「誰でも挑戦できる魔法習得への道」があったら、あなたはどうするだろうか?

私たちは誰でも多かれ少なかれ苦しみを抱えている。だからときどきどうしようもない気持ちになったときに、

あぁ、こんな問題を解決してくれる魔法が、どこかにあったらいいなぁ……

などと思ってしまうこともあるだろう。だが実のところその魔法を習得するための道は確かにあって、その気になれば誰でも足を踏み入れることができる。それを知ったらあなたなら、どうするだろうか?

 

と、あまりもったいぶってもしかたがないので、結論を先に言ってしまおう。もしあなたが魔法を習得したいと思うなら、そのために挑戦するべきことは、

「3か月間、あらゆる不平不満や愚痴、それに怒りや憎しみを口にしたり、外に表現したりするのをやめる」

ということだ。だからこれはある意味では、とても素朴な話だ。そしてできればその期間は長いに越したことはないし、長ければ長いほど扱える魔法は強力になると思うが、一般的には1年や半年を待つ必要もなく、3か月くらい実践しただけで、充分な力を保つことができるようになると思う。だからあとはあなたがその気になったら、ぜひ試してみたらいい。そしてこれはもちろん、先日の

自分で自分を変えゆく言葉。あなたも自分のお気に入りで、自分の未来を育ててほしい
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と、表裏一体を成すものだと言える。

 

とはいえ、これだけ言って終わるのもなんだから、話を続けよう。そしておそらく言うまでもないほどに共感してもらえることと思うが、これは本当に難しい。というか少なくとも現時点で、私は1度たりとも成し遂げられていない。だから私もまだまだこの程度の未熟者なのだが、それでもいくつか言えることはある。

まず、この挑戦における

「口にしたり、外に表現したりするのをやめる」

という表現についてなのだが、これを

「思ったり、内で感じるのをやめる」

とまで厳格化する必要はないと思う。もちろんなかには

思った(心に思い描いた)時点で、それをしたことと同じなんですよ!だからそういうことは思うことすらダメなんです!

と言うひともいるのはわかっているが、私個人的にはそこまでを求めるのは酷と言うか、実際無理ではないかと思う。それに私は、

想いや思考というのは、自分がどんなに整理していても、随時外から差し込まれるものだ

という理解を保っているので、そうした他者の関与までをコントロールするというのは、世界の原則と照らし合わせても無理筋だと思っているのだ。また、私が以前から

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と言っているのは、そういうことである。

だから私としては、

瞬間的あるいは一時的に、怒りや憎しみ、それに不平不満のようなものを感じることはあってもいいから、それを言葉や行動として、外に表すことをやめることができれば、とりあえずは充分だ

と思っている。そして先も述べたとおり、私自身がまだ一度も成し遂げられていないのではっきりと実証できないのが申し訳ないのだが、それでも私はこの道が確かに

「魔法」

につながっているという、確かな手応えを感じてはいるのである。

ただこれだけの説明だと、

じゃあ、どんなにつらいことがあってもじっと耐えてずっと我慢して、すべてをそのままに受け入れろということなんですか?

という疑問が浮かぶひともいると思う。だが私が言っているのは、そういうことではない。

怒りや憎しみ、それに不平不満の種や芽が出ることはしかたないとしても、それを固まらせてぶつけたり、外の誰かに影響を与えるものとして結晶化するところまで行く前に、自分で状況に対する視点を換えてみたり、自分自身と話し合い励ましてみたりして、その「望まない流れ」を断ち切るということに挑む

ということなのである。そしてこれは

自分のなかにあるうちは自分の権限で留められるものも、いちど自分の外に出てしまうと自分の手だけには負えないものになってしまう。そしてだからこそそれを煽り焚きつける流れ・妨害があるというのも踏まえたうえで、それに屈しないという態度表明でもある

ということなのだ。

さらにこのような観点から言うと、なぜこの道が魔法習得につながっているのかということを、より深く理解することもできる。つまりこのように、

「あらゆる不平不満や愚痴、それに怒りや憎しみを口にしたり、外に表現したりするのをやめる」

というのは実のところ

「目の前のあらゆるできごとについて、誰かの責任にはせず、自分の責任として引き受ける」

ということなのだから、

「責任=力」

という原則から見て、そんなひとに力が集まるのは自然なことである。

それにこうした行為と魔法との関連性は、さらに別の2つの観点によっても裏付けられる。ひとつは

魔法とは、一般に想定される因果の流れを変えることだ

という解釈を採った場合だが、その場合このような挑戦というのは、

「『こういうことがあったら当然』不平不満や愚痴をこぼす、怒りや憎しみを感じ、それに呑まれる」

という一般的な因果を、

「こういうことがあった『にもかかわらず』不平不満や愚痴にせず、怒りや憎しみに転化せずに、状況の改善策を模索する」

というふうに変えてしまうことだからである。つまりこのような観点において魔法とは、

「一般因果律の否定・変革」

なのである。これをもっと簡単に言えば

魔法の核心には、「にもかかわらず」がある

ということなのであり、その意味で魔法使いというのは、「にもかかわらず」をたくさん保っているひとのことだとも言えるのである。

そしてもうひとつは、

魔法とは、世界の見えかたを一般的なものから変えてしまうもの・縛りから解き放つものだ

という観点から見た場合の裏付けなのだが、この場合もこのような挑戦を

「ほとんどのひとが不平不満・怒りや憎しみの種として見てしまう現象を、別の視点から捉えなおす」

ということだと理解すれば、やはり魔法につながるとわかると思う。前に

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「砂漠に海を生み出せるひとというのは、砂漠に海の可能性を見出せるひと」

だということであり、これをもっと総合的に言えば

魔法とは、目の前の現象にあらゆる可能性を見出し、そこから望むものを引き出し育むことだ

ということなのである。

 

だからこうした様々な観点から、

「あらゆる不平不満や愚痴、それに怒りや憎しみを口にしたり、外に表現したりするのをやめる」

ということが魔法の習得につながっていることを理解することができると思う。そしてだからこそ、こんなことは本当は、既に多くのひとが言っていることでもあると思う。

だが、本当はこんなことは魔法でもなんでもないのだ。これに挑んであなたの問題が解決したり、人生が変わったりしたとしたら、それはあなたが変わったからなのだ。あなたの人生にいちばんの影響を与えるのはあなたなのだから、あなたが変わればあなたの人生は変わる。これは当然のことだ。

だから先ほど

魔法とは、一般に想定される因果の流れを変えることだ

というひとつの解釈を紹介したが、実は魔法とはなにもおかしなものではないし、世界はそんな不安定なものでできてはいない。あなたが変わったとしたら、それはあなたが変わろうとしたからだ。だから最後に言っておくと、これは本当には、やろうという意志そのものが大切なのだ。3か月続かなかったらなんの意味もなく、なんの成果もないということでは決してない。たとえ少しずつ少しずつでもそうした意識を育んでいくことに意味があるのだ。そうすれば確実に、世界は変わっていくのである。そしてもしあなたがいつか

なんでそんなふうに生きてられるんだ?意味わかんないから

というようなことを言われるようになったら、いよいよその成果が出てきたと思えばいい。これはかつて私が

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などと平気で言ってのける師に対して思ったし言ったことでもあるのだが、だからこそ今の私は、

自分にはわけがわからないから最初は魔法に見えるというだけのことで、本当はすべて当たり前のことで、そこにはそれなりの下地と積み重ねが秘められているんだ

ということくらいは理解できるようになったのである。つまり私たちは、本当は、どんな自分も育てていけるということだ。時間は本当には永遠にある。だからいつどこから始めても、どこにでも行けるのである。

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