時間帯による負の念の変動。私が「精神病患者」だと見なされるのも無理はないが、だからこそ私が伝えたいこと

私たちは、日々たくさんの負の念を受けながら生きている。これが

「異常事態」

であることは間違いないのだが、少なくとも現時点では、世界全体がまだまだ異常なので、そこに生きる私たちも、当然のようにそのようななかに置かれているということである。

だが私は、少なくとも今の一般的なひとたちよりは、自分の置かれている状況に自覚的であり、私がやろうとしていること、そして現に取り組んでいることを鑑みればなおさら、負の念を与えられ続けるのもしかたないことだと思っているので、そこに以下に対処するかが常に喫緊の課題であることを、よくよく理解しているつもりでいる。

だがもちろん、それはどこまで行っても完璧ではないし、私自身がそもそもまだまだ未熟なので、四六時中最大限の防御態勢を整えておくというのは、率直に言って至難の業である。

だが、そんな私の長年の試行錯誤とその途中経過をあなたと共有しておくことは、あなたが霊媒体質であろうとなかろうと、負の霊の存在にどの程度自覚的であるかにかかわらず、どこかには参考にできる点もあるだろうと、私は思っている。そして、今回は特に、

「時間帯による負の念の変動・強さの移り変わり」

に着目して、私なりの一例を、お話しできればと思う。

 

まず結論から言うと、私が最も負の念の影響を強く受けているのは起き抜けである。というのも、やはり眠っているときには起きているときよりもどうしても無防備になりやすいようで、以前から

悪夢の原因。世界に喜びが満ちたとき、私の見る夢も大きく変わってくれるかもしれない
あなたは、昨夜の夢を憶えているだろうか? いい夢だった というひとや、 嫌な夢だった というひと、あるいは 夢は見ていない というひともいるかもしれない。この「夢」というのはとても不思議な現象で、なぜ夢...

とも書いているように、夢を憶えている場合のほとんどが悪夢である。しかも、今朝の夢もそうだったのだが、私はよく、夢のなかで殺されるのである。

もちろんこれを霊的な観点を除いて、

それはあなたの罪悪感が、夢に表れているということなのではないですか?

という解釈をするひともいるとは思う。それに実際、私は過去に傷つけたり哀しませたりしてしまった多くのひとたちに対して罪悪感を保っているという自覚もあるし、そもそもずっと昔から、いわゆる

「自己肯定感」

のようなものは低いと断言できる。だから、そうした影響がまったくないとは思っていないのだが、それにしても今日のように、

「明らかに異形のなにかに追い回されたあげく、頭を掻き切られて殺される」

というような夢を、それも連日のように見るということについて、その原因が私のなかだけにあるというのは、どう考えても解せない。それになにより、たとえそれが負の霊の影響だとかそういう議論をいったん脇に置いたにせよ、そんな夢を見たあとの私の精神状態がいいはずがないというのは、誰にも明らかなことだと思う。

だから私は、基本的に起き抜けの精神状態は最悪である。というより、目覚めてすぐは、自分が生きていることに驚くことすら少なくない。胸のなかにはどす黒い重石と靄が撒き散らされたような感覚があって、ただただ呆然とするような気分に囚われそうになる。

これはいつまで経っても慣れることのない嫌なものではあるのだが、かといってその感覚に浸り続ければ1日どころか人生が朽ち果ててしまう。

だから私の朝は毎回、まずその負の念をできるだけ薄めるところから始まる。まず、トイレで息を吐ききってしばらく気を落ち着けてから、顔を洗って歯を磨く。そうやって、

「自分の生の感覚」

を取り戻すのである。

大切なのは、このときにテレビやネットから、自分に大量の情報を流し込まないことだ。そこにはたいていひどく哀しいことや感情を揺さぶる情報があふれているので、それを弱り目にそれを摂り込んでもろくなことにはならない。だからその代わりに、たとえば好きな音楽をかけたり、好きな写真や風景画を見てみたりするのだが、それすらできないときには、ただ単純に、できるだけぼんやりと過ごし続けて、ひたすら気を落ち着かせる。

