「じゃああなたは、地縛霊だってことですか?」。「神」を名乗る相手に怒られても、伝えなければいけないことはある

前回私は

すべての霊媒師への提案。「直接体験」を積み共有すれば、世界は一気に変わっていく
私はここに、「霊媒師」という立場から、文章を書き綴り、それを共有している。だがこのような霊的なこと、体験というのは、少なくとも現代のような社会にあっては、 「嘘・妄想・狂信・詐欺」 などと見なされることが多いものだということを、...

と書いた。そこで今回もその流れを引き継いで、私自身強く印象に残っている体験を、ひとつ共有してみたいと思う。これは言うなれば、

「『神』に怒られたときの話」

である。

○○神社に来なさい

と言われたら、あなたならどうするだろうか?これはある意味では、

「神のお告げ」

と言ってもいいものかもしれない。だが私は、どうしても疑問に思ったことがあったので、率直にこう訊き返した。

なぜですか?

すると彼は、少しだけ意表を突かれたような顔をしつつも、なお厳かな雰囲気を保ちつつ、

伝えたいことがあるからだ

と、短く答えたのだった。だが私の疑問はむしろますます強まるばかりだったので、私は、

でも今私たちは、こうやって話ができてるじゃないですか?だったら、伝えたいことは今ここで伝えていただいたらいいのではないですか?

すると彼は、少し語気を強めて、

私は神の眷属として、神のご意向を伝えに来たまで。神ご本人は、お前が来るのを待っている。だから、できるだけ早く、会いに行きなさい

と言うのだった。しかし私は、どうしても納得がいかないというか、腑に落ちないところがあった。だから

でも考えてみてください。私が今いるここから、あなたの言うその神社に行くのはとても遠いです。それには時間もお金もかかりますし、もちろん体力だって消耗する。それより、あなたがたは霊なのだから、一瞬でどこでも移動できるじゃないですか?もちろん、お金もかかりませんし。だったら、そのほうがずっとよくないですか?

と、率直に訊いてみた。すると彼は、いよいよ気分を害した様子で、

無礼者!

と、私を一喝して、さらにこう続けた。

お前は人間なのだから、お前がこちらに会いに来るのが当然だろう!それにこちらはただの霊ではなく、神なのだ!それを呼びつけるとは、どういう了見だ!

しかし私は、ここまできた以上、とことん自分の想いや意見をぶつけることにした。そもそも、私の知る「守護霊」さんたちであれば、そんなことで気分を害することなどないし、むしろ双方の想いを徹底的に交流させることこそを、よしとするものだからだ。それに私自身、

「相手と自分のズレの原因」を、はっきりさせたい

という想いがあった。そして少しずつ、それは明らかになっていく。

ですがあなたたちだって、こうして私を呼びつけているじゃないですか?それにどうしてもと言うなら、あなたの神社にもっと近いところに住んでいる、もっと適切なひとに頼んだらいいんじゃないですか?

と私が言うと、

当然だろう!こちらは神なのだ!神に呼ばれることは、光栄なことであろうに!

と、彼もますます語気を強める。それに私が、

それではあなたがたにとって、私たち肉体人とあなたたちは対等ではないということですか?

と訊いても、

対等などと言えるはずがないだろう!

とにべもない。

ただそれでも私は私の想いを伝える以外にないので、

そうですか?もちろん私も、霊の方々には感謝していますよ。ですが霊だけではなにもできず、ひとだけではなにもできないのがこの世界でしょう?だからこそ、お互いがお互いを補い支え合い、生きていくのが理想ではないのでしょうか?そしてそうであればやはり、私たちとあなたがたは、私とあなたは、互いに対等ではないのですか?

と言ってみたのだが、彼はさらに怒りを燃やしつつあるようで、

人間の分際で勘違いも甚だしい!しかもこちらはただの「霊」ではない、神なのだ!神が浮わついてあちらこちらに飛び回れるはずがないだろう!神は、神社におわしますものなのだから!

