憧れのひとがいるなら近づいていけばいい。もしいないなら、自分自身が理想を体現すればいい

自分を成長させるということは、どういうことだろうか?いろいろな捉えかたや表現もあるとは思うが、私なりに端的に言ってしまえば、それは

「より自分が望む方向に変わる」

ということだと思う。

私たちは、いずれにせよ変わっていく。それは、たとえ自分がまったく変わっていなくても、周りのひとたちが変わったり、あるいはそのひとたちとの関係性が変わることによって変わる部分もあるからだ。だからどのみち変わるのであるなら、それは自分が望む方向のものであってほしい。そしてそれができたとき、私たちは自分の成長を実感できるのではないかと、私は思う。

とはいえ、自分が望む方向というのを見定めるにしても、それは周りのひとからの影響を受けたものだったり、誰かとの比較の結果として見出されたものでもあると思うし、逆に

「まったくの白紙」

の状態から自分の望みや理想を見出すのは難しいのではないかとも思う。

そのようななかで、ときに私たちは、自分が誰かに憧れているのを自覚することがある。そしてそれは間接的に

「こんなふうになりたい・在りたい」

という願いを見出すきっかけをくれているとも言えると思う。だからもし他に自分なりの成長イメージが掴めないのであれば、その

「自分の憧れのひとに近づく」

というのを目標にするというのは、ひとつの有力な選択肢になると思う。

ではもし、あなたが自分が目標にしたいと思えるような憧れのひとを見つけた場合には、具体的にどうやってそのひとに自分を近づけていけばいいだろうか?

もちろん、そのひとの内面の価値観や世界観を窺い知るのは少なくともいきなりは難しい。だがそういった内面は、実のところ相当部分が外に表現されているものでもある。

だからそう言った意味で、私ならまずそのひとの食べ物を知ろうと思う。なにを食べているかというのは、精神やエネルギーにも、相当の影響力を持っている。だから憧れのひとの食べ物を真似ることで、自分が相手に近づくことは間違いないと思う。

またそれと同じような意味で、相手の服装や髪型を真似るのにも効果はあると思う。服というのは、その着用者のエネルギーを変えたり補強したりするという観点で、本人のエネルギーに大きな影響を与えるからだ。それに髪型も、最も基本的な、服装の一種とも言える。そして髪型や髪色を変えてみるとどれだけ気分が変わるかというのは、試してみればすぐにわかるとも思う。

それに加えて、相手が持っている調度品や小物類などを真似てみるのもいいと思う。私たちは自分の身の回りに置いているもの、特にそれが長期間に及ぶものであればなおさら、そういったものから大きな影響を受けているからだ。

そしてそういったことを踏まえたうえで、相手の立ち居振る舞い、そのなかでも特に言葉遣いやその速度を真似てみるというのも大きな意義があると思う。これは先ほども言った相手の価値観や世界観を理解したり採り入れるのに、大きなカギになるからだ。

ただもちろん、これをなにからなにまで完全に実践するのは無理があるし、そもそも私たちはひとりひとりが違う存在なのだから、どこまで行ってもまったく同じにはなれない。それにもっと言えば、私たちは仕事や住む場所にも大きな影響を受けるし、一緒にいる時間の長い周りのひとたちからも影響を受け合っているのは明らかである。

だからそれも含めて完全に同じような環境に身を置くことはできないのだが、それでもできる限りの部分で相手を真似てみることで、相手の要素を自分に採り入れることができるのは確かだと思う。そしてそれは短時間試してみるだけでもいいのだが、それを長時間続けていくことができれば、それはまさに自分の身につき、自分自身を望んだ方向に成長させることにつながるというのも、確かに言えることだと思う。

 

だがそのような

「自分にとっての憧れのひと」

が見つからないというひともいると思う。

その場合は、

「自分のなかにある『理想の自分』を引き出し、それを育てていく」

という入口から入っていけばいい。

私たちは、多くのひとに囲まれ、関わられながら生きている。だからそんなひとたちを見て、

自分だったら、こんなことはしない

自分だったら、あんなふうではなくてこうしたい。こうされてみたい

というような感想を持つことが必ずある。だからこそ、あなたは少なくとも今のところ、誰に憧れることも、理想を見出すこともできずにいるのだから。

だからそんなあなたは、他のすべてのひとを

「貴重な参考事例」

とし、そのいいところは伸ばし、嫌なところは改善して、その結果を自分の糧にして身につけていけばいいのだ。そうすれば、いずれあなた自身が、

「あなた自身の理想」

を体現した存在になれる。そしてそうなれば、もちろんあなたは自分の成長を、確かに実感できるようになるだろう。

 

私たちはひとりひとり全員が、必ず成長できる。つまり

「より自分らしく、自分にとって望ましく、自分に誇れる自分」

に変わっていける伸びしろを持っている。そしてそれは、尽きることがない。だからそこに終わりはなく、私たちはどこまでも、自分の可能性を拓いていくことができるのである。

私たちは、永遠の存在である。だからその永遠に飽きず腐らず呑み込まれず、なんとかして

「存在するに値するなにか」

を見つけていくしかない。そしてこれは私たち全員の共通課題なので、参考にできるものはいくらでもある。だからあとは、それぞれがどうするかだけだ。そういった意味で、私もなにかあなたのお役に立てれば嬉しく思う。この『闇の向こう側』に書き残されているすべては、そのための参考資料集なのである。