毎朝がこんな調子なので、私は家を出るとき、あるいはなにか重要な活動をする前には、最低でも1時間半、できれば2時間以上早く起きるようにしている。そしてもう長いこと、朝食なしの1日2食の生活を基本としている。

そうこうしているうちに、だんだんと

「活動できる私」

が準備されて来るのだが、そうは言っても午前中はまだまだ本調子ではなく、11時頃くらいから、ようやくギアがかかってくる感じがある。そして昼食を終えひと息ついた14時頃くらいに、

「私が最も調子のいい時間」

が始まり、それが夕方、おおよそ18時頃まで続く。そしてそのあたりに、可能であればお風呂に入ったりして休みを取りつつ、改めて気を整える。

というのもそれから20時頃までの間は、また負の念が強まりやすい時間帯だからなのだが、それに対応しつつ夕食を摂ったりいろいろなことに想いを巡らせたりしつつ過ごし、そのうちに眠ることになって、1日の幕が下りるというわけである。

ただ本当のところ、私にとって眠ることというのは、

「嫌な夢に苦しめられること」

とほとんど同義なので、その意味では私はできることなら眠りたくないとも言えるのだが、そうは言っても肉体を休めるには眠りは欠かせないことでもあるし、そもそも私は朝ほどではないにしろ深夜にも強くはないので、それなりの時間には、眠りに就くことにしているというわけである。

 

これが、

「概ね平穏に過ぎた場合の、私の1日」

をざっくりと書き表したものである。ただ実際には、ここに

「負の霊との対話や衝突」

も含めた様々な不確定要素が入ってくるので、なかなか私の思い通りにはならない。だが大まかに言えば、概ねこのような負の念の(負の霊の妨害)の強さの波があるということはできると思う。

ただ改めて言っておくと、これはあくまでも今の私の実態を基にした話であって、霊媒体質者すべてに共通する傾向とまでは言えないし、実際そうではないという点には、注意を促しておきたい。

たとえば、私もそのような時期があるのだが、負の霊が深夜にあまりにも強く干渉してくるために、そもそも眠ること自体が難しく、寝ては起き寝ては起きを繰り返してしまうひともいる。

あるいは逆に、霊よりもむしろ肉体人の念や感情の波のほうに強く影響を受けてしまうひとの場合は、却って深夜、たとえば24時以降のほうが調子がいいというひともいる。そしてここに、一般的な

「ロングスリーパー/ショートスリーパー」

の体質差なども含めて考慮すると、すべてのひとを一概に言うことができないというのは、ごく当たり前のことだとわかってもらえると思う。

ただそうしたことを踏まえたうえで、このような私自身の感覚について言えば、

これは実のところ「うつ病患者とされるひとたちに一般的に見られる傾向」にとても近しいところがある

と思うのだ。

というのも、たとえば

抑うつ気分は1日の中でも波がみられることが多く、朝方は最も気分が落ち込んで、午後から夕方にかけて症状が軽くなることがあります(日内変動)。

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一般には午前中が不調で,夕方から夜にかけて少し元気になります.一日中ずっと同じように落ち込んでいるわけではないので,「単に気分の問題で,怠けているのでは」と軽く見られてしまい,うつ病が見逃されてしまうことがあります.しかし,日内変動があることの方がうつ病としては典型的であるということを知っておくことが大切です.

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と書いているのは、そのまま私自身にも当てはまるからである。

だからその意味で、

あなたは実のところ、うつ病患者なんじゃないですか?

