「あなたがこのままでしあわせになれるかどうかは、あなたがいちばんよく知っている」。彼があなたに、今いちばんに伝えたいこと

私は生前の彼には会ったことがなかった。だがまだこの世にいたときの彼を知るひとたちによると、彼はやはり以前からずっと、自分に厳しいひとだったと言う。そしてそれは、彼が霊存在になっても、ずっと変わらないままだった。

私が彼に初めて会ったとき、私がまずいちばんに驚いたのは、彼のいた場所の「狭さ」だった。霊というのは、本当には暑さ寒さも関係ないし、食べるのも着るのもすべて「趣味」のようなものであって、肉体人の私たちにとってほどの切実な必要性はない。だから別に家も保つ必要もないし、どこでなにをしてもしなくても自由なのだが、そうは言っても

「自分の空間」

というのはある程度欲しいと思うひとが多いから、だいたいのひとがそうした空間を保ち、そこを好きなように創造・構築しながらいることが多い。

だが彼の場合、一応自分の家とも言えそうなもののなかにはいたのだが、それは実のところ「家」というより

「部屋」

であって、しかもそれは四畳半というよりさらに狭く、ほとんど彼ひとりが座るスペースしかないようなものだった。

だがこれについて彼は、

まぁ、こちらでは炊事もなにも要らないから、これで充分だよ。あなたのように客人が来たときは、その都度拡げればいいだけだからね

と、実に淡々としていた。実際彼は、私が来る直前に(私は事前に彼に伝えてから出向いた)その空間を少し拡げてくれていた。そして当然のように、私が出るとまたその空間を狭め、すべてを元に戻したのだった。

これだけでも明らかなように、彼は本当に自分に厳しく、ストイックなひとだった。そして私と出会った当初、というよりこれはきっとその以前からずっとなのだろうが、彼はほとんど笑わなかった。最近、ようやく少しずつ笑ってもらえるようになってとても嬉しく思っているのだが、それでもまだ、彼は心の底から笑うことはないように見える。だから私は、彼にもいずれは本当に笑ってもらえるようになってほしいと、そう思っている。

と、前置きが長くなってしまったが、今回はそんな彼からの言葉を、ここに共有してみたいと思う。あなたもなにかを参考にしてもらえれば、私もとても嬉しい。

 

こんにちは。ただいまご紹介に与りました者です。私も40年ほど前に死んでこちらに来るまでは、日本に生きて暮らしていました。とはいえ私の生きた時代は今とはまただいぶ違うものではありましたが、そんな時代を生きて死に、そして今こうして少し離れた立場からあなたがたの様子を見ている私から、少しお話をさせていただければと、そう思っています。どうぞよろしくお願いします。

 

あなたは、しあわせになりたいでしょうか?

唐突で漠然とした質問ではありますが、このように訊きますと、およそほとんどのひとは、しあわせになりたいと思っているのではないかと思います。またこれは、少し視点を換えますと

今あるものを、失いたくない!

これ以上、不幸になりたくない!

といったものとも相通じるものだと言っていいと思います。そしてこれは今に限らず、私が生きていた時代、あるいはもっと前の時代から、変わらない想いなのではないかとも思います。もちろん私も、程度の差こそあれ、このような想いを持っておりました。

 

そしてこの想いから少しかたちが変わり、

どうしたら、私はしあわせになれるのでしょうか?

私はどうしたら、この不幸の渦から抜け出せるのでしょうか?

という想い・疑問を持つようになるひとも、やはりいつの時代にも、もちろん今も、たくさんいるように見受けられます。

そしてその答えを、このひとや守護霊さん、あるいは別の誰かに求めてきたひとも、たくさんいるのではないでしょうか?