私は、彼の口調が全体的に、

こんなこともなぜわからないんだ!

という雰囲気に満ちていることを充分に感じていた。だがそれでも、私はこんな中途半端なところで、わかったふりをして想いを呑み込みたくはなかった。だから多少の危険は覚悟のうえで、ついに踏み込んでみることを決めたのである。

あなたがたは「神」だから、自由に飛び回れるわけがないと?いやいや、そんなこと言ったら、それはもう「地縛霊」じゃないですか?地に縛られている霊、まさに地縛霊ですよ!神様というのは、神社におわします格の高い霊というのは、実際みんな地縛霊だとおっしゃるんですか?そんなのおかしいですって!よく考えてみてくださいよ!

先に書いたように、私も内心、多少の危険は覚悟してこのような発言をしていた。というか、多少の危険を怖がっていては霊媒師は務まらない。だがこれを口にしたとき、彼の怒りはついに振り切って爆発したように見えた。

ふざけるな!傲岸不遜な態度もいい加減にしろ!

それは文字どおり、激怒という他ないものだった。

言うに事欠いて、神に向かって地縛霊だと?どれだけ無知で傲慢なことを言っているのか、わかっているのか!わかっていないから、そんなことを言ってのけるのだろうがな!神は、その神社に鎮座しながら、お前たちを見守っておられるのだ!だからこそ、その場を離れることはできないのだ!その1点だけを捉えて、地縛霊などと混同するとは、本来申し開きの余地もない、不敬の極みだ!

しかし私は、この程度の激昂というか、もっとひどい罵詈雑言さえも日常的に受けてきたので、そんなことで縮み上がることもなかった。というよりもっと精確に言えば、そんなことで縮み上がっている「場合ではなかった」。私は霊媒師として、どうしてもここから眼を背けるわけにはいかなかったのだ。だから、私はなおも

あなたの言う「神」というのは、そんな少し移動しただけで力を失うような、そんなちいさなものなのですか?神社とか本殿とか拝殿とかいう、そんな特別な場所に居座らないと力を発揮できないとでも?もしそうだと言うなら、それはなぜですか?「人間が手向けてくれる信仰心・依存心」が糧になるからですか?ですがそれならなおのこと、私たちとあなたたちはお互いにお互いを必要としている、対等な存在だということになりませんか?それにそもそも、そんな不自由な存在が「神」だなんて、おかしいと思いませんか?あなたたちこそが、なにか勘違いをしているのではないですか?あるいは誰かに洗脳されているのでは?そうではないのですか?

と、想いの丈をぶつけた。怒られようが激怒されようが、伝えなければいけないことはある。そして肉体人だけではなく、霊もまた勘違いを起こし、洗脳され、間違い、嘘を真実と思い込むことがある。私は、それを知っている。知っていることは、伝えなければいけない。そもそも相手がそんなに不自由で窮屈な存在に成り下がっているのは、間違っている。だから私は言った。そして案の定、というか想像以上に、私はひどく怒られることとなったのだった。

こちらが寛容にしていればつけあがって、ここまで傲慢を極めた人間を見るのも初めてだ!お前は必ず、近いうちに後悔することになる!骨の髄まで後悔に震え、咽び泣く思いをすると思え!お前の言動は、すべて記録されている!八百万の神々を侮辱したこと、その罪の重さを身を以て味わうがいい!

 

結局、私たちの話し合いはこうして終わった。そしてそれから10年以上経った今も、少なくとも私はこうして生きている。もちろんそのなかで苦しいことは多々あったし、今でもあるが、それが

「神々の祟り」

だとは、私は思っていない。そして私は未だに、その神社には行っていない。

ただこれは別にその神社だけを避けているわけではなくて、私はそもそも、今まで神社仏閣その他宗教施設も含めて、数か所にしか行ったことがない。これは幼少期に連れて行かれたものも含めての数だし、お祭りなどが理由で行ったものも除けば、自発的にはほとんど行ったことがないと言ってもいいと思う。

そしてそのことを否定的に捉えるひとは霊だけでなく肉体人にもいるとは思うのだが、それに対して私としては、

少なくとも、こんな私でも、このくらいの霊媒師にはなれる

と言うことはできると思っている。そしてそのうえで、世のなかの霊媒体質者のなかには、神社や宗教施設に限らず、

○月○日に、○○に行け!(行きなさい!行かないとダメだ!)