と言われたら、私にはそれを明確に否定し、あなたを説得するまでの力はない。それどころか、以前から言っているように、もし私が精神科か心療内科に行って、私の現状をありのままに話したら、ほぼ間違いなくなんらかの

「病名」

がつくと思う。だからこそ、現時点であなたが私を

「病人」

と見なそうとするのであれば、それはもうしかたがないとも言える。

統合失調症患者や多重人格者は、私となにが違うのだろうか?
「統合失調症」という言葉を聞く機会は、以前よりずっと多くなったように思える。一説によると少なくとも100人にひとりくらいの割合で統合失調症患者が存在するとのことで、その他「人格障碍」に分類されるものを含めると、その数はもっと多くなるらしい。...

ただ、その弱みを認めたうえで、私からの意見を聴いてもらえるのであれば、私としては実のところ

今『うつ病患者』と言われているひとたちは、本当は『負の霊の影響を強く受けているひとたち』なんじゃないですか?

と、逆に訊き返してみたいのである。

そしてもし、あなたがこの考えに賛同してくれるのであれば、

それならその問題に対しては、「薬物を投与する」のではなくて、原因となっている負の霊と向き合う・話し合うという対処をするのが筋だろう

という判断になるのも自然だとわかってくれると思う。だからこそ、私はこのように生きているのである。

 

だからこれはある意味では、

「私が精神病患者として現代医療に巻き取られる」のと、「現代医療が霊存在への理解を深め、精神病患者を本当の意味で解放する」のと、どちらの流れが早い・強いか?

という話として捉えられないこともない。ただそうは言っても現状では、

「うつ病患者が精神病院に入れられる」(一般的な精神医療・薬物投与を受ける)

ということはいくらでもあるが、

「うつ病患者が霊的見識を深め、快方に向かう」

という実例はあまりにも少ない。というより、あったとしてもほとんど知られていない。だからやはり、現状では私の考えは分が悪く、異端と見なされてもしかたがないとは思っている。そして実は、このような状況が、霊媒体質者をますます、うつ状態に近づけるのだとも、私は思うのだ。

つまり、私から見れば、霊媒体質者というのは、病識のないうつ病・あるいは精神病患者の別称ではない。だがそのひとの病み・問題に対する適切な処置が為されることもなく、社会的な無理解や圧力のなかに晒されれば、うつになったり心を病んだりするのは自然なことである。だからこそ、本来は直接結びついているわけではない、霊媒体質者と精神病患者が、一見してとても、近くなっていくのである。

 

だが、私は別に現状を一方的に悲観しているわけではない。というのも、最近私の周りにも、

「長年精神科で薬物治療を受けてきたがいっこうによくならないどころか悪くなるばかりで、自分が霊媒体質であることを受け入れ、自分に関わってくる負の霊を『幻聴』ではなく実在として受け止め、対話を深めている」

という実例が現れてきたからである。そして彼は自らの決断と選択により、少しずつ減薬に取り組み、肉体的・精神的な苦痛が緩和していると同時に、自らの霊媒体質との付き合いかたも上手くなってきていると思う。だからその意味で彼もまた、「霊媒師」への道を歩み始めているのだと思う。

ただもちろん、彼は長年に亘り投薬を受けてきたので、それをすぐにすべて断つことは難しいと思うし、そもそも彼の判断について、私が過剰に介入することはできない。それに彼は、今でも精神科への通院自体は継続し、いろいろな側面から、自己への理解を深めようと模索している最中である。

だがこうしたことが続いていって、たとえばあと数年くらい経ったときに、彼自身がどこかで自分の体験を共有してくれるようになったら、それはまたひとつ素晴らしい力を保つものになるだろうとも、私は思っている。もちろん、最終的に判断するのは彼なのだが、私としてはそれを楽しみにしているし、彼に私を参考にしてもらえるのであれば、私は彼より先に生まれた者として、冥利に尽きる想いである。

 

だからいずれにせよ、いずれは今のような混沌は晴れ、すべては収まるところに収まっていくと、私は思う。それに本当のところ、今のひとたちがこんなにも「自分を見失っている」ところから考えるに、今の現状を打開するのに、今の世の全員を説得する必要はないと思っている。私たちが「多数派」になった場合は言うまでもなく、そうでなくても