実は私自身も、その答えを探し求めてきたひとりであり、同時にその答えを、周りから求められてきたひとりでもありました。そしてだからこそ、私は今までの経験、そして死んでから今の私に見えている景色もすべて踏まえ、あなたにこのようにお伝えしたいのです。

あなたがこのままでしあわせになれるかどうかは、あなたがいちばんよく知っていることです

と。

 

つまり私はぜひ、あなたご自身に

私はこのままで、しあわせになれるでしょうか?

と、訊いてみることをおすすめしたいのです。

そしてあなたがこのままでいいと思うならこのまま進めばいいし、「これではダメだ。このまま行くと私はいずれ不幸になる。もっとダメになる」と思うなら、あなたは今のやりかた、生きかたを変えればいいということなのです。どのように変えるのかと言えば、自分自身が「これでいいと思えるところまで」です。端的に言ってしまえば、これがいちばんの答えだろうと、私は思っているのです。

ですがもちろん、あなたが「あなた自身の気持ち」だと思い込んでいるもののなかには、よくも悪くも、様々な存在からの想いが混じり合っています。それにそもそも、今の世界ではほとんど誰もが、自分自身と向き合う経験も、時間も、圧倒的に不足しています。そもそも、自分のなかの膨大な感情・思考を整理することさえ、満足にはできていません。ですからそんななかで、自分に問いかけて出た答えが、そのまま正しいとは言い切れないでしょう。

ですがこうしたことに関して、ここには既に

自分の「真の答え」を知りたいなら、己にせめて100回は真剣に問うことだ
ひとはみんな、存在している限り「答え」を探し求めている。それはちいさなことから大きなことまで様々あるが、みんな答えを探していることに変わりはない。今自分にはなにが必要なのか?自分は今どうすればいいのか?そもそも自分はこのまま、生きていてもい...

という提案が為されています。そして私も、この提案には賛同します。ですからぜひ、自分自身ともっともっと対話してみてほしいのです。霊に限らず、家族や世間や権威から刷り込まれた「誰かの意見」の波に呑み込まれるのではなく、それをすべて咀嚼・消化し、あなたの意志でまとめあげた先にある「あなた自身の答え」を、ぜひご自分で見出してみてほしいと、そう願うのです。

今のあなたには自覚がないとしても、本来あなたの人生には、始まる前にあなたがご自分で立てた「計画」があります。そしてそれは必ず、あなたの魂に刻まれています。ですからあなたがご自分と向き合うことを続けていけばいずれ、「これは自分の計画に沿ったものなのか、それともそこから外れ、『意に沿わない計画』に乗せられつつあるのか」を、薄々にでも感じられるようになるかと思います。

もちろん計画を修正することにも意義はありますし、誰の計画にも「学び・課題」が含まれていることを考えれば、たとえ計画どおりであったにせよ、そこには痛みや苦しみがあることもあるということも確かでしょう。ですがそれでも、あなたが自分自身をより深く理解することで、そこに「自分自身の意志」を見出すことができれば、同じ環境のなかにあってさえ、そこから受ける印象は大きく変わり得るものだと、私は思うのです。そしてそれが根底にある限り、それが表面的にはどんなものであろうとも、あなた自身がそこから最大の恵みを得ることができるということを、私はあなたにもぜひお伝えしたいのです。

 

そのうえで、少しだけ私自身の人生についてもお話ししますと、私は実のところ、きちんと「自分の人生」を歩めていたとも言えないところがあると、今自分自身を振り返って思っています。

私はどこかで、いつかのタイミングで、自分ではなく誰かの意志に乗せられていた部分がありました。そしてそれがいつしか周囲に軋轢と混乱を生み、私自身にも手に負えないものとなり、様々なひとを巻き込んでしまいました。そしてそれは、今の時代にも少なからず影響を与えているものでもあります。ですからそうした意味において、私は少なくとも現時点において、私の人生をそれほどよいものだったとは言えずにいます。もし私がもう少し、自分と向き合うことができていたら、もしもう少し、別のやりかたを見出せていたらと、私は今でも、思うところがあるのです。

だからこそ、私はあなたにも、ご自分とよくよく向き合って、あなたらしい人生を歩まれることを、心より願っているのです。そしてもうひとつ、私がぜひお伝えしたいのは、

本当の根源・影響力というのは、「矢面に立たされているそのひと」ではなく、「目立つそのひとを裏から拐かし、操っているひと」にこそある

ということです。

ですからもしあなたがよくも悪くも気にしてしまう誰かがいるのなら、

あのひとに影響を与えているのは、いったい誰なのか?