誰にも見られずに、○○をしろ!

というような「指示」を受けることがあるということも、私はよく知っている。それにそれが

「『神』や『聖人』あるいは『守護霊』を名乗る存在」

からのものだったら、それを

「ありがたいお告げ」

として受け止め、なんとしてもそれを実行しようとするひとたちが出てくることも知っている。場合によっては、それに時間や労力の限りを尽くすだけにも留まらず、借金をしたり睡眠時間を削ったりして、そこに「全力以上」を注ごうとし続けるひとすらもいるのだ。

もちろん、私は私の生きかたや考えだけが唯一の正解だとも思っていないし、誰もが同じ選択をすべきだとも思っていない。だが相手が肉体人であろうが霊であろうが、相手がなにを名乗っていようが、もっと言えばたとえ相手が本当に守護霊なのだとしても、自分の行為はあくまでも

「自分の意志と選択」

によって行われるべきものなのだから。

神社に行くのが悪いのではない。あなたが神社が好きで、行けると嬉しくて楽しいから行くと言うなら、それはどんどん行ったらいいと思う。だから私は別に、

「あなたが神社に行くこと」

を止めたいのではない。私が止めたいのはそうではなくて

わけもわからず言われたことに従って、わけもわからないことをしてきた結果、結局なにもわからず、なんの感慨も残らず、よくわからないままに日々が流れていった……

というふうなことになることなのだ。ただこれに対しても、

でも未熟な私たちにはわからなくても、そこにはそれなりの大きな意味があるかもしれないし、そもそも自分の行動の意義に最初から気づいてないことなんて、いくらでもあるんじゃないですか?だから「自分で意味がわからなかったから」というだけで、意味がない・やらなくていいということにはならないのでは?

というような意見が出てくることもあると思う。だがそれでも私は、

もしそれが「絶対に必要なこと」なのだとしたら、その実現のためにはいくつものバックアッププランが立てられているはずで、あなたがやらなくても他の誰かが代役に立って、役を果たしてくれるはずです。だからその意味で、「絶対に今でなければならず、あなた以外には絶対にできず、やらなければ確実にひどいことが起き、取り返しはつかない」ということなど、それこそ「絶対にない」とまでは言えないにしても、まずそうそうないです

ということは言えると思う。そしてそのうえでやはり、

「そのような指示をしてくる相手は誰なのか、そこにはどんな意図があるのか、それは本当にあなたの味方なのか」を、よくよく考えて、向き合ってみてください。そして相手が本当にあなたの守護霊なのだとしたら、守護霊さんはあなたが何度質問しても、疑って反論して食い下がっても、そのこと自体を咎めたり、ましてそれで気分を害してあなたを見放すようなことは、決してしないものです

ということは、はっきりお伝えしておきたいと思う。

 

それに今までも少しずつ伝えてきたことでもあるのだが、これから社会のすべてが根本的に変わっていくのに伴って、神社仏閣に限らずすべての宗教団体・宗教施設の在りかたは、例外なく変わっていくことになる。そしてそれは、

肉体人も霊も、それぞれの思い込みを外し、改めていくことになる

ということなのだ。そしてそのときには、もちろん霊媒師・霊媒体質者の役割も重要になってくる。だから私もそのひとりとして、

「あなたより少しだけ早く深く、霊と関わり続けるようになったひと」

として、あなたにも私の体験を参考にして一緒に考えてほしいと、そう願っているのである。

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