憎んでいるというひととも、あなたの大切なひとを自殺させたがっているひととも話したりします。そしてそのことで、泣いたり笑ったり、苦しんだり勇気づけられたりしながら、なんとか生きています。

ですからそんなことを言うと、あなたは私を

「ヘンなひと・狂っているひと」

と思うかもしれません。

あるいは逆に、

「特別なひと・すごいひと」

と思うかもしれません。そして端的に言えば、

「自分とは、違う世界に生きているひと」

のように思うこともあるかもしれませんし、実際に今でも、そう思っているのかもしれません。

ですがそれは、本当は完全に見当外れなのです。確かに私は霊とも対話しますし、霊の世界にも行きます。そして彼らの未来への計画を聴いたり、過去の想い出や後悔を聴くこともあります。ですからその意味では、

「肉体人でありながら、霊でもある」

という部分があるというのは確かです。

ですがそれでも、やはりそれ以上に、私は肉体人なのです。そしてあなたと同じ星に、あなたと同じときに生きています。そうである以上、私もお金のやりくりに苦心したり、食べものをおいしく感じられなかったり、まったく眠れなかったり、友人とケンカしたり、初対面から傷つけられたり、ものを失くしたり、ものを忘れたりしながら生きています。

そして私はずっとからだが弱かったのでなおさらですが、薬を飲んだり、入院したり、手術を受けたりしながら生きてきました。そして一方で、私より元気だったはずのひとが、私より元気をなくしたり死んだり自殺したりするのを見て、どうしようもなくやるせなくなりながら生きてきました。

もちろん、それでもこれは

「私の体験」

であって、あなたの体験ではありません。それと同じように、あなたの苦しみはあなたのものであって、私の経験した、あるいはこれから経験するものとどれだけ似ていても、同じものではありません。ですから私は、それを単純に比べて、大きいとか小さいとか、少ないとか多いとか、そんなことを言えるはずがないということもわかっています。

ですがそれでも、私はやはりあなたとも、必ずどこか似ていると思うのです。今のあなたが思っている以上にずっと、似ているのではないかと思うのです。だからあなたの苦しみは私の苦しみとは絶対に違うのだとしても、やはりそこにはどこか、似たところがあると思うのです。

それに私が守護霊の声を聴けるからと言って、本当には、それがなんだというのでしょうか?実際に守護霊さんのメッセージを聴いたあなたならなおさらおわかりだと思いますが、守護霊というのは結局のところ補佐に過ぎませんし、私たちの主体性を理解したうえで、それを私たち以上に大切にしています。ですから目の前の問題への明快な答えは示してくれませんし、多すぎる選択肢を減らしてもくれませんし、自分の寿命どころか、明日のできごとさえ、なにも教えてくれません。

ですから本当には、

「私たちが、このメッセージを活かして、どう生きていくか?」

だけが問題なのであって、それを活かすも殺すも、私たちの責任と選択次第でしかないわけです。あなたが今日生きているのは、あなたがそう決めたからで、守護霊がそう決めたからではないということです。そしてそれはその逆から見れば、さらに明らかだと思います。

 

ですから私はその意味において、やはりあなたと完全に同じように、完全に同じ世界に生きていると言ってもいいと思うのです。そしてだからこそ、私たちはお互いに出会い、お互いを助け合うことができると、私は信じているのです。

ですからそんな私は、今までのすべてを踏まえたうえで、これからはもっと、私として書いていきます。最初は

猿がシャッターを押した写真の著作権を巡る議論があった。現在のところ、 確かに写真撮影に至るまでの環境作りを行ったのはカメラマンだが、写...

などと言いながら書いていましたが、これから書くものは、もっと私に引きつけたものになります。そしてそれは、実際には、少しずつ少しずつ、今までもそうなってきたものでもあるのです。

ですから先ほども言ったように、これはこの『闇の向こう側』を根本的に変えるほどの話ではまったくありません。それに実際には、ほとんどなにも変わっていないように思えるかもしれません。

しかしもしかしたら、ときには今までよりもっと、まとまっていないものになるかもしれません。あるいは今までよりもっと、わけがわからないものになるかもしれません。ですがそれは、本当は、当たり前のことだとも言えるのです。なぜなら、私の人生はまったくまとまっておらず、未だにほとんどわけがわからないなかで、それでもなんとか、生きているだけだからです。