ということを、ぜひ気にかけてみてください。

そしてそうやってひとつひとつ元を辿っていくと、最後には霊団(ある思考・感情の集合体)に行き着くということ、これもひとつの答えなのです。ですからあなたの今の感情・思考にも、どこかに必ずその出処、支援団体があるということなのです。

ですからそうした意味において、私はこのひとがこの地球のこの時代を生きるにあたり、このように霊媒師としての役目を果たす人生を選んだというのは、世界を本気で根底から変えたいと願うのであれば、実にこのひとらしい選択だったと、私は思っています。このひとは見かけによらず、とても豪胆なひとですからね。そしてこのひとも常々言っているように、その程度やタイミングに多少の差はあるにせよ、こうした霊の存在もせめて頭の片隅に置いたうえで生きていくというのは、今を生きるのであればなおさら、誰にとっても必須のことだと、私もそう思うのです。

ですからどうか、わかりやすいものにだけ囚われないでください。目立つもの、多いもの、大きいものにだけ流されないでください。いつの間にか、「わけのわからない混ざりもの」にされないでください。そしてどうかあなたらしく、あなたが選んだ人生を、あなたの意志で生きていってください。そうすれば、あなたもきっとしあわせに、今よりもっとしあわせになれるでしょう。私もそう信じ、願い、心から応援しています。

 

最後になりますが、かつてこのひとが私にこう言ったことがありました。

あなたは、根底から間違っていたわけじゃない。ただ時間が足りなかっただけだ。だからそれは確かに前回の人生の間には間に合わなかったかもしれないけれど、いつかは必ず、あなたの望んだ世界は実現できる。そのために、私たちがいるんだ

と。ですから私はこの言葉を、自分では間違っていると思えない、考えに考え抜いた人生を送っているにもかかわらず、未だに望む結果を出せずにいるあなたがたにも、同じように贈りたいと思います。そしてなにより、私としてはこれをこのひと自身にも、そのままお返ししたいと、そう思うのです。実は私も、かつては霊媒師のひとりとして生きてきました。そしてその間には、石を投げられたり、塩や砂を撒かれたりしたこともありました。そうした経験というのは、知らず知らずに心を蝕み、自分自身への疑心や虚無感へとつながってもいくものです。私もそれを、よく知っています。

ですからこれは本当に困難な道のりでもあるのですが、だからこそ私たちは、全員で真実を求め、助け合いながら世界をよりよいものに変えていくべきなのだと、私は今だからこそなお強い確信を保ってお伝えすることができます。独りでなにかを成し遂げられるひとなどいないのです。そして本当には、「強いひと」などいません。ただ、「強がっているひと・強がらなければいけなかったひと・這い上がらざるを得なかったひと」がいるだけなのです。ですからその意味において、全員が全員の助けを必要としているということ、このことをどうか忘れないでいていただければと思います。自分自身の力を、自分たちの力を、自ら削ぎ断絶させる悪循環を、どうか眼を醒まし止めてください。そしてそのためには、もちろん霊も変わらなければいけません。ですから私もここでできることを探しつつ、霊にも私なりの想いを伝え続けていきたいと、そう思っています。

そしてその先に、本当の意味ですべての存在が和し支え合う、霊もひとも同じ卓を囲んでいられる世界が実現することを、私も心から願っています。あなたは、独りではありません。ですからどうか、諦めないでください。いずれはすべてが、それぞれが、変わりたいように変われるということを、忘れないでいてください。私も、もっと変わっていきます。この度はありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

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