「無視できないほどの力」

を保つところまで行くことができれば、あとはその「流れ」に全員を巻き込むかたちで、すべてが覆っていってもなんの不思議もない。そしてそうやって精神病患者が本当の意味で解放を迎えたとき、またそこから新たな課題・段階が姿を表すことになるだろう。それはつまり、

世界は、今まで思っていたよりずっと広く、深かった

という、私が先に味わい、今も味わい続けている感慨と衝撃が、あなたにもやってくるということである。だがそれは、いずれは誰もが通る道なのだ。だから私は最初から、今のうちからいつも言っているのである。

ようこそ、闇の向こう側へ。

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  1. ぽん より:

    霊障というか、どう言ったらよいのか。

    特に霊的なさわりはないが、家系の負のカルマを一身に背負ってしまった場合、

    霊的な対処方法はありますか?

    私は家系のラストランナーです。

    家系のラストランナーは、除霊では全く効きません。

    大変な苦しみを味わいます。

    • Dilettante Dilettante より:

      ぽんさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうですか、あなたは

      特に霊的なさわりはない

      とおっしゃいますが、ご自身でも

      除霊では全く効きません。

      大変な苦しみを味わいます

      ともおっしゃっているとおり、実際には霊的な要素も少なからず絡んでいるのだろうと思います(というより、私個人的には「霊的な問題がまったく絡んでいない問題」などないという立場を採っています)。

      そしてそのことにご自分でもお気づきだからこそ、

      霊的な対処方法はありますか?

      とお訊きになるのだろうとも思うのですが、私としてはまず、あなたに限らない一般的な方法として

      負の霊団が私たちに影響を及ぼすときの「古典的な戦術」を知ってほしい
      私たちは古代から現代に至るまでの間に多くの変化を経てきたし、同じ「日本」という枠組みのなかで見ても100年前と今の姿は大きく異なっている。しかし、実のところそこで生きる私たちの性質は、それほど変わっていないとも言える。これを端的に言い換える...

      にも記している、

      私は、喜びとともに生きていきます。変わっていきます。だからその想いを共有できない存在、私のその意志にそぐわない存在、私を苦しめようとするような存在は、離れていってください。そして私は、一緒にお互いの喜びを深め合える存在とともに歩んでいきます。守護霊さん、みなさん、力をわけ与えてください。そして一緒にその喜びを、育んでいきましょう。よろしくお願いします

      というような言葉を、声に出しても出さなくてもかまいませんので、折りに触れ宣言し続けてみることをご提案したいと思います。

      そのうえで参考までで構いませんが、私だったらたとえば

      あなたたちは、私の先祖・家族・血族に恨みがあって、私に八つ当たりしてるの?もしそうだとしたら、私が来世また別の家に生まれ変わったら、それでもう関係なくなるの?それにさ、もしあなたの知り合いの霊が、この家系に生まれ変わったら、そのひとのことも祟るの?あなたにとって、家系ってなんなの?それとも実はそんなのただのきっかけ、言いがかりで、本当はそんなこと関係ないの?それとも本当の本当には、私のことが個人的に嫌いなの?あなたは、ほんとは、どう思ってるの?

      という感じで、相手の真意を確かめていくことになると思いますが、ともかく現時点では、あなたにそこまでのことを進めようとは思いません。

      ただ私の言う

      「浄霊」(負の霊との話し合い)

      とはこのように進むという、その一例を示したまでです。

      結局、肉体人だけではなく霊存在のほうも、いろいろと勘違いしたり、思い込んでしまったりしてるんですよね。

      これは

      「自分がしていることの意味を、理解していない」

      ということでもあります。

      ですから早くそんなものはめちゃくちゃな柵は解いてしまって晴れてほしいと思いますし、私もそのためにできることを続けていきたいと、そう思っています。

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