「たとえ1日1万人が自殺していっても、世界も日本も滅びませんよ」。彼らしい励ましの言葉を受けつつ、私が思うこと

こないだ、ある友人から電話がかかってきた。彼はもう何年もの付き合いになるひとで、私が霊媒師であることも、どんな考えで生きているかも、よく知っているひとだ。そして彼は、普段はわりと寡黙だが酔うと饒舌になるひとで、この日もなんということもなく、久しぶりに電話をかけてきたのだった。

そしてどうということもないような話をしばらく続けたあと、彼は突然、私にこのようなことを言ってきたのだった。

いいですか、もし、もしですよ、たとえ1日1万人が自殺するようなことになっても、世界どころか日本だって滅びませんよ。だって日本の人口をざっくり1億人としても、それを1万人で割ったら何日になりますか?1万日ですよ!1日1万人が1万日ずっと自殺し続けて、それでようやく日本が滅びるって、そんなこと起こると思いますか?だからあなたも、もう少し気をラクにしてもいいと思いますよ。私は、そう言いたいんですよ

 

彼にこう言われて、私はまず率直に、ありがたいと思った。なぜなら彼が私にこんな話をしたのは、なによりもまず、

「私を励ますため・私を少しでもラクにするため」

だということが明らかだったからだ。

だから私はその想いをそのまま、彼にも伝えることにした。

そうですか、あなたが私のために、私を励まし、私を少しでもラクにしようと思ってそういうふうに言ってくださるお気持ちは、本当にありがたいです

すると彼はさらに、こう話を続けた。

確かにそういう気持ちもありますがそれだけじゃなく、そもそも本人が生きようと思ってくれないと、どうにもならないんですよ!それを周りやあなたみたいなひとがどんなに精いっぱいやっても、ダメなものはダメなんです。恋人だって家族だって関係ないんですよ、本人が生きようと思ってくれないとダメなんだから!その1歩と決意がない限り、どんな知識や経験や情熱を持ってたって、巻き込まれて疲弊するだけですよ!だから私はね、「死にたいやつは死なせるしかない」って、ずっと思ってるんですよ。あなたとはどうしても、そこが合わないかもしれませんけど

だから私も、「彼もよく知る私」として、私の想いを素直に伝えた。

そうですね、あなたがそのように言いたくなる気持ちもわからなくはないんですが、やはり私としては、その「死にたい」っていう気持ちにいろんな誘導や煽りが含まれてること、それにやっぱり自殺したあと本人や周りがどれだけ傷つき苦しむかを考えると、同じようには言えないし思えないというところですね

それに

1人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない

という言葉もあるが、逆に言えば

集団の死は1人の死の累積であるということを、それぞれの悲劇が集まって塊になったものだということを決して忘れてはいけない

と私は思っているので、その点ではやはり彼と同じようには言えないというのも確かなのだった。

ただこれを大前提としたうえで、私はこう言い添えた。

ただあなたの言うとおり、「1日1万人が1万日ずっと自殺し続ける」なんてことはさすがにないでしょうし、もし万々が一そんなことが起きて、日本の人口が100万人くらいにまで減ったら、それはそれで本気で生きるひとが増えるのかもしれませんね。「1億人のなかの1人」だった自分が、「100万人のなかの1人」になったら、ようやく自分のかけがえのなさに、目覚めてくれるかもしれませんもんね

すると彼は

なるほど、「1億人のなかの1人」が、「100万人のなかの1人」になったら、自分のいのちの重みに気づくと。そういう発想は私にはなかったなぁ。なんというか、あなたらしいですね。私とはまったく違うところから、前向きなものを見つけるんだから

と少し笑ったうえで、

結局私が言いたいのはね、「なにが起きようが誰が自殺しようが、最終的にはどうにかなる」ってことですよ。ずっと前から「世界は二極化する」って言われてて、聖書にだってそう書いてあるくらいなんですから。だからもう、自分で選ぶ以外にないんですよ。自分にしかどうにもできないんだから!だから私はあなたにも、もうちょっとラクに構えててほしいと、そう思ったわけですよ

とさらに懇々と言うのだった。だから私も

ええ、そういう私に対してのいたわりや励ましが根底にあるのはちゃんと伝わってますよ。ありがとうございます

と改めて噛み締めたのだが、なおどうしても訊いてみたいことがあったので、そこに話を拡げることにした。

でもそういうあなたにだって、自殺を考えたことはあったんじゃないですか?

すると彼も

そうですね、ありましたね

と言うので私は

そういうとき、あなたはどうやってそれを乗り越えたんですか?