ですがだからと言って、私はそれがまったくあなたの役に立たないとは思っていません。それに私は別に、ここで

「自伝」

のようなものを書くつもりもありません。なぜなら私の人生そのものが、あなたにとって価値があるものだとは思っていないからです。ただ私は、

私が今まで生きてきたなかで私なりに見出してきたことや感じてきたことを、少しでもあなたにも役立ててもらえたら嬉しい

と思って、書いているのです。そしてもっと言うと

ここになにかを書いている私が確かにいて、それを読んでいるあなたが、確かにいる。そして私たちは、確かにどこかでつながっている

ということを、確認できたらと思っているだけなのです。

 

「令和」

という元号に触れたとき、一見して

「令」っていうのがどうしても「命令」って感じがしてどうもなぁ……

というような感想を持ったひとはけっこういたようですし、私にもそういう印象は多少ありました。

しかしそこからもう少し考えてみますと、

たとえ命令なんだとしても、それが「和せよ」という命令なら、まぁいいじゃないか!

というようにも思えたのです。実際今までの私たちの世界には、様々な思惑を持つ負の霊団からの

壊せ!争え!疑え!憎め!

というような命令がはびこっていて、私たちは知らず知らずのうちにその命令に従わされていたわけですから、それに比べれば

和しなさい!信じなさい!愛し合いなさい!

という命令は、命令の質としては、はるかにましだろうと思うからです。それにそもそも、誰かにそんなことは誰かに命じられたからやるというようなものではありませんし、私は誰に言われようが言われまいが、私が少なくとも今よりは好ましいと思える世界を創りたいと思って動いているだけなので、別に今までと同じように、できることをやっていければいいと思っています。

 

ただそれを踏まえたうえで、私がお伝えしておきたいことは

これからはただ「平和」になっていくわけではなく、むしろその動きは、ますます激しくなっていくと思っていてください

ということです。もうこれからは、

「平成」

ではありません。そして私がずっと言ってきたように、世界の動きは決して止まることなく、これからも激しくなっていくことでしょう。そしてそれは先ほど言ったように、この世界が今、

「過去最大級の下降気流と、そのすべてを見越したうえでの回転気流」

の真っただなかにあるからです。

私は以前

2018年ももうあとわずかになりました。いかがお過ごしでしょうか? さっそくですが、今年最後の文章となる今回は、個人的なことではありま...

というふうに自分の感覚を表現しましたが、もっと言えばこの先の世界の動きは

「U字型」

のようなもので、

「いずれは上昇に転じるにせよ、それまでには地を這うような時期が続く」

ことになると思いますし、真摯に状況を観察すれば、

おそらく、今はまだ底を打ってもいないのだろう

というのが、私の素直な実感です。ですから率直に言えば、少なくとも私自身はいつも、

今よりもう少しは、つらいことが起きるかもしれない。でもたとえそうなっても死なないために、すべてを投げ棄てないために、心の準備をしておかないといけない

と思って生きてきましたし、今もそうです。

ですがこれの最も大切なところは、

これは単なる諦めでも、虚無主義でも、絶望でもない

ということなのです。

今よりもう少しは悪くなるかもしれないと思って、その心の準備をしておくのは、その先も生きるためです。そしてこれはあくまでも

「心の準備」

であって、願望ではありません。ですから

今よりもう少しは悪くなるかもしれないと思って生きてみたけれど、案外そんなにひどいことにはならなかった

というのなら、それがいちばんいいわけです。いずれにしてもこの目的は生き抜くためにあるということ、そこを強調しておきたいと思います。

ですからいずれは、世界はよくなるのです。というか、もしそうならないのなら、もう自ずから滅びるしかないところまで来ているのです。そしてそんな土壇場だからこそ、世界はこんなにも激しく動きながら、日々回りに回り、私たちに問いかけているのです。

そしておそらく、令和の時代は平成と同じくらいかそれ以上に続くのでしょう。ですから令和が終わる頃には、私たちが出した答えは今よりもずっとはっきりとした結果を見せていることでしょう。そしておそらくは、その頃私は、もうこの世にはいないでしょう。そう思うと、やはり私は気持ちをより引き締めて、これからを生きていきたいと思うのです。そしてだからこそ、私はこれからはさらにこの『闇の向こう側』に、文字どおり私の心血を注いでいこうと、そう思っているのです。

これから始まる新しい時代が、あなたにとってますます喜び多いものでありますように。私がここに託す想いが、心血が、あなたを力づけるものでありますように。あなたの心身に、魂に、あたたかさをもたらすものでありますように。心からそう願っています。そしてこれからも、一緒にいい未来を、創っていきましょう。どうぞよろしくお願いします。

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