と、さらに踏み込んで訊いてみた。

すると彼は私に、こんな話をしてくれたのである。

 

私がもっと若い頃、じっと独りで川を眺めてましてね、「どうしようかなぁ……もう死んだほうがいいのかなぁ……」なんて思いになったことはね、私にもあるんですよ。ただ私はね、「それならそうと、まず部屋をきれいにしなきゃならん」と、こう思ったわけですね。そして次は「あそこのあれやあれが見つかると恥ずかしいから、きちんと処分しておかないと」となったわけです。そしたら今度は、「お世話になったひとに、手紙も書かないといけないな。あのひとには感謝の手紙、あのひとやあのひとには、ちゃんと謝っておかないと」と思ったわけです。当時はもちろん、ネットなんかありませんしね。だけどそこまで行ったら、「じゃあせめて借金くらいは返さないとな」と思ったんですよ。それでそうこうしているうちに、気づいたら今の今まで生きてるんですよねぇ……

そして彼は、最後にこう付け加えた。

だから私はね、基本的に「死にたいなら死んでもいい。死にたいやつがみんな死んでも、世界はどうにか回るから」って考えなんですが、でも一方で「自殺するんならその前にせめて、片付けをきれいに済ましてからにしろ」と思いますね。そう思ったから、私もそうしたわけでね。でもほんとにそうしようと思ったら、結局私みたいに、死ぬ暇がなくなっちゃうかもしれないですねぇ。だからこれ、よかったら『闇の向こう側』に出してくださいよ。もしかしたら、なにかの参考にしてもらえるかもしれないんでね

 

電話はこうして終わった。そして私は彼との約束どおり、この話をここに公開することにした。だが彼はもしかしたら、酔い心地で語ったことをもう忘れてしまったかもしれない。だがいずれにせよ、この話は私にとっても、いろいろなことを考えさせられるものだった。特に

自殺するならきれいに片付けてからにしようと思ったら、結局死ぬ暇がなくなった

というのには私も実に共感を覚えるのだ。というのも私自身、

「生きるのがつらく苦しく、絶望的な心境にあればあるほど、いつにも増して込み入った相談や大きな仕事が舞い込んでくる」

という経験を何度もしているからである。そうやって

このひと(この仕事)を放り投げて、今死ぬわけにはいかないな

と思えたことが、私を生き延びさせたのは大きいと思う。さらに言えば、

負の念に呑まれているときに暇を持て余すと、ろくな考えがないのでろくなことにならない。だから、暇はひとを殺し得る。だが本当によく周りを見ることができたら、私たちに「暇」などない。だから、それに打ち込めばいい。そうすれば少なくとも、寿命まではなにかしらして死ねる

ということなのだろうと、私は思うのだ。ただこれはもちろん

「ゆとり」(心身の余裕)

について言っているわけではない。ゆとりや余裕は必要だし、それがないと潰れてしまうが、そもそも私たちには

「かけがえのないそれぞれの役目」

があるのだから、その意味での「暇」は存在しないと言っていいと思う。だからそう考えていくと、私は彼に共感する部分も多々ある一方で、やはり完全に同じ意見だというわけではないとわかる。確かに彼の言うとおり

死にたいやつがみんな死んでも、世界はどうにか回る

のも一面の事実ではあると思う。だがやはり、

あなたが死んだその世界の回りかたは、あなたがいたときとは、絶対にどこかズレている

というのも、まぎれもない事実なのである。だから私は、少なくとも自分ができる精一杯は尽くして、あなたの自殺を止めようと、そう思っているのである。

 

ただもちろん、私だけの力では、少なくとも今すぐには、この世界から自殺者をなくすことまではできない。だから彼の言うことも正しいのだ。それはわかっているし、彼がそれを伝えようとしてくれることは、やはりありがたいと思う。だから私は別に私の言葉でも誰の言葉でもいいから、あなたがどうにかして今よりはいい心境のなかで生きていってもらえることを、ずっと願っている。今や

猛虎伏草

雌伏三年

などという言葉を力に換えられるひとは減ってしまったのかもしれないが、たとえ今そう思えないとしても、あなたの役目が回ってくるときは必ず来る。だからたとえ彼のように部屋の掃除さえする気力がないとしても、せめてそのときまでじっと力を溜めて機を待っていてほしい。そしてなによりその力を、あなた自身を活かしたいと思ってほしい。彼も私もその点では完全に一致している。あなたの力を活かせるのはあなただけなのだ。「すべてがあなた次第だ」というのは突き放しているわけでもなんでもなく、そういう意味なのである